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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
一章 魔族と人間
17/122

第十五話 クラウンの思惑






「で、具体的な案はどうなんだよ?」

俺たちはクラウンの家に戻り、彼の話を聞くことにした。



「それより、何で私がここに居るわけ?」

そしてなぜか関係ないサイリスまでいた。途中で掃除していたのを見かけたので無理やり連れてこられたのである。


「ちょっと意見を聞くこともあるかと思ってね。光栄の思えよ、僕らの決起会の初期メンバーに加えてやるから。」

「えー、私の拒否権って無いの?」

相変わらず他人のことを考えないクラウンはサイリスが嫌そうな顔をしても何のそのである。



「諦めたら?」

「そんなー・・・。」

掃除終えないと師匠に怒られる、と俺にもサイリスが考えることが手に取るように分かった。分かりたくもなかったが。



「それでだ、具体的と言っても大雑把だけど良いかい?」

「いいも何も、聞かなくては判断できません。」

エクレシアもクラウンにそう言って話を促した。


じゃあ、とコホンと咳払いしてクラウンは改めて話を始めた。




「まず、第五層の攻略を行い、そこの領主を屈服させ支配下に起きたい。」

「はぁ!?」

俺やエクレシアが何か言う前に、サイリスが驚愕するように声を挙げた。



「あなた正気? いったい何のために・・・。」

「人類と魔族の共存の為さ。それにはどうしても第五層の攻略は大前提であり、絶対条件であると僕は思うね。」

「あんたおかしいわ・・・。」

力なく首を振ってサイリスは唖然とした表情でクラウンを見た。



「なぜいきなり攻め込むみたいな話になっているかはさておき、なんで第五層はそこまでお前が言うほど攻略する必要があるんだ? なにか戦略的に重要な場所でも有るのか?」

とりあえず俺はクラウンに質問してみた。


「良くぞ聞いてくれました、魔族だって当然一枚岩じゃない。

あそこにはね、魔族でも“夜の眷属”と呼ばれる連中が巣食っていて、そいつらの大ボスがヴァンパイアロードだからなのさ。」

「なんですって!?」

クラウンの言葉に今度はエクレシアが声を挙げた。



「ヴァンパイアって・・・吸血鬼のことで良いんだよね?」

「そうだよ。しかもそこにいるのは“真祖”どころか“原生”の吸血鬼。故に『最も尊き血と夜の王』と呼ばれている。」

「すげー厨二ネームだな、それ。どういう意味があるんだそれは?」

「この世界にいる魔族は異世界から移住してきた連中ばかりだとは言ったよね、だけどそいつは違う。この地球原産の吸血鬼なのさ。だから“原生”。

この地球のあらゆる吸血鬼伝説の起源であり、人々が認知される以前から存在していた怪異そのもの。もう一種の災害や現象と言っていい。」

聞くからにヤバそうな感じだ。



「大丈夫なのか、それ・・・。聞くからに強そうな感じがするんだが。」

「そりゃあ強いさ。ヴァンパイアロードと言えば魔族の支配階級。同じ血族のヴァンパイアは勿論、グールを初めとしたアンデッドや夢魔や悪魔、夜に活動する化け物たちの頂点だ。

普通に戦ったらまず勝つ見込みなんて無い。更に“原生”ってのは不死身を超えた不死身でね。嵐を根本から消せないように、世界のルールでも変えない限り殺せないような化け物の中の化け物さ。

この世に同じ“原生”は存在しない、故に『最も尊き血と夜の王』なのさ。」

「聞くからにちっとも勝てる気がしないんだが。」

「普通なら、ね。」

にやりと笑いながらクラウンは言った。



「それが二百年ほど前に、地上で吸血鬼狩りを生業にしているらしい吸血鬼の真祖とやり合って殺され、つい百年ほど前に転生して自身の城に引きこもっていると言う話だ。

力の弱い今ならそいつだけをピンポイントで屈服させて部下をまるまるごっそり支配するって寸法さ。」

「なんつー皮算用・・・。つーか、吸血鬼狩りをしている吸血鬼とか、どっかで聞いたことある設定だなおい。」

「実際に居るんだから仕方が無いだろう。お陰でしばらく魔族の力関係とかのバランスが崩れてごたごたしていたけれど、“代表”がその混乱に乗じて頭角を現して一気にトップに躍り出たって言うのが今の魔族の現状って訳さ。」

「なるほど。」

ってことは、そいつが倒されるまであの『マスターロード』も表立って立ち上がれないほどの化け物だったのかよ。正直想像もできない。



「まあ、どうせ今じゃ大して部下なんて居ないだろうけどね。でもそうじゃなければプライドも力も高い吸血鬼の王なんて屈服できない。

ま、実質的に必要なのはヴァンパイアロードと言うブランドだけどね。」

「大義名分ってやつか? 台頭としちゃ十分かもしれんが。」

「いつの時代、どんな種族でも、説得力と正当性は非常に重要だ。特に僕らのやろうとしてることは陛下への不満をぶちまけるに等しい。少しでも権威や力は欲しいってことだよ。正当性なんかは後から付いてくるけどね。」

「ふーん、意外と言ってることはちゃんとしてて意外だな。」

「いや、十分イカレてるわよ。」

サイリスは吸血鬼の王に逆らうなんて考えただけでも恐ろしいのか、ぶるぶると震えている。


「まあ、本音を言うと、ヴァンパイアロードを一番に何とかしたい理由は、連中がどうあっても人間と仲良く出来ないからなんだけどね。」

「え?」

「かの『最も尊き血と夜の王』は、人間の抑止力となるべき存在だったと言われている。ところがこんな所に閉じ込められて、馬鹿みたいに人間は繁殖するのを許しているときている。

そんなのを地上に出したら、共存どころじゃない。世界規模のバイオハザードになるだろうね。特に“原生”は概念の影響を受けやすいらしいから、比例して力も増すだろうから、一気に魔王陛下に匹敵するくらいヤバい化け物になる可能性もある。」

「えーと、つまり?」

内容はヤバイことは分かるが、こいつはいつも相手が知識を持っていること前提に話してくるから時々言っていることが分からなくなる。



「“原生”とは、幻想そのものなんだよ。吸血鬼の“原生”は、吸血鬼の幻想のそのもの。地上じゃ吸血鬼がどう伝わっているかは知らないけれど、そんなのが地上に出たらそれに応じて強くなるってことだよ。

そんなのが暴れたら魔族の風評はどん底だ。」

「・・・・それは、まずいな。」

魔族の風評はともかく、今の時代でそれは本当にマズイ。




「地上じゃあ、吸血鬼は最悪の化け物として伝えられている。特に俺の国にいた国じゃ吸血鬼は、最も強い化け物はなにかと聞かれたら、必ず三つ以内には入るだろうくらいだ。

エクレシアはどう思う?」

俺は多分俺より吸血鬼について詳しいだろうエクレシアに意見を求めた。



「・・・・・我が騎士団は、吸血鬼との戦いの歴史でもあります。

自然発生した吸血鬼は勿論、“伯爵”と呼ばれる吸血鬼殺しの真祖、それとは別にドラキュラと呼ばれ伝えられる災厄そのもの。

アンデッドは存在するだけで不浄。死にながらこの世に存在することは、神による救いを拒むと言うことでもありますから、見つけ次第倒し浄化しなければなりません。

悪魔は、まあ悪さをする度にシバけばいいですが、アンデッドだけはダメです。和解の余地はなし。あれは害にしか成りえません。可能ならば可及的速やかに滅ぼすべき存在です。」

俺から見てアホみたいに人がいいエクレシアでさえこの物言いである。


魔族との共存だけですら無理ゲーだが、吸血鬼と和解となるとゲームとして成立すらしないのだろう。



「メイの言うとおりならば、余計にその問題は早めに解決したいね。

転生して百年程度ではどうにもならないだろうから、今はこの問題は置いておいても大丈夫だろうけど、不確定要素はなるべく排除したい。当面の目標はこれになるかな。」

「ヴァンパイアロードを味方にするのには賛成です。

その存在はアンデッドに対する抑止力になる。人間に対して振るわれるはずの力を逆に利用してやりましょう。」

エクレシアも分かりやすい目標に乗り気である。



「そして、第二目標。“代表”をなんとか納得させる。叩き潰してでも。」

「あの『マスターロード』をですか・・・」

一気にエクレシアの表情が曇った。分かりやすい女である。



「まあ、実際問題、戦って勝つのは無理だと思うよ。全盛期のヴァンパイアロード然り、“代表”然り。だって神様に最も近い領域にいる魔術師の一角なんだから。魔導師って言うのはそういう連中だ。

だからそれは民意で何とかする。“代表”も魔族全体から人間との共存を訴えられれば流石にどうしようもないだろうからね。」

「なるほど、だけどやっぱり町や村単位で支配してそこの領主とかと訴えるのか?

そうなると、旦那もそうだけど魔族全体っての無理だと思うぞ。人間を倒すことに誇りを感じてるって奴も多いし。」

「そうなると逆に町や村単位で奪還されたら終わりだ。あの“代表”相手に力で解決できることは力でねじ伏せられてしまう。だからそれが出来ない方法で何とか彼を動かせないか難しいところなんだよね。

“代表”は力だけなら有り余ってるし、力を振るうことに関しては頭が回るから性質が悪い。普段はいい加減で部下任せのくせしてね。」

「やっぱり、ドレイク族の族長だけあってよく知ってるんだな。」

「え、ああ、そうだね。里に居た時は何度も話したことあるし。とりあえずそこが最大のネックになりそうだ。」

「難しいな。」

とりあえずマグマの中に特攻みたいな内容でなくて安心したと言うべきか。



「どっちにしても今すぐ出来るようなことじゃない。

少しずつ準備をしなくちゃならないと思うよ。」

「そうですね。簡単な話ではありません。」

「簡単どころか、魔族の基盤をひっくり返そうとしている話じゃない。」

馬鹿げてるわ、とサイリスはクラウンとエクレシアに向かってそう言った。



「うーん、出来れば“賢者”殿か“ハーミット”のどちらかに協力を取り付けられれば、今の不可能に近い現状を覆せるんだけどなぁ・・・・。」

「それって結局“代表”を説得するのとどっこいじゃない。」

難しそうに腕を組むクラウンに、サイリスは呆れたようにそう言った。


「そいつらも権威ある魔族だったりするのか?」

「“賢者”殿は千年前に異世界に来たことで混乱にあった魔族を束ねたダークエルフ族の最後の生き残りだよ。通称“砂漠の魔女”。嘗ての世界で、魔族の存亡を掛けて人類側である『盟主』に協力した実績がある。

彼女の協力があれば説得力は軽く“代表”を凌駕するだろうね。」

えーと、アメリカに例えると今の大統領の前に、ジョージ・ワシントン辺りが出てくるようなもんだろうか。確かにそれはすごい説得力だろう。


「ただ、問題は“賢者”殿がどこかの砂漠を根城にしておられることだ。

残念ながらこの“箱庭の園”に砂漠はないから、地上を探す必要がある。だけどそれは本末転倒って奴になるだろうね。」

「あー・・・そうだな。」

地上に進出し共存するためなのに、前提として地上に行かなければならない。確かに本末転倒である。




「あと、“ハーミット”はもはやジョーカーだね。協力が取り付けられたら、まず僕らの勝ちは確定。たぶん“代表”も逆らわないだろうね。」

「・・・どういうことだ?」

「そのままの意味さ。ハーミットとは、隠者の意。

即ち、退役した歴代の魔王陛下なんだよ。退役したといっても、その御力は未だ衰えず。今の空位に納まるなんて言い出したら、多分そのまま十四代目の魔王陛下として君臨なさるだろう存在だ。」

「え、歴代の魔王って、生きてるのかよ。」

「伝承に寄るならば、十三柱の中で半数は死んだとは伝えられていない。どうにも陛下の感性は人間に近いらしく、我々魔族を従え人と全面戦争になった方が稀なくらいだよ。

名を変えて別の代に納まっていなければ、最低でも三柱はご存命のはずだ。」

「なるほどねぇ・・・」

確かにそれは切り札になるだろう。

だが、魔族の二人の反応を見る限り望み薄と言ったところだろうか。



「話だけなら、私も魔王の生き残りがいるとは聞いたことがあります。第二十九層には“終焉”と称された十三番目の魔王が氷漬けの封印が成されていると聞きました。」

エクレシアも顎に手を当てて何かを思案しながらそう言った。


「まあ、十三代目は無理だろうね。そこは『盟主』が住んでる階層だから。僕らには行く権利がない。初代陛下も魔界に引きこもって出てこないし。」

「初代陛下は人間には無関心と聞くから無理よ。

そもそも人間との敵対関係を構築した御方じゃない、人間と共存したなんて言ったら、塵も残らないわ。」

とんでもない、とサイリスは首を横に振ってそう言った。



「なら、二代目の陛下になるかな。

あの御方は芸術を愛しておられると聞く。と言う事は芸術性なんて皆無な魔族より人間の文化をよほど理解しておられるだろう。会うことさえ出来ればきっと共感なさってくれる筈だ。」

「それは本当なんですか?」

「それは私も初耳よ? 二代目が生きているなんて。」

それはエクレシアもサイリスも知らない様子だった。



「“代表”が会ったことがあると言うのを聞いたことがある。

活動範囲は不明だけど、ご存命なのは確実だ。そして、今の時代の人間にやられるような御方でもない。

十三柱居られた魔王陛下も、三代目までは事実上倒すのが不可能と言われていたほど別格な方々だ。だから三代目も或いは生きておられるかもしれない。」

「・・・・ちなみに、魔王陛下ってどんぐらい強いんだ?」

そう言えばまだそれを聞いていなかった。



「確か、十一番目の魔王はユーラシア大陸ぐらいの大陸を真っ二つに割ったと『盟主』が語っていたと言う話を何かの本で読んだ記憶が・・・。」

「・・・・・え?」

俺はエクレシアが何を言っているのか分からなかった。

それはもはや何かが起こったという事象ではなく、事実だけのような気がするのだ。


つまり何が言いたいかと言うと、過程が想像できない。単に俺の想像力が貧相なだけかもしれないが。



「えーと、それで三代目までは別格なんだよな? 十一代目で大陸を真っ二つにできるってくらいなのに?」

「そうらしいよ。僕もそういう風に聞いたことがある。

ちなみに『黒の君』が戦った四代目の魔王陛下は一夜にして二千万の軍勢を生み出したとか。それだけで当時の人間の人口超えてたらしいよ。そんな陛下を倒せるんだから、人間の英雄どもって底知れないよね。」

「・・・・・・・・・」



―――『訂正』 一夜ではなく、七日で二千万です。我が創造主の記録によるとそう記されています。


魔導書がそう言ってくるが、俺はもうずっと昔に何が起こったかなんて考えるのを止めた。

一夜だろうが七日だろうが、二千万も増えるなら同じだろうが。ただの伝承なら誇張だろうって言えるかもしれないが、実際に体験した連中が生きているんだから反論もできない。



「だからきっと二代目の陛下が本気で暴れたら、人類は三日も持たずに文明という文明なんて壊滅するだろうね。そういう意味では一度だけでも良いから会ってこれからもずっと大人しくしててくださいって言わないとダメだね。」

「おいおい・・・冗談じゃないぞ。」

「大丈夫だよ、きっと。だって今の今まで人類は滅んで無いんだから。」

そんなクラウンの一言は、所詮人間の繁栄なんて薄氷の上でしかないと思い知った言葉だった。



「昔っからの追いかけっこさ。魔王陛下が人類と戦いその文明を破壊し、人類の英雄が魔王陛下を倒し、魔王陛下が復活し、また英雄に倒され、新たに魔王陛下が誕生しては倒され、そういう循環の中で人類と魔族は生きてきた。

“代表”は結果としてそれが人類と魔族の理想的な関係だと言っていたけれど。」

「殺し殺されの関係のどこが理想的なんだか。」

「繁栄と衰退は表裏一体だからね、早すぎる繁栄は早すぎる滅亡を招くのさ。

そういう意味じゃ、人間は種として古代人にも劣る。でもね、どれだけ長く存続できていたかが大事だとは僕は思えないね。滅びはいずれ僕ら魔族にも訪れるんだから、それまで何が後世に残せたかが大事だと思うんだよね。」

「お前の言うことは、時々卓越してるよな。」

「何を言うんだい、まだ会話が出来ているじゃないか。」

まるで会話も出来ないような連中もいるような言い方である。


・・・・・・居るんだろうなぁ。




「失礼、失礼!! クラウン様!! 一大事でございます!!」

するとその時、家の外からあのリザードマンの声が聞こえた。



「ああ? 何事だい。」

面倒くさそうにクラウンは立ち上がって、玄関のドアを開けた。


そこには、平伏して地面に額を付けるほど頭を低くしたリザードマンがいた。

その前には帯刀しているシミターが置いてあり、見事な服従の姿勢であった。



「先ほど、中央区町から伝令が。

捕獲に成功した第十二層で発生した魔獣がこの階層へと運ばれたものの、殺処分の寸前で脱走して周辺へと逃亡したと!!」

「わぉ。それは大変だ。生け捕りじゃなかったら手伝うよ。

まあ、殺処分寸前だった魔獣なんて、言うまでもないか。」

「はッ、亜人の村を二つ食い潰し、退治せんと戦った人間の魔術師も十数名が戦死の末にやっとの捕獲に成功したほどだと!!

上層の上級魔術師より早く処理できるこちらの輸送した結果だと思われます。」

「まあ、そうだろうね。」

「我々は周囲の防備を固め、警戒を続けます。

そして、そこのメイにも召集が掛かりましたので、畏れながら私が。」

「あ、そうなの。昨日小隊長に出世したばかりなのに悪いね。」

何やら楽しい話ではなさそうだ。


俺はエクレシアに目配りして、戦いの準備をすることにした。



「いえ、しかしながら、クラウン様にこの私たってのお願いがあります!!」

「いいよ、言ってみな。」

「私には学が無いため、魔族共通の名をどう名乗ればいいかわかりませぬ。

どうかこの私めに知恵を授けて下さいませんか!?」

「ああ、そうだね。僕らの言葉って他の種族には聞き取りにくいし種族によっては発音できなかったりするもんね。」

クラウンは納得したように頷いた。正直面倒くさそうである。



「じゃあ、適当にゲトリスクでいいんじゃないかな? 適当な割には凝った名前にしたけど。」

「おお、何か強そうですね!!」

「たしかどっかの英雄の名前をもじったからね。人間のだけど。」

適当でいいのか。まあ、隊長も喜んでるようだしいいか。


「多分フランス最初の英雄のことでしょう。」

「そうなのか? 多分名前負けだな。」

そんなことを言いながら、俺とエクレシアは最低限の荷物を持って玄関に向かう。



「魔獣とか、最悪ね・・・。毎年のことだと割り切ってはいるけど。」

面倒くさそうにサイリスも呟いて立ち上がった。


「そんなに頻繁に魔獣ってのは人を襲ったりするのか?」

「まあ、見境無いからね。魔物って私たち魔族と違って体内の魔力が不安定だから時々変異を起こして強かったり大きい固体とか出てくるのよねぇ。

だから死体とかもちゃんと処理しないと魔力に還元されて残ったりしないのよ。だから素材集めとか面倒なのよね。」

確かにサイリスの言うとおり、エクレシアの訓練で魔物退治を手伝った時には連中の死体はしばらくすると消えてた覚えがある。



「魔獣ってそんなに強いのか? 結構被害が出たみたいだが。」

「平均的な魔術師が百人で同等ってところでしょうか。魔物の上位種としての魔獣は縄張りや分別がありますが、変異種の場合それがありませんから、脅威としては魔族よりこちらの方が高いのですよ。」

「なるほどな、それはマズイ。」

どうやらここでは魔獣は災害みたいなものらしい。


しかし、魔術師百人か・・・。

時間があれば俺はいいところまでいけるとラミアの婆さんも太鼓判を押してくれているが、結局は新米には違いないしまだまだ未熟だ。



クラウンもいるし、何とかなるのか・・・?





・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・





さて、村の周辺では、旦那が陣頭指揮を執って魔物避けの柵を強化する作業に入っている。

魔物避けの柵だけでも土塀のような感じで十分大きいが、流石に最低でも三メートル以上の魔獣を押し留めるには小さすぎるようだ。


この閉塞的な世界で魔族にとって木材や石材なども貴重なようで、こういった大きな防護柵のような建造物には土や粘土を固めて乾燥させたブロックのようなものを使うようだ。一言で言うなら焼かないレンガみたいである。

これが意外に固い。多分土塀のように何かが混ざっているのだろう。


流石に鉄や石の壁よりは劣るが、無いよりはずっとマシである。



そんな感じで旦那を筆頭に魔族が約二百は居るだろうか。

みんな総出で大忙しである。


これで村の大体五分の一、魔族の強みは種族だけで戦闘員に成れるところである。連中には本能で戦い方を知っているとか言う奴らも多い。

いざとなれば人口の半数が戦いに出ることが出来るだろう。


そして、上空にはサイリスを初めとした飛行能力を持つ魔族が“天井”すれすれまで飛んで厳戒態勢を敷いている。

幸いこの村は外周の“壁”に沿って端にあるため、地形的に守りやすい場所だ。


逆に言えば戦略的な価値は無いとも言えるが、今はそんなことを気にする状況ではないのでまあいいだろう。



そして俺たちの隊は力の強い魔族というより、身軽で素早い魔族が二十名ほどで構成された斥候部隊に近いようだ。

確かに主力と思わしき部隊は見るからにゴツイ連中ばかりだった。

適材適所で、魔族はその辺をきっちりと分けられている。


本日旦那に呼ばれる前にゲトリスク小隊長に仕事の確認した内容によると、警邏や村周辺の警備などを行うのが普段の業務だと言う。



そして今現在、村から少し離れた地点の警戒を行っている。

この辺りは平らな草原地帯だからずっと彼方には中央の町の城壁が見えるほど見晴らしが良い。


しかし少し先に行けば丘になっていて起伏が激しく、それを利用すれば隠れることも可能であり、それを利用した盗賊もよく現れると言う。

だからいくら見晴らしがよくても警戒は怠っては成らないのだ。



「隊長、四時の方向には異常なし。」

「了解した。とりあえずこの辺の異常はないか。」

どうやら偵察に行っていた俺の報告が最後だったらしい。


リザードマンのゲトリスクは、次はどう動くか思案するように顎に手を当てた。




「ん・・・? ちょっと、隊長、あれあれ!!」

ふと、同僚のガルーダ族の女が翼と一体である腕を伸ばし、指を草原の方に向けた。


彼女は飛べるが伝令役として俺と同じ部隊にいる。

真っ赤な人型の鷲の姿をしている。顔も鳥そのものだ。詳細は後で良いだろう。



「ん・・・・なんだ、あれ!?」

そんな彼女が指差したところには、何かが蠢いていたのである。

良く目を凝らさないと分からないだろうが、確かに何かが川のように一方向に流れるように動いているのだ。



「・・・・・蛇だ。」

ごくり、とガルーダ族の彼女は言った。


「巨大な大蛇です、擬態能力でもあるのでしょうか、こっちに向って来てます!!」

「何だと!?」

「わ、私はこのことを領主様に伝えてきます。」

「ああ、頼んだぞ!!」

ガルーダ族の彼女にゲトリスクは力強く頷いてみせた。



彼女がばっさばっさと羽ばたきながら助走をつけて跳ぶと、そのまま滑空して風に乗って高く飛び上がった。


「あ、危ない!!」

しかし、それは魔獣の目を引く行動だったらしく、虎視眈々と潜伏していた巨大な大蛇は、その巨体に見合わない素早すぎる動きで彼女を丸呑みせんと飛び掛ったのだ。



「『ケラウノス』!!!」

俺はあらかじめベルトに刺して帯刀していた魔剣を抜いて、雷鳴を招来する。


ずがん、と稲妻が直撃し、何とか彼女を守ることが出来た。

そして魔獣が地面に落下し、その全貌が明らかになった。



「は、はぁ!?」

俺がその異形にビビッタのは誰も責められないだろう。


でかいにも程があるだろう。

顔は口を開いてすらいないのに俺の全長より大きい。長さまでは向こうの丘に尻尾の方が隠れているが、ここから丘の方までは長いと言うことだけは分かった。

もう神話とかに出てくるようなサイズである。



これだけはハッキリと言える。

こんな怪物に村二つと十数名の犠牲だけで捕獲できたなんて信じられない。


そして、かなりの破壊力を伴う雷が直撃したと言うのに、まるで屁でもないとでも言うようにピンピンして起き上がり俺たちの方を睨んできやがった。



「こりゃあ近年稀に見る大物だな。野郎ども、退却するぞ!!!」

しかし隊長の号令に従うまでもなく、同僚たちは悲鳴を挙げて退却・・と言うより逃亡を図った。今回ばかりは情けないとは言えない。

俺だってあんな馬鹿げた大きさの化け物と正面から戦うのはごめんだ。


この場にはエクレシアもクラウンもいない。

なぜなら二人は村周辺の防備を固めているのだから。



ここから走れば十分も掛からず村に戻れるだろう距離だ。

だから皆必死で逃げる逃げる。俺も逃げる逃げる。


「んぎゃ!!」

しかし、途中で足を滑らしたのか、一匹のコボルトが転んでしまった。



「あッ!!」

言い訳を許してもらえるなら、助ける暇もなくそのコボルトは頭から足元までがっぷりと丸呑みにされてしまった。

最後の最後まで諦めず、剣を抜いていたが一緒に飲み込まれてしまった。



「じょ・・・冗談じゃねえぞ、こんちくしょー!!」

この場は罪悪感を覚えるより背後から迫り来る恐怖から逃げるだけで精一杯だった。

後悔と反省は後からすればいい。今はたった一つしかない命が消え去るかどうかの瀬戸際なのだから。



―――だが、俺はこのとき知らなかったのである。




シャアアアアアァァァァ!!!


そして、今度の標的は俺らしく、俺に狙いを定めて大きな口を開けて迫ってきた。


「んがッ!?」

俺は何とか横に跳んで避けたのだが、妙に滑ってそのまま転倒してしまったのだ。


よく見れば、足元は何やらぬめぬめした液体が絡み付いていた。

粘液か何からしく、どうやらいつの間にかこの辺にあの怪物が撒き散らしたようだ。



「メイ!!」

向こうからゲトリスクの声が聞こえたが、そんなに気にする暇もなかった。



「うああああああ!!!」

俺は、なりふり構わず魔剣の切っ先を真上から丸呑みにしようと迫る巨大な大蛇の魔獣に向けた。




―――その直後、血の雨が降り注いだ。




「え・・・・?」

当然、雷撃を主兵装とする俺には血を派手に撒き散らすような攻撃は出来ない。



だが、そいつはそこに居たのである。




「うひひひひひひっひひひ、あひゃひゃひゃひゃひゃ、うえっへへへへへへへへへへへへへへ、ぎゃははははははは!! おっはよーございまーす!!!」

魔獣の頭部が有ったはずの場所に、両手に剣を手にして狂ったように笑い声を挙げる、血塗れの人間の男が。


その直後、魔獣の巨体が今更斬られたことを思い出したかのように次々と細切れになって、そして直立していた部分は血の池と化した。




「起きたらいきなり化け物の胃の中とか、いひゃひゃひゃひゃ!!! なにこれ、あひひっひひひひひひ!! うける!!! あひゃひゃひゃ、ちょーうけるんだけど、ぐひゃひゃっひゃひゃひゃ!!!」

そして、げほっげほっと、自身の口からも血を吐き出しながら、咽る男。


魔獣の血の池に降り立った男は、ぎらり、と狂気に満ちた瞳で俺を凝視した。



「おお、あひひひひひ!!! なぜ!! なぜ!! ぶえっへっへへへ!! 我が宿敵が、あははは、こんな、ところにひゃっひゃ!!! 殺したはずなのに!!! イヒャヒャヒャヒャ!!!」

何も分からないが、何一つ状況が把握できない。

誰かこの状況を説明できる奴がいるなら、説明してみろと言うものだ。



だが、一つだけ分かることがあった。




「・・・・・・・死ねや。」

この正真正銘にイカレた男は、俺を殺しに来たのだ。






―――俺は知らなかったのである。ここを支配する魔術師という連中のことを。



――――人間よりずっと種族として優れているはずの魔族も、なぜ嫌々従っているのかを、本当に、理解すらしていなかった。




―――――この魔窟で、何よりも恐ろしいのは、魔王や魔族や魔獣や魔物でもない。




――――――ただ、己と同じ人間であると。俺はこのたった一つの偶然から生じた一件を通して嫌でも思い知ることになるのだった。



―――俺は、その日を境に理解する。ここは、確かに悪意に満ちた地獄であると。













感想をユーザーのみから無制限に直しました。ずっと無制限だと思ってましたww

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