第十四話 低迷の二人
「オヤジー、オヤジー、折角僕が訪ねてきたんだからちゃんと対応しやがれよー。」
「ドレイク様、困ります。“代表”はいま会談中です。」
「いつもは部下に仕事を押し付けてるオヤジが会談なんて嘘でしょ。」
「会談は本当です!? 大切なお客様だから誰も通すなと言われているんですから。」
クロムが暴れた数日後、クラウンは家にも帰らず報告書をオーガロードのゴルゴガンに書いてもらうと、その足ですぐに第一層の“不在宮”にやってきていた。
しかし、ほぼ押し入りのように『マスターロード』に会おうとしても、受付をしていたラミアの女性に必死に押し留められている。
「クラウン様。ここは神聖な魔王の居城であられます。場を弁えてくださいませ。」
「あ、秘書官!!」
涙目になっているラミアの受付嬢は、黒山羊の秘書官の登場に救いの主が現れたような表情になった。
「一度も腰を下ろされていない玉座でよくも居城なんて言えるね。」
「言えますとも。本当に陛下の復活を待ちわびているのなら。」
胸に手を当てて黒山羊の秘書官はクラウンにそう言い返した。
「頭だけのひ弱な種族が、僕に意見するかい?」
「本当にそう思われるならお試しになられればよろしいかと。伊達で『マスターロード』の側近を勤めさせていただいている訳ではないのですから。」
柔和な笑みを浮かべて秘書官はそう言った。
物腰は柔らかだが、そこに隙は見当たらない。
「馬鹿馬鹿しい。雑魚を相手に向きになるほど僕は子供じゃない。
とにかく、オヤジに会わせろよ。話があるんだ。」
「それについては既にお言葉を賜っています。
曰く、貴様の顔なぞ見たくも無いわ、さっさと消えうせろどら息子、と。」
それでも無理やり押し通そうとするクラウンを秘書官は実際に言われただろう伝言をそっくりな口調で言った。それだけで付き合いの長さが見て取れる。
「あのクソオヤジ・・・・浮気がばれてお袋に頭上がらないくせに。」
「ともかく、お引取りください。預かった書類はしかと目を通しておきますので。」
「・・・・・もういい、あのクソオヤジ。
せっかく僕から出向いてやったのに。ムカついた、帰る。」
「“代表”も素直ではありませんからね。
お互い納得するには時間が掛かるのでしょう。」
苛立つクラウンを窘めるように秘書官はそう言った。
「ふん、絶対ギャフンって言わせてやる、覚悟しておけって言っておいてよ。」
「仰せのままに。」
「ああ後、どうせその書類見るのあんただろうから言っておくけど、そこの領主は全く僕とは関係ないから、それだけは覚えておけよ。忘れたらお前噛み殺すから。」
「承りました。」
「じゃあね!!」
そう言い捨てて、クラウンはどしどしと足音を立てながら帰って言った。
「騒がしいようですが、何かあったのでしょうか?」
「あのどら息子・・・・いえ、何でもないでしょう。」
件の『マスターロード』は、豪奢なつくりになっている接客室のソファーに腰を下ろして、外で怒鳴っていたクラウンに頭を抱えていた。
「それより、本題へと入ろう。貴様の信念と実力は認めよう。
しかし、『盟主』の紹介とは言え、私はあんたを簡単に信用するわけにはいかない。
我々は魔族であり、潜在的に人間は敵なのだから。簡単に我々の領域を歩かせるわけにはいかないのだよ。」
「そうですか・・・。」
対談相手は、口元に手を当てて忍び笑いを浮かべた。
「何が可笑しい。」
「いえいえ、先日、私の友人が魔族に興味を示しまして、早速行って帰ってくると。私は止めたのですが、こんなものを持ってきたのですよ。」
そう言って、対談相手は懐から円錐状の尖った物体を取り出した。
『マスターロード』は、その物体の正体を一目で見破った。
それは、角である。それも、最下層周辺にしか居ない希少な竜種の物だ。
「貴様ッ!!」
「これで簡単に我々の領域を歩かせるわけにはいかないですって?
ふふ、笑わせてくれるって話ですよ。」
そう言った対談相手は、人間であった。
漆黒のローブに、栗色のセミロング。
顔は整っているが、美人というには何かが足らない、そんな若い女だ。
そんな女が、魔族の暫定頂点に君臨している男を挑発したのだ。
当然、胸倉を掴まれて宙に持ち上げられてしまった。
「あんまり舐めたマネをすると殺すぞ、人間の女。」
視線だけで小動物ぐらいは殺せそうな睨みでその女を見下ろしながら『マスターロード』は言った。
だが、その女はちっとも動じなかった。
彼女は『マスターロード』でも見たことも無いようなどす黒く濁ったような瞳で、見つめ返すだけであった。
それでも体格差も歴然であり、普通ならその女には成す術などないだろう。
そのまま軽く壁に叩きつけられでもしたら、そのまま死んでしまいそうなくらいその女は華奢だ。
しかし、そうはならなかった。
「おいおい、人の女に手を出すなよ。」
横から、『マスターロード』の腕を掴む手があったからだ。
「なんだ、貴様。」
当然の反応である。なにせ、今までそこには誰も居なかったのだから。
「だからー、人の女に手を出すんじゃねーよ。」
派手な人間の姿をした男であった。
真っ赤な服に金糸で意匠が凝らされており、首には悪趣味な首飾りに、両手には宝石が散りばめられた指輪が幾つも嵌められている。
どう見ても、悪い男に引っかかった女と成金なチンピラの構図である。
「この俺様が許可したんだから、いーんだよ。文句あんのか?」
挑発に挑発を重ねるような言葉だった。
「・・・・・・・まさか。・・・・・これは、失礼した。」
しかし、『マスターロード』は、その男の縦に割れた瞳孔を見つめると、ぱっと女を掴みあげていた手を離した。
それは、驚いて思わず手を離してしまったと言う感じであった。
「先ほどの無礼は詫びさせてもらおう。改めて我々魔族は、貴殿を歓迎する。」
さっきまでとはまったく真逆の態度で、プライドの塊のような『マスターロード』が恭しく一礼をしたのだ。
「魔術師リネン・サンセット殿。」
そう呼ばれた人間の女は、にたにたと薄気味悪い笑みを浮かべているだけだった。
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・・・・・・
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「俺が留守の間に色々とごたごたがあったようだが、漸く整理が出来た。
ひとまず今回の武勲に応じた配当を分配する。」
ゴルゴガンの旦那が帰ってきて数日。
色々とあって説明が面倒くさがったが、とりあえずここ数日は村の補修作業で手一杯だった。
クラウンの奴は急ぎの用とかで顔も見せずにどこかに行っちまったし、俺も石材運びとか手伝わされて結構大変だった。
そしてその作業もあらかた終わり、今現在旦那の屋敷の庭に俺とエクレシアは呼び出されていた。
どうやら褒美が出るらしい。
俺以外にも、旦那の部下も何十人も居るし、俺たちは隅っこで目立たなくたって居るだけである。
旦那の部下達は複数の種族による混成部隊であり、纏めるのも大変そうである。
最初は今回の盗賊討伐で武功を挙げた数名が何らかの階級に叙されたり、報奨金が出ていたりと名前を呼ばれた連中は嬉しそうにしている。
どいつもこいつも見るからに屈強そうな連中である。
「次、盗賊の残党から村を守抜き、更には悪しき人間のテロリストから村を守ったリザードマンの“勇往”!!」
次に旦那に呼ばれたのは、俺も知っているリザードマンのあいつだ。
連中の名前は人間や人型の魔族には発音できないから意味だけが伝わってくる。
多分名前負けとは無縁そうな奴である。
「それらの功績により貴君を今日より騎士に叙する。貴君には一小隊を任せる。それと呼びにくいから魔族共通の名を考えておけ。」
「有難き幸せです。」
跪いて深々と礼をするリザードマン。
やっぱり旦那も連中の名前は呼びにくいらしい。
そう言えば旦那もクラウンの奴の名前を呼んだことが一度もないのを俺は思い出した。
というか、あいつただの一卒兵だったのかよ。
普通に部隊指揮をしていたから小隊長か何かかと思ったが。まあ、クロムの奴に尻込みしなかったのはあいつだけだったし、あの状況ではある意味当然の流れだったのかもしれない。
「次、人間の従士メイ。」
旦那がそう言うと、周囲の魔族たちが一斉に俺の方を向いた。
俺かよ。・・・・まさか俺が呼ばれるとは思わなかった。
ちなみに何で俺が従士なのかというと、身分が無いと面倒だからとエクレシアに弟子入りしたことになっている。あながち間違ってないから困る。
そしてエクレシアはちゃんと騎士の位を自分の組織で貰っている。
教会は公的な機関だから証明にもなるし、後ろ盾にはうってつけなのだ。
ちなみに、ここでのエクレシアの立場を説明すると面倒になるので、とりあえず彼女は騎士の位を得ていると言う事実だけを前面に押し出している。クラウンの奴がそれで旦那に納得させたようだ。
周囲もそれで納得するんだから、魔族の連中の関心はその背後関係より強さの証明だけなのだろう。
まあ、こんなところで教会の権力が及ぶとは思えないし、ある意味正しいと言えるのかもしれない。
一応俺はクラウンの奴の奴隷扱いだが、魔族の社会じゃ主人が奴隷を取り立てるのはあんまり珍しいことではないらしい。とことん実力主義のようだ。
居心地の悪さを感じながらも、俺はゴルゴガンの旦那の前にまで来て跪いた。
そして旦那は、俺に対する褒賞を述べた。
・・・・
・・・・・・
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「借金ひと月分免除と少しの現金、入隊の任命と所属の辞令ですか。
突然人間が入隊するよりは具合は良いですし、幸先は良いと思いますよ。」
褒賞の配分が終わり、帰り道にエクレシアは俺にそう言った。
「あの人数の前で借金があることをばらされる俺の身にもなれよ。」
「まあまあ、あと自由に出来る金銭を頂けたのも良かったですよ。基本的に騎士の身支度は自腹ですから。召集されたのに食料が配給だけだというのは辛いですよ、本当に。」
「いつの時代だよ、まったく・・・。しかも配属先はあのリザードマンの所だし。」
エクレシアの表情は本当にどこか切実だった。普段から節制に徹している彼女が言うんだからマジで辛いんだろう。
それにあのリザードマンが上司だと思うと、一抹の不安が拭えない。
「今日から俺、あいつのこと隊長って呼ぶんだぜ?」
「私が以前居た隊の隊長は殺人罪で投獄歴がありましたよ。人殺しが牢屋の中で信仰心に目覚めて自身を正当化するために騎士団に入ったと白い目で見られては居ましたが、私はすぐに真面目で心の優しい人だと分かりました。
人間誰しも分かり合えるものですよ。そう嫌そうな顔をなさってはダメです。」
「あいつは人間じゃなくて魔族だけどな。
それに、あんたは関係ないからそんなこと言えるのさ。」
「しょうがないじゃありませんか。私には通常業務として果たさなければならない責務があるのですから。当然、有事にはちゃんと手伝いますから。」
「へいへい。人間の神様の言葉なんて魔族の連中がどこまで聞き入れるかね。」
「人間、誰しも分かり合えるものです。私は挫けません。」
「だから連中は魔族だって。」
こいつこの間『マスターロード』に徹底的に打ちのめされたのにまるで懲りてない。
俺もそんな生き方をして見たいものである。
「お前の言葉は見つかったのか?」
「分かりません。」
エクレシアの言葉は前と変わらなかった。
「それでも私は立ち止まるわけにはいかないのです。あなたは暗闇に居るとして、状況が進展しないと分かっていても人間は立ち止まるなんてことは出来ないんですよ。」
「陽が昇るまで体力を温存するって考えはないのか? 遭難時の鉄則だぜ?」
「だって、真っ暗闇ですよ? その中にただ居るなんて怖いじゃないですか。」
「神様にでもお祈りしていればいいじゃないか。」
「自ら行動しないものに神は手を差し伸べてはくれません。」
「・・・・・お前って、ああ言えばこう言うのな。」
「口先千万、屁理屈婉曲拡大解釈はうちの専売特許ですよ?」
「ホント、お前もいい性格してるよ。」
絶対に真似したくない生き方である。
こいつの謙虚と誠実さの下にあるのは強かさか、結局女というのは神様のように男の幻想でしかないのであろう。
これでその辺の女よりずっとマシだかと思うのだからこの世に救いはないのだろう。
「とりあえず、一人は確保できました。ここから徐々に広げていきます。」
「おい待て、俺はお前さんのところ仲間になった覚えはないぞ。」
「徐々に外堀から埋めていつの間にか仲間に引き入れる、うちの常套手段です。」
笑顔で言った。笑顔で言いやがったよこいつ。
「・・・・・良い事してると思ってる?」
「神の教えに帰依する、良い事ではないですか。」
そりゃあ聞く限りお前のところ神様の教えは良い事ばかり言ってるけどな。
「・・・・・まさか、まだうちをどこぞのカルト教団と同じと見ているのですか?」
「疑うのかよ?」
「それこそ、まさか。」
そして俺もこいつの対応に慣れたもんである。
「まあ、自爆テロなんてする連中よりずっと怖いってこと分かるが。」
「私はともかく、仲間を悪く言わないでください。」
そこで、初めてエクレシアは俺を睨んできた。
「お前はそれでいいのかよ・・・。」
「はい?」
「いや、こんな死地に送り込む奴らを何でそこまで信じられるのかな、って。」
言ってから、思わずアッと言ってしまった。
まさか本音を口に出してしまうとは思わなかった。
「・・・普段は冗談っぽく言うくせに。」
職業柄だろうか、ホントにこいつは人をよく見ている。
「信じていますさ。何が起これば信じないと言えましょうか。
同じ志を持ち、共に戦い、寝食を共にした仲間です。ずっと私はそこで暮らしていました。それこそ、実の親や兄弟と同じように。・・・いえ、あなたにそれを理解しろと言うには酷な話ですか。」
「なんだよそれ、俺には親愛の情は無いって言いたいのか?」
「まさか、そんな人間は居ませんよ。だから私はあなたも信じています。」
「不思議だな、お前が言うと途端にうわべだけの言葉に聞こえてくるよ。」
「それはあなたに信じる心が無いからですよ。」
彼女がそう言った途端に、俺は腹の底から笑いがこみ上げてきた。
「はははは、おいおい、どっちだよ。俺は人間なのか? そうじゃないのか?」
「人間ですよ。」
「ハッキリしやがれよ。」
ムカついた。この上なくムカついた。
ちゃらんぽらんだった俺のクソ親父と同じように、酒に酔ったように言ってることが定まらない。当然だ。こいつは、神に酔っているのだから。
「・・・・・・・・・・・」
「泣くなよ。卑怯じゃないか。」
エクレシアは、何も言えずにただ涙を流していた。
女が泣いていて、その前に男が居るのなら、ほぼそいつが確実に悪い。これは真理だと思っている。
だから俺が悪いのだろう。別に彼女は悪くは無いのだから。
「神は全能です。故に神は全てにおいて慈悲深く、無慈悲であられる。
神は機械のように完璧な偶像であられる。故に地上での救いは目に見えず、死後に導くためにある。だから我々は、少しでも地上の人々を目に見える形で救おう。
・・・・・・我が騎士団の理念です。」
「・・・・・・」
「人は所詮俗物です。主とて奇跡を起こせなければ、誰も主を信じなかった。
私はそれが悔しい。正しい言葉が信じられない世界なんて、腐っている。」
「・・・・・・」
「人は最初、神が創造なされた時は完璧でありました。
しかし、悪魔に唆され、地に堕ちた。私が完璧でないのは、私に悪魔が住んでいるからです。だから、あなたに正しく言葉を伝えられないのでしょう。」
「恥も無いのも完璧なのか。面白い冗談だ。」
「あなたはいつもそうやって茶化して、話を濁そうとする。
ですが、私は諦めません。人と人とは分かり合えるのですから。」
「お前が目指してるのは、人じゃねえよ。」
時々、俺はこいつがどこを見ているのか分からなくなる。
前を見ているはずなのに、果てしない遠くを見ているような気がするのだ。
「分かりません、矮小な私には、何も。」
「それは、お互い様だ。」
或いは魔術師という連中は、そんな途方もない真理を追い求めているのかもしれない。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「やあ、そんなに離れてないのになんだか久しぶりだね。」
翌日詰め所で警邏ルートの確認中に再び旦那の屋敷に呼び出されると、クラウンの奴が居た。
「俺はお前の顔を見なくて清々したけどな。」
「ははは、そんなこと言っちゃって、寂しかったくせに。」
「そんなわけあるか。って言うか、一度帰ってきてたんなら顔くらい見せろよ。」
「はっはっは、メイは素直じゃないなぁ。」
「それより、本題に入りましょう。」
先に来ていたエクレシアがさっさと話を進めようとそう言った。
俺もクラウンの下らない冗談に付き合うつもりも無い。何の用も無く旦那に呼び出されるはずも無い。
「旦那、何用ですか?」
「先日ここで暴れたと言うテロリストのことだ。」
すっかりテロリストという認識らしい。相当な愉快犯であったが。
「報告にあった犯人の所持していた武器だが、ものは違うが同質のものを俺とクラウンは見ている。」
「何ですって?」
「これを見てみなよ。」
脇にあったテーブルにはクロムの使っていた銃器がトレーに積まれている。
クラウンはその横に置いてあった二振りの剣を手に取り俺に見せた。
「普通の剣じゃないのか?」
「普通の剣だよ。ただ、これを見てみなよ。」
クラウンはそう言って二振りの剣と剣を打ち鳴らした。
すると、両方の剣が全く同じように高速で小刻みに振動し、崩壊した。
そして青っぽい―――魔力をより文章的に表現するなら、瑠璃色の―――光となって消えうせた。
「・・・・どうなってるんだ?」
「魔力で構成された擬似的な物質だよ。今の二つは全くの同一の物体だった。だけど“同じ物”なんてこの世には二つは認められていないんだ。だから今のように消滅した。そういう法則なのさ。
今は意図的に両者のバランスを崩したけど、そこにある武器はそんなにあるのに矛盾として見られていない。どうやったのか僕にも想像ができない。」
「・・・・錬金術って奴じゃないのか?」
エクレシアはクロムを錬金術師だといっていた。
だったらそれも錬金術による代物だと言うことになるのではないのだろうか。
「何でもかんでも錬金術の一言で片付けられるほど便利な魔術じゃないさ。」
「ええ、戦闘向きではないですし、何より彼女は戦闘で錬金術そのものは使ってきませんでした。彼女にとって錬金術はあくまで研究分野なんですよ。」
それ以外はオマケなのでしょう、とエクレシアはそう言った。
「不可逆な物質を可逆的にサイクル出来る秘術と言えば良いのか、人間専用の魔術だから僕は詳しくないけれどね。むしろそっちの彼女の方が昔から錬金術師を摘発してきた存在なんだから僕より詳しいはずだ。」
クラウンはエクレシアを見ながらそう言った。
道理で、エクレシアはクロムの正体を看破できたわけだ。
「私も詳しいわけではありませんよ。しかし、魔力で物質を形成するのは危険極まりない。本当に彼女は卓越した魔術師だったのでしょう。」
「そんなに危険なのか?」
「魔力は精神に反応して変質するんですよ?
鉄が急に火になって爆発したりしないという可能性は否定できないのです。それが全くないどころか、全てが完全に同質にして同一。人間業じゃありませんね。」
「マジか・・・。」
馬鹿みたいにイカレて笑ってる印象しかないが、そんなにすごい奴だったのかあいつ。
「僕も一度で良いから会いたかったなぁ。話をして心行くまで人間の文化について語り合いたかったよ。」
「で、そいつが今回の盗賊どもに手を貸した可能性が出てきた。」
残念そうに肩を落とすクラウンを無視して、ゴルゴガンの旦那が口を開いた。
「本当ですか?」
「ああ、なんかきな臭いからお前達にも話を聞こうと思ってな。」
「話と言っても・・・話せるようなことは何も・・・。」
「はい。結局は見す見す死を許してしまいました。面目ありません。」
エクレシアも気にしているのか、強張った表情でそう言った。
「そうか、手間を取らせたな。下がって良いぞ。」
旦那もそこまで何か情報を得られるとは期待してはいなかったのか、あっさりとそう言った。
「ねぇねぇ、旦那。これ、僕が貰っていい?」
「好きにしろ。」
旦那はクロムの銃器そのものには興味が無いのか、欲しがったクラウンに簡単にそう言った。
「クラウン。それに弾は入ってないから、武器としては使い物にならないぞ。」
しかし、俺はクロムが二丁だけ拳銃を使わず打ち捨てたのを覚えていたので、それを回収の際に勝手にちょろまかしておいたのは内緒である。
「いいのさ。武器そのものに何種類もの加護が付与されている。
僕らの操る精霊魔術じゃこうは行かない。精霊は万物に存在するけど、どうも人工物とは相性が悪いからねぇ。
それに、武器として使えないんらどうにか溶かして違う武器にすればいいのさ、鉄には変わらないんだから。それが出来るか試す意味も含めてね。」
こいつの好奇心とたくましさはアインシュタインもビックリだろう。
「さて、同士二人よ。決起会でも始めようか。色々と考えておいたよ。」
そしてこいつはあのことをまだ本気で考えているらしかった。
「おい、俺はまだやることがあるんだが?」
「そんなの後回しだよ。じゃ、行こうか。」
クラウンに腕を掴まれて旦那の部屋から連れ出される俺とエクレシアは思わず顔を見合わせた。
彼女もどうすればいいのか分からなさそう表情。
しかしこいつに逆らうには力不足。
「とりあえず、話を聞きましょう。」
エクレシアはそう言った。
俺はそれに頷いた。
どうやら色々と考えているようだし、とりあえず付き合ってやることにした。