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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
一章 魔族と人間
18/122

第十六話 死に場所を求めて




数日も前の話である。



そこは、一言で言うなら、薄暗いはずのショットバーである。

店の目的は当然グラス単位でのカクテルや水割りなどを提供する趣と雰囲気を大事にする酒場である。


店内も木造のカウンターや椅子などが置かれており、控えめな照明はいい感じに薄暗い。いかにも魔術師が好みそうな薄暗さだった。



しかしながら、店内に備え付けられている大型テレビからは白と黒のフリフリなゴスロリ衣装を纏った少女二人が巨大な化け物を蹴り倒し、爆発させている光景のアニメが大音量で流されていた。



「私の時代、到来!!」

「馬鹿かお前。」

そしてそれを見てドヤ顔を決めて力強く拳を握る女に、冷静に突っ込む男が居た。

男は真っ黒なローブで、目つきも悪く暗い雰囲気の若い男である。はっきり言うとこの店内にもそのアニメにもまるっきり似合っていない。


「サイネリア、あれのどこが魔法少女だよ。変身ぐらいしか魔法っぽいの使ってねーじゃねぇか。」

「さすがアニメの国日本。十年前から一貫してこのスタイルを貫いていていた私に時代が追いついた!!」

「そうだよな、お前が話を聞くわけねーもんな。分かってたけどよ!!」

男のうんざりした様子などなんのその、サイネリアと呼ばれた女は流れ出したエンディングに合わせて曲を熱唱し始めた。



男の名前はロイド。

このぶっ飛んだ女となんと五年もの間も組んで仕事をし続けている男である。


彼女は普段は気だるげで自堕落で自分の生活すらまともに出来ていない女なのに、こういう場合と戦闘時は人が変わったように熱狂する。

完璧に人間としても終わってるが、今アニメに出てきた少女達もビックリするような戦いを繰り広げる。


魔法少女が変身して戦いを終えるくらいの時間で町ひとつくらいは軽く壊滅させるくらいには危ない魔術師である。だが、これでも天才であるので比較的優遇されている。

それで付いた二つ名が“暴虐の使徒”である。


ロイドはそんな彼女のストッパーであり、制御装置であると自覚している根っからのまともな組織人である。




彼と彼女の仕事は、一言で言えば殺し屋である。

誰かに金で雇われて誰かを殺すのではなく、一組織に所属し邪魔者と反逆者を始末する殺し屋である。


その組織というのが、魔族が“箱庭の園”と呼ぶ魔術師の組織の本部である。ここの人間は単純にこの場所を『本部』と呼ぶ。

で、彼らはそのトップである『盟主』直属の抹殺部隊。人呼んで“処刑人エクスキューショナー”。


千年に渡る魔術の秘匿に大きく貢献してきた現在二十人足らずの精鋭部隊である。




と、聞こえは良いが所詮は人を殺すしか能のない生産性の無い一代限りの問題児や、特に訳ありの魔術師がその英知を『盟主』に捧げる変わりにその庇護を受けた者など、はっきり言ってはみ出し者ばかりである。


当然性格はそこのサイネリアのように捻じ曲がってたりぶっ飛んでたりとまとものまの字があるのは極僅かなのが悲しいところだ。

それでもちゃんと運用できている辺り、異常性の中にも規律は存在していたようだ。



「これのどこが面白いんだか・・・。」

今年で二十七になるロイドは残念ながらこの『本部』ではもういい感じの中年である。価値観はサイネリアに比べれば比較的にまともとは言え、それの面白さを理解するには少々年を取りすぎている。



「えー、ロイド君、おもしろいよー、あれー!!」

そして、彼の隣にはいつのまにかまだ幼いだろう少女が楽しそうな表情をしながら笑っている。


「・・・ヴィクセンの旦那、こいつ邪魔だからちゃんと捕まえててください。」

「ああ・・・・。ソニア、こっちに来なさい。」

同じ店内の隅っこで一人飲んでいる渋い雰囲気の四十台の男がいた。

こちらは完全に雰囲気に溶け込んで目立っていなかった。



「はーい、パパー。」

そして、ソニアと呼ばれた少女は、その男の隣に座ってにこにことしている。



「ロイド、お前もそろそろいい年だ、少しは身を固めたらどうだ?」

「呪い殺しますよ旦那。俺がどういう理由でここに来たか知っているでしょう? 必死に媚売って命を繋いでるんです。そんな暇ないっすから。」

「お前ほどの男がもったいない。サイネリアとはいい雰囲気だと思うがどうだ?」

「冗談やめてくださいよ、本気で殺しますからね。こいつと一緒になるくらいなら『盟主』を口説いたって良い。こいつとなんてベッドに行く前にぐちゃぐちゃになるって。」

真剣に、これ以上ないくらい真剣にロイドはヴィクセンと呼ばれた男にそう言った。



「じゃあソニアがロイド君のお嫁さんになろうかー?」

「それはパパが許さん。」

ロイドに純粋な瞳を向けてくるソニアを、しかし父親が即行で斬って捨てた。



「えー、なんでー? ロイド君、その内きっと株上がるよー?」

「こんな見るからに根暗な男なんてパパが許しません。ダメッたらダメだ。」

「・・・・・・・」

もうロイドはこの親子の会話を無視することに決めた。



そもそもなんでこんなバーで魔法少女のアニメなんか見させられているかというと、サイネリアの部屋のテレビが壊れたから、仕方ないので行きつけのここに来ている。バーのマスターはとっくに諦めている様子だ。

他に機械なんて使う知り合いはいない。

サイネリアも大概だが、ロイドは自分の交友関係も狭いなぁ、と思った瞬間だった。


さて、そんな苦労性なロイドが諦めかけていたその時である、バーの入り口がバンと開かれたのである。




「おい、ここにあいつは来ていないか!!」

「ん?」

誰かと思えば、自分達やヴィクセンと同じ同僚の“処刑人”であった。



王李ワン・リー。じゃないか。復帰したのか?」

「それどころじゃない、あいつ、ジャンキーの奴はどこか知らないか!?」

血相を変えて入ってきたのはまだ若い女だ。

アジア系であり、その服装から一目で中華圏の人間だと分かるだろう。



「ジャンキー? いつも麻薬でラリってついに寿命がきたあいつの面倒みてたんじゃないのか? 流石にもうくたばったと思ってたが。」

「同業者としては笑えんな。」

カクテルを煽ったヴィクセンが静かに呟いた。



「そうなのよ、もう動ける体じゃないって言うのに、あいつ、訳分かんないこと言い出してどっかに飛び出して言っちゃったのよ!!」

「あいつがまともなことを喋ったのを聞いたこと無いがな。」

王李の必死な言葉にも、ロイドは皮肉っぽいニヒルな言葉を紡ぐばかりだった。



「あいつなら、多分昇降魔方陣の方よ。」

すると、なぜかマスケット銃をゴルフクラブのように構えて素振りをしているサイネリアがそう言った。



「今朝、そっちの方に歩いていくの見た。あいつはいつも笑ってるからよく目立つ。」

「そう、恩に着る!!」

王李はそれだけ聞くと、すぐにその場を後にした。



「・・・・・・どうやら、死に場所を求めているのだろうな。奴も戦士だ。無様にベッドの上でただ死ぬことは出来んよ。」

「俺にはちっともそうは思えんがね。でも、面倒なる前に何とかしちまったほうがいいんじゃないかい?」

「黙って死なせてやりたいものだがね。・・・・行こうか、ソニア。」

「はーい!!」

ヴィクセンはカウンターに金を置き、元気に返事をしたソニアを伴ってバーを出た。


「ったく、ただ働きかよ。おい、サイネリア、いくぜ。」

「~~♪」

ロイドがサイネリアの方を向くと、ヘッドホンを付けて大音量で何かのテーマ曲を聴きながらダンスをしていた。


ぶちっ、とロイドの中の何かが切れた。



「・・・・・ここは旦那みたいにハードボイルドに決めるところだろうが!!」

「イエーイ!!」

「くそが、最低でも二十●歳のくせに。」

決めポーズっぽい何かをしているサイネリアにそう吐き捨てたが、その直後、彼の頭上にマスケット銃が振り下ろされた。


「かちわりなう!!」

「っざ、けんなよ、てめー!!」

ロイドは咄嗟に避けたが、座っていた椅子は真ん中からぐちゃぐちゃである。



「私はまだ十二歳よ、ボケッ!! 永遠に歳取らないの!!」

そこだけはしっかり聞こえていたのか、ピンポイントでサイネリアは怒鳴った。


その衝動でか、彼女は目の前の椅子を蹴り上げた。



「分かった、分かったから、俺が悪かったから、自主活動しような? な?

最近『盟主』の評判も悪いし、これ以上下げないように俺らが頑張らないといけないだろう? そうだろう?」

無残に蹴散らされて木っ端微塵になった椅子の残骸を見下ろし、ロイドは取り繕うようにそう言った。この間合いで彼に勝ち目は無いのである。


「命令じゃなきゃ働きたくないでござる・・・。」

「・・・・じゃあ、『盟主』に話を通してくるよ!!」

流石にサイネリアの態度にムカついたのか、ロイドはカウンターを叩いてそう言った。



サイネリアは、そんな彼の顔を気だるそうにじっと見つめると、何を思ったのか、懐から金貨を数枚カウンターの上に置いた。


「・・・・さっさと終わらせるぞ。お前の気が変わらないうちにな。」

「・・・・・・・・」

長い付き合いからそれを肯定と受け取ったロイドは、急に気力を失ったかのように脱力した彼女の手を引っ張ってバーを出た。



「義理で動くといつか死ぬよ。」

「お互い、まともな死に方できると思ってんのか? 馬鹿馬鹿しい。」

ぼそりと呟いたサイネリアに、ロイドは相変わらず捻くれたニヒルな言葉で返した。



「だから良いじゃねえかよ、あいつを好きに死なせてやってもよ。」

「・・・・馬鹿みたい。」

気だるげに言って、サイネリアはヘッドホンのボリュームを上げた。





そして、数日後である。



「魔獣に食われて死亡、案外あっけないもんだったね。」

サイネリアに顔面を殴られて気絶している巨大な大蛇の魔獣は、戦傷であちこち血だらけだった。


ふらふらと歩くジャンキーをこの第十二層で発見したのだが、そのまましばらくすると魔獣が現れたらしく物々しい事態になったかと思うと、彼はぱっくり頭から笑いながら食われたのだ。



「三十人がかりで手も足も出なかったのを・・・一撃で・・。」

「ああ、俺たち“処刑人”ね。こいつを倒した手柄はやるから、『盟主』のお陰だと思って感謝しとけよ。」

ロイドはこの魔獣と戦っていた魔術師のリーダーにそう言った。



「さて、張り込みでソニアも疲れたようだ。先に帰らせてもらおう。」

ぐっすりと眠ったソニアを背負いながらヴィクセンはそう言った。


どちらかと言うと、彼はがっくりと膝を突いて呆然としている王李を一人にしてやりたかったのだろう。



「処分は任せるわ、俺たちがそこまでしちゃあんたらの面目も立たんでしょ。報告も出来ないだろうからな。」

「あ、ありがとうございます!!」

「礼はあの怪力バカに言えよ。」

ロイドはどうでも良さそうにそう言った。



「お前はどうするよ?」

向こうで戦闘の締めに何かのテーマソングを痛々しい魔法少女装束で熱唱しているサイネリアを尻目に、ロイドは王李に尋ねた。



「・・・この魔獣が処分されるのを見届けてから、復帰すると伝えてください。」

「ああ、でも多分下に運ばれると思うぜ。そこじゃあ流石の俺たちも不干渉だ。仮に行ったとしてもただじゃ済まないかもな。」

「ふふ、私がどんな魔術師か知っているでしょう?

ちゃんと見届けたら何もせずにすぐに帰ってきますよ。」

王李は儚く笑ってそう言った。



「・・・・・俺たちじゃそこまで付き合えないからな。せいぜい、人間らしい死に方を出来るようにがんばって帰ってこいや。」

そう言ってロイドは夢中で踊っているサイネリアを引っ張って行こうとしたが、彼女はそれを不快の思ったのか彼を蹴り飛ばした。



「あなた方が羨ましいですよ、私は・・・・。」

「・・・・・・・お前も、か。」

死に場所を求めている、サイネリアは王李を見てロイドを踏み潰しながらそう思った。




そして、今に至るのである。



「ジャンキー・・・・そうですか、死に場所を見つけましたか。」

魔獣の頭部を切り刻んで現れた男を遠くから見届けて、王李は目から流れる滴を指で静かに拭った。




「あひひひひひひひひひ、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

「なんなんだよ、お前!!」

当然、そんな事情も知るよしもなく、理不尽に襲われたメイは混乱と恐怖の極地にいたのである。



とんだ災難である。





・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・





「おーれーのー、しゅうううくてきぃぃぃいいい!!!!」

まるで野人のような俊敏さで奴は俺に斬りかかって来た。


ぶんぶんと両手の剣を振り回すその姿に、合理性など欠片もなかった。



「何だこいつ!! ラリってやがんのか!! この麻薬中毒者ジャンキーがッ!!」

奇しくもその時、俺はそいつの名乗っている名を言い当てていた。



「ぱらりらぱらりらーーー!!!」

意味不明なことを言いながらそのジャンキーは両手の剣を振り下ろした。



「『アキレスの盾』よッ!!」

ガキン、と俺の前に現れた円形の障壁がその一撃を阻んだ。

だが、どんな力で叩き付けたのか、攻撃したはずの剣が二本とも折れてしまっていた。



「うりゃあ、あははははははははは!!!」

しかし折れた剣を二本ともお構いなくそのジャンキーは障壁に何度も何度も何度も狂ったように叩き付ける。


俺は、正直言いたくないがビビッて一旦距離を取ろうと防護の魔術を使ったのだ。

と言うかこんな狂人を前にして引かない奴がいるなら俺の前に連れてきてほしいくらいだ。そいつに戦ってもらうから。



そして、ジャンキーはバカみたいな腕力で『アキレスの盾』を突破して、根元から折れて完全に使い物にならなくなった二本の剣を俺に向けて振り下ろしてきた。

普通に反応するのも難しい早さだったが、正面に捉えている現状でそれはなかった。



「うっははははは、死ね死ね死ねええええ!!!」

「こいつ・・・・幻覚でも見てんのか?」

しかしそいつは無いはずの刃で俺に斬りかかる。狂ってまで染み付いた修練が仇となったのか、剣の間合いで斬りかかっていているので完全に空振りしている。



「いっひひひひひひ、相変わらず、うふふふふ、丈夫だなぁあああひゃひゃひゃ!!」

こいつは、俺なんて見ていなかった。

偶々どこかの誰かと俺と勝手に重ね合わせて敵だと思い込んでいるのだ。



「なんでだよ・・・・何でそこまでして戦うんだよ・・・・」

こんな急な状況で、情なんて沸くはずも無い。

ただ、俺はここまで狂いながら何のために戦っているのか、俺には分からなかった。



「むかしからぁ、あひあひ、こうして愛を語り合ってきたじゃねえかかか!!!」

きっとこいつは俺の知らない誰かと剣戟を演じているのだろう。


最近剣の使い方をエクレシアに教えてもらってきているから分かる。こいつは多分達人だ。この剣戟は、素人に出せる太刀筋じゃない。



「さあ、もっと、内面を曝け出そうぜ!! はずかしー!!!」

ジャンキーが両手を広げて口から血を吐き出しながら咆哮する。


すると、ぐにゃり、と周囲の空間が捻じ曲がった。



「な・・・に!?」

青と黒のマーブルが俺の視界を覆った。

周囲にはそんな奇妙な光景以外に何も見えず、誰もいない。


目の前に立っているイカレた男以外は。




「あ? なんだこれ、折れてんじゃねーかぎゃははははは!!! おい、リー!! リー!! 俺の武器はどこだ!! お前がいないと俺は踊れないじゃないか!! ふひっひひっひひひひひ!!!」

漸くジャンキーは両手の剣が折れていることに気づいたのか、柄だけとなったそれを投げ捨てる。


「ああ、そうそう、これこれ。

ありがとうな、リー。やっぱりお前がいないと俺はダメだ。」

そして、そのジャンキーは勝手に独り言を言いながら両手に青龍刀と槍をいつの間にか持っていたそれの感触を確かめるように振るった。


いつの間にか血まみれで顔も見れたもんじゃなかったジャンキーも、アジア系の黒髪を持っていることに気づけた。

そして、特徴的なのは熊っぽい毛皮のコートを纏っていることである。足元までコートの裾は延びていて動きにくそうである。



「ッ!?」

俺の背中に怖気が走った。

試しに振っただけなのに、俺は斬られたと思ってしまった。


技量が卓越している証拠であった。



「魔導書、俺の技量じゃ無理だ、サポート頼む。」


―――『了承』 記録されている戦闘経験を反映、適格化します。



それだけで俺は別人のように剣を扱える。



「昨日のごはんは何ですかぁぁぁぁぁあああああ!!」

奇声を発しながらジャンキーが斬りかかってくる。


ジャンキーの左手の槍で薙ぎ払いを繰り出してきたのを俺は左手に持ち替えた魔剣で受け流す。

そのまま踏み込んで槍の間合いを捨てて青龍刀で斬り込んで来たのを俺は最小限の動きで迎撃する。



「いーーーひゃひゃひゃひゃ!!! エンジン掛かってきたねぇぇぇぇええ!!」

そして、ジャンキーは流れるように自然な動きで槍の柄を短く持って青龍刀と合わせて鬼のような突きと斬撃を次々と繰り出してきた。



俺は槍だけの間合いに入らないように絶妙にバックステップで足元を調整し、間合いを計りながらその連撃をいなしかわし、避けていく。

到底俺の技量ではそんな芸当不可能だが、魔導書のサポートにより別の誰かの戦闘経験が俺に反映されてまるで達人のように振舞うことが出来るのだ。


それはまだ人間の常識の範疇にあるからか、水増しされる俺の技量の割りには効果は見ての通り劇的である。ぶっちゃけ、反則である。

その“誰か”は誰だか知らないが、剣術だけなら試しに挑んできたエクレシアを軽くあしらえるほど強い。


絶対どこかの英雄か達人だろうが、魔導書に誰だか聞いてもそれは記録されていないとの事だ。正直気になる。




「ああん? 誰だお前?」

ふと、その挙動の変化にジャンキーは疑問を覚えたのか、狂っていたように笑っていたのに急に目を細めて俺を凝視した。



すると、その直後、俺の頭を満たしていた無数の経験が霧散した。


「んな!?」


―――『報告』 戦闘経験をキャンセルされました。高度な精神干渉を行われている可能性が高いです。



「精神干渉!?」

「ああ、ああ、なんだびっくりした、やっぱりお前じゃないか、ぎゃはははははははは、いひひひひっひい!! ぱんぱかぱーん!! ぽぽぽぽーん!!」

そして相変わらず奇声を挙げて斬りかかってくるジャンキー。


よくよく思えば、この青と黒のマーブルの空間も異常だ。


・・・・・皆はどこに行ったんだ?





『聞こえますか、メイさん。聞こえますか!!』

「エクレシア? 今どこに居る?」

その時、俺の頭にエクレシアの声が響いた。

念話という奴だ。テレパシーで会話をするようなあれである。



『どこもなにも、すぐそこに居ますよ!!』

「はぁ!?」

『君って奴は、頭おかしくなったのかい? そっちの男もまるで武器を持って君と戦ってるみたいじゃないか。』

クラウンの声も聞こえた。



「まさか、幻覚かこれ!?」

『幻覚に掛かっているのですか? やはり相手も魔術師でしたか。』

どうやら迂闊に手を出せなかったのか、そんな風に彼女は言った。



「どーこ見てんだよー、ぎゃっははははははははははは!!!」

「いつッ!?」

だが、会話に気を取られた一瞬に俺は肩に一撃を貰ってしまった。


咄嗟に後ろに飛んだが、その痛みは確かに本物であった。



「幻覚じゃなかったのかよ!?」

『あなたが斬られたと思ったら幻覚でもそれは現実となります!! 今解呪しますから、何とか持ちこたえてください!!!』

「そんなのありかよ!?」

『幻覚でも人は死ねるよ。人間って思い込み激しいらしいじゃないか。思い込んだだけで妊娠できるんだって? 単一固体で繁殖できるんだから、人間もあそこまで増えるわけだよ。』

「ちげーよ!!」

エクレシアはともかくクラウンの奴は平常運転のようで安心したよ!!



『それより、助けてあげようか?』

「ってか、なんとか出来るならしてくれよ!!」

『何だか物々しい雰囲気だからね、魔族は決闘を邪魔しちゃいけない掟があるんだよ。何だか宿敵がどうのこうの叫んでたらしいじゃないか、誰も空気読んで加勢していないのはその所為だ。』

「妙なところで律儀な連中だな!!」

何だか知らないが勝手に巻き込まれている俺はいい迷惑だ。



「あああああうあああ!!!」

するとその時、ジャンキーが急に呂律が回らなくなって、足元がふらふらし始めた。



「リー!! リー!! どこだ!! お前が居ないと俺は踊れないんだよ!!」

その直後、目の前がぐちゃぐちゃになった。


無数の毒蛾が視界を埋め尽くす。



「うあああああ!!!」

そして、俺の体には蛆虫や芋虫やとにかく生理的嫌悪を抱くようなものが大挙してまとわり付いていた。


『どうしましたか!! しづhんも、もんvdd、。・:おgあ:ん;な!!』

エクレシアの声に何か別の音が混じって聞き取れない。


幻覚の次は幻聴かよ!!



―――『推測』 恐らく、自分の見ている光景を投射しているのでしょう。マスターが見ている光景は幻覚でも、その中では彼が現実です。


魔導書は頭の知識にある文字を使うので幻聴の影響は受けないようだった。



「あいつはこんな光景を見てんのかよ!?」

俺まで狂ってしまいそうなくらいおぞましい現実が、彼の中にはある。


俺はそれを理解することなんて出来やしない。




「・・・・ふぅ。」

すると、首筋に注射器を打っているジャンキーの姿が見えた。


俺にまとわり付いていた蛆虫や視界を覆っていた毒蛾も消え、正常な幻覚の世界へ帰ってきたようだった。

正常な幻覚って何だよ。



そして有るはずもない注射器で持っても居ない麻薬を注入していたジャンキーは、やっぱりどこか焦点のあっていない視線を俺に向けてくる。



「もっとイチャイチャ殺しあおうぜぇ、ぎひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

「エクレシア!! クラウンでもいい!! 一生のお願いだからこいつ何とかしてくれ!! ホントこいつマジでイカレてやがる!!」

もうこいつ嫌だ。




俺がそう思った時、ぶわっ、とこの世界に光が戻った。



「はッ・・・・」

気づくと、俺は百人以上の魔族に一定の距離を保って囲まれながらあのジャンキー野郎と対峙していた。



「もう大丈夫なはずですが?」

「あ、ああ・・・・。」

後ろに居るだろうエクレシアに声を掛けられ、俺は頷いていた。



「おれの、いひゃひゃひゃ、しゅく、てき、きひひひ、あはははは・・・!!」

「同業者かと思ったけど、違うわね。あれは薬を使ってリミッターを外してるだけ。それに酷似した加護を得るための魔術でしょうね。」

サイリスも憐れな物を見るような目でジャンキーを見ていた。


彼はまた見えない誰かと戦っている。もはや彼は血まみれの姿で見るも無残な姿でしかなく、幻覚で見た立派な武器も服装もなかった。



「あれが、魔術なのかよ!?」

「何を驚いているんだい。似たようなことを君はやっただろう。彼の場合極端に特化しているだけだよ。」

クラウンの言葉に愕然としている俺が居た。


確かに軽い幻覚を起こす香炉で魔力の知覚を促した。

しかし、これは度が過ぎているというレベルじゃない。



「幻覚に何か特徴はありませんでしたか?」

「そう言えば、毛皮のコートとか着て、青龍刀と槍を持っていたな。」

格好だけでも分かることは多いらしく、エクレシアの質問に俺はジャンキーをいなしながら答えた。



「毛皮のコート? それが熊か狼のものなら十中八九彼はベルセルクでしょうね。英語読みでバーサーカー。日本でも有名な単語でしょう。

北欧の戦神オーディンの加護を受けて狂気に身を堕とし、鬼のような戦闘力を発揮すると言います。ですが、彼は・・・・」

「もう死に体ね、完璧に手遅れ。

人間の耐久力なら、生きているのがおかしいくらいよ。あんな状態じゃ万全の戦闘力なんて発揮できやしないわ。」

エクレシアの言葉をサイリスが引き継いでそう言った。



「くひゃひゃひゃ、しゅくてき、おれのしゅくてきひゃはははは、おれが、ひひひ、にくくないのかあははは!! おまえをころした、俺がひゃははははは!! いひひひいひ、あひゃひゃひゃ!!」

ジャンキーは、そう言って最後に俺に手を伸ばして、力尽きたように地面に倒れた。

地面に倒れる寸前に、血を吐いていた。明らかに、致死量の。




「・・・・・・・・・・・・」

そんな無残な末路に、俺は何て言葉に表せばいいのか分からなかった。




「失礼、ご迷惑を掛けました。」

「ッ!?」

フッと倒れたジャンキーの横に、地味なチャイナドレスを纏った女がいた。黒髪だが、日本人ではないだろう。アジア系の顔をしている。



「我が名は王李ワン・リー。『盟主』直属の“処刑人”です。」

「わお、大物だね。ここで最精鋭の人殺しどもだ。」

クラウンも驚いたようにそう言った。


『盟主』ってたしかここの一番偉い魔術師だっけ、そいつの直属って事は、かなりヤバイ連中だって事かよ。

名前からして、処刑人だもんな。



王李ワン・リーですか。

中国人らしい個性の無い名前ですね。分かりやすい呪術対策だ。」

ぼそりとエクレシアが呟いたのが聞こえた。



「そんな大物が何でこんなところにいるのかな、ここは魔族の領域だよ。」

「彼の死体を回収したら、すぐにでも帰りますよ。彼の体には機密がたくさんありますから。そう説明すれば、『盟主』も納得してくださる。」

「なんだ、つまんない。」

ちゃんと言い訳も考えているようである。完璧に悪いのはあっちだが、一番偉い奴に話が行くなら流石のクラウンもお手上げの様子だった。



「それより教えろよ、どうしてそいつを助けなかったんだ?」

「どうして襲ってきた、ではないのですか?」

「死んだ奴のことはどうだっていい。どうしてお前は助けなっかった。」

俺がそういうと、王李は目を瞑ってこう答えた。



「もう戦えなくなる彼が不憫でした。

せめて最後は、思う存分死ぬまで戦って戦場で死んで欲しかった。」

「イカレてるよ、お前も、こいつもな。」

「あなたに何が分かるのですか。まともな死に場所さえ選べない、楽な死に方なんて絶対に出来ない私たちの気持ちが。

目を見れば分かりますよ。あなたはずっと安寧に浸っていたような人間ですね。

そして一人で生きている気になっている。笑わせないで欲しい。」

王李はそう吐き捨てて、振り返ってジャンキーの体を持って去っていった。




「リー・・・。」

去っていく、はずだった。



「ジャンキー・・・まだ、息が・・。」

彼が、王李の足を掴んでいたのだ。


いったい如何なる執念か、もう生きているかどうかも危うい状態にいるジャンキーが、王李の足を掴んで彼女の顔を見上げていたのだ。



「お前がいないと、俺は踊れないんだよ。リー!! 武器を!! 魔術を!! 俺たち、二人で一人の“処刑人”だろう!!」

「ああ・・・・。」

血反吐を吐きながら叫ぶジャンキーの言葉に、王李は震えて彼の手を取った。



「ごめんなさい、私もあなたのことを何にも分かっていなかった。

・・・・・共に踊りましょう、ジャンキー。」

「そうだ、それでこそ俺たちだ!! “笑う剣舞”と恐れられ、敵を皆殺しにしてきた俺たちだ!!!」

「ええ、踊りましょう、殺しましょう。心逝くままに。」

俺は、そんな二人のやり取りに思わず後退ってしまっていた。



「《我が肉体に流れるは水銀の血なり。黄金の血は不死へ至る秘薬なり。》」

王李の詠唱は淡々としていて、呪文の最中に彼女の手首や首筋から、何か銀色の何かが流れ出て、それがジャンキーの手首や首に流れ込んでいく。


そして、ふわりと浮かび上がったジャンキーの体と背中合わせになるように位置し、お互いの腕と腕を絡ませると、そこから更に腕が出てきたのだ。

そうやって現れ合計六本となった腕に、足元から長柄の武器が六本召還された。


阿修羅というには顔が一つ足らないが、それは確かに神へ挑む御業に違いなかった。



「煉丹術!? それだけじゃない、仙道も!?」

サイリスが何を言っているのかは分からなかったが、瀕死の人間が再び立ち上がり、阿修羅のようになって立ち上がってきたのは、悪夢以外の何物でもなかった。




「ぎゃはははははは!! これだ、これだよ!! あひゃひゃひゃ!! 俺たちは、二人で一つだ!! いひゃひゃひゃひゃ!!!」

血反吐を吐いて立つことすらままならなかったジャンキーが、狂ったように笑い声を挙げる。死ぬほど、楽しそうに。



「すみません、もう一つ迷惑を掛けることになると思いますが、彼の為に死んでくれませんかね?」

丁寧な口調で、狂気じみたことを言う王李は、多分もうこのジャンキーと同じなのだろう。なにせ、繋がっているんだから。心まで繋がっているに違いない。




「さあ!! 踊ろうぜ、リー!! 皆々殺しだぁぜええ、宿敵ぃいい!!」

「ええ、観客もろとも殺しましょう。

そして、共に舞台の幕を下ろしましょうか。ジャンキー。」


お互いの肩に顔を乗せて語り合う二人は愛でも語合っていた方が様になるのに、とても純粋で純真な殺意という悪意にて染まっていたのだ。


羨ましいくらいに、純愛に似ているのだそれは。




彼らは、もうどうしようもなく狂っている。
















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