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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
一章 魔族と人間
16/122

幕間 ある魔導師の会談





「ええい!! 老、老は居ないか!!」

ずかずかと『マスターロード』は庭園に踏み入っていた。


ここは第二十八層の、大聖堂のほぼ反対側に位置する白亜の屋敷と庭園がある場所。

人呼んで、“精霊宮”。



そこには絶滅危惧種や既に絶滅したとされる動植物が放し飼いにされており、時折それらを世話している人間が見える。


が、そんな中に彼がどしどし踏み入って行くもんだから、餌を貰っていた動物たちが脅えて蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。

その様子に餌を与えていた人間も不審にも思い、彼を見た瞬間硬直した。



「まままま、魔族が、この場所に何の用だ!!」

「老を出せと言っている。早く取り次げ!!」

不憫な青年である。まだまだ若いと言うのに、『マスターロード』の殺気を全面に浴びさせられている。


しかしである、その青年は腰に帯びていたヤドリギの杖を彼に向けた。

当然がくがくぶるぶると震えている。



「ろろろ、老は、偉大なる御方だ。お、お前のような魔族に好きにさせるか!!」

「ああ、すっかり忘れていた。私と老の関係は秘密裏だった。周囲にはバレているはずだったから忘れていたよ。あはははは、済まないな勇敢な青年。」

口では謝りながらも、『マスターロード』は一瞬でその青年の頭を鷲摑みにして引きずりながら歩き出した。



「は、放せ!! じ、人類は!! 魔族に屈したりなぞしないぞ!!」

「結構。いざ戦いになった時、やりがいがないでは詰まらないからな!!」

豪快に笑いながら、『マスターロード』は屋敷に近づいていく。



「何事だ。」

騒ぎを聞きつけて、数人のローブ姿の男女を連れて現れたのは、いかにも悪そうなことを企んでいそうな中年の男であった。


「おお、老。勝手に入らせてもらっているぞ。」

「・・・・せめて文章を通してから会談に臨みたかったな。」

「そう硬いことを言うな、我らの仲ではないか。」

「ち・・、お前達、このことは誰にも漏らすな。貴様も中に入れ。」

頭を片腕で抱えると、中年の男は引き連れている部下と思わしき連中にそう言い含ませた。


「邪魔するぞ、老。」

「その前にその手を放せ。」

老と呼ばれた男は、『マスターロード』が掴んでいる青年を指差してそう言った。





・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・




「いきなり押しかけてくるとは、いったい何事だ。」

“精霊宮”の中庭にあるテラスにあるテーブルの横にある椅子に腰掛け、老と呼ばれた中年の男は言った。


彼は、通称『魔道老』。

誰も本名を知らないし、怖くて誰も聞こうともしない。


これでも精霊魔術の英知を極めた“魔導師”の一人であり、実質的権力は『盟主』の次にあるほどである。しかしその『盟主』を影から操っているとも噂されている物騒な男でもある。



「聞いてくれよ老、先ほど『カーディナル』との会談をしてきたのだ。」

「・・・・なるほど、大体は読めたぞ。」

妙に親しく話しかける『マスターロード』に、『魔道老』も慣れた様子だった。



「我々の協定関係は秘密裏だと言っただろう。周囲の誰にも悟られてはならない。」

「所詮は公然の秘密だろう。それなら結局はどうでもいい事だろう。」

「あのな、人間には体裁というものがある。外聞だよ、外聞。とりあえずぶん殴ってぶっ殺しておけば権威を守れる魔族と違って、人間は色々と難しいのだよ。」

「面倒だな。どうでも良いが。」

全く気にした風でもない『マスターロード』の態度に、あからさまに『魔道老』は溜息を吐いて見せた。



そして彼は話が長くなりそうだと悟ったのか、一度屋敷の中に引っ込んで、すぐに配膳台を押して戻ってきた。

がらがらと車輪に揺られる台の上には、六ホールほど多種多様色取り取りのケーキと紅茶のポットとカップが二セット置いてあった。


「今日は随分と多いな。作りすぎたのか?」

「平気で平らげるくせによく言う。私が作った物など誰も食わないからな。」

「ほう? なぜだ。旨いのに。」

と、言いながら、既に八等分されているケーキを一切れを大きな口を開けて一口で飲み込む『マスターロード』。


「大方、毒でも盛られているとでも思っているのだろう。だったらこんなあからさまな手段を取るかという話になるがな。」

「ふん、毒などにやられる軟弱者など、お前の部下に必要か?」

「確かにお前には既存の毒はどれも効かなかったな。」

「そうだろう・・・おい待て、貴様今なんと言った?」

「冗談だ。それで、いったい何があったのだ。」

疑わしそうな視線を投げ掛ける『マスターロード』を無視して、『魔道老』は彼がここに来た理由を話すように促した。



「まあ、これを見ろ。」

そう言って、『マスターロード』は指を鳴らした。


すると、中庭に半透明の男女と魔族が現れた。

それは立体映像のようなものであった。



『おい、『カーディナル』。貴様の部下と思わしき小娘が我らの領域に侵入してきたぞ。これをどう釈明する。』

『さてねぇ、何のことかさっぱりだね。』

その状況を再現しているのか、椅子に座っている人間の女と魔族がそんな会話を交わした。


片方は当然、魔族の代表として話し合いに応じている『マスターロード』。


もう片方の真っ赤な礼服の人間の女は、『カーディナル』。

騎士総長を差し置き、聖堂騎士団パラディン達の首領として立つ魔術師である。



『仮にそうだとしても、そっちで勝手に処理すればいい話じゃないかね?

その辺は『盟主』との取り決めで決まっているだろうに。』

『そういう問題を話しているのではない。私は抗議をしているのだ。

その小娘はこちらの利益を損害させるような行為を行い、散々暴虐を働いてくれた。

いったいどういう思惑があってのことだ。事と次第によっては相応の報いを覚悟していただきたいところだな。』

毅然とした態度の『マスターロード』に対して、『カーディナル』は彼の顔も見ずに明後日の方向を見やってとぼけている。


『で、その小娘とやらはどうしたんだい?』

『後一歩のところで逃がした。だから貴様のところに匿っているようなら引渡しでも願おうと思ってね。』

『ほうほう、残念ながら知らんね。それにしても、お前が目の前に居ながら逃がしたのかい。魔族の代表も大したことないんだね。』

『おい、なぜ貴様がそのことを知っている。』

『はて・・・? お前さんがそう言ったんじゃないのかい?』

『おい書記官、私はそんなことは言っていない。そうだろう?』

すぐに書記官を務めていた魔族から、はい、と肯定の言葉が返ってきた。


『おや、私の聞き間違いだったかい?』

『いいえ、『カーディナル』の仰るとおりですよ。』

しかし、『カーディナル』が引き連れていた騎士の書記官はそう言った。



『・・・・・・なるほど、茶番だ。議事録まで都合の良いように改ざんするとは、相変わらず貴様らの積んできた歴史はろくでもない。』

『いいことを教えてやろう、魔族の代表。勝者が歴史を作るんだ。

では常に歴史の勝者だった我々教会が歴史書を書いてきたのと同義。では、歴史に何をどう書こうが我々の勝手と言う事だ。』

とんでもない言い草だった。


『・・・・書記官、今の発言を削除しておけ。』

背後で護衛をしていた“騎士総長”が頭を抱えてそう言った。



『耄碌したかクソババア。貴様らの神は嘘をつくなとは言っていなかったか?』

『書記官、今の発言を削除して頂きたい。』

そしてこっちにも頭を抱える黒山羊の秘書官が居た。


『生憎と、私も修行が足らなくてね。未熟な私はついつい間違った言葉を言ってしまうこともあるかもしれない。ただそれだけだよ。』

『素晴らしい信仰心だ、反吐が出るよ。貴様らには誠意というものはないのだな。』

『誠意、だと?』

その言い方には『カーディナル』も頭に来たらしい。


『揃いも揃って悪魔属の魔族ばかり引き連れて、これ見よがしにこの神の家に堂々と入ってきた貴様らにどういった誠意を見せればいいか、私は生憎と知らないねぇ。』

そう、『マスターロード』の護衛は、確かに俗に悪魔と呼ばれるような容姿をした連中ばかりであった。



『貴様らなぞ、魔王陛下が復活すれば三日でボンッだ!!』

『おい、トカゲ頭。魔王に頼らなければ人類に手も足も出ない貴様らが、何を偉そうに言っている。虎の威を借る狐とはこのことだ。それになんだ、ボンッて、もっと貴様にはボキャブラリーというのが無いのか。』

『・・・・書記官、今の発言を削除。』

『寄りにもよって、トカゲ、トカゲ頭だと!! 貴様、誇り高き我々ドレイク族を馬鹿にしているのか!! 所詮形のない神によるハリボテの権威にすがる貴様らに言われたくはないわ。確かに実在し恩恵を与えてくれた魔王陛下と違って、お前達の神はなんと薄っぺらいことか。』

『・・・書記官、今の発言を削除してください。』

『薄っぺらい? 薄っぺらいだと!? 一度も人類に勝てなかったショボイ化け物の親玉が、我らが神と比較になるはずもなかろうが!!』

『・・・書記官、削除を。』

『慈悲だよ、慈悲。陛下が本気になれば貴様らなんぞ塵も残らんからな!! 悔しかったら召還でもなんでもして私の前に呼び寄せて見せろ!!』

『・・・書記官、削除・・・・。』

『崇高さというものをわかっていないようだな、クソ魔族。ぽんぽんとばら撒かないからいいのさ。有難みがなくなるからね、そういう意味では貴様らの魔王とやらも概念として薄っぺらいなぁ!!』

『削除を!!』

『ついに魔王陛下まで愚弄するか貴様!! 幾万幾億と八つ裂きにしても足らないぞ、下等生物がッ!!』

『いいだろう、表へ出ろ。聖ゲオルギオスのように貴様の首を民衆の前に引きずり出して晒し者にしてからぶち殺してやるッ!!』

『もういい、双方取り押さえろ!!』

『今日のことは、お互いになかったことに!!』

最後に“騎士総長”と黒山羊の書記官の叫び声で、再現映像は締めくくられた。




「まったく、なぜあんな人間が人の上に立てるのか、甚だ疑問だ。・・・おい、いつまで笑っている。」

「ふ・・ふふ・・・ああ、すまない・・・ふふふ。」

腹を押さえて『魔道老』は笑いを抑えようと堪えている。



「あのくらいはお互い日常茶飯事だろう。我々に共同体以上の秩序は無いのだからな。」

「もうムカついたからあの女ぶっ殺そう。お前もあの女嫌いだっただろう? 一緒にぶっ殺す名誉をくれてやる。」

「いやいや、あれはお前が悪い。聖堂騎士団の本拠地に悪魔を連れて行くなんて、『カーディナル』でなくとも怒るだろうよ。」

「こちらもどれだけ怒っているか示すためだ。止むを得んよ。」

「そうかそうか、お互い様か。『カーディナル』の思惑は知らんが、お前もいい意趣返しが出来ただろう、ここいらで溜飲を下げたほうがいい。流石にこれ以上は支障や実害が出るぞ。」

「お前がそういうのならそうなんだろうな。」

両手でがつがつとケーキを一切れずつ掴んで食いながら『マスターロード』はいかにも不満そうにそう言った。



「まあいい、あの小娘にも問題にはしないと約束はしてやった。これ以上怒鳴り声を上げるのは大人気ないと言うものだろう。」

「十分問題になりかけていたぞ。」

「言いたいことも言えない関係の方が問題だろう。我々“魔導師”は『盟主』の下に対等なのだからな。」

「確かにそうだが、そんなことを言えるのは魔族のお前だけ・・・ではないな。」

『魔道老』は、同僚の濃い面子を思い浮かべて、思わずそう呟いてしまった。


あれだけ暴言を吐き合っていたが、『カーディナル』はまだ話が分かるほうである。“魔導師”は自分勝手など当たり前で、好き勝手行動しているのだ。



「そうそう、『盟主』と言えば、なにやら最近不穏な動きをしているな。」

「なんだと?」

紅茶をポットの注ぎ口から直接自分の口に注いでいる『マスターロード』が、訝しげに『魔道老』を見やった。



「先日、下級の魔術師ども反乱を起こしてな。それをどうも自ら煽った節がある。」

「なるほど。『盟主』は自分が無能だと言う話を流布するのが得意だからな。マッチポンプの腕は教会の連中とどっこいだ。」

「それを鎮圧して連中も、実は『盟主』直属の“処刑人”ではなくどこぞから沸いたやも知れん奴らだったのだ。」

「なに・・・?」

「どうもきな臭い。魔族もさっさと意思統一を図り、地盤を固めた方が良いだろう。」

「そう簡単に言ってくれるな。人間どもだって一度として意志を統一するどころか、完全な自由貿易すらままなってはいないのだからな。」

「それでも人間よりは圧倒的に楽だろう。人間はすぐに考え方を変えるからな。」

「そうだな。ところで、いつ『盟主』をぶち殺すのだ? お前はこの“箱庭の園”の頂点に立ちたいのだろう?」

「お前は少し考え方を変えろ・・・。時を待てと三百年も前から言っておるだろうが。」

「思いついたのならさっさと行動すべきだろうに。」

「・・・・・・・・・・」

はぁ、と『魔道老』は溜息を吐いた。



「前々から思っていたが、私と居るときは完全に考え事を私に全て投げているな。」

「当然だろう、頭がいい奴が物事の筋立てを立てるのは魔族でも同じだ。」

「それは『盟主』相手には迂闊だろう、少しは改めるのだな。まあ、すでに筒抜けだと思ってはいるが。」

「お前が言うのならそうなのだろうな。」

「・・・・・・はぁ。」

投げ遣りな『マスターロード』の態度に、『魔道老』も二度目の溜息を吐いた。


恐らく、思う存分愚痴を吐き出したから満足しているのだろう。

単純な奴である、とまでは言わなかった。長い付き合いである。言っても無駄なのだ。



「用が済んだのならさっさと帰れ。」

「おう、今日の菓子も美味かったぞ、次はもっと用意して置けよ。」

ちなみに六ホールあったケーキは全滅していた。『魔道老』が自分の皿に取り分けていた分もいつの間にか消えている。



「お前の食べっぷりには惚れ惚れするよ。」

「さて、そろそろ私もお暇しようか。」

たっぷり食って愚痴を言って満足したらしい『マスターロード』は、そう言って椅子から立ち上がった。



「あ、そうだ。」

しかし、すぐに何かを思い出したかのように彼はそう呟いた。


「今度は何だ?」

「息子が言うことを聞かないのだ、どうすればいいと思う?」

「・・・・・ちょっと待っていろ、昨日作り置きしておいた奴を持ってくる。」

すぐに『魔道老』は立ち上がり、屋敷の中に戻っていった。



「もういい、今日はとことん話し込むぞ。」

山盛りになったさまざまなバリエーションのクッキーのバスケットを幾つも持ってきて、『魔道老』はそう言った。





・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・





「で、だ。私もそろそろドレイクの中では年だ。族長を引退しようとも思っている。だから息子にその座を渡そうと思っていたのに、あのどら息子はそれを蹴りやがったのだ。

・・・・・ああ、あの時は思わず追放だなんて言ってしまった。

私はどうすればいいだろうか・・・。」

「親の心子知らずとは言うが、逆もまた然りと言ったところか。」

既にクッキー類は全滅し、次に登場したバケツ大のプリンの牙城を攻略しながら話している『マスターロード』だが、『魔道老』は仕事の書類に目を通しながら話半分に聞いている。



「私も人の親になったことはある。私は人の親には向かないと同時に思い知ったがね。」

「ほう、それは初耳だ。息子殿は息災か?」

「殺したよ。親も超えられない愚かな息子だった。大体、八百年は昔の話だ。」

世間話でもするように、『魔道老』はそう言った。


魔術師の師弟が師匠に挑むことは珍しいことではないどころか、伝統に近い。

そうやって彼らは魔術を受け継いできた。



「そう言えば、お前は親からはぐれた人間どもを飼育しているのだったな。」

「飼育とは人聞きの悪い。弟子を取るなら孤児院を作って感受性の高い有望な子供を集めた方が効率的だからな。『カーディナル』もやっていることだ。」

「参考になるな。人間の柔軟性が羨ましいな。」

「私はお前の図太さが羨ましいよ。」

知性が高いことと頭がいいことは同一でないことを彼と居ると常々感じる『魔道老』であった。

そこで、ふと、書類に目を通していた『魔道老』の表情が硬くなる。



「どうした?」

「外の話だ。箱庭の中のお前には関係ない。」

「なんだ、つれないな盟友よ。地上進出を目論む我ら魔族に地上の話は無関係ではないのだよ。わかったらさっさと教えろ。」

「はぁ・・・・。」

そんな尊大な態度に『魔道老』も溜息を吐くも、すぐに『マスターロード』に書類を差し出して見せた。



「なに、無知で愚かで身勝手な人間が、私を利用しようとしているだけだ。

私が環境保護団体などの支援をしているのを嗅ぎつけて寄付を願い出てきた。しかもこれは中々の組織的で手馴れた手口だ。普通なら私のところに来るまでに部下が選定され落とされている。」

「なんだ、お前はそんな下らないことまでやっていたのか、お互い自然法則を研究する身だろうに。何をしようとも今の人間どもには焼け石に水だと分かっているくせに。」

『マスターロード』が目を落とした書類には、『魔道老』が騙されそうになったことに気づくような要素は一つもない。



「地球温暖化の原因が二酸化炭素の所為だと言うなら、確かに熱した地球に水をかけた程度では無意味だろうな。これも自然の流れというならすぐに終息するだろう。人間の危機感も、所詮星の莫大な時間からすれば風邪を引いた程度ですらない。」

「ははははは、それでは人間はウイルスとでも言うのか?」

「地上の原住民なぞ、そんなものだろう。どうせ百年も経てば勝手に人間は減っていく。急激な繁栄は急激な滅びと同義だからな。ローマもそうやって滅びた。」

『魔道老』は不快そうにそう言った。


この箱庭に住む魔術師は、地上の人間を原住民と蔑んでいる。

今現在の地上の現状を思えば、それも然もありなんとと言ったところだと『マスターロード』は思っている。



「なるほど、そのときに人間を攻めれば簡単に勝てそうだな。」

「最初からそう言っているだろう。どこぞの馬鹿が余計なことをしてくれたから予定は早まりそうだがな。それでも百年は先だ。だからそれまでには少し腰を落ち着けろと言っているのだ。」

「どこぞの馬鹿・・・・? ああ、科学に耽溺しているあの男か。

六十年ほど前だったか? 彼奴の見せた映像は衝撃的であったな。都市が一つ丸ごと消し飛んだあれ、なんと言ったか?」

「核爆弾だ。人間は地球を軽く十度滅ぼして余りあるほどそれを保有している。まるでソドムとゴモラの再演だ。聖書の時代は終わったと言うのにな。」

「ついに人間は神の力にまで手を出した。なんと欲深いことだろうか。

では次は神の罰でも飛んできて地上の文明をことごとく破壊でもするのだろうか。バベルの塔のようにな。その内『カーディナル』聞いてみるか。」

人間の問題だからか、全く他人事のように笑いながら『マスターロード』は言った。



「或いは、もはや目も向けられぬほど人間は醜くなったか、だろうな。」

そして魔族に加担する男も、全く無関係のようにそう言った。


「とりあえず、この連中は皆殺しだ。加担者全員、一人残らず根絶やしだ。

自らの故郷の問題を食い物にする輩など、生きる価値などない。」

そう言った『魔道老』の瞳には、底知れない憎悪の光が宿っていた。


「国単位で居るぞ、そんな連中は。」

「いずれ、滅ぼして見せるさ。そういう意味では、お前達のいう魔王に人間は支配されたほうがよほどマシだと言うことだろう。」

「前例がないわけではないがな、そこまで言うか。」

「ああ、どこまでも言うさ。そして盗み聞きをしているだろう『カーディナル』にもな。どうせ、聞いているんだろう?」

『魔道老』は悪人面を歪めて笑いながら言った。



「相変わらず、人間は面倒だな。」

『マスターロード』は、人間のことになるととんと無関心だった。

ちなみにこの時点でバケツプリンの乗っていた皿はカラメルまで綺麗さっぱり消えていた。


「なに、盗み聞きはお互い様だ。それにそうやってお互い牽制し合って秩序を保っているのが、我々“魔導師”だろう?」

「まあな。だから私も敵の為に敵である人間と手を組んだ。」

「貴様の場合、人の菓子をたかりに来ただけだろうが。」

刺々しい『魔道老』の言葉も、『マスターロード』には蛙面に何とやら。



「違うぞ。少なくとも菓子の代金分くらいは仕事の手伝いはしてやる。表ざたにはしたくない汚れ仕事をするには適した部下はたくさん居る。

たとえばこいつらは動物愛護を訴えて貴様に近づいてきているのだから、獣人に殺されるのは本望だろう。それに獣の爪と牙によって殺されれば、原住民どもは犯人を探し様がないからな。」

「・・・・そういうところでは頭が回るのな。」

「頼もしいだろう? しかし、昔から思っていたのだが、なぜ人間は同属同士で殺し会うのだろうな。そんな蛮行は我ら魔族ですらしないと言うのに。」

「さて、な。生きる為、とでも言っておこうか。」

「それでよくあそこまで繁栄できたものだ。正直理解が出来んよ。」

「それは私もだよ。」

『魔道老』はそう言った。どこかウンザリとしたように。



「それよりいい加減に帰れ、流石にもうストックはないぞ。」

「ん? ああ、そう言えばそろそろ戻らねば秘書がうるさい。」

「あ、そうだ、ちょっと待て。」

いよいよ帰ろうと『マスターロード』がした時、『魔道老』は一度屋敷に戻ってすぐに帰ってきた。



そして、手に持っていた包みを突き出した。



「土産だ、部下どもとよろしく伝えて置けよ。」






・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・





「・・・・・・・」

昇降施設までの帰りの道中、妙なところにポツンと告解室が置かれているのが『マスターロード』には見えた。



「人間というのは本当に面倒だな。」

「表立って仲良くするわけにはいかないからねぇ、姿勢というものは大事なのさ。」

『マスターロード』がその中に入ってそう言うと、反対側に入っている誰かがそう返した。


「体裁か、下らんな。」

「体裁は大事だよ。周囲の反応がまるっきり違うからねぇ。」

すると、向こう側からタバコの臭いが漂ってきたのに、『マスターロード』は顔を顰めた。



「タバコは止めろ、お前達の神の前だろう。」

「神様も文句があるなら何か言ってくるだろうさ。」

「ふん、そういう問題ではない。私の師匠がそれで体を壊して隠居する嵌めになった。お前がそれくらいでくたばるとは思えんが、不快だ。」

本当に聖職者なのか疑いたくなるような言葉だが、今更である。



「はいはい、わかりましたよー、と。」

「いったいどういうつもりなのだ、一目でお前の差し金だとは分かったが、流石にあれだけで意図だけは汲めんよ。お前は何がしたい、何が言いたい。」

「さて、ねぇ・・・。」

「ふん、ご苦労なことだ。語る気がないことをわざわざ言いに待っていたのか。」

「ただ言えることは、神の導きだと言うことだけさ。私も所詮神の僕に過ぎんからね。」

しかし、壁の向こうの誰かは『マスターロード』の嫌味もまるで意に介さない様子だ。


「とぼけてぼかして、それでよく信者が付いていくものだな。」

「私の仕事は実利を優先することでねぇ、それ以外のことは誠実な騎士団の連中がやってくれている。私には過ぎたる神の僕たちだよ。」

「なるほど、道理で。お前は出資者や支援者という立場で騎士団を運営しているのか。そして騎士団が非難されれば彼らの行動は自分とは直接の関わりもないと、言えるわけだ。黒寸前のグレーだな。

そうやって身代わりというより、自ら生け贄になるのか。まるで救世主だな。」

「私の枢機卿用の礼服は真っ赤な緋色だろう?

これはね、私の血なんだよ。血を流してまで、という覚悟がここにある。お前さんたちにも、あるだろう? そういう覚悟が。」

「当然だ、我らは魔王陛下の為に血肉の一片、粉骨砕身まで戦える。」

「ならば我らは分かり合えなくとも、同じ世界には生きていられる。」

「・・・・博愛が過ぎたものがどうなったか、お前らの聖書には載っているだろう?」

「ならば、私は主のように何度でも復活しよう。我が理想の為に。」

その言葉を聞き終えるまでもなく、『マスターロード』は告解室を出た。




「下らんな、下らんよ。『カーディナル』。

我らは争い、殺しあってこそ映えるのだからな。・・・だろう?」

振り返れば、そこには嘘のように何も存在しては居なかった。













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