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第一話 ここは地獄






泥に浸かるようなまどろみが俺を支配している。


目を開けるのも億劫で、そんな気分が覚醒を阻害する。

このまま永遠に睡魔に心を委ね、怠惰を貪りたかった。



それも、耳障りな音が阻害する。

そして痛覚。



「・・・・あッ!!」

俺は強制的に目覚めさせられた。




「・・・・・・・・・・・・」

目を開けると、そこには爬虫類の顔が目の前に有った。

それはトカゲに近いが、良く見るとまったく違うし、角のような物まで頭部には生えている。


全体を見渡せば、それはヒト型であり、両足を持ち立っていた。

一言で言うと、化け物だった。




「な、なんだ、お前!?」

俺がそう叫ぶと、化け物はトカゲの顔を無理やり笑わせたような表情を浮かべて踵を返した。


そしてそのまま、人間には決して発音できないだろう言葉で何かを叫んだ。



すると、ぞろぞろと周囲の民家らしき場所からまたもや化け物が現れたのである。


その種類も多種多様で、一目ではどんな奴らが居るのかは全容を把握できない。



恐怖より、まず困惑の方が先に訪れた。

ここはどこなのか、この化け物どもは何なのか、


俺は呆然とする他なかったのだ。

例え何か出来たとしても、今の俺は両手を縛られ爪先立ちになるくらいにまで吊るされていたのだ。

何か出来たとは到底思えない。



最初のトカゲの化け物が特に背の高い褐色肌のごつごつした外見の鬼みたいな化け物と言葉を交わす。


すると、化け物の中から下半身が蛇、上半身が老婆の姿をした怪物が目の前に出てきた。

まるで物語に出てくるラミアそのものだった。



トカゲの化け物が俺を拘束していた縄を解き、背中を押した。

軽く押したつもりなのだろうが、その力は強く俺は前のめりになって這い蹲る。


そして、ゴテゴテの装飾で着飾った老婆のラミアは俺の目の前に銀色の指輪のようなものを投げつけた。

思わずラミアを見上げると、自身の指で指輪をつけるジェスチャーをしてみせた。



訳も分からない俺だったが、トカゲの化け物が訳の分からない言葉を投げ掛けてくる。


俺は反射的にその指輪を指に嵌めた。

そうしないと身の危険があると感じたのだ。




「さて、それでこいつに人間に良く似た猿じゃ言葉は通じるはずだがねぇ・・?」

こちらの様子を窺うようにラミアはそんなことを言った。


不思議な感覚だった。

相手は確かに人外の言葉を話しているのに、その意味が俺に伝わってくるのだ。

この指輪の所為だろうか。



「どうやら伝わっているみたいですよ、流石はラミアの一族にその人有りと言われた御方だ。」

「いひひひ、当然さね。」

トカゲの化け物の言葉にラミアは口元を歪めて笑った。


このラミアの上半身は人間に見たいでも、顔は蛙みたいにのっぺりとしててとても親近感なんて沸くはずも無い。




「さて、人間。どういう目的でここに侵入してきた?」

褐色の鬼が俺に詰め寄ってまさに鬼気迫る表情で問うてきた。


「止めないか、どうせそいつは何も知らんよ。」

「婆さん、どういうことだ?」

「連中にしちゃあ魔力が薄い、仮に連中の同類だとしてもそいつがこんなハイレベルなマジックアイテムを持っている理由がない。それになにより連中はとても合理的だ。こんなわけの分からんことをするかね?」

「確かに・・・・。」

「あたしゃ偶然迷い込んだ迷い子だと思うね。どちらにせよ、不幸なことには変わりやせんだろうが。」

ラミアの婆さんは俺があの時手にしていた小箱を持って褐色の鬼を諭した。



「それにこいつはどうやら任意に転移できるほど便利な代物じゃなさそうだね。限りなく白さ。とりあえずこいつは“代表”に引き渡すってことになるかね?」

「ならこちらで預かって良いかな? 人間に興味があるんだ。」

「好きにするといいさ。」

トカゲ人間の嬉しそうな声にどうでも良さそうにラミアの婆さんは返した。



「くれぐれも逃がすなよ。」

「逃げてどうにかなるとお思いで?」

トカゲ人間の返答に、ふっと鼻を鳴らしたように褐色肌の鬼は踵を返した。

彼が手を叩くと、今まで野次馬としてこちらを囲んでいた化け物たちが散り散りに去っていった。



そして、俺はこのトカゲ人間と二人きりになってしまった。




「さあ、じゃあ早速僕の家に来てもらうか・・・・・・おや?」

トカゲ人間が俺の方を振り返ることには、俺はとっくの昔にこの化け物の巣窟から逃げ出していたのだ。






・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・






俺は走った。

そんなに大きな集落ではないのか、簡単に化け物の巣を突破することは出来た。

その先には深い森で、向こう側が見えないほど木々に満ちていた。


時刻は夜なのか真っ暗であり、夜の森は非常に危険である。

しかし、あんな化け物がいるところに居るよりずっとマシだ。



「あいつら、絶対俺を喰う気だ!!」

心臓がバクバクと恐怖で悲鳴を挙げている。

全速力で走っているせいもあるが、今は恐怖の方が断然大きいと断言できる。



あんな異常な空間に放り込まれば、誰だって逃げ出したくなるのは当然だ。

俺はあんな状況で平静で入られるほど狂っちゃいない。




「―――んが!」

暗い森の中だけあってか、俺は何か堅いものに正面衝突してしまった。



「いってぇ・・・・」

その痛みから俺は思わず尻餅を突いてしまう。



「くそッ・・・・こんな時に・・・。」

俺はぶつかった物を避けて通ろうとそれが何か確認しようとして、違和感に気づいた。





「なんだ・・・・これ・・・・」

てっきり木にでもぶつかったのかと思った。こんな暗い場所だ。


しかしそれは、“壁”だった。

無色透明で、それに両手で触れれば、俺はパントマイムでもしているかのように見えるだろう。


奥は周囲と同じように暗い森が続いていると言うのに、





「そこから先は、“無い”よ。」

振り返れば、あのトカゲ人間が悠然と歩いてきた。




「俺に、な、何をしやがった、魔法か何かか!!」

「魔法と言えば、魔法なのかもね。」

普段なら自分でも正気を疑うような言葉だが、相手は肩を竦めるだけだった。




「ここは円形の形状をしていてね、直径は百キロ、高さ千メートル。僕らは“箱庭の園”と呼んでいる。

だからその先は本当に無いんだよ。本当なら味気ない白亜色の壁が広がってるばかりなんだけど、景観は大事だからね。」

聞いてもいないことをこのトカゲ野郎はべらべらと喋る。

考えてみれば向こうの言葉が分かるが、こちらの言葉が通じるとは限らないと言うのに思わず怒鳴ってしまった。



「・・・・・ここはいったいどこなんだ・・?」

そんな自分が馬鹿らしくなって冷静になったは良いが、そんな風に俺はおもむろに問うてしまった。



「今言ったじゃないか、君はここがどこかと問われたら地球だと答えるのかい?」

「ここは、地球なのか・・・?」

てっきりどこかの異世界に飛ばされたのかと思った。

だからトカゲ野郎の小ばかにしたような態度なんて気にならなかった。




「しかし、てっきり無口な人間かと思ってたけど、回りを観察する冷静さはあるんだね。

普通、人間に限らずこういう異常事態に陥ったら少なからず錯乱したりするはずなんだけど。」

しかしこちらの言葉も問題なく通じるようで、彼は俺にもギリギリ笑みを浮かべていると分かる表情を浮かべている。

しかも腹立たしいことに、今逃げ出した相手を目の前にしていると言うのに、そんなことまるで気にしていて居ないといった風体だった。


いやむしろ、こちらのことを完全に馬鹿にしているのだ、こいつは。

その視線は、人間に例えるなら大人が幼少の子供の悪戯を眺めるような、そんな取るに足らない事実を見ているような・・・。




「・・・・混乱は、してる・・。今でも自分の頭の中が整理できてない。」

「当然だよね、じゃなかったら狂人だ。

だけど無謀と蛮勇は同義だと覚えておくといい。人間の取り柄はちんけなその頭に詰まった知恵だけなんだから。」

そう言って、トカゲ野郎は周囲に目を向けた。



そして、ぞくりと、その時俺は闇の中から視線を感じた。


ひとつやふたつではない、無数にだ。

その視線は互いに牽制をし合っているのか、ある種の均衡を保っていた。


それはなぜか、――――――愚かな獲物を狩ろうと狙っているからだ。



その愚かな獲物とは? ――――――俺だ。




改めで、服の中が汗で気持ち悪くなるのと同時に喉の奥が渇いていくような事実だった。


闇の中に、何かが居る。

それもこのトカゲ野郎のように話の出来るような理性的な連中じゃないのは直感と本能で理解できた。


そう思うと、さっきの言葉も皮肉にしか聞こえない。




「この時期は魔獣も出るから気をつけたほうがいい。

魔獣はわかるかい? 魔物の変異種や上位種だ。小さくて三メートルから大きくて十何メートル以上の化け物さ。」

「俺からすればお前みたいなトカゲ野郎も化け物だよ。」

調子に乗ってそんな憎まれ口を叩くと、俺は急に浮遊感に襲われた。





「う、うあああああああああぁぁぁっぁぁぁ!!!!!!」

投げられたのだと地面に叩き付けられたから気づいたときには、周囲には獣のような唸り声に囲まれていた。


俺は恐怖から情けなく悲鳴を挙げることしか出来なかった。




「おい人間、訂正しろ。」

トカゲ野郎が今までと打って変わって急に冷徹に聞こえる声色で言った。


そうこうしているうちに、周囲の唸り声の包囲網は徐々に縮まってきている。



「僕は誇り高き竜の化身の一族のドレイク。

お前のような取るに足らない人間が、こともあろうに奴隷のリザードマンと同列に扱って良いと思っているのかい?

魔物の餌になりたくなかったら訂正しろ、今すぐにだよ、下等生物。」

まるで教師が優しく教え子に教え諭すような口調であった。


内容は酷く残虐なものであったが。



「わ、分かった、悪かった!! 訂正する、訂正するから!!」

「二度目は無いからね?」

トカゲ野郎・・・もとい、ドレイクは俺の周囲の魔物を蹴り上げながら近づいてきた。


魔物は力の差を感じ取ったのか、ドレイクから蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。




「これで自分の立場は分かったね?

僕らにとって君の肌なんて水の詰まった皮袋と同じなんだよ。

自分の真っ赤な水を撒き散らしたくなかったら、黙って従うことだね。そうすれば、少なくとも死にはしない。僕らは文化人だからね。」

文化人の意味を辞書で調べろと言いたかったが、片腕を掴まれ引きずられるように引っ張られてはそんなことも言えない。



「いた、いたい、痛い痛い!!」

「へぇ、人間って軽いんだね。もっと中身詰まってるのかと思った。」

ドレイクはケラケラと笑いながら俺の悲鳴を無視して、そのまま集落まで引きずって行ったのだ。







・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・・






「くそ・・・・くそぉ・・・・」

俺は押し込まれたドレイクの家の部屋の中で悔しさに震えていた。


引きずられた時に出来た擦り傷がジンジンと痛む。

それが自分の情けなさを責めているようでなお悔しかった。




そこで、がたッ、と音がして、全身が震え上がった。


扉の方を見ると、緑色の肌を持った醜悪な大男が窮屈そうにドアを潜って室内に入ってきた。



「な、なんだよ・・・・」

「・・・・・・・・・・メシ。」

無口なのかそれとも会話する気がないのか、そいつは手に持ったお盆にスプーンとスープらしきものが乗ったものを俺に差し出してきた。


そのスープは紫色の液体でぐつぐつと沸騰して湯気が出ており、目玉みたいな物まで浮いている。



「こ、こんなもん喰えるか!!」

魔女の釜の底みたいなスープに、俺は差し出されたお盆を振り払った。



床にスープがぶちまけられる。その中には得体の知れない物体や幾つもあった。


ジロリ、と大男が俺を見やった。


「な、なんだよ・・・」

「・・・・・・・・・・」

しかし、その緑肌の大男は俺を一瞥しただけで何も言わず、雑巾を持ってきて掃除し終えるとそのまま去っていってしまった。






「くそ・・・・なんで俺はこんな目に・・・」

部屋の隅で膝を抱えるようにして震えるしかない俺。


だけど、助けてほしいとは思わなかった。

俺なんかがいったい誰に助けを求めろと言うのだろうか。



人間なんかに助けを求めるくらいなら、このままあの化け物のどもに喰われた方がマシだ。





「うぅ・・・・・くそ・・・くそぉ・・・。」

そして俺は、そのまま恐怖に脅えるように泥のように眠った。












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