第十二話 黒魔術と黒い硝煙
「なるほど、弁護の仕様が無いほど迂闊な真似をしましたね。」
「うぐぅ・・・。」
翌日の朝、朝食の席で昨日の事をエクレシアに話したら手厳しい一言を頂いた。
ちなみに一昨日の夜のことは無かったことになっていようである。そのことを尋ねようとしたすごい顔をして睨まれた。こえぇよ。
「今回は運が良かったようなものですが、そのような幸運が何度も続くとは思わないでください。神は自分の幸運に甘えるものには微笑みませんよ、幸運とは神が我々人間に与えるものなのですから。」
「説法はいいよ、俺が強くなれば良いだけの話だ。
詰め所の連中にはちゃんと伝えたが、その女は怪しげな術を使った。
どこまで効果があるかは分からんね。」
「では私の出番ですね。人を惑わす輩を野放しには出来ませんからね。」
「給料も出ないのによくやるよな、お前も。」
「私の報酬は人々の笑顔と幸福ですから。」
「本気でそう思っているなら、俺はお前が怖いよ。」
「それは私を通じて神を畏れているからですよ。
いい兆候です。神を畏れ敬い、祈りを捧げれば必ずそれは届くでしょう。」
その内こいつ、後光でも出るんじゃなかろうか。
「しかし、呪術対策を全く忘れていたのは私も迂闊の謗りを免れませんね。
魔術師の攻撃手段は大抵が呪術による遠隔攻撃ですから。」
「呪術って、炎とか雷とか、一般的な攻撃魔法みたいなイメージでいいのか?」
「ええ、その通りですが、そんな正直に攻撃してくれる輩ばかりじゃないのです。
目に見えない搦め手で攻めてくる間接的な攻撃も多いですから。場合によっては、姿すら現さないで一方的に攻撃してくることもあります。」
なるほど、俺はその搦め手にまんまと引っかかったわけである。
「とりあえず、今日から一緒に祈りましょう。」
「はぁ? なんでそうなる。」
「神に邪悪な魔術から守っていて頂くのです。神から加護を受けて呪術から身を守るのは基本ですよ。どこまで守れるかは己の信仰心に依存しますが。」
「神様っつったってもなぁ・・・。」
イマイチ実感がわかないものである。
「ではギリシアの神に祈りますか? ギリシア神話を礎にした魔術を使うあなたには最適ですが、アドバイスは全く出来ませんよ?」
「・・いや、じゃあ、そっちの神様でいいや。」
ギリシア神話の神様ってどうも信者を守ってくれそうなイメージが沸かない。
魔術にイメージは大事だと言うから、多分ギリシアの神様に祈っても加護を得るとか無理なんだろうな。
「でもそれって神様掛け持ちするってことだよな、いいのかそれって?」
「合理主義の魔術師が本気で神様を信仰する連中ばかりだと思いますか?
二つや三つの魔術の体系を掛け持ちするのは基本ですよ。本格的な力を必要としないなら術式や様式などを真似るだけで大抵の魔術は発動できますから。」
「魔術って結構大雑把なんだな・・・。」
「その魔術の定義からして明確化がなされていませんからね。
人それぞれなんですよ、自分にとって魔術とはどういうものなのかはね。」
そういうものらしい。
エクレシアも妙なところで大雑把なのはそう言う事なのかもしれない。
「とりあえず、これを貴方に差し上げましょう。」
そう言って、エクレシアは自分の首に掛けていた十字架のペンダントを俺に渡した。所謂、ロザリオである。
「神の加護が付与されているロザリオです。魔術の触媒としても扱えます。
所詮は道具なので一定の効力しかありませんが、無意識以下の干渉には抵抗できるはずです。意識できるレベルなら貴方も違和感を覚えるでしょうし、出来なくでも魔導書が感知してくれるでしょう。」
「いいのか? 大事なものじゃないのか?」
少なくとも俺がこいつを外しているエクレシアの姿を見たことが無い。
「母から頂いたものなので大事といえば大事では有りますが、物に執着したことはありませんので。単純な触媒としての価値ならマスター・ジュリアスから借り受けたこの剣の方が何十倍もあります。だから私の代わりに貴方が大事にしてくれれば良いです。」
「・・・・責任重大だな。」
「ええ、失くしたりしたら、泣いちゃうかもしれません。」
「責任重大だな・・・・。」
きっと責められるよりつらいだろう・・・。そしてこいつは絶対俺を責めたりはしないはずだ。・・・・逆に辛いわ!!
「ところで、ロザリオってことはあんたの所はカトリックなのか?」
素人知識だが、確かロザリオはカトリックの宗徒が身に付けるものだったはず。中学か高校の頃に歴史を習った時にキリシタン繋がりでそんな知識を教えられた気がする。
「いえ、うちは宗派としては独立しています。神や主の奇跡を魔術と行使する集団なんて異端ですから。どうせなら宗派に拘らず統合してしまえと言う感じで。神の言葉のために争うのは本末転倒で馬鹿馬鹿しいとは『カーディナル』のお言葉です。まあ、それは建前で、魔術として使える奇跡の幅は多いほうが良いですからね。
しかし、主教である『カーディナル』がその名の通りバチカンの枢機卿として在籍していますから、カトリック系が強い感は否めませんが。」
「ふーん。」
「昔はそれが理由で他と戦争したりもしたそうで。結局は魔術師の総本山であるこの“箱庭”に本拠地を設置することになったようです。
まあ、私たちの騎士団はテンプル騎士団がルーツとなるので、そもそもからして異端だと追われていた時期もあるのですよ。そんな辛い時期を乗り越えられたのも、、全て『カーディナル』のお陰と言うべきでしょうね。」
「さっきから名前が出てるけど、その『カーディナル』ってすごい人なのか?」
熱く語ってくれる彼女には申し訳ないが、こいつら騎士団の歴史なんて興味なかった。
しかし、ふと気になったので訊いてみた。何かやたら押しているし。
「あの御方は魔族で言えば、『マスターロード』に当たる人物でしょうか。
『盟主』により同じ“魔導師”の称号を頂いていますから。」
「ふーん、それもすごい称号だったりするのか?」
「この総本山に十一人しか居ません。
ひとつの文明の魔術を究めた者にしか得られない称号です。まあ、当然ですよね。『カーディナル』は我ら騎士団の設立から関わっていますから。」
そんな人の元で働ける自分はとても名誉だと言わんばかりの表情でエクレシアは満足げに頷いた。
「は? おい待て、設立からって・・俺の聴き間違いか?」
「いえ、間違っていませんよ。第一回の十字軍の頃にはすでに生きていたと言う話を聞いたことがあります。大体九百年は昔ですかね。」
「きゅ、九百年って・・・おいおい、冗談だろ。」
そんなの化け物じゃねえか。
「しかしこの場所を統べる『盟主』は少なくともその二倍は生きておられるはずですよ。確か、異世界で十一代目の魔王との戦いに参加したと聞いたこともありますから。」
「俺って、まさか予想以上にとんでもないところに居るのか・・?」
「ちなみに、貴方の持っている魔導書の著者はその『盟主』の師匠だと言われています。ちなみに存命していますよ、悪魔で噂ですが。軽く三千歳は超えているんではないでしょうか?
復活した四代目の魔王と戦ったと聞いていますし。」
「頭痛くなってきた・・・。」
「それだけ次元の違う方々だと言うことでしょう。私にも想像がつきません。」
俺だって想像したくも無い。
人間の魂で本を作るような頭のイカレた野郎の事なんて。
「さて、余計な話をしている暇はありませんでしたね。
すぐにでもその不審人物を探し出しますよ。見極めなければなりませんからね。」
「ああ、そうだな。」
俺はロザリオを首に掛けて十字架を服の中に入れると、エクレシアに追従して立ち上がった。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「これ全部頂戴。幾らかしら?」
「はぁ? なにいってんだい。あんたに全部売れるわけないじゃないか。」
「お金は払うって言ってるでしょ?」
「欲張りだねぇ、帰えんな。」
「・・・・・これだから下等生物は・・・。」
即行で見つかった。
昨日見かけた商店街に行ったら、香辛料を売っている店の前で忌々しそうにしているのを見つけた。
どうやら欲しいものが買えなかったようである。
「おい!!」
俺が近づいて呼び止めようとすると、彼女はこちらを一瞥しただけですぐそこの角を曲がった。
「って、いねぇし。」
更に追おうとしたら綺麗さっぱり、誰一人としてその道には居なかった。
「これは手ごわい相手のようですね・・・。」
後からやってきたエクレシアはそんな風に呟いた。
「堂々と俺たちの前に出やがって・・・。」
「軽い認識阻害の魔術を使っていたようですからね。分かっていなければ彼女が居ることに違和感を覚えることがなくなるでしょう。現代まで魔術師の存在がおおっぴらになっていない理由の一つですね。」
「はん、便利だな。」
「昨日あなたがどれだけ探しても見つからないわけです。偽装の手段を変えたのですからその術中に嵌っていたと言うわけですね。」
「だけど、その前には普通に見かけたぜ。」
「誰にでも効く訳では有りませんからね。魔力抵抗能力の高い種族には通用しないでしょうし、恐らく別の種類の魔術に切り替えて偽装したので貴方が見つけられなかったのでしょう。色々と手段はありますから。」
「なるほど、厄介だ・・・。」
「しかも今彼女の使っていた術式はうちの様式に似ています。先ほど彼女が求めていた香辛料からして、同業者では無いでしょうが、これは油断をすれば私も出し抜かれるかもしれません。」
「同業者? 同じ魔術師だろう?」
「魔術師の業界では、自分と同じ体系や系統の魔術を使う魔術師を同業者と呼ぶのですよ。所謂、業界用語ですね。」
「そういや、あいつもそんなことを言ってたな。」
同じタイプがどうとか言っていたのを俺は思い出した。
「では探しましょう。魔術を使うと必ず痕跡が残ります。
まだ遠くへは行っていませんよ。早く周辺を捜索しましょう。」
「分かった。あの女絶対捕まえてやる・・・。」
「多分貴方には無理だと思いますけど。」
「なんでだよ。」
そう言って俺が振り返ると、件のその女が口元を押さえて笑っていた。
「私の声マネ上手かった?」
「上手かったよこの野郎!! ―――ぎゃぶ!!」
とっ捕まえてやろうと飛び掛ろうとしたら、すり抜けて壁に顔面からぶつかってしまった。
「落ち着いてください、どこからか投射された映像でしょう。幻覚の類です。」
「早く言えよ・・・。」
だらだらとこぼれる鼻血を押さえながら俺は壁を支えに立ち上がった。
「丁度退屈な仕事で暇してたのよ、やっぱり何事も刺激がないと短い人生何事も詰まらないわよね。参加者も一人追加みたいだけど。
だけど、私だけが追い回されるって言うのもフェアじゃないわね。貴方達が私を見つけるのをいつまでも梃子摺るなら、誰かがこうなります。」
バン、と幻影の女は弾け飛んだ。
まるで全身にダイナマイトでも仕込んでいたかのように。
「あっははははははは、おっかしい。じゃ、そう言う事で。」
「待ちなさい!!」
しかし、エクレシアの呼びかけなんか聞くはずも無く、女の姿は完全に消えた。
「ふざけやがって・・・・。」
「ええ、命を何だと思っているのでしょうか。」
「おい、魔導書、奴を探せないか?」
俺は魔導書に呼びかける。
―――『回答』 本書は対魔術師戦闘などは想定されておらず、彼女の偽装を暴く探査魔術は存在しません。
「ホント、肝心なところで使えないな、お前。」
「残念ながら私も探査魔術は得意ではないのですよ。まあ、これは昔から探査能力の低さは私たち騎士団の弱点ではありますが。」
こればっかりは神様に祈っている暇なんて無い。
「ちッ、しゃあねぇ、ラミアの婆さんの知恵を借りるか。」
「では私は警備兵の皆さんに協力を呼びかけてきます。」
「分かった。」
そして、俺たちはお互いのやることを確認してすぐに走り出した。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「ちょ、ちょっとぉ~、この間見捨てたことは謝るからさぁ~。」
「何でこんなときに限って婆さんは森の中なんだよ!!」
「師匠じゃないと見つけられない薬草とかあるのよ。だからちょっと手を放しててば。」
「緊急事態なんだよ!!」
俺は婆さんの屋敷の前に箒で掃除をしていたサイリスを掴まえて、無理やり協力を要請しているところである。
しかし肝心のラミアの婆さんは行方は知らず。
森の中に居るらしいが、そこには多分俺には太刀打ちできない数の魔物が蔓延っており、きっと危険な割りに分の悪い賭けになるだろう。
「いったい何なのよー。」
「あー、なんというか、テロを起こそうとしてる奴がいるんだよ。お前もこの間、怪しい奴を見かけたって言ってただろ? そいつなんだよ!!」
「なんですってぇ!? 冗談でしょ?」
サイリスは背中の蝙蝠っぽい羽をピンと伸ばしてそう言った。
驚いているらしい。
「冗談でこんなことを言うか、早くそいつを捕まえないと、無差別で爆破をするかもしれないんだよ。今は人手が足りなんだ!!」
「ホント、冗談じゃないわ・・・・ちょっと、いいかしら。」
そう言ってサイリスは俺の額に手を当てる。
「うッ!?」
「害意は無いから抵抗しないで。」
まるで脳みそに直接触れられたような感触に、俺は一瞬吐き気を覚えた。
多分、こいつは俺の記憶を覗いているのだ。
「なるほど、こいつね・・・。どうやら嘘じゃないみたいだし。
ホント、なんでこう面倒なことが次々と・・・・。」
「それはこっちの台詞だよ。」
サイリスは納得してくれたようで、すぐ終わるからちょっと待ってて、と言って屋敷の中に入っていった。
「お待たせ。」
そして三十秒もせずにサイリスは表に出てきた。
手にひし形の物体が紐に繋がっている代物を持っていた。
これは俺でも知っている。ダウジングに使うペンデュラムという奴だ。
「それって地下資源を見つけるための奴じゃなかったか?」
「これがただのペンデュラムな訳無いでしょ。地獄に住まう悪魔ども寄り代にしてその力を顕現させるために使うの。」
「マジかよ・・・。」
なるほど、魔女の弟子は魔女であるのか。
魔女は悪魔の力を使い邪悪な道へと人を堕落させるとかなんとかとエクレシアがあの後熱心に俺に言ってきたが、本当に悪魔の力を借りるようだ。
まあ、神様が居るなら悪魔も居るんだろうな。
そんなどうでもいい諦念を覚えながら、俺はサイリスが指を鳴らす音を聞いた。
すると、彼女の足元に円形の魔方陣が出現した。
円の内周に複雑すぎて読めない文字が刻まれており、更にその内側に円が一周。複数の五芒星や六芒星などが規則的に並んでいる。
「ちょっと、それ邪魔よ。そっちに行ってて。」
サイリスには俺の首元にあるロザリアが見えているのか、それを指差しながら彼女は睨んできた。
「ああ・・・。」
言われたとおり、俺は離れることにした。
「えーと、悪魔を呼ぶんだよな・・・?」
未だ実感みたいなものが湧かなかったので一応訊いてみた。
「ええ、名を挙げて朽ちた後、初代魔王陛下の身元に行くことを許された強大な悪魔を降霊するのよ。実体じゃないわ、たとえ本体を呼べたとしても、この世界では力を制限されてその辺の魔族と変わらない。
まあ、そんな馬鹿げたことが出来る奴なんて今の世界に居るとは思えないけれど。」
「やっぱりそう簡単に呼べたりはしないんだな。」
「そう簡単に呼べるなら日常的に都市が滅んでるわよ。」
どうやら軽く都市を滅ぼせるような悪魔を呼ぶらしい。こっちも洒落にならない。
「女探しなら本当はシュトリ当たりが良いんだけど、大貴公子なんてまだ契約段階で難航中だから、フォラスで何とかするしかないわね。」
サイリスは腰に帯びていた先端が水晶の短めの杖を手にして、もう一方の手にペンデュラムを差し出すように持った。
「《地獄の29の軍団を率いる偉大なる総裁よ。
その名はフォラス。我が名はサイリス。契約に従い、我が命を全うせよ。》」
その瞬間、一瞬だけ人間のような透き通った何かが現れ、彼女の持つペンデュラムに吸い込まれるように消えていった。
すると、命を持ったかのようにペンデュラムが勝手に浮かび上がったのだ。
今思えば、初めて魔術らしい魔術を見たかもしれないが、状況はそんな感慨に耽っている暇など無いのである。
「びんびん反応してるわ・・・・・あー、対価どうしよう。勝手に悪魔召還するなんて絶対に怒られるよこれ。」
「そのときは俺も謝ってやるよ、いいから今はあの女を捜すぞ!!」
「もうこうなったら私も自棄よーッ!!」
サイリスは紐の端を持っているだけなのに、ペンデュラムの先にあるひし形の物体は独りでにある方向を向かおうとしている。
その先にあの女がいるらしい。
俺たちは、急いで駆け出した。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「居たぞッ!!」
俺とサイリスは商店街を駆けていると、例の女の後姿を発見した。
「・・・いや、違う、あれはダミーよ!!」
しかしサイリスの持つペンデュラムは微妙に別の方向を指している。
そこで、俺はあの女が吹っ飛ぶ姿が脳裏に浮かび上がった。
「まさかッ!!」
俺はすぐにそいつの肩を掴んで、そのまま真上に投げ付けた。
「―――『ケラウノス』ッ!!」
俺はすぐに魔剣を顕現させ、雷撃でそれを撃ち抜いた。
すると、雷撃だけじゃ決して起こりえない規模の爆発が空中で起こった。
人間なら軽く十人は粉々にできるだろう。
「あの、野郎・・・!!」
「これは本格的に洒落にならないかもねぇ。」
言いようの無い怒りがこみ上げてくる中、爆発に驚いて逃げ出す住人に対して近づいてくるサイリスが険しい表情で呟いた。
「街中にこんなの仕掛けやがって、頭イカレてんじゃねえのか!!」
「高位の魔術師って性格破綻しているの多いって話を聞くけれど、まさかそういう感じ? 人間って怖いわねぇ。なに考えているのか分からないし。」
「ふざけやがって・・・。」
「まあ、そうでもないと人間なんかが魔術を極めるなんて無理なのかもね。・・・ん?」
そこで、サイリスは何かに気づいたかのように顔を上げた。
「メイ、あそこ!!」
「ん? あッ!!」
サイリスの指差した方には、にやにやとこちらを窺って笑っているあの女が居た!!
「待てこらあああぁぁぁ!!!」
「あ、馬鹿!!」
速攻で一撃入れてやろうと、斬りかかると、嫌にあっさりと斬り捨てられた。
しかし、直後に目の前が真っ白になる。
そして、爆音、爆風。
「ッ、ハァ・・・ハァ・・・」
「馬鹿じゃないの!! 何考え無しに突っ込んでるわけ!!」
咄嗟にサイリスが何らかの手段で守ってくれたようで、爆心地の目の前に居たのに俺とサイリスの周囲だけ爆風で黒く染まっていない。
俺は今、完璧に死を覚悟した。
本当に一瞬の出来事だったのに、走馬灯のように色々なことが巡ったのだ。
全身ががくがくと震えているし、馬鹿みたいに汗も流れている。
「お、おれ・・・いきてる・・?」
「生きてる、生きてるからしっかりなさい!!」
「あ・・ああ・・・。」
放心状態の俺をサイリスは何度も揺すり、現実へと呼び戻そうとしてくれる。
「さっさと捕まえてぶっ殺すわよ!!
私たち魔族の縄張りに入り込んだこと後悔させてやるわ。」
「あ、ああ・・・。」
ようやく全身の震えも納まり、何とか立ち上がることが出来た。
サイリスも今で相当頭に来たようだ。
「魔族さんこちら、手の鳴る方へ~~♪」
すると、あの女の声が聞こえてきた。
「あっち、多分本物よ!!」
向こうにあの女の姿が見えた、ペンデュラムも反応している。
「ほらほら、ボーっとしている暇はあるの?
さーてさてさて、次はどこを爆発させようかしら。」
「ただおちょくっているだけよ、挑発に乗らないで。
冷静さを欠く魔術師に明日は無いわ。」
「ああ、分かってる。」
流石に俺も冷静になれた。
サイリスの言葉もちゃんと聞こえている。
「そう、じゃあほら。」
と、そんなそっけない言葉で。
ずっと向こうの方で、爆音が響き、爆炎が立ち上ったのが見えた。
「ほら、次よ次。」
笑いながら、彼女は次の爆発を起こした。
俺の隣には正真正銘の悪魔が居るが、俺はあの女こそが悪魔だと思えた。
少なくとも、同じ人間だとは思えなかった。
「お前、何をしてるか分かってるのか!!」
「何って、なにかしら?」
「何でそんな簡単にそんなことが出来るんだよ!!」
「なになに、正義でも説くつもり? じゃあ私は正義の味方ね。あははは!!」
「ふざけてるのはてめぇの方だろ!!」
「人間のくせに魔族の味方するあんたと、人間の敵をぶち殺している私、どちらが正しいのかしらね。あとでネットでアンケートでもしてみようかしら?」
「ここは魔族の領域だッ、てめぇが勝手なことしていい理由はねぇよ。」
「だから?」
それが何だと言わんばかりに、その女は首を傾げて見せた。
「私の法律は私が決めるのよ。私がしたいことをしたいようにして何が悪いの。
だって私はそのための力が許されているんだから。文句あるなら、力ずくで止めてみなさいよ。万物を支配できる私に逆らえるならね。言っておくけど、ここに来る途中で掴まるようなヘボ魔術師と私を一緒にしないことね。きゃははは。」
まるで自分は世界の頂点にでも居るような言い方だった。
「なにあの女、すっごくムカつく。」
そのさまは同姓のサイリスからもかなり頭に来るようだ。
「愚かですね。自分の力に溺れ、自分を見失っている。」
「その声は・・・エクレシアか!!」
どう攻めるか考えていると、彼女の声が聞こえた。
「安心してください、爆発物はすべてこちらで処理しました。被害者は数名ほどでましたが、誰もが軽症に留まっています。」
「よくも俺たちの縄張りで好き勝手してくれやがったな。」
すると、その時、エクレシアとあのリザードマンが俺たちの反対側、丁度挟み撃ちするように現れた。
そして、周囲には武装した警備兵達が包囲するように現れた。
屋根の上には弓を構えた警備兵も居る。
「あらら、囲まれちゃった。」
だが、あの女はまるで臆していない様子だった。
「四面楚歌だな、どうする?」
「別に逃げるのは簡単だけど、うーん、暇だし、遊んであげても良いわよ?」
「てめぇはそんなこと言える立場じゃねぇんだよ、撃て!!」
リザードマンの指令に弓を構えていた魔族が一斉に矢を放った。
「きゃ~、怖い怖い。」
だが、まるで矢が自ら意思を持って逸れたかのように、十数本はあった全方位からの射撃は外れたのだ。
「的にはこうやって当てるのよ、覚えておきなさい。」
たたたたたたたん、とあの女はそんな音共にワンターンしただけで弓兵をすべて撃破してしまった。
「な、拳銃!?」
そう、その女は両手に回転式の、所謂リボルバー拳銃を持っていたのだ。
「やっぱりリボルバーは趣があって良いわよねー、拳銃はこれ以外認めないわ。」
硝煙をフッと吹き飛ばすと、その女は楽しそうに笑った。
「さ、踊りましょう?」
持っていた二丁のリボルバーを捨て、ローブの中から新しいリボルバーを二丁取り出して、最初にクロムと名乗った女は言ったのだ。




