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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
一章 魔族と人間
19/122

第十七話 狂戦士






「さあ、開幕だ!! いひゃひゃひゃひゃ!!!」

「踊りましょう。」

背中合わせのジャンキーと王李が地面を蹴った。


動脈のように脈打って二人の手首と首筋に水銀が繋がっている二人が、両腕と第五と第六の腕に長柄の武器を持って回り始めた。



本当に踊っているように見えるが、その回転速度は徐々に二人がどちらか判別するのも難しくなるほど高速で回転している。



「・・・・これは、まずそうだね。」

クラウンは魔族たちに下がるように手で命じた。


しかしその瞬間、高速回転する二人の武器の軌跡から生じる瑠璃色の鋭利な刃が無数に飛来してきたのだ。

剣などの刃物を使う魔術師の基本的な攻撃方法である、所謂、斬撃である。



「うおッ!?」

嵐のように次々と飛来する斬撃に、俺は咄嗟に『アキレスの盾』を展開して防いだ。




シュンシュンシュンシュンシュンシュンシュンシュン―――ッ!!!


飛来する無数の斬撃に周囲を取り囲んでいた魔族もなぎ倒された。



「お前たちは可能ならば負傷者を連れて退避しろ、あの人間二人に近づくな。」

クラウンの怒声が飛んだ。



「うぐぐぐぐ!?」

俺にも飛来する無数の斬撃は、普通に斬られたのと同等の衝撃として『アキレスの盾』に圧し掛かる。

この障壁は本来そう簡単に破られるような耐久力ではないが、俺の技量では本来の効力の半分以下も発揮できない。



「いいいぃぃぃぃぃ、っやああああああぁぁぁ!!!!」

斬撃の嵐が止んだと思ったら、二人は同時に跳躍して俺の目の前に降り立った。



「斬り斬り切り切りきり切り切りきりギーリギーリいひゃひゃひゃ!!!」

ジャンキーの奇声が響く。


「人生は危うい綱渡り、足が縄に絡まり死ぬまで宙釣り谷底へ。」

狂人の言葉に意味不明な合いの手を王李が返した。


そして、高速で回りながら槍や蛇矛、薙刀、バルディッシュ、青龍偃月刀、戟、古今東西の長柄武器が斬撃と刺突を次々と竜巻のように繰り出してくる。



「くそッ!?」

『アキレスの盾』は三秒も持たず削られるように破壊された。


それを犠牲にして俺は後ろに跳んで追撃を避けようとしたが、回転しているはずの二人の速さは恐ろしいほど速かった。



「回転三角木馬へご招待!? ひぃーーーひゃひゃひゃひゃ!!!」

「八つ裂き股裂き、五体バラバラ。」

ジャンキーの奇声に奇妙な王李の合いの手が加わり、混沌さと残虐さが増した死の旋風は縦横無尽の斬撃と刺突を使い分け、単純に回っているように見えてまるで隙が無い。


なんて殺意に満ちた円舞なのだろうか。



俺も黙ってやられるわけにはいかない。

慎重に受ける攻撃を選んで何とか後退していく。


反撃を許さない猛攻は斬り殺しに来ているより、むしろ削り殺そうとしているようにすら思えるほどである。



「俺が丹精こめて人助け、いひゃひゃひゃひゃ!!!」

「今日は槍の雨が降る、みんなみんな死んじゃった。」

シュン、といきなり何かの武器で足払いを掛けられた。


「うあッ!?」

完全に直線的な攻撃ばかりしていたから、ものの見事に引っかかってしまった。



「させますか!!」

切り刻まれると思った瞬間、天から落雷が二人目掛けて落ちてきた。


二人はあっさりと背中と背中を離して左右に分かれてしまい、落雷は空振りに終わった。



「いかに『盟主』の部下であると言えども、こんな非道が許せるものか!!」

エクレシアが激怒しながらそう言った。

周囲は嵐のような斬撃で草原は土が掘り返され、負傷した魔族が無数に居り、攻撃を受けないように伏せている。

中には致命傷を受けたらしい者もいるようだ。



「惨たらしい殺戮、それが貴方達の望みか!?」

エクレシアはそう言って、円舞を演じ始めた二人にそう言った。



「ぎゃははははははは!! 今日は神様に会ったんだ!! いっっひひひひ!!」

「神は言いました、血が見たいと。真っ赤な雨を降らしましょう。」

まるで凄惨な戯曲の脚本を読み上げるように二人はそう言った。


それが、答えだった。



「・・・・・せめて、神の絶対公平の裁きに掛けられることを救いに思いなさい。」

彼女は俺の横に並んで二人を見据えて剣を構えた。



「あはは!! そうだよ、こんな強い人間と一度で良いから戦ってみたかったんだ。僕も魔族だからね、強い奴と戦いたいのさ。メイ!! 援護しよう!!」

後ろから楽しそうなクラウンの声も聞こえる。


「ああ、頼んだぜ。」

俺は魔剣を杖に立ち上がりながら、そう言った。



「あーははははははははは!!! 楽しいなぁ、リー!! もっと踊ろう、もっと殺そう。もっと回ってもっと狂狂くるくると、夜明けまで踊り明かそうぜ!! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

「では、パートを変えましょうか。」

「いひゃひゃひゃ!! 賛成さんせーい、だいさんせー!! うひひひひひ!!」

二人がそう言うと、今度は完全に二人が左右二手に跳び出したのである。




「ベルセルクは我が教会が社会的に駆逐した経歴があります。相性的に彼は私の方が有利です!!」

「じゃあ俺は女の方か!!」

「そうじゃねーだろ、俺の、しゅーくーてきー!!! いひゃひゃひゃ!!」

大きく跳躍してジャンキーが俺に飛び掛って強襲を仕掛けてきた。


その手には十字槍と青龍偃月刀が握られている。どちらも長柄の武器だ。




「今度は俺がパートナーだぜ!! 逝っちまうまでダンスダンス、シャルウィーダンース!! きーひひひひひひひ!!!」

「こっちに寄るんじゃねえよイカレ野郎!!」

俺は魔剣から雷撃を発してジャンキーにぶち当てた。


流石に空中で、しかも光速の雷撃をかわせるはずもなく、ジャンキーに雷撃は直撃した。



「うっひょー!! 肩こり直っちゃうぜべいべー!! ぎゃはははは!!!」

しかし、全く無傷で二本の武器を振り下ろしてきた。


だが、流石に目くらましにはなったらしく、その隙を突いて俺はジャンキーを叩き斬った。



「いたくなーいでちゅよー。あっかんべー!! ひゃひゃはははははは!!」

手応えがあったはずなのに、強引に柄でぶん殴られて俺は吹き飛ばされた。



「何で効かねぇんだよ!?」

何とか地面に転ばずに体勢を立て直して、俺は魔剣を構えなおす。



「ベルセルクには、武器が効かないと言う伝承があります。

全く効果が無くはないにしても、かなりの耐性があるはずです。」

俺に追撃させまいとエクレシアはフォローしようとジャンキーに斬りかかるが、脳天に彼女の剣が叩きつけられても平然としてやがる、あの野郎。


っていうか、俺に反応してエクレシアには無反応だった。

まさか、あいつは俺以外見えてないのか・・・?



「雷撃も効かなかったぞ!?」

「邪魔をしちゃいけませんよ?」

「その雷も武器の延長ならば、それは耐性に引っかかる。そう言った属性を、魔術師は“概念”と呼ぶんですよ!!」

背後から戟とバルディッシュを持った王李に襲われ、対応せざるを得ない状況ながらエクレシアはそう言った。


「そんなの反則じゃねぇか!!」

自分のことを棚に上げていると気づいたのはずっと後である。後が在れば。



「じゃあ武器以外の魔術で攻撃すれば良いって話じゃないか。」

そしてその直後、地面が競り上がって鋭利な槍のようになってジャンキーを襲う。

クラウンの援護だ。



「ん、なんだぁ?」

何の前触れも無く現れた大地の槍を飛び越えるようにジャンキーは躱した。


だが、・・・・なるほど、そういうことらしい。



そして、再び空中にいる一瞬に、空気が一瞬だけ白くなって軌跡を描いた。

ザシュ、とジャンキーの腹から血飛沫が流れた。


「ち、あの態勢で躱すとか、ふざけてるね。」

クラウンの放った空気の刃の一閃も最小限で躱しやがったようだ。

いったいどういう感性してたらあんな見えないもの躱せるんだよ!!



「おい、リー!!」

「ええ。」

煩わしそうなジャンキーの声に、それだけで何が言いたいのか感じ取ったらしい王李がエクレシアと斬り合いを演じているにも関わらず、頷いた。



「なッ!!」

その隙に踏み込みの入った一撃をエクレシアが入れんと斬り込むが、空振りするどころか相手まで見失ってしまった。


エクレシアの周囲には王李は居なかったのだ。

だが、すぐに発見した。米粒に見えるほど遠くに、王李は居た。


そして、彼女の居た場所から光る線が上空に延び、擬似太陽に近づくと、九つの巨大な火炎弾が空から落ちてきた。



―――――中国神話には、天井に初め太陽が十個あったと伝えられ、弓の達人がその中の九つを撃ち落したと言う伝承がある。それを模した魔術だった。



九つの火炎弾は流星のように地上に降り注ぎ、大爆発を引き起こした。



「うぐ、あッ!!」

「ああ、もう、邪魔だ!!」

爆炎の向こうからエクレシアの悲鳴とクラウンの怒声が響いてきた。



「たーのしーねー!! たーのしーいーねー!! ぎゃは、ぎゃはは、ぎゃははははははははははは!!! もっと楽しもうぜぇぇぇぇぇ!!!!」

「一人でやってろよ!!!」

両手の長柄抜きをドラムの撥みたいにガンガンと振り下ろしながらジャンキーは言う。

俺は魔剣を頭上に構えて何とか耐えるしかない。



「(魔導書!! こいつに有効な魔術は無いか!!)」


―――『回答』 ギリシア魔術屈指の活用性を誇る呪術攻撃『ヘカテーの松明』を推奨します。ギリシア魔術で強力な呪術と言えば大抵がヘカテーの魔術と同系統の黒魔術です。



「(松明!? 松明なら、武器じゃないな!! それだ、それ!!)」

確か行軍用に携帯用松明を買っておいたはずだ。


しかしそれを取り出す暇をくれるほどこの狂人は優しい相手ではない。



「隙だらけですね。」

そして、次の瞬間、俺の全身に鎖鎌の分銅が飛んできて地面に引きずり倒された。



「あぐぁッ!!」

いつの間にか背後に回っていた王李が鎖鎌を持って微笑んでいた。


こいつ、ずっと前の方に居たのに、瞬間移動でもしやがったのか!?



「ひゃははははは!!! 回せ廻せ舞わせ!!!」

「そーれ、ぐーるぐーる。」

そのまま鎖を振り回され、ぐるぐると俺は宙を回転する。

そして、このままでは一本足打法みたいな感じ青龍偃月刀を構えているジャンキーが待ち構えている方向にぶん投げられるのは目に見えている。



「舐めるなよ、人間!!」

だが、クラウンの放った炎の一閃が俺の鎖を断ち切ると、俺はそのままあらぬ方向へ吹っ飛んで行ってしまった。



「・・・・立ち直りが早い、優秀な精霊魔術の使い手はこれだから厄介だ。」

気だるそうな王李が呟いた。

後で聞いた話だが、精霊魔術は環境の変化に非常に弱いらしく、草原に満ちる精霊を先ほどの火炎弾で散らされてしまったのである。自身が大きく移動しても精霊は付いてくるものではないので、防戦向きの魔術なのだ。


そこで熱気で生じた火属性の精霊を使うクラウンの機転は中々出来ないことらしい。

基本的に魔術の性能が万全に発揮できるのは、ちゃんと準備をすることを前提とされているのだから。ふざけた奴だが実力は本物だから性質が悪い。



「私も、聖堂騎士を舐めてもらっては困る!!!」

エクレシアもあの程度でくたばるとは思っていなかったから、別にこのタイミングで王李に斬りかかったのは別に不思議ではない。



「サイリス、お前も手伝えよ!! ああもう、やっぱり火は効き難いなぁ!!」

オマケにもう一発爆発を発生させて二人を攻撃したクラウンは、ちゃっかり彼の後ろで魔方陣を張って身を守りながら伏せているサイリスに怒鳴った。



「そりゃあ、火を使った魔術なんて普遍的すぎてどんな魔術師だって対策はしてるし、直接火をぶつけたところで効果は薄いわよ。

それに槍についている飾りや彫刻とかの装飾は護符やアミュレットとして機能している、槍系の武器がやたら華美な物が有るのはそういう理由があったりするのよ。

ああ見えて攻守一体の武器だもの。あいつら戦闘バカに見えてかなり構成を考えて戦ってる。普通の魔族なら百人束になっても勝てないわよ。」

サイリスの言うとおり、連中の持っている長柄の武器には一つ残らず何かしらのや彫刻などで装飾が施されている。あれが魔術的な攻撃を効きにくくしているようだ。

飾り房とか、何の為に付いているのかと思っていたがそういう意味があったのか。



「だから君も手伝えって言ってるんだよ、面倒だね。武器で傷つけられない奴がいるんだから君も少しくらいバックアップしろって。」

「私、攻撃用の呪術なんてそこまで強力なのは無いわよ。戦闘に向いてないし。」

自虐的な言い方だったが、事実であった。



「それに狙うなら女の方が良いわよ、あれは煉丹術で男の方の体内の毒素を女の方が自分の体内で昇華しているのね。そういう器官が煉丹術の使い手にはあるから。

だからヤバイ薬使ってもある程度は平気みたいだけど、今なら死活問題のはずよ。

さっき水銀で体内の毒素をやり取りしていたし、今のようにそんな長時間は離れられないはず。もしくは女をどうにか引き離せばどうにでもなるはずよ。」

「はず、はず、はず、そればかり。断言しろよ。」

「だって~、確証は無いもの。」

情けない声をあげるサイリスに、クラウンは溜息を吐いた。



「確かにそうだろうけれど、多分無理だよ。」

「は?」

「お前、分かってないな。あんな連中、どうやったって引き離せるかよ。」

「これだから夢魔のくせに処女はダメなんだよ。」

「はぁ!? それは関係ないでしょ!!」

この時ばかりは俺とクラウンも妙に息が合ってしまった。


そして俺も漸く鎖を全部取り外すことに成功した。何気に厳重で苦労した。




「くッ、強い。」

流石にクラウンの援護を受けてもエクレシアだけでは押し切れないようだった。



「どうする、バカみたいな連中だが、連携の完成度はヤバイぞ。」

「連携というよりは、ベルセルクの攻撃力と突破力を生かすよう、彼女が立ち回っているだけですよ。彼の行動には合理性が感じられない。」

・・・エクレシアの言うとおりだろう。


連携がすごいと言うより、王李のサポートが的確すぎるのだ。



「やっぱり女を先に潰さなきゃ無理だろうね。こっちは連携できてると言うより防戦一方だから何とかできているって感じだし。」

経験の差だろうね、とクラウンは言った。


実際俺たちは連携なんて組んだことも無いのだから当然ではあるが。



「サイリス、僕の盾になるか援護するかどちらか選べよ。」

「・・・・・うう、分かったわよ・・。」

「じゃあ、僕らは何とか合わせるから、何とか頑張ってよ。」

「了解。」

「はい。」

現状そうするのが一番だろうから、俺もエクレシアもクラウンの言葉に頷いた。



ちなみに、あの狂人どもが暢気に相談を許すはずも無い。

ならなぜそんなことが出来たかというと、二人の動きも止まっているからだった。








「(・・・毒素の周りが早い、興奮しすぎている。

元々蓄積している分もあるし、これじゃあ、もう10分持たない。)」

ジャンキーと背中合わせで水銀の動脈で繋がっている王李はそう確信を抱いた。


「リー、アレだ・・。」

「でも、今の貴方には・・・。」

「今? 今ってなんだ、うわっはははははははははは!!!!」

げらげら笑い声を挙げるジャンキーは、いつもどおりである。

騙し騙し命を延命させているが、本当に不死の秘薬でもなければ彼は助からない。


そう、彼にはもう、これから、なんて無いのだ。



「分かった。全て貴方の好きにしましょう。」

「ぎゃははははははははは!!!」

ジャンキーは笑う。獣の咆哮のように笑う。







「しゅーくーてーきーよー、そーろそろ、閉幕にしようぜー!! わはははははははは!!! ぎゃははははははは!! いひゃひゃひゃ!!」

ゆらゆらとゆっくりとした足取りでジャンキーが歩いてくる。

どういうわけか、無手である。

今までずっと武器にこだわっていたのに。



「いい加減にしろよなお前。」

俺は、腰のベルトにあるホルダーの中に入っている松明をいつでも取り出せる位置に挿してそう言った。



「お前の剣、業物だなあ!! ひゃひゃひゃ!!

じゃ、俺のもとっておきのを披露させてやるよあひゃひゃひゃひゃ!!」

そう喉元を大きく晒しながら笑い声を上げるジャンキーの手には、いつの間にか剣が握られていた。


いや、それを剣と称して良いのだろうか。

持ち手の柄だけしか存在していなかったのだから。


それにしては無駄に意匠の凝らされた柄だった。刀身と柄の間にある剣格にはライオンとヤギ、グリップエンドに蛇の彫刻が彫られている。そこに刀身さえあれば、さぞかし名剣だったことだろう。


また頭がおかしくなって、いや、おかしい頭が幻覚でも見ているのだろうか。

俺は、最初はそう思っていた。




「さあ、叫びを上げろ!! ――――魔剣『キマイラヘッド』!!!」

その柄だけの剣を頭上に上げたジャンキーが叫んだ。



なんと、次の瞬間、虚空から突如として無数の刃物といった武器が、百や二百ではきかない数が次々とその柄だけの剣の刀身となろうとガンガンと集結していったのだ!!!


日本刀は勿論、中国刀やサーベル、シミター、ファルシオン、グラディウス、グレートソード、クレイモア。刀剣だけでなく、トマホークや薙刀、バルディッシュに青龍偃月刀、トライデント、ハルバードなどの長柄の武器。刃が付いているなら矢や鎖鎌、果ては包丁や鋏にメスや、もう武器なんて関係が無い。



とにかく古今東西のありとあらゆる刃物が無数に連なり、塊のようになって巨大な蛇のように蠢いているのだ!!




「・・・・・・はぁ!?」

なんだよ、あれは。


不恰好な武器の集合体みたいなそれは、もはや剣とかそういうレベルではない。

それを一番近い言葉で表すなら、武器だけを寄せ集めて作った釘バッドみたいだ。



「・・・魔剣!?」

「あれのどこが剣なんだよ!!」

驚愕するエクレシアに突っ込む暇なんて無かった。




「死いいぃぃぃ、ねええええぇぇぇぇっ!!!!」

そして、そんな馬鹿げた代物を振り下ろしてきたのだ。


しかし、そんな巨大な物体は振り下ろされる最中に空中分解を引き起こし、バラバラに崩れて無数の刃の雨となって落ちてきたのだ。



「くそッ!!」

「ひゃあああーあーあーあーああははははははははあは!!!」

武器が豪雨のように降る中、ジャンキーは十振り近く残った武器の塊を振りかぶって強襲を仕掛けてきた。


武器耐性のある奴は当然そんな刃物の豪雨なぞ気にすることなく、巨人の腕を思わせるような武器の固まりを携えて、正面から突っ切ってきた。



「くそッ、―――あぐあ!!!」

『アキレスの盾』で武器の豪雨を防ぐ。正面に武器がじゃらじゃらと積み重なるが、それも一緒に巨大な武器の塊でぶん殴られた。


防壁なんてまるで機能していないような一撃だった。


全身に剥き出しの刃物の刃が食い込む。



「ああああああああ!!!」

そのまま地面に叩き付けられれば、更に刃が深く突き刺さって俺は悲鳴を挙げることしか出来ない。


武器の塊が離れれば、追撃のように上空から刃物の豪雨が襲来する。



「メイさんッ!!」

「彼の邪魔をするな。」

助けに行こうとしたエクレシアが、突如として彼女の前に現れた王李が両手にグラデュウスと中国刀を携えて現れたのである。



「縮地か!?」

エクレシアが対応して剣を振った頃には間合いの外から槍の一撃が彼女を見舞った。


「ぐッ!!」

槍で腹を一突きされても怯まずエクレシアは王李に向かうが、イタチごっこなのは目に見えていた。



「邪魔だぁ!!」

竜巻のような防壁を張って刃物の豪雨から身を守ったクラウンは、それをそのまま利用して一気に解き放ち、まだ振り終わっていない刃物を吹き飛ばした。



「ひーん、もういやー!!」

やっぱり魔方陣の防護の中で伏せていたサイリスは大量の刃物で埋まっていた。




「くそ、いてぇ!!」

目の前に迫っていた分は何とか転がって躱し、残りはクラウンが吹き飛ばしてくれたから何とかなったが、不思議なことにジャンキーの追撃がなかった。


まだ動ける。

服は血だらけだが、致命傷は運良く避けられたようだ。

これくらいならまだいける。



「ぎゃはははは!! 来いよ来いよ!! ひゃはははははははは!!」

ジャンキーが武器の塊を頭上に掲げる。


すると、飛び散った無数の刃物がそこに吸い寄せられるように飛んでいく。

そう、広範囲にばら撒かれた無数の刃物が、である。


広範囲にばら撒かれた刃物は集結する過程で無作為に敵に直撃させることを狙っているのだ。



「これが目的か!?」

背後から次々と飛んで彼の元に集結する武器たち。


それは彼の近くに居れば居るほど、どこからか飛んでくるかも分からない刃物の危険性が増すのだ。

当然、近づいてくるなと言って聞いてくれるほど、ジャンキーは優しくない。




「うっひゃああははははははははははは!!」

半端に大きく武器を吸収して大きくなった塊をジャンキーは地面に叩きつけてくる。


それだけで周囲に武器が飛び散り、危険な範囲攻撃になる。



「くそ、『アイギス』ッ!!」

ジリ貧になると分かっていても、『アイギス』によって全方位の障壁を張って身を守るしかない。


そこに肥大化した武器の塊が叩きつけられた。



いかな大量の武器と言えども、『アイギス』の防壁を突破することは出来なかった。

だが、今度はいつまで経っても大量の武器の塊は『アイギス』の防壁に張り付いたまま動かない。



「こいつ、まさか!?」

がんがんがん、と無数の武器が集約される音が周りから聞こえる。

あの大量の武器が俺の周囲に一気に集まってきているのだ。


そうなったら、この『アイギス』の効果が切れると同時に、アイアンメイデンのように串刺しにされ、その質量から圧死することだろう。

勝利を確信しただろう、ジャンキーの哄笑が聞こえる。



今度こそマズイと俺は絶望しかけた、その時である。




「《地獄の26の軍団を統べる偉大なる君主、セーレよ!!

我が召喚に応え、我が願いを聞き届けたまえ!!!》

―――あの武器を、全部向こうに飛ばしてぇぇええ!!!」

悲鳴のようなサイリスの詠唱が聞こえた。


その次の瞬間、本当に一瞬で俺の周囲を埋め尽くしていた武器や刃物が消えうせ、かなり離れたところにどっさりと塊で落下したのである。



思わず振り返れば、半透明のペガサスみたいな馬に乗った男が消えうせる瞬間を目撃できた。その足元には、手の平に短剣を突き刺して血を流して魔術を発動させたサイリスが居た。


そこからは、多分考えて行動はしていなかったと思う。



あの武器の集約はあのジャンキーの持っていた柄のような魔剣を基点にしている。

つまり、あいつが近くに居なければ大量の武器で押しつぶすなんてことは出来ない筈である、とよくも知りもしないのに思った。


だが、その推論は的中していたらしく、十メートルの距離も無くジャンキーが居た。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

俺は、腰から松明を抜き去り、それをジャンキーに向けて思いっきり振りかぶって叩き付けるように向けた。


―――『追従』 攻撃呪術『ヘカテーの松明』を代理詠唱、術式の圧縮による超短縮発動を行います。負荷はキツイですよ。



俺の持つ松明から、爆発的な炎が吹き荒れる。

巨人を焼き殺したと言う伝承の炎は、たとえ多少の防護などあろうとも諸共焼き尽くしてしまうだろう。



ジャンキーは、笑っていた。

まるで熊が叫び声を挙げるように、両手を挙げて咆哮するように。




「――――――ッ!!!!!!」

それは、誰かの名前だったと思う。


寸前で、王李がジャンキーの真横に現れて突き飛ばし、身代わりとなって松明の炎を受けたのだ。




俺は、負荷と急激な大量の魔力の消費から疲労感と虚脱感が激増し、立っていられずに膝を突いて、何とかそれ以上は魔剣を杖にして踏みとどまった。

しかし、それだけだった。


この状態でジャンキーから攻撃を受けたら、恐らく抵抗すらできなかっただろう。

できなかっただろう、なのだ。それは限りなく事実に近い憶測でしかない。


なぜなら、追撃は永遠に来なかったのだから。




「リー・・・・。」

呆然と、ジャンキーは立ち尽くしていた。


下半身が丸ごと消え失せた、王李を見下ろして。



「ごめ・・ん・・なさ・・い・・、もう、わたし、おどれ・・な・・」

地面を這いながら、王李はジャンキーの足元にまで迫り、膝を突いた彼に手を伸ばした。

しかしそれは彼の胸にまでしか届かなかった。



「あ・・・まさか・・・あなた、本当は・・・」

彼女が何を言いたかったのか、それを聞く術はその直後に永遠に失われた。


ぱたん、と王李は力尽きたように地面に完全に倒れたのだ。




「・・・・・・・・・・・・」

ジャンキーは、最後に俺を一瞥し、手に持っていた柄だけの魔剣を俺の足元に投げ捨てた。



「・・・・・おい。」

その意図を確かめる間も無く、彼は王李の懐にあったミセリコルデを手に取り、自身の首に突き刺した。


すぐに刃は彼自身の手で抜かれ、血飛沫が舞った。

彼には恐ろしいほどの武器に対する耐性があったはずなのに。



彼は、残り数分も無い寿命を全うするまでも無く、自ら死に至ったのである。

恐らく、王李が使うはずだったのだろう、致死の負傷に苦しむ仲間を救うための短剣を使って。




「・・・・・・・・・・・・・」

訳が分からなかった。


こいつは、何がしたかったのか結局は分からなかったのだ。



「メイさん!! 大丈夫ですか!!」

すぐにエクレシアが駆けつけて、治癒魔術を施してくれる。

俺の体内の魔力が消費されていて希薄故に効き目は悪いが、傷口は大方塞がった。


「ああ・・・・」

俺は呆けたようにそう返した。


死んだ二人は、お互いの手を重ね合わせてそのまま力尽きていた。



「全盛期の彼らなら、私たちに勝ち目はなかったでしょうね。」

「・・・ああ。」

死に体の人間とは思えない戦いぶりだった。

多分、あいつがまともだったら、尊敬すらしていたかもしれない。



「・・・・・なんだ呆気ない。

もっと最後までバーンってやってくると思ったのに。」

俺たちは必死こいて戦ったのに、クラウンはまだまだ余裕そうである。地力が違うのは分かっていたが、あんな凄まじい状況であせりすらしないとか、こいつの精神構造を一度で良いから覗いてみたいものである。



「痛い、痛い、痛い。もういや、帰る、私。」

「あ、助かったぞ、サイリス。」

よろよろと怪我した手を押えて立ち上がるサイリスに、俺は声を掛けておいた。

あのタイミングで彼女の助けがなかったら多分俺は死んでいただろうから。



「セーレじゃなかったら成功しなかったわよ。地獄の君主を呼ぶなんて本当なら全然技量不足なんだから。運が良かったわね、あんた。」

「ああ、埋め合わせはちゃんとする。」

「約束だからね。」

そこだけ凄みのある声でサイリスはそう言った。

悪魔の約束は絶対である。破ったら多分殺されるかもしれない。


俺はこくこくと頷いた。

そして、飛び去って行く彼女を見送ることしかできなかった。



「どうする、こいつら?」

「うーん、とりあえず旦那に引き渡すかな。まあ、すぐに焼却だろうけど。」

「そう、か。」

俺は何となく頷いた。

今、俺は何をどうすれば良いのか分からなかったのだ。



そんな時である。




ドカン、と上から爆音が響いて、ガラガラと瓦礫が落ちてきたのである。

見上げれば、“天井”に穴が空いていたのである。



「ジャンキー、王李。両名死亡確認、と。

まったくこういう仕事は二度とやりたくないね。」

瓦礫の上には、なんと二人の男女が居た。



「魔法少女サイネリア、参上!!」

「バカやってないでさっさと運ぶぞ、こんなクソ淀んだ空気の場所に長居したくない。一秒でも早くクソみたいな仕事を終わらせんぞ。」

一方はどこかで見たことがあるポーズを決めた痛々しいゴスロリの装束の女で、もう一方はいかにも根暗そうなローブの男である。



「貴方たちは・・・“処刑人”ですね。」

「んー? 人間っぽいのが居るが、これは魔族かね。連中には人間に似た奴が居るって聞くし。どうだろうな。どうでもいいが。」

エクレシアにそう言われても、本当にどうでも良さそうにそう言って、その男はジャンキーと王李の死体を瓦礫の上に運び出した。



「おい、そいつらは」

「ああ、こいつら反逆者ね。

ちょうどたったさっき処刑命令がでたの。『盟主』権限で。だから殺しにきたんだけど、死んでいた。ラッキー。仕事終了。はい終わり。」

ぱん、と手を叩いて男は説明する気もないのか、それだけ言って踵を返した。



「おい、ふざけるなよ!! お前ら、仲間じゃないのか!!」

「魔族の領域に勝手に侵入した挙句、暴れた連中が仲間なんて始めて知ったな。」

「早く帰ろうよ。」

とぼけた態度の男と対象的に、ゴスロリ女はさっきと打って変わって気だるげでやる気が無さそうだった。



「そうだよ、ふざけないで欲しいな。こっちは被害を被ったんだからね。」

「だから、関係ないんだって。こいつらは反逆者なんだから。それを処理するはずの俺たちが処理する前にあんたたちが倒した、それでいいじゃないか。」

どう見ても自分たちの失態をもみ消す気だ。その為にこの二人を反逆者に仕立て上げる気なのだろう。多分上司まで絡んで。

クラウンもその態度と対応にはカチンと来ているようである。


しかしすぐに殴りに行かないと言うことは、彼の天秤ではここで殴るより挑まない方が得策と出ているのだろう。

それにこの様子では、何を言っても無駄なのかもしれない。




「じゃ、こいつらの死体は持って帰るから。」

「・・・じゃあ、一つだけ教えろ。」

「まあ、事実を知るには勝者の権利だわな。真実とは限らんが。」

「・・・・こいつの、宿敵ってのは強かったのか?」

「は?」

何を言っているのか分からない、と言った様子で男は首を傾げた。



「経歴から、こいつが恨みを抱くような対象は居ないな。因縁も有りそうな輩もいない。多分、こいつの想像上の人物じゃないのか?」

懐から取り出した紙の束を捲りながら男はそう言った。


「は? ・・・・じゃあ。」

「ふん、ヴィクセンの旦那は死に場所を探しているとか言ってたが、これはどちらかと言うと死ぬ理由を探してたってところじゃないかね。」

男は二人の死に様を見下ろしてそう言った。



「どういうことだよ・・・・」

「さて、ね。真意を語る口はもはや無い。

・・・・・・残りは想像で補完するしかないんだろうな。」

男はそう言って、瓦礫の上に乗った。


すると、ゴスロリの女がそれを蹴り上げると、それが飛び上がるより早くその上に乗って“天井”に瓦礫が嵌った。

文章にするとおかしいが、本当にそうやって上へ消えたのだからしょうがない。


皹だらけの“天井”も、どういう仕組みか勝手に修復されて元通りになった。




「・・・・・・・訳が分からん。」

今回の一件は、それに尽きた。


何が起こったのかも、誰か俺に説明して欲しい。



「帰りましょう、世の中には、深入りしない方がいいこともある。今回の一件も、そういう事情が絡んでいるのかもしれません。」

「・・・・そう言うもんかね。」

「ええ、そうでなければ“処刑人”なんて出張ってきません。」

エクレシアがそう言うのならそうなのだろう。

ここの事情は俺よりずっと詳しいのだから。


それでも、なんか納得いかない事態だった。



「もう僕も面倒くさくなってきた、帰ろうよ。」

「・・・・ああ、そうだな。」

クラウンも疲れたようにそう言ったので、俺も頷いておいた。


そんな俺にも、一つだけ分かったことがある。



今回の一件の主人公はあの二人で、俺たちはその中心にすら居なかった。

殺し殺されるなんて関係にまで発展しながら、である。普通は主役級のイベントだと言うのに。全くふざけている。



そう、これはきっと、そんなふざけた話なのだろう。

だからきっと深層に辿り着いても、下らない内容に違いない。


俺は、そう納得することにした。

思考を放棄したと言ったって良い、言い訳はしない。



俺は、最後に足元に落ちていた柄だけの魔剣を拾い上げた。

すると、あれだけあった武器の塊が消え失せていることに気が付いた。




―――『蒐集』 魔剣『キマイラヘッド』を本書に収納しました。特定個人専用のパーソナルウエポンながらマスターの魔力波長パターンと適合を確認。以後本書の武装として登録、マスターならば自由に使用可能となりますが、マスターの技量では使用はとても推奨できません。



魔導書がそう言うが、俺だってあんな魔剣を自分で使いこなせるとは思えない。

それがどれだけ凄い事だか知るのは後になるが、今はそれを聞いたとしても喜ぶ気には成れなかっただろう。


この後、ゴルゴガンの旦那への説明や負傷者の手当てその他諸々の仕事が待っているのだから。



そうして、酷く疲れたその日は幕を閉じたのである。














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