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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
一章 魔族と人間
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第十三話 ブラックトリガー





「人間の英知の前には魔族なんて時代遅れの幻想だってことを教えてあげるわ。」

くるくる、とガンマンを気取ってリボルバーを指で回しているクロムと名乗った女は言った。



「なにあれ? 飛び道具?」

サイリスが困惑していることから魔族には拳銃なんて無いのだろう。


「人間の弓みたいなもんだ、連射も出来るから射線に絶対入るなよ!!」

「わ、わかった!!」

とりあえず周囲にも聞こえるようにそう言ったが、一瞬で十二の的に命中せしめた腕にどこまで有効かは不明だ。




―――『分析』 相手の射撃能力から中距離戦は不利と判断します。『アキレスの盾』を展開し、接近戦を展開することを推奨。



「(同感だ。ビビッて下がってもしかたねぇ。正面突破だ。)」

今言われた魔術も一応何度か練習しているから使えるだろう。


エクレシアも同様の結論に達したのか、剣を抜いたまま突撃を刊行したようだ。


しかしクロムは踊るように両者に片方のリボルバーで照準を付けて発砲した。



たたたたたたん、と六連射の銃撃を、俺は正面に展開された円形の障壁が阻む。

ギリギリ発動が間に合ったようだ。


拳銃弾程度では到底打ち破れない正面全域をカバーする強固なシールドバリアだ。

そのまま突撃を続けて近づくも、弾切れの拳銃を打ち捨てて装弾済みの拳銃を取り出す豪快な戦法であるニューヨークリロードで補充し、再び銃撃が飛来する。


「あれ?」

すると、拳銃程度では打ち破れるはずの無い障壁に皹が入っている。



―――『分析』 何らかの魔術的付与をされた銃弾のようです。最低でも銃身に加速術式や弾道補正の術式は付与されているものかと。



「そんなのありかよ!?」

「魔術師がただの拳銃を使ってどうするのよ。」

こちらが接近するまでも無く近づいてきたクロムが俺の目の前に二丁の拳銃を突きつけてそう言った。自分の武器の性能に気づき驚いてもらって嬉しそうな表情である。



流石に二丁拳銃からの一二連射は伝説の盾を模した障壁でも耐え切れず、俺は防御が決壊する前に真横に跳んで回避した。


「そこ、だッ!?」

「おっそーい♪」

弾切れを狙って斬りかかるも、いつの間にか彼女は新しい拳銃を手にして発砲し、俺は振り下ろすはずだった魔剣の刀身に銃弾を当てて阻止したのだ。

アホみたいな芸当である。


そして仰け反るしか出来ない俺のわき腹に回し蹴りを喰らわすと、蹴り飛ばされる俺を尻目にそのまま接近してくるエクレシアに銃撃を浴びせ牽制する。



「ああ、なるほど、幻術ね。把握把握。」

手ごたえのなさを感じたのか、彼女は舐めるように口の中で呪文を紡いだ。


「女は度胸と才覚と感ってね。」

もう既に目の前に迫っていたエクレシアなど目もくれず、彼女の真横に向けて銃口を向けてそのまま発砲した。



すると、そこに見えていたはずのエクレシアが消えうせ、炎で燃え上がる剣を振りかぶった彼女が射線上から現れた。


「相変わらずクソ硬い連中ね。」

バックステップで攻撃を躱して至近距離での銃撃を浴びせても、エクレシアはビクともしない。



「神の御加護です!!」

そう言いながらエクレシアは剣で薙ぎ払ったが、クロムは背後に跳躍して距離を取った。


「くぅッ!!」

そのまま追撃に走るが、いつの間にか足元に転がっていた手榴弾が爆発してエクレシアは思わず足を止めてしまった。




「逃がすか!!」

リザードマンが手にしていたシミターを片手に、民家の壁を垂直に走って真上からクロムに斬りかかったのだ。


「わぉ、人間じゃ出来ない動きね。」

距離を調整しながら動くクロムは彼に標準を合わせようと飛び退いた。



「させるか、クソ女!!」

建物の影に隠れて呪文を紡いでいたサイリスが叫んだ。

すると、クロムの足元に六芒星の魔方陣が浮かび上がったのである。


そこから、彼女の両足を掴む無数の手が出現したのだ。



「さっきの召還の対価はあんたに決定、地獄の悪魔に魂ごと喰われて死ね!!」

「ふふふ。お粗末な術式。」

リザードマンの斬撃を片手に出現させた魔方陣の障壁で防ぐと、もう一方の手にある拳銃を捨てて自身のローブを引っ張った。


すると、彼女の足元に無数の小さなロザリオとやたら意匠の凝らされたガラス瓶が幾つも落ちたのだ。

ロザリオが悪魔の手に触れると爛れ焼け落ち、ガラス瓶が割れて中から出てきた液体に触れた悪魔の手は青っぽい粒子となって消えうせた。



「知り合いに腕のいい悪魔召喚師が居るのよ。いつ呪い殺されるか分からないから持ち歩いていた装備が役に立ったわ。」

そのままスナップの利いた手でサイリスにロザリオを投擲した。


「あちッ、あっちち!!! うわーん、お肌が!!」

別に剛速球であったわけでもないのに、それが腕に当たったサイリスはそこを押さえてのた打ち回ったのだ。



「敬う心の無い貴方が、神の力を騙るな!!」

その隙に体勢を立て直してきたエクレシアがリザードマンの剣を防いでいる魔方陣に燃える剣を叩き付けた。



「そう言えば最近、あんたみたいないけ好かない聖職者に出会ったわね。

戦い方も結構似ているから、残念ながらしっかりと対処を出来るのでーす。」

くるり、と防御の魔方陣が砕け散る前に身を翻して、ローブの中から取り出した銃身の短いショットガンをエクレシアのわき腹に当てた。



「この距離ならバリアも神の加護も関係ないわよね?」

「――――――ッ!!!」

悲鳴すら聞こえなかった。


明らかに違法改造のオンパレードと思われるショットガンはフルオートで多分八発は撃たれたと思う。

散弾の近距離射撃の衝撃はリザードマンを巻き込んで思いっきり吹っ飛ばされた。



「あははははははは、何で死なないの? 生身の人間なら胴体が二つになってもおかしくないのに。ホント、あんたら騎士どもは硬さだけは褒めるに値するわね。」

楽しそうに手を叩いて、クロムは弾切れのショートバレルショットガンを捨てた。


流石のエクレシアも至近距離での衝撃は殺しきれなかったようで、失神している。



「うーん、内蔵はぐちゃぐちゃになってるわね、骨は何本折れたかしら?」

そんな彼女に止めを刺さず、足で直撃を食らった彼女のわき腹を踏みつけるようにしながらそんなことを言い出した。


「う・ああ・・ああ!!」

「ねぇねぇ、こんなになっても死ねないってどんな気分? ほらほら、恨み言の一つでも言ってみなさいよ、きゃはははははは!!!」

気を失っても痛みでうめき声を漏らすエクレシアの悲鳴を楽しんでいるかのように、クロムは笑う。



「いい加減に、しやがれ!!」

エクレシアの零距離射撃に巻き込まれて吹っ飛ばされてリザードマンが漸く立ち上がって蛙のように跳躍してからの斬撃を繰り出す。



「魔族って頭悪いのかしらね、そんな原始的な攻撃通用すると思ってる?」

「俺のは、なッ!!」

ああ、とそれでクロムもリザードマンの一撃を障壁魔方陣で防ぎながら思い出しように呟いた。



「そう言えば居たわね貴方、すっかり忘れてたわ。」

「たった十数秒で俺のことを忘れてんじゃねーよ!!」

「目の前で仲間がやられているのに、何も出来ないあんたなんて覚えられる価値があると思う? 笑わせないでよ、あははははは!!!」

クロムは俺の斬撃を跳躍して華麗に躱すと、置き土産に無数のピンの抜けた手榴弾をばら撒いていきやがった。


そして、その中心には、エクレシアが居る!!



だが、今から彼女を担いで逃げるには圧倒的に時間が足らない。

もう手榴弾は地面に落ち、爆発寸前なのだから。



「(魔導書おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!)」


―――『許諾』 防護術式『アイギス』を代理詠唱、術式の圧縮による超短縮発動。負荷はキツイですよ。



その直後、俺の中に凄まじい虚無感が襲われる。

大量に魔力を消費すると襲われる吐き気を超えたそれは、命の危険を訴える寸前だ。


爆音が聞こえる。

だが、爆風も熱も痛みも無かった。



俺の周囲全方位に展開される球状の防壁は、防御力なら先ほどの『アキレスの盾』よりずっと高い。ギリシア神話が誇る世界でも屈指の防御力を誇るイージスの盾の伝承を元にされているだけはある。

その代わり、燃費も非常に悪い。緊急避難に発動したもんだから更に悪い。俺の魔力の殆どをごっそり持っていかれた。もう動くのも辛い。



「助かったのか・・・。」

挟撃に失敗し、爆発範囲に居たリザードマンも無傷である。



「おい、魔導書・・・俺はどうなってもいい。

今すぐにでもあの女を、ぶっ殺したい。力を貸せ・・。」


―――『許諾』 是も非も有らず。我が知識の全ては、すべて我がマスターの為に。



「お前もそんな可愛げのあることば言えたんだな。」

そんな冗談っぽい言葉を言いながら、俺は薄く笑った。




「あららららー、よく生きてたわねー。今ので絶対死ぬと思ったのに。」

「笑っていられるのも今のうちだぞ、このクソ女。」

「じゃあ、本気にさせてみなさいよ。

そんなへたれじゃそこのちょろそうな女もなびかないわよ。」

「てめぇが、こいつのことをとやかく言う資格はねぇよ!!」

「ああそうなの。じゃあどこでその資格を得る試験があるか教えて貰えるかしら?」

クロムは嘲笑っている。

自分に刃が決して届かないと分かっているのだ。


実力の差は痛感している。

エクレシアも手も足も出ていないのだから。



だが、そんなことは関係ない。

俺は今すぐこの女を目の前から消し去ってやりたいんだ。



―――『分析』 彼女の戦闘における最も有効だと思われる魔術を選定。『トロイの木馬』が最適だと判断しました。


「(発動は任せる。)」

すぐに了承の意が返ってきて、俺は魔剣を構える。




「馬鹿って嫌よねー、馬鹿の一つ覚えってこのことかしら。」

「脳天からかち割ってやるよ。」

俺はクロムが二丁拳銃を構えるのと同時に走り出した。


「拳銃ならシングルアクションに限るだろうが!!」

「うわ、それ分かるわぁ、でもそれじゃあ二丁拳銃できないじゃない。」

俺は容赦なく銃撃を浴びせられる。


『アキレスの盾』を展開し、それの犠牲と共にそのまま直進する。



「さよなら。」

今度彼女が取り出したのは、先ほども使ったショートバレルショットガン。

フルオートでばら撒かれる散弾の雨を横っ飛びで避け、すぐに俺は最後の距離を詰める。


だが当然近づかせてはもらえない。

クロムは飛び退いて新たなショットガンを二丁取り出し、そのまま撃ち出した。



――――――俺が居る方向とは見当違いな場所を。



「うおおおおおおぉぉぉ、『ケラウノス』ッ!!!」

クロムが違和感を覚える前に、俺は魔剣に魔力を込めて投擲した。



「は?」

クロムは終始理解できなかっただろう。


何で自分の腹に俺の魔剣が突き刺さっているのか。

そのまま、雷撃が迸る。



そして、彼女の絶叫と共に、この戦いは終止符を打ったのだ。





・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・





「ふふふふ、これで死ねないんだから、私も大概よね。」

俺が虚脱感に襲われるのを必死で堪えてクロムの元に歩み寄ると、そんな自嘲気味な声が聞こえた。



腹部を貫かれてまで、クロムは生きていた。

しかも明確な意識を持って。普通の人間なら朦朧としているか即死だろう。その上に雷撃まで喰らったのだ。フルオートの零距離ショットガンを喰らって生きているエクレシアもそうだが、こいつもとんと常識外れである。



「殺しなさい・・・体が動かないの。最低限の防護はできたけど、この有様じゃ、もう二度と魔術なんて使えない体になっているでしょうね。」

「言われなくても・・・・。」

この状態で喋ること自体が奇跡に近いが、俺は情けを掛けたりなんかしない。


魔剣の柄に手を当て、そのまま僅かに残っているだろう魔力をかき集める。

もう殆ど空っぽに近いから、集めるのに時間が掛かってしまった。



「・・・・・・・・・・・・・」

「どうしたの? ふふふ、まさか、同じ人間に手を掛けるのが怖いの?」

「そんな、わけ・・・。」

まるで俺の心を見抜いたかのように、クロムは嗤いながら言った。


そのとき初めてローブに隠れていた彼女の顔が見えた。

エクレシアよりは年上だろう、成熟した若い女性であり、どこにでも居そうな茶髪の女だった。



「お止めなさい・・・。」

ふと、エクレシアの声がして俺は思わず振り返った。

そこには、リザードマンに肩を貸され、苦痛に顔を歪めながらも何とか歩いている彼女の姿があった。



「勝負は着きました。戦いは終わっています。

これ以上、誰かが傷付くのは、私が許しません。」

「おいおい、いい加減にしろよ。こいつはお前を殺そうとしたんだぞ?」

これはもう、優しいとかそういうレベルの話じゃない。

慈愛に富んでいるとか、信仰心厚いとかでもない。もし本心でそれを言っているなら、異常だと俺は思った。



「理由はともかく、殺し合いをしていたのです。私たちは明確な意識を持って剣を抜いた。それは変わらないのです。殺そうとしたんです、殺されるのは当たり前なんですよ。」

「じゃあお前は、一方的に銃を向けられて抵抗するなと言っているのか!?」

「身を守るだけなら、殺そうとする必要ありません。それに、私は何も許すと言っているわけではないのです。ここは魔族の領地であり、この村を治める騎士殿の土地であるのです。

であれば、彼によって厳正なる裁きを行い、然るべき罰を与えるべきです。」

「だけど・・・・。」

「私の言っていることは、間違っていますか?」

「・・・・・・・・・分かったよ。だけどお前らはそれで良いのか?」

俺はリザードマンに問いかけた。



「確かに俺たち魔族は捕虜を取らねぇ、敵は見せしめに即処刑だ。

しかし、この人間の姐さんがこいつを罪人だと言うなら、それは捕まえて裁きに掛けなければならねぇな。

だが、人間の兄さんよ、なにせ、今ここで一番強いのはこの人間の姐さんだ。

だったら俺らはそれに従うまでだ。ゴルゴガンの旦那も、ここに最初に来たときに己の力を証明した。強者に従う、それが魔族の掟だ。」

「・・・・・・なら、いいさ。」

それ以上、俺が言うことなんて無かった。



「馬鹿ねぇ、私が逃げるとは思わないの?」

「逃げられるなら、逃げてみなさい。その体で逃げられるのならば。」

「ふふふ、貴方気に入ったわ。死んでも覚えておくから。」

最後にそいつは、ぞっとするような暗い喜悦の笑みを浮かべていた。





・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・




「おい、大丈夫かよ?」

「ええ・・・平気とまでは言いませんが。」

二日後、俺は牢屋の中にぶち込まれているクロムの様子を見に行くことにした。


エクレシアも付いていく言って聞かないが、どう見ても元気とは言えそうにない。と言うかよく立てるよなこいつ。

昨日一日はずっと寝たきりで食事も喉を通らなかったほどなのに。



「おらおら腰抜けども、しっかり走れやー!!!」

途中、部下を引き連れて走っているリザードマンを見つけた。


先日の戦いで誰一人ビビッて加勢しなかった部下に相当立腹していたし、この様子では特訓は当分続きそうである。

しかし、銃弾を受けた連中も普通に生きてたし、魔族の生命力は馬鹿みたいである。




「それにしたって、なんで今日に来いって言ってたんだろうな。」

そう、今日この時間までに来いとクロムの奴に言われたのだ。

面倒だが、絶対に来いと念を押されているので、何だか行かないといけない気がしたのだ。正直あいつはいけ好かないが。



「さあ、しかし、大体は想像付きますけれどね。」

「そうなのか?」

「私の知っている高位の魔術師は、もっと人間離れしているんですよ。致命傷を負ったとしても平気で動いたり、そもそも死ぬことが無意味だったり、そんな方々ばかりでした。」

「どんな魔窟だよここは。」

「所詮は死の条件が普通の人間と違うだけですよ。

浅ましく、死ににくくなるだけです。だから、彼女ほどの魔術師が肉体的な制約に縛られているのが不思議だったんです。」

「銃なんか使うやつがそんなにすごい魔術師かね。」

「私と貴方の才能を足しても及ばないでしょうね。普通、魔術師が戦闘で一度に扱える魔術の種類は五つまでと言われていますが、彼女はそれを幾つも超えていた。最低でも黒魔術やうちの魔術、ルーンや他にも色々と。正直、同じ人間とは思えませんね。

魔導書の補佐がある貴方には分からないでしょうが、方程式を解きながら戦うようなものなんですよ?」

「うへぇ・・・。」

それは勘弁してほしい。俺の数学のセンスは壊滅的だ。



「彼女は紛れも無く天才ですよ。性格はともかく。

正直なところを言えば、私は彼女を逃がしてあげたい。」

「・・・正気かよ?」

「私も魔術師ですからね、彼女ほどの魔術師を殺すのは惜しいと思うのですよ。

教義とか思想とかに関係なく、ここは人間の英知が集約する場所ですから。

仮に人を生き返らせる力を持つ聖人がいるとしますと、この場所は百の犠牲を払ってでもその方を守ってきたと言う感じでしょうか。」

「前々から思ってたけど、今なら言えるよ。お前ら、狂ってるよ。」

「ふふふ、そうですね。でも貴方も同じ穴のムジナですよ。

ギリシア神話の英雄達は最終的に不死を得たりします。貴方も、いずれそれが欲しくなる。それが魔術師です。

そんな欲がない人間を、魔導書は選ばないのですから。」

「・・・・・・・・・・」

確かに不老不死に魅力を感じないといえば嘘である。

そしてそれに限りなく近しい人間が確かに存在していると言うのだから、夢を見ないのなら人類ではないのかもしれない。



「私も、もっと神の身元に近づきたい。」

両手を組んでエクレシアはそう呟いた。


だが、俺は彼女のようにそんな求道を歩む自信が無かったのだ。





・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・





「あら、遅かったわね。」

「ッ!?」

俺は、旦那の屋敷にある罪人の地下牢屋に収容されているクロムを見て絶句した。


エクレシアの治癒魔術で辛うじて一命は取り留めたはずの彼女は、現在見る影も無い。


顔はまるでひび割れた土偶のように乾いており、ベッドの上には乾いた砂のようなものが散乱している。



「やはり、あなたは錬金術師でしたか。」

「あら、初見で私の正体を見破ったのは貴方が始めてよ。」

「貴方の使う魔術は多彩でしたが、どれも汎用的で弱点の無いものばかり。専門としている魔術ではないと思いました。それに、決定的だったのは呪術に対する抵抗力の低さ。信仰する神の居ない錬金術の魔術体系の最大の弱点ですから。

貴方はすぐに私の幻術は見破っても、対象の認識をずらすメイさんの幻術はすぐに見破れなかった。」

「ぱちぱちぱち、百点満点。

それじゃあ私の正体も見当が付いているんでしょう?」

「・・・・・・・・・ホムンクルス。」

それは、無学に等しい俺にでも知っている単語だった。



「そう、本来ならフラスコの中の命なのよ、私はね。だから、定期的に特殊な溶液に漬かってないと体が崩壊するの。だから私を裁ける奴なんてこの世に居ないの、ざまぁみろ。」

わざわざそれを言うために呼んだのだろう、彼女は。


実に楽しそうに、死の寸前だと言うのに、最後まで笑いながら言うのだ。



「やはり所詮、貴女にとって体なんて入れ物にしか過ぎませんか。

ですが、もう貴女は終わりです。誰も貴女を裁くことができなくても、神が貴女を裁くでしょう。それにより私は貴女への憎しみや怒りを忘れましょう。」

「ふふふふふ、おめでたい女ね。この体が、自分の命を永らえるためだけの入れ物だとでも思ったの?」

「・・・・・違うのですか?」

「残念ながら違うのでーす。」

可笑しそうに可笑しそうに、鉄格子越しに彼女は嗤う。



「私が何て言われているか知っている? 人呼んで、“ブラックトリガー”。

私は撃鉄を上げ、黒い引き金に指を掛けて、弾丸を撃ちだす存在。こんな辺境じゃ無理だけど、調べればこの名前くらい出てくるわ。」

「なにが、言いたいんだ?」

「もうね、引き金は引かれたって事よ。

この私は朽ちるけど、私という存在はあなた達の中に残る。貴方達のことも、私の中に残る。放たれた弾丸のように、もう戻ることは無い。」

「詩でも聞かせたいのか? 場違いだぜ。」

「ふふふふふふ・・・・。」

それでも、不敵ニクロムは嗤うだけなのだ。




「また逢いに来る。」

「なに?」

「また、逢いに来るって言っているのよ。この体が朽ちても、絶対にまた貴方達に逢いに来る。私は必ず目の前に立ちはだかって、貴方達に銃口を向けて引き金に指を掛けるでしょう。

だから覚えておきなさい。――――――絶対に、また逢いに来る。」

なぜだろうか。


確信を持って言える。

この女は、絶対にもう一度、俺の前に現れると。



その予感が、背筋の悪寒となって俺を震わせる。




「でもね、私は私だけなのよ。ここに居る私は、確かにここで終わるの。

最後に、楽しかったわぁ。・・・・・・ああそうだ、最後に、これを。」

クロムは、ぼろぼろと崩れ落ちる手で胸元にあった小さなプレートを俺に差し出した。


文字が書いてあるようだが、真っ黒に焦げて、何が書いてあるか読めない。




「これは、私の生きた証よ。私なんかに、殺されないでね? 約束よ。」

彼女はそう言い残して、ボロッと胴体から砂の人形のように崩れ落ちた。


最後に残ったのは、ほんの小さな塊すらない砂漠の砂のように乾いた粘土のような物体だけだった。




からん、とプレートが冷たい石の地面に落ちる。


「最後まで本当に勝手な奴だ。

勝手に現れ、勝手に暴れ、勝手なことを言って、勝手に死にやがった。」

俺は、何となくその金属製のプレートを拾い上げていた。



「でも、悲しい人でしたね。」

「そう言っていられるのも、今のうちだけだと思うがね。」

そして、俺たちはすぐに地下牢屋を後にした。






――――――また、逢いに来る。



クロムの声が、耳にこびり付いている。

彼女は、絶対にまた現れる。俺たちの前に。














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