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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
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第九十四話 そして終幕は訪れる





「呆れた子だねぇ。ここぞと言う時に使えと、忠告したはずなんだが。」

私はそんな言葉と共に眼を覚ました。



「師匠・・・。」

私は立ち上がろうとして、それが出来ずに転んでしまった。

今になって思い出したが、私には片腕が無いのだ。


それはこうして、別の肉体を得ても変わらないらしい。

魂の性質上、隻腕のまま肉体が再構築されるのは当然とも言えるだろう。




「“脱皮”は上手く言ったようだね。」

「はい。」

私は肯定し、師匠に頷いてみせた。


ラミア族の秘伝にして秘奥。

各々の血族が一子相伝にて継承する秘術の中の秘法。


それが“脱皮”の魔術だ。



それを一言で言うのなら、古い肉体を脱ぎ捨て、新しい肉体を再構築して若返る魔術だ。

この秘術により、私の体は人間換算で十代後半の外見からミネルヴァと同等の十台前後となっている。


ラミア族は子孫が増やせなかった場合、これを繰り返すことで新しい寿命を手に入れるのである。

これほど高度な魔術を一族単位で継承し実践している種族は、彼女ら以外に無いと言って良いほどなのだ。



「あれはラミア族の使用を前提としているからねぇ。

多少弊害が出ているかもしれないが、そのあたりは経過を見ないとねぇ。」

「分かりました。」

『確かに癖の強い魔術だったわね。

お陰で人型用に術式を修正するのには手間取ったものだわ。』

そう、“脱皮”の魔術はラミア族専用の魔術。

それ以外の種族が使用することは想定されていない。


師匠がその秘法とも言える魔術を未熟な私に教えたのは、これを私が使えるように改良させることを目的としたからだ。

これほど複雑な魔術を自分用に改良できたのなら、それはもう一人前の魔術師と言えるだろうから。


今回は緊急措置として我が半身が急遽、即席で組みなおしたが、これの改良が今のところ私の目標の一つとなるだろう。



『脱皮の逸話として最も有名なのは、ギルガメッシュ叙事詩に登場する蛇の話ね。

その主人公であるギルガメッシュが後年に求め彷徨った不死の秘薬を盗み飲んだ故に、蛇は脱皮をするようになって永遠の命を得たのだというわ。』

「ふーん。」

『私も即興で術式を組み替えたから、そのまま使うよりはマシだけど弊害があるはずだわ。

暫くは大人しくした方がいいわね。

ただでさえ凡その生物は脱皮の後は弱っているものよ。』

「分かっているわよ・・・ごほッ!?」

口うるさい半身の言葉を返して起き上がろうとすると、いきなり胃の中からこみ上げて来て、血を吐いてしまった。



『ほら、言わんこっちゃ無い。まだ肉体の定着が不安定なんだわ。』

これほどの魔術がノーリスクで使用できるはずも無い。

今、マイスターあたりが物質を分解する魔術を使おうものなら、この体はあっさりと雲散霧消するだろう。


この体は本物同然であるが、同時に仮初でもあるのだ。

本来ありえない肉体をこの世界に定着させるまで、世界の法則によって異物として処理される。

少しでも無理をすれば、すぐにでも肉体は乖離し、魔力へと帰するだろう。


正規の手順を踏めばこんな脆さはないだろうが、今回は即席だ。

仕方が無い代償とも言える。



「全く、なにをやっているんだい。

ちょっくら待ってな。いま薬を調合してくるから。」

師匠も呆れた視線を私に向けて、部屋から出て行った。




「今頃、ササカ達どうしているかな。」

『さあね、でもそろそろ決着が付く頃だと思うわ。』

私はおとなしく寝転がったままでいたが、すぐに手持ちぶさになって適当な話題を振った。


勝てないとは思っていない。

しかし、不安が無いといえば全くの嘘だ。



『あそこまでお膳立てして負けて死ぬのなら、彼はその程度の器だったということよ。』

「そういう言い方止めて。」

『分かっているわ。裏を返せば、私の為に本気になってくれるかな、ってことだものね。』

全部自分が企てた筋書きだというのに、そいつはいけしゃあしゃあとのたまった。


分かっている。それは私の期待なのだから。

表と裏の意味というだけに過ぎないのだから。



『彼は間違いなく、接触を果たしたはずだわ。

ならば必ず、何かしらの恩寵を受け取るでしょう。』

「本当に大丈夫なのかしら。

だって神に会うのでしょう?」

最後に彼に触れた瞬間、私は彼に魔女が神との交信に使う秘薬を仕込んだ。


意識を現実から乖離させ、高次元の存在と接触を図るときに使うという、とびきりの秘薬だ。



『彼が本当に英雄の素質があり、その功徳が本物ならば、彼が接触するのは女神アテナでしょう。

かの女神は英雄に助力することを権能としているもの。』

「神頼みなんて、当てにならないものの一つでしょうに。

しかも信仰しているわけでもない相手に・・・。」

『そうでもないわ。』

若干否定的な私の言葉を、あっさりとそいつは否定する。



『古代オリンピックはゼウス神殿で行われた祭事であり、神事なのよ。

彼の使う魔術は全て、神へ捧げられる供物。

彼がいつも持っている魔剣があるでしょう? あれは極小のゼウス神殿と同じ役割を持っているのよ。

戦い、その力を示せば示すほど、彼は神へ己を捧げているということになるの。』

そういう仕組みなのよ、とそいつは当人も理解していないだろうことを得意げで解説する。

残念ながら私は人間の文化は詳しくないので半分も理解できなかったが。


私は歯がゆさを噛み締めながら、彼を想う。

今の状態では透視も出来ない。



私が出来ることは、信じてもさえ居ない人間の神に彼らの無事を祈ることだけだった。








・・・・

・・・・・

・・・・・・




ぶわッと、砂塵が広がる。


強風に舞う砂粒が肌に当たると痛みを感じることがあるが、これはそういうレベルではなかった。

今までは砂嵐によって視界を塞いでいた程度だったが、今度は密度が違った。


四方八方から少量の砂が無数に飛び散り、高速で俺たちに襲い掛かってきたのだ。


とっさにそれをエクレシアが障壁で防いだ。

が、今度は足元から砂が飛び散り、飛来する。



「ふんッ」

だが、それは師匠が防いだ。

エクレシアの障壁の範囲内が、ガラスのように溶解して硬化したのだ。


「長くは持ちませんよ。」

そう言ったエクレシアの額には汗が流れ落ちる。

この間も、四方八方から間断なく、そして絶え間なく砂が飛来し繰るのだ。


恐らく物理的な威力は、それほどまでも無いだろう。

せいぜいちょっと痛いと思うくらいのはずだ。


だが問題は数と量だ。

エクレシア以外にも言えることだが、障壁系の魔術は防げば防ぐほど術者にも負荷が掛かる。

その性質上、強力な一撃を貰うより手数で責められたほうが消耗が激しい。



「勝算はある?」

「ええ、一瞬で終わらせます。どうにか近づければ。

師匠なら、見当がついたんじゃないんですか? 奴の弱点を。」

「それは勿論よ、だけど、それがあなたに出来るの?」

「その為に近づく必要があるんです。」

半端な距離では、避けられてしまう。

至近距離で、一撃でしとめなければならない。




「・・・分かったわ。私が道を作るわ、あなたは奴に止めを刺しなさい。」

「はい、師匠。」

「タイミングは任せます、それと同時に障壁を解きます。

・・・どうか彼女を救ってあげてください。」

「ああ、任せろエクレシア。」

俺は魔剣の切っ先を下げて、砂が乱舞する空間へと身を乗り出す構えを取る。



隙の無い波状攻撃が最も薄くなるタイミングを見極めるために集中する。

精霊の力を借り受けた今の俺なら、出来る。


そう、そして・・・・・・それは今だッ!!




「はぁッ!!」

俺が飛び出すのと同時に、障壁が消えた。


障壁の外は砂嵐でもないのに非常に埃っぽかった。

目指すは、怪物としての本性を現したエリーシュ本体だ。




『単独で乗り出すなんて馬鹿ね。』

彼女の砂漠は、今までで一番攻撃的な姿へと変貌した。


それは、何十、何百にも及ぶ砂の鞭だった。

その砂の鞭たちはまるで俺を押し潰さんと次々と襲い掛かってきた。



俺は身体を低く落とし、砂の鞭の根元を縫うように走り抜ける。

時折飛んでくる横薙ぎの一撃を振り払う。

だが、


ギィイイイイイイイ、と、チェーンソーでも相手しているかのような凄まじい擦過音が響き渡る。

よく見ると、砂の鞭は塊ではなく凄まじい速さで流動していた。


これは鞭ではない、研磨機だ。

触れれば肉ごと削ぎ落とし、削り殺す恐るべき殺傷兵器だ。

今までいかに彼女が手加減していたか分かる、殺意に満ちた攻撃だった。



「くッ、しまった!!」

そんなものを振り払えるはずも無く、俺は推し戻されるように踏みとどまった。


その隙を見逃すはずもなく、いっせいに砂の鞭が俺に飛び掛る。

逃げようにも、当然のように足元を固められていた。




「焦る必要は無い。」

そして、俺の目の前には、へらへらと笑うジャンキーが熱砂の上に寝そべっていた。


「見極めろ、お前なら出来るはずだ。」

それだけ言うと、ジャンキーの幻影は消えうせた。



俺は一瞬で靴を脱ぎ捨て、跳び上がった。

俺が居た場所は、その直後に砂の鞭で埋め尽くされた。


勿論、空中で俺を狙う鞭もあった。

俺は流動する砂の流れを見極めて、魔剣を突き刺し、その力を利用して真上へと飛翔した。



上空十数メートル。

このまま落下すれば、俺はまもなくあの砂の中でミンチになる。

だが、そうはならない。



「これを使いなさい、我が弟子よッ!!」

師匠の手から、一筋の銀閃が煌いた。


あまりにも儚いその光は、再び標的を定めた砂の鞭が壁のようにズラリと鎌首を上げたことで遮られてしまう。



「魔剣『キマイラヘッド』よ!!」

取り出す必要は無い。

俺の魂の呼びかけによって、俺の左手には既に柄だけの魔剣は握られていた。


そして、空間を超越してその柄には小さな銀色の刃が取り付いていた。

最新兵器を好み、複雑な魔術を得意とする師匠が、いつも副兵装として持ち歩いている決して減らないナイフ。


一本にして百万本の、無限のナイフ。

あまりにも数が多いため師匠にすら扱いきれないこの無限のバタフライナイフを、この魔剣は持ち主よりも使いこなす。


一本の刀身から、滝のように銀色の刃が吐き出される。

その勢いは爆風にも似ていた。


吐き出される銀の刃を利用するその姿は、棒高跳びを髣髴とさせるかもしれない。




「取った!!」

大上段から、怪物と化したエリーシュの身体を一刀両断した。


彼女の弱点は、必ず本体といえる精神体がどこかに存在していることだ。

そしてそれは今、そこにいる。



真っ二つに引き裂かれ、左右に撒き散らされる砂の塊。

手ごたえは、無いッ。



『バ カ ね。』

周囲の地面に散らばった五十の口が一斉に嘲るように囀る。


『自分が死地に踏み入ったことを教えてあげるわ。』

百の瞳が、一斉に邪悪な光を瞬いた。



この世で最も有名な、石化の邪視だ。

それを百の瞳で同時に発動させたのだ。



『恐れる必要は無い。』

魔剣『リゾーマタ』に宿るエルフの英雄の魂が、俺に語りかけてきた。


『己の感覚を信じろ。精霊は常にお前の味方だ。』

「ああ。」

当然、俺の中に不安も恐怖も無い。


俺は己の中の気を最大出力で開放し、足元に散らばる百の視線から逃れるように走り抜ける。

そして寸前まで俺が居た場所に、奴の瞳から伸びた漆黒の線が過ぎ去ると、ぱらぱらと砂のようなものが舞ったのだ。


まるで空気すらも石化したかのようだった。



見える。

見える。


奴の視線が見える。

足元から伸びる漆黒の視線を飛び越え、襲い掛かってくる砂の鞭を避けながら、その横に現われた瞳の視線を魔剣で遮って防いだ。


十、二十、三十と、漆黒の視線が針山のように地面から次々と生えてくる。


次の瞬間、俺の疾走を封じるように砂の塊が壁のように整列して俺を押しつぶさんと倒れ掛かってきた!!

足を止めて方向転換しようとした一瞬のうちに、周囲は砂柱が立ち並ぶ森のような状態へと変化した。


四十、五十、六十、七十、と地面と砂柱に浮かび上がった瞳から、漆黒の視線が解き放たれた!!



「魔道書ォォオ!!」


―――『了承』、術式“トロイの木馬”を起動します。



左右と下から邪視の餌食になった俺の姿は、残像としての役割を果たして消え去った。

その隙に俺はまんまと砂柱の森から抜け出した。



しかし、奴の対応は間髪入れずだった。

一瞬の突風が突き抜け、周囲の砂が巻き上げられたのだ。



その直後、八十、九十、百、と前後左右上下に眼球が形成されて、俺を凝視していた。




『チェック。』

どこからとも無く何十層の嘲りが響く。

今度こそ避けようのない、詰みの状況だった。



そんな状況だというのに、俺は笑っていた。


その笑みに何かあるのかと勘繰ったのか、一瞬の間があった。

しかし、本気で殺しに来ている彼女にそれを問うつもりはないのだろう。


そして漆黒の視線が全方位から発射された。



だが、その一瞬が、勝負の命運を分けた。






「聖剣よ。」

上空真上。


突如としてエクレシアが突き刺さるように落下してきて、着地した。



「その力が本物だというのならば、邪悪なる意志と、その力を退けて見せろ!!」

絶好のタイミングだった。



乾いた空気と、埃っぽさだけが満ちるこの砂漠が、一瞬にして変貌した。

息が詰まるような荘厳で侵し難い空気が満ち溢れた。


漆黒の邪悪な視線が、弾け飛ぶように消え去った。




『その剣、マスターが授けた!!』

「ちょうどいい意趣返しになれましたか?」

挑発的な笑みを浮かべてエクレシアは言い放った。

彼女の左手には、まるで神像のように聖なる雰囲気を湛える純白の剣が魔力で活性化していた。


こんな砂漠の中だというのに、俺はその剣を前にするだけで何百年の歴史を持つ大聖堂の中に一人たたずんで居るような気分になる。



「少しばかり、危なかったですね。」

「信じてたぜ。俺は一人で戦ってるんじゃないからな。」

何も俺は、何の策も無く突出したわけではない。


俺も師匠も抱いていた、ある疑問を解消するためだった。



「師匠、やっぱりです。」

「そうね、最悪の答えが正解というわけね。」

空間が歪んで、師匠が俺たちに合流した。


これでハッキリしたのだ。

あの砂の化け物のような姿をしたエリーシュが、もしかしたら代えが利かない本体という可能性があった。


正直、これだけ奴の身代わりを見せ付けられたこの期に及んでその可能性は低かったが、無いわけでもない。

その可能性を潰さずして、勝負に出ることは出来なかったのだ。


その結果、当然というか、あの蛇のような身体は単なる砂の塊だったというわけだ。



しかし、これで俺も師匠もハッキリと決断できた。

即ち、奴の本体は、この砂漠そのものだということが。


この砂漠の全てが奴の本体であり、奴が出した究極の答えだった。

そう考えれば、奴の不死性も納得がいくのだ。

道理でアレだけの大魔術を連発しても平気なわけだ。


つまり俺たちは奴の胃の中で戦っていたようなものだった。




師匠は言っていた。

理由の無い不死など無いのだと。


敵対する相手が不死性を持っていた場合、それを見抜くのは何よりも大事なことのひとつだ。

場合によっては自分の手札ではどうしようもないこともありえる。



「師匠、この場合どうすればいいのです?」

「うーん、そうね。

案その一、とにかくめちゃくちゃに暴れる。

これはあんまり推奨できいないわ、だってこの世界を維持できなくなるとしたら、それは仕留め損なうのと同義だから。」

師匠は人差し指を立ててそう言った。


「案その二、基点となる何かを破壊する。

これほどの空間を維持する何かを必ずどこかに存在するはずよ。

幾ら優秀な魔術師であろうとも、単独で広大な空間を書き換えられないもの。」

「しかし、それは恐らく・・・。」

「ええ、間違いなくアレでしょうね。」

師匠はエクレシアに頷いて見せた。

俺もすぐに察した。


師匠の言うアレとは、間違いなく彼女の持つ魔道書だろう。

大師匠が作った魔道書の中には、ひとつで数百人分の魔術処理をこなす代物まで有るという。



「だけど、あんな小さなもの、こんな広い場所からどうやって・・。」

「こんなこともあろうかと・・・リネン!!」

『ええ、あらかじめサーチしておきましたとも。』

得意げなリネンの念話が聞こえてきた。


本当にこの二人息ぴったりなのな。



「用意がいいですね。」

「幾ら私でも、相手の土俵で戦い続けるほど間抜けじゃないわ。

出し抜くために、最初のほうにリネンに悪魔の力で奴の急所を探してもらってたのよ。」

師匠はこの空間の基点を破壊することはあらかじめ想定していたことだったようだ。



『今そっちに送るわ。」

そうしているうちに、鮮明なイメージが俺たちの脳内に浮かび上がる。

それは、この砂漠の全体図だった。



こうやってみると、この砂漠は完全な円形をしていた。

そして、その中心に、この不毛な砂漠に場違いなものがひとつあった。


オアシスだった。



「そこね。」

師匠はそう言って、三枚の呪符を取り出した。

それは一瞬のうちに燃え尽きて、効果を発揮した。


周囲の空間が歪んだ。空間転移の前兆だった。

瞬く間に、俺たちはオアシスへと立っていた。




その場所は、まるでこの場所があの砂漠であることを疑ってしまうような、緑にあふれた場所だった。

足元には草が一面に生え、周囲には木々が並ぶ。


その中心に、オアシスはあった。

小さな池ほどもある大きさだった。



その真ん中に、あの魔道書は浮いていた。

間違いようも無く、あの魔道書がこの砂漠の全ての中心であった。





「ようやく来たわね。」

その声は、そこから発せられた。

まるで声帯から発せられたかのような流暢な言葉だった。



「ああ、ようやく見つけたぞ、お前の心臓を。」

ようやく、ここまで追い詰めた。



「このオアシスは、この私の中でありながら私自身不可侵の聖域。

ここに踏み入られたということは、私の負けということね。」

それは、あまりにも潔すぎる敗北宣言だった。



「どうする? 命乞いでもする?」

師匠は口の端を吊り上げて挑発するようにそう言った。

が、その眼は微塵の油断もしていない。


敵の急所を前に、あまりにも静か過ぎる為に相手の出方を見る挑発だった。





「いいえ、私をここまで追い詰めたことに敬意を表して、この私も命を賭けましょう。」

いつの間にか、オアシスに浮かぶ魔道書を、エリーシュが手にしていた。


オアシスに立つ彼女の姿はまるで絵画の中の清らかな乙女にさえ見えるが、俺の中に存在する第六感が警報を鳴らしていた。


今までに無い、命の危険をだッ!!!





「お前たち!!」

魔道書を掲げ、叫ぶ彼女に呼応するかのように地響きが巻き起こる。



「なにッ!?」

その正体は、オアシスを囲むように現われた千では利かないだろう大量の魔物や魔獣といった化け物たちだった。

無数の巨大なサンドワーム、砂色のドラゴン、巨大なアリジゴク、ハゲワシのような魔物、アリ、サソリ、その他諸々の化け物軍団が終結していたのだ。



「二千年もの間、よく働いた。

今こそあなたたちに暇を与えましょう。」

そうして次は、地響きにも似た合唱だった。

悲鳴の合唱だった。



「ちょ、何をする気ッ!?」

化け物たちから、生命エネルギーが吸い出され、あの魔道書に集結しているのが素人でも分かるだろうほどに力の奔流が出来ていた。


あまりにも純粋なエネルギーの為に、下手に何かすれば何が起こるかわからないために、手出しが出来ない。



そうしているうちに、オアシスを囲む化け物たちが見る見る干からびていき、最後には砂のようにくずれさった。

数十秒もしないうちに、彼女は彼らの命を使い潰したのだ。




「なんてむごい事を・・。」

それは、エクレシアの優しさを差し引いても生理的嫌悪を催す光景だった。

仮にも今まで生きていた生物が、瞬く間に風化したのだ。

そのおぞましさは語るまでも無い。


だが、それどころではない。




「それだけのエネルギー、どうするつもりよ・・。」

その言葉だけで、師匠がどれだけ戦慄しているかわかるだろう。


奴の真上には、球状に凝縮された生命エネルギーが集結していたのだ。

未だ魔力ですらない根源的なエネルギーは、純粋な魔力よりも不安定だ。


ちょっとしたきっかけでどのような現象を引き起こすか分からない。



「もしかして、このエネルギーを使ってみんな仲良く心中しようとしていると思った?

馬鹿にしないでよ、これでも私も魔術師の端くれ。

これから、我が人生最大最高の大魔術を披露させてもらうわ。」

そう言って、奴の頭上の生命エネルギーが書き換えられていく。

無色のエネルギーから、目的を持った術式が折られていく。


しかし、それは今にでも膨れ上がって爆発しようとしている生命エネルギーの端っこからである。

それは今にも爆発しそうな毛糸玉で、暢気に編み物を始めようとする光景に見えた。


彼女がどう言おうと、あのエネルギーの塊はそう簡単に制御できるようなものではない。



以前、師匠に質問したことがある。

魔力がこんなに便利なら、電池みたいに蓄積できないのか、と。


師匠は鼻で笑ってこう答えた。

『そんな危ないことは出来ないわ。

魔力というエネルギーはとても不安定で、大量に蓄積して放置するなんてそれこそ、猫を箱の中に入れて毒ガスが出来るが無毒のガスができるかの実験をするようなものよ。

だから私は魔力で機械などを動かす場合、電気のような汎用的で効率が悪い性質を付与して安定を図るの。

だから決して、魔力に何も性質を付与しないで放置してはいけないのよ。』

と。


アレはそれより更に不安定で堪え性の無いエネルギーなのだ。



「あ、危ないッ!!」

無色のエネルギーが、今こそ眩い光を湛えて爆発しようとしたとき。




「むかしむかし、あるところに“最果ての砂漠”と呼ばれる場所がありました。」

エリーシュが、片腕を魔道書から離して頭上に掲げた。


「そこには悪い魔女が住んでいて、彼女は大昔は緑あふれる大地であったこの場所を呪いで砂漠へと変えてしまったのです。」

すると、今にも爆散しそうなエネルギーの塊が、あたかも秩序を得たかのように流動し始めた。



「その魔女を倒せばその土地は元通りになり、緑あふれる大地を取り戻せると、人々は本気で信じていました。

それを求める兵隊を派遣する国も有りました。

どう間違って伝わったのか、不毛な大地を蘇らせる秘法があると、それを求めてやってくる冒険家もいました。

そんなものなどあるはずが無いのに、そんなものなど、あるはずがないのに。」

無秩序だったエネルギーが、まるでエリーシュの味方をするかのように術式へと姿を変えていく。


その片手には、手の平に少し収まりきらない程度の大きさで、橙色の球状の物体が有った。

その物体に、この砂漠においてありえないほど膨大な数の精霊が纏わり付いていた。



「あ、あれはッ!! まさか、『大地の宝玉』ッ!?」

「えッ!?」

それは、大師匠が異世界において至宝だと言っていた八つの宝玉のひとつの筈だ。

師匠が見間違えるはずが無い。


だって師匠は、そのひとつをあの『盟主』から解析するように命じられていたと自慢していたのだから。




「人類が終末を覚悟したとき、『盟主』は彼女に奇跡の宝玉を託しました。

それは彼女が『盟主』に請われて人類に生き残る術を授けた対価であり、来るべき時に正しい者に渡して欲しいと望まれたからでした。」

膨大なエネルギーの流動によって砂漠の各地へと無数の精霊が飛び散っていく。


すると、冗談のような光景が広がった。



オアシスの周りにしかなかった僅かな自然が、波紋のように乾いた大地に広がっていく。

不毛という言葉では説明が付かないほどの砂漠だったのが幻か嘘だったかのように、緑が大地を覆っていく。


彼女が行使しようとしている魔術の余剰エネルギーだけでこれだった。




「皮肉なことに、魔女は手に入れてしまったのです。

本当の奇跡を。不毛の大地を蘇らせる秘宝を!!

ありえるはずが無いのに、あっていいはずがないものを!!

・・・人々が本当に奇跡を諦めた時に、それを手に入れたのです。」

彼女は笑っていた。

嘲笑であり、慟哭だった。



「笑えるでしょう?

・・・さて、冥府の土産を渡したところで。」

ガゴン、なにか致命的な音が鳴った。






「終幕。秘術“アトラスの開放”。

これにて舞台は終わりを告げる。」


全てが、崩落した。








こんにちは、ベイカーベイカーです。

本当は今回で戦闘終了まで行こうと思ったのですが、なかなか上手くいきませんね。

前の前の話で覚醒したササカ君があまり活躍していませんが、これは彼の魔剣の用途がかなり限定されているからです。

いくら最高クラスのチートだからと言って、あまりにも使い勝手が良すぎると全てそれでおkってなっちゃいますし。

だから厳格な使用条件と能力の発動条件を有しています。つまり、彼単体で使ってもただの棒切れだということです。

それでも彼はかなり上手く使っています。それは自分の魂と同じ魔剣というだけで、これだけ違うということです。

さて、次回はいよいよ決着です。

それではまた、乞うご期待。


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