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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
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第八十六話 異常考察





「やっと、出られた・・・。」

俺たちが何とか木の根の中から這い出た時、周囲は根の海だった。


あの紫色の霧の所為で全貌は窺い知れないが、“世界樹”はその存在感を堂々と示していた。

だが、



「気のせいか・・・さっき見た時よりも、小さくなってないか?」

師匠によると、各階層内部の全高は約一キロほどだと言う。

それほどの高さの樹木と言うのも常識外れだが、先ほど見た時より随分と縮小したように見えた。



「ええ、そうね。恐らく、力を使った分、自らを縮めたのでしょう。

身を削らないといけないなんて、正直末期だわ。」

「ですが、我々にとっては行幸です。あれだけの巨大な物体がこちらにやってくれば、とんでもないことになっていたでしょう。」

師匠の考察に、エクレシアが巨木を見上げてそう頷いた。


「では、自棄になられて暴れる前にさっさと止めましょうか。」

「縁起でもない事言わないでよ・・・。」

そんなことをぼやきながらサイリスは木の幹へ向かって歩き出すリネンに追従する。


俺たちもそれに続いた。


暫く木の根の道を歩き続けると、おあつらえ向きな木の根の裂け目が見えた。




「・・・・ここに、入るのか?」

当然ながら、内部は漆黒である。

俺が躊躇っていると、師匠とサイリスはカンテラ片手に中へと入って行った。


「どうぞ。」

「あ、ああ・・・。」

中の様子に気を取られて、師匠が配っていたらしいカンテラをエクレシアから受け取るまで気が付かなかった。


ミネルヴァやリネンたちも躊躇うことなく中へと入って行く。



「あの胆力さは、現代人にはないな・・・。」

なんて愚痴りながら、俺とエクレシアも中へと進んでいった。




「なかなか素敵なログハウスね。」

師匠が心の底からちっともそう思っていないのが伝わる一言だった。


内部はむき出しの木の根の通路が入り組んでおり、まさしく迷宮と言った様相を呈してきた。



「メリス、任せましたよ。」

「分かっているわ。」

リネンにそう返し、師匠はダウジングに使うようなL字型の棒の先に紐で吊るされたペンデュラムのような物体を取り出した。


「これで魔力の流れが濃く強い方へと辿って行くわ。」

師匠がそう言ううちに、ペンデュラムが淡く光り暗闇の奥へと引き寄せられるように動いた。



「ふむ、どうやら、上のようね。」

「この上ですか。・・・登山とどちらが楽でしょうか。」

俺はエクレシアに釣られ、ペンデュラムの示す闇の奥へと目を向けた。



「少なくとも、遭難の心配は無いんじゃないの?」

師匠は言って自分で可笑しかったのか、妙なツボにはまったのか、自分でケラケラと笑い始めた。



「あなたの笑いのツボがいまいち分からないのですが・・・。」

この時ばかりはリネンに同意だった。






・・・・・

・・・・・・

・・・・・・・





「ストップ、何かいるわ。」

薄暗い迷宮の中、突如として師匠が声を挙げた。


「魔物ね、どうやら入り込んだみたいね。」

そして、カンテラの光が奴を照らした。

ホント魔物って奴らはどこにでも現れるのな。



「俺が露払いしますよ。」

そう言って俺が前に出ようとすると。


「いえ、ちょっと見てみなさい。面白い物が見れるわ。」

師匠がそう言って、俺を片手で制した。

言われてみると、確かに魔物の様子がおかしかった。


四足の獣のようなスタンダートなタイプの魔物なのだが、こう言った連中は人間を見ると本能だとでも言うように襲い掛かってくる。

そのはずなのだが、その魔物はまるで苦しみもがくように顔を伏せていた。



「ッ・・・!?」

息を呑んだのは、誰だったのか。


その魔物は、まるで肉を引きちぎる時のようなミチミチとした音を凄まじい不快感を加えて放ち、目に見えて膨張し始めていた。



「なんですか、これは・・・。」

信じられないものを見たような表情で、エクレシアは師匠に問うた。


「・・・もしかして、この魔物・・・魔獣と化している?」

「そうね。」

サイリスの声に、師匠が肯定した。



「肉体の構成物質が魔力に偏重している魔物は、こう言った極端な変化を伴う事がある。

と言っても、その具体的なメカニズムまでは不明なんだけれどね。

私もこうして変化の瞬間に立ち会うのは初めてよ。」

そう説明する師匠の眼は、甘い飴玉を目にした子供のそれだった。



「・・・どう見ても、物理現象じゃないっすね。」

「クラゲの体の九割以上が水であるように、魔物も死ねば魔力に還元してしまうほど生物的に脆い存在よ。

魔獣が生じる原因には色々と説は有るけど、有力なのは地脈やその土地の性質などの特殊な条件が関与しているのでってのがあるわね。

その理由は魔獣が定期的に同じ場所から現れることが多いからというものよ。

そしてこれを見る限り、それは正しいのでしょうね。この状況ほど、特殊な環境は無いわ。

そう考えると、この樹は諸刃の剣となるかもしれないわね。」

「ん? どういうことですか?」

「仮にこの“世界樹”を鎮めても、エルフのように徹底的に管理しないと、漏れ出す魔力の影響でここは魔獣天国になるって事よ。」

「うわぁ・・・。」

それは、考えたくない想像だった。



「ここが第一層みたいなところになるっていうの? 冗談じゃないわ・・・。」

サイリスの声色は普通だったが、どこか悲鳴じみていた。


「ええ、だから仮にこの“世界樹”を制圧しても、かなり持て余すでしょうね。

これはクラウン達とも相談して決めることになるのだろうけど。」

師匠は一旦間を置いて、続けた。



「この“世界樹”の管理は、『マスターロード』に任せた方が良いと思うのよ。」

師匠の態度からして、それ以外に方法が無いのだろう。


「確かに“世界樹”は正しく使えば、一つの楽園すら生み出せるでしょうね。

だけど貴方たちにこれを管理して戦うだけの余力は無いでしょ?

これは忠告だけど、この樹は一個人や団体が所持していいものじゃないわ。

魔族全土、いや・・・人類をも含めて、どうこうすればいいか話し合えるレベルよ。」

いつもの師匠がアレなだけに、今みたいな真剣な師匠の態度は信憑性が高い。



「私もこれをししょ・・『盟主』に報告しないといけないと思うと、頭が痛いわ。

多分、“魔導師”連中は招集されて数日間は会議で眠れないわね。」

「危機レベルで言えば、魔王と同等かそれ以上ですからね。」

「ええ、魔王は自分の住む世界を直接的に滅ぼすなんてこと、絶対にできないから。」

それはどういう意味か、と師匠とリネンの会話に割り込もうとした時だった。




――――ッシャアアァァァ!!



「危ない!!」

およそ、元の体積の二倍近く膨れ上がった魔物が、一番近くに居た師匠に飛び掛かったのだ。



「リネン。」

「ええ、分かっていますよ。」

リネンは軽く溜息を吐くと、指を鳴らした。


すると、周囲に無数の魔法陣が現れ、そこから冗談みたいに太い鎖が飛び出て魔物を幾重にも縛り上げた。



「私が開発した対魔獣用の特殊兵装よ。じゃあ、手筈通りに研究所へ。」

「ええ。」

リネンも慣れた物なのだろう、すぐさま召喚魔術で魔物をどこかに転送した。



「・・・魔物の変異直後という貴重なサンプルを手に入れたわ。

色々と検証を重ねる必要もあるでしょうけど、・・・これで魔獣への対抗手段が考案できると良いのだけれど。」

「えッ、解剖して改造したりしないんですか?」

「私をなんだと思っているのよ。」

「す、すみません。何というか、師匠が他人の為に研究をするってなんか想像できなくて・・・。」

睨まれたので、素直に謝った。一言余計だったが。



「自覚はあるけれど、そこまでズバッと言われるとわね。」

師匠は何やら大仰に肩を竦めて、首を左右にくねらせた。

これで本当に内心がナイーブだったら、俺は申し訳ない気持ちになるのだろうか。


「でも実際、正直な話、自分の為にならない研究なんて実らないわよ。絶対。

研究を通して社会貢献だとか他人の為だとか、そんなものはまやかしだわ。

研究の成果や文明の発展と言うのはね、賭けなのよ。リスクなの。ギャンブルと同じだわ。

他人の為に賭け金を積み上げるギャンブラー居ない。そういう事なのよ。」

師匠は訊いてもいない持論を展開し始めた。



「それに生憎だけれど、改造とかキメラとか、趣味じゃないの。」

「そういえば以前、貴女の同業者を襲撃した時にキメラに関する資料をその場で焼き捨ててましたね。やはり趣味ではないとかで。」

すると、そんなことをリネンが師匠に言った。



「意外ですね、貴女は命を弄ぶことに躊躇うような性格ではないと思っているのですが。」

そう言ったエクレシアの表情は、本当に意外そうであった。

俺だってそう思う。



「まぁ、そうね。」

師匠も自覚があるのか、苦笑しながら歩き始めた。

師匠の話は歩きながら続いた。



「逆に訊くけど、積み木で自分の住む家を作りたいと思うかしら?」

「いえ、それは・・・。」

「それと同じよ。優秀な部品だけ繋ぎ合わせるだけで強靭な生命が生まれるなんて発想、子供のモノよ。

それに私は生命の強さは生物としてではなく、積み重ねられた本能にあると思っているの。

ツギハギだらけの化け物に、それがあると思う? 笑止千万ね。」

それを聞いて、俺は何か納得した。

やはり師匠は魔術師なんだと。



「聖書にもあるでしょう? 人は神の似姿であると。

人間の形はそれだけで“完全”なのよ。なのに、わざわざそれを他の生物で求めてどうするっていうのよ。

私が普段から人型にこだわっているのもそう言う理由なのよ。勿論ロマンもあるけど。

人型には一種の完全性が存在するのよ。錬金術だって、錆びる事の無い黄金に絶対性を見出し、それに近づくための研究を主題としているわけだし。」

「なるほど。」

何やらエクレシアは師匠の言わんとしていることが理解できたようだった。


俺は半分くらいしか分からなかった。



「疑問なんですけど、魔術師の秘儀はどれだけ人から離れられることにあるか、ですよね?」

「そうよ。」

「じゃあ、そこまで人間の姿に拘る必要ってあるんですか?」

例えばクラウンなら竜に限りなく近い種族だ。

人間より魔術を使うのならそっちの方がずっと都合がいいのである。


魔術だって形から入る。ならば、自身がその姿を模るのは悪くない発想の筈である。



「うーん、そうね・・・。」

俺の予想に反して、師匠は即答しなかった。

師匠なら、こんなことも分からないの? とか言いそうなのに。



「それに関しては場合に寄りけりだけれど、一概に言える事は一つかしら。

蛙の子は蛙にしか成れないように、人間は人間でしかいられないのよ。」

「・・・・もっと理論的な説明が返ってくると思ってました。」

「じゃあ、ご期待に応えて。

人間の構成要素は何だったかしら?」

やべ、墓穴掘ったかもしれん。難しい話になった。



「ええと、確か・・・肉体、精神、魂、ですよね。」

「ええそうよ。その三位一体が揃って生物として自我が成立するの。

そして肉体は精神に、精神は魂に強く影響を受けると言われているわ。当然逆もまた然りだけど、こちらは影響力がかなり減るみたいね。

このどれか一つでも欠けた状態を、霊的に死亡していると言うの。

では、人間の肉体が変質し、・・・そうね、魔獣にでもなったらどうなると思う?」

「・・・・精神まで化け物になっちまうってことですか?」

「よく若返りとか扱う話でよくあるでしょう?

老熟したはずの精神が、まるで自分がかつてそうだったの時のように言動が幼くなる、と。」

「そうなんですか?」

俺が訊き返すと、師匠はええと頷いた。



「・・・そう言えば・・・去年、高校の古文の授業で虎になった男の話をやった覚えが。」

俺は古文や漢文が死ぬほど苦手だったが、その話の内容が面白かったので珍しく真面目に取り組んだ覚えがある。


「その話でも、虎になった男は虎として生きていて、時折人としての意識も浮かぶのだけれど、段々とその時間が短くなっていく、と。」

「ええ、まさにそんな感じになるでしょうね。」

師匠は深く頷いてそう言った。



「人は時々、前世の記憶を保ったまま生まれ変わったりもする。

けど、彼らは巷で見かける小説のように幼い頃から頭角を現したり、大人びた思考で行動できたりは出来ないのよ。」

「えッ、そうなんですか?」

「だって生物学的に有り得ないでしょう?

成熟した人間の脳に備わった記憶が生まれて間もない未熟な赤ん坊の脳に移ったとして、対応できるわけがないじゃない。」

言われてみれば、実にあたりまえのことである。



「最低でも第二次成長を終えてからでないと、無理があるのよ。

でも、そうなるまでに彼らは多くの前世の記憶を失うらしいわね。」

「そういう事って、よくあるんですか?」

「十数億に一人、居るかいないか。その程度ね。

尤も、その記憶を前世の物として認識できないことが殆どらしいから、厳密には統計を取ることは不可能だけれど。

一応、子供は四歳五歳までは胎児であった頃の記憶を持っているというし、それまでにどうにか対話できるのなら或いは・・・と言ったところかしら。」

師匠はそう話を締めくくった。

相変わらず興味深い内容だった。


師匠はお喋りだが、不思議とそれを鬱陶しいと感じたことは無い。

それは師匠の話術ゆえなのかもしれない。


尤も、さっきから隣を歩いているミネルヴァは眠そうに目を擦っているが。

流石に子供には分からない内容だろう。




「ミネルヴァ、お前には前世の記憶とかあるのか?」

こいつなら或いは、と思い冗談半分で俺は問いかけてみた。



「うーん? ぜんせのきおくってなぁに?」

「まあ、母親から産まれる前・・・思い出とかそういうのじゃないのか?」

俺自身、よく分かってないのでそんな曖昧な言葉にしかならなかった。


俺の声に、前を歩いている師匠やエクレシアも反応して振り向いた。

ミネルヴァは大体小学生中学年から高学年辺りくらいの年齢だろうが、二人もこいつなら或いはと思ったのかもしれない。



「そーいうの、わかんない。でもでも、いっぱいおはなしをしたよ。」

「えッ?」

そして帰ってきたのは予想外の言葉だった。



「それは、誰とかしら?」

師匠が、食いついた。




「・・? どこにでもいるよ?」

「それはどいういう意味?」

「いつでもみんなといっしょだよ? どこにだっているから。」

ミネルヴァの方こそ、何を言っているんだと言うような表情だった。


それで、師匠はため息を吐いて前に向き直った。



「精霊信仰が廃れたこの時代にこれほどの才能の持ち主が現れるなんて、皮肉な物ね。

まあ、だからこそ“世界樹”を救うなんて選択肢が出た訳だけれど。」

「・・・どういうことですか、師匠?」

「転生なんかより、ずっとレアケースなのよ、彼女。

胎児の頃から精霊やら妖精やらの声を聞きすぎて、常時チャネリング状態になってるのと同じね。

道理で、彼女の周りでは霊障とかが霧散していくわけだわ。」

「・・・・それって、大丈夫なのですか?」

エクレシアが、険しい表情で師匠に向けてそう言った。



「恐らく、もう既にそう言う風になっているとしか言えないわね。心配なんて今更だわ。」

「なるほど・・・確かにそうですね。」

そして二人はそんな会話をして、話の着地点を見つけたようだった。



「あなたは、妖精を見れるようになるまでどれくらい掛かったかしら?」

師匠は説明好きなので、俺から訊かなくても勝手に喋り出すので黙っていたら案の定だった。


「一週間と、ちょっとですかね?」

「そう、私はさっぱりよ。私は妖精を論理的にしか解釈できないからでしょうけれど。」

そう言えば、師匠は特殊な魔具を使わないと妖精を観測できないんだっけ。


「でも、一般的には妖精を見えるようになるには童心を持っているか、余程単純かのどちらかなのよ。」

「・・・・・・。」

「そんな顔をしないでよ、貴方の単純さは長所よ。

後天的に妖精を見れるようになるなんて、殆どない事例だもの。」

「そうなんですか。」

「だけどね、妖精を見れるってのは異常なのよ。」

俺は、その言葉に一瞬喉が詰まるかと思った。




「異常・・・ですか?」

「異常以外のなんだと言うのよ。

妖精を見たって、いったいどれだけ裁判が行われたと思っているの?

まあ、そう言う一般的な話はさておき、妖精は不可視の存在よ。

だって自然そのものだもの。実体はないし、形が有る方がおかしいわ。」

「でも師匠、俺は普通に妖精に触れるんですが。」

俺は適当にミネルヴァに引っ付いている妖精の一匹を引っぺがした。


「なにすんのよ!!」

「いでッ!?」

思いっきり手を噛み付かれて、俺は思わず手を放してしまった。



「その一連の動作は、貴方の脳が勝手に認識しているだけよ。

そこに居るように姿が有るように見えて、それに合わせて触れられているように感じているだけ。錯覚の一種よ。

だから言ったでしょう、妖精が見えるのは一般的に異常だって。」

「・・・・・。」

「例えばこんな話を聞いたことは無いかしら。

幽霊が見える者は、それに取り憑かれやすいって。」

そう言えば、そう言う設定の話はよく見かける。



「別に私は貴方を異常者扱いしているわけじゃないわ。

観測し、それを認識するって事はその存在を認めるってことだから。貴方の中ではって頭に付くけど。」

「結局異常って事じゃないですか。」

「その状態を表現する言葉を、“異常”と言うのだから仕方がないでしょう?

つまり、彼女は胎児の頃からずっとその“異常”を抱えていたと言う訳よ。

これは大変な事よ。人間には領分ってものがある。脳が認識できる限度や範囲が存在する。」

師匠はそう言って一度話を区切り、リネンの方へと向いた。



「幾らリネンでも、悪魔とチャネリングし続けるのは無理でしょう?」

「出来る出来ないか、以前に私が“人間”と言う構造をしている以上不可能ですよ

電話が電話の電波しか受信できないように、人間は本来認識できるモノ以外は見ない方がいいのですよ。

とは言え、私の場合は悪魔ですから。妖精ほど難易度は高くありませんが。」

「私はもう既に正気を疑っていますが。」

一瞬、リネンとエクレシアの間で火花が散った気がした。



「そうね、リネンの例えが的確かもね。

人間がテレビのように電波を受信している、と言えば分かりやすいわ。

本来の人間の構造上、有ってはならないパフォーマンスを発揮しているわけよ。

更に彼女の場合、携帯電話が二十四時間ずっと通話し続けているようなものなのよ。

これで身体的に不具合や異常をきたさないわけがない。」

「でも、こいつは全然大丈夫そうですけど?」

当のミネルヴァは話の内容が分かってないらしく、呑気に欠伸をしている有様である。



「そう、貴方にとって“普通”の女の子の基準って広いのね。

普通の女の子が、あんな身体能力や特殊能力を発揮するってわけ?

私から見れば、妖精に頼るのも彼女の異能にしか見えないわ。」

「・・・・・そりゃあそうですが。」

俺は言い返す言葉が無かった。

俺は師匠のように頭がよくないし、それを否定する言葉が思いつかなかったのだ。


「妖精がそう言うモノであるのだから、彼女の異質さもそう言うモノとしか説明できないのよね。

だって突き詰めたところの、一つの法則に過ぎないのだから。」

師匠はそんな風にこの話を締めくくった。



「ふふッ、ホント人間って浅ましい。」

「なんで人間って誰も、自分が何でも分かってるつもりになってるのかしらね?」

「ほら、人間って小さいモノ・・弱い動物って体を大きく見せようとするでしょ。」

「こんなのが人間の有数の賢者っていうのが、人間が昔からちっとも変わらない理由よね。」

などと、妖精どもは妖精どもで好き勝手言っている。



「なあ、あんたはどう思う?」

俺は魔剣“リゾーマタ”に問い掛けた。



『私から思うところは無い。

ただ、いつでもどこでも、人間と言うのは区別を好むものなのだな、とは思う。』

「まあ、人間はそうやって文明を作ってきたわけだからな。」

『愚かであると思うし、野蛮であるとも思う。だが、哀れとは言わぬよ。

・・・種と言うのはそう言うモノだ。何かしら歪さを抱えているものだ。』

「・・・・エルフって連中も、そうだったのか?」

『私からそれを言う意味は無かろうよ。虚しいだけだ。』

そうか、としか俺は言えなかった。



「魔族も多くの種族が居るけれど、完璧な種族は居ないわ。

あの強大な悪魔たちでさえ。・・・居るのかしらね、そんな種族は。」

ふとサイリスが呟いた。

そんな難しいこと、俺には分からなかった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




一体どれだけの時間、“世界樹”の中を昇り続けただろうか。

まるで山登りでもしている気分であると言いたいところだが、黄緑色の可視化した魔力が花粉のように舞っているこの状況ではそんな清涼な気分にはなれなかった。


いい加減、最深部へと近づいているのだろうか。

幸い、この辺りまで入り込んでいる魔物は居ないようだ。

お蔭で巨大な毒蛾にも蟷螂にも遭遇していない。



「ダメね・・これ以上は。」

ここに来て、師匠は手にしていたペンデュラムを霧散させた。


「魔力が濃すぎて使い物にならないわ。

ここまで魔力が濃いと、長時間居るのも問題ね。」

「じゃあ、下手すると爆発とかするんですか?」

「それは純度が高い無色透明の魔力だけよ。ここの魔力は全てこの世界樹の性質に染まっているから、その可能性は皆無よ。それくらい前に教えたでしょう?」

「あ、そうでした・・・すみません。」

「我々が魔力の影響で変異したら目も当てられませんからね。

それにしても、弱っていてこれだけの魔力ですか。」

もう一時間以上何も起こっていないのに、全く警戒を解いていないエクレシアの精神力が素直に羨ましかった。



「問題は、どうやって進むかよ。迷っている暇はないわよ。」

「これだけの魔力があるのですから、それを使って道案内が得意な悪魔でも呼びましょうか?」

俺は二人の会話に、道案内みたいな雑用に使われる悪魔を思って何だか虚しくなった。



『・・・・一つ、提案をしたい。』

そんな時、魔剣“リゾーマタ”がそう言った。



「ん? どうしたんだ?」

『ここの中に入ってからしばらく違和感を覚えていたが、ようやく確信に至った。

ここは、この“世界樹”は、私の世界にあったものだ。』

「えッ」

それは、俺以外の面々にも驚愕を持って迎えられた言葉だった。



「それ、どういうこと?

つまり、この“世界樹”の出所は、私達の故郷だってこと?」

『錬金術師よ、薄々は感じていたがやはり同郷か。

そう、然りだ。私は以前、何度も里の儀式で“世界樹”へ上ったことがある。

見覚えがあるどころか、この魔力の性質、波長、そして精霊たちの声・・・全てが一致している。』

“彼”の言葉に、師匠も訳が分からないと言った表情になった。



「つまり、この“世界樹”はどこかの次元から流れ着いた代物ではなく、元々あの世界に有ったものがどういう訳か今になって現れた代物ってことでしょうか?」

「そう、なるわね。馬鹿げた話だけれど。」

リネンが簡潔にまとめ、師匠が困惑した表情のまま肯定した。



「・・・・お願いですからマイスター、自分たちだけで納得しないでください。」

「“世界樹”はあらゆる実りを約束する樹よ?

それがある限り、世界が滅びるなんてことは有り得ないわ。

逆説的に、それが無いから世界は衰退を止められなかった・・。

つまり私たちの世界に、もう既に世界樹は存在しないはずなのよ!!」

師匠は捲し立てるようにサイリスに言い放った。


「記録によると世界が“世界樹”を喪失した理由は定かではないわ。

エルフ族が絶滅したとか言われているけど、この“世界樹”がこの様子じゃその線は薄いかもしれないわね。

或いは“世界樹”自身があの世界から見切りをつけたのかもしれないわね。次元に干渉できるほどの力はあるようだし。

だけど問題は別のところにあるわ。

時空間の話に時間の概念は無意味だけれど、どうして有る筈の無い“世界樹”が、しかも狙ったようにこの世界に現れたのかしら?

私はこの一件に作為的な物を感じるわ。あとで大師匠を問い詰める必要性もあるかもね。」

捲し立てながら、師匠は自身の仮説を述べた。



「あの人が関わってるとなると、あまりにも面倒ね・・。」

サイリスの額から冷や汗が垂れているのが見えた。

それはエクレシアやリネンも同じだった。やはり誰も大師匠に進んで関わりたいと思うやつは居ないようだ。


「飽くまで想定する可能性の一つに過ぎないけれどね。」

「私としてはその説を推しますよ、彼の地雷魔具の処理に付き合わされている身としては。」

「一先ず、その話は置いておきましょう。

長居は出来ないのですから、まずは目の前の問題を片づけなければ。・・それで、この先の道が分かるのですか?」

エクレシアは師匠たちから目を離し、魔剣“リゾーマタ”を見下ろした。



『ああ、案内できるだろう。

我々が使っていた儀式場がある。ここまでくれば、すぐそこだ。』

「分かりました、行きましょう。」

「ええ、そうね・・。」

俺たちは頷き合うと、“彼”の案内に従って歩み続けた。




そして、うす暗い世界樹の迷宮を抜けると、不意に光が満ちた。

“世界樹”の天辺だった。






「・・・あら、遅かったわね。」

そこに待っていたのは、俺たちを見下ろして嘲笑う魔女の姿であった。













「そろそろ動くか、相棒。

いい加減、のんびりするも飽きた。―――暴れるぞ。」

『了解、マスター。』

そして、縛られていた獣も解き放たれた。

片手には、先ほどまでどこにも存在していなかった黒塗りの魔剣を携えて。



嵐が、再びやってくる。







こんにちは、ベイカーベイカーです。

更新が安定しなくてすみません。就活が忙しかったりで思うように書けません。


そういえば、忘れていましたがそろそろ二周年記念の小説でも書こうかと思います。

とりあえず一周年記念の続きでも書こうかと予定していますが、何か希望とかありますかね?

私の琴線にピンときたら書いてみたいと思うので、誰彼との絡みだとかあの人の具体的なエピソードを読みたいとか、要望があったら感想とか活動報告とかに一言お願いします。気軽にどーぞ。


それでは、また。次回。



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