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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
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第八十五話 “世界樹”






「どうですか、ファニー?」

リネンは胎動する魔力の森の奥深くで、己の相棒に問いかけた。



「悪いが、俺もそこまで分かっているわけじゃねーんだな、これが。

それは地球人に地球の事を分かっているか、と問うのと同じようなもんさ。」

「・・・・それもそうですね。

かつて“世界樹”のある世界に住んでいた貴方なら分かると思ったのですが。」

リネンは顎に手を当てながらそう呟いた。


ファニーはあの北欧神話の神々が実在した平行世界出身だ。

彼ならばこの異常事態に対して何か分かるかと思ったが、見当違いであった。




「ただ、懐かしい魔力だね。恐らく“世界樹”としての性質は俺の知るモノと同じだろうな。」

「ではやはり、原因は“世界樹”であると?」

「ほぼ間違いないだろう。

だがそうすると、かなり厄介な事態になっているな。」

それは言われなくても分かっていることだ。



「“世界樹”の役割ってなにか分かるか?」

「さぁ、そこまで詳しいことは伝わっていなかったと思いますが。」

記憶を探っても、リネンにファニーのその問いかけを答える事は出来なかった。



「伝わるも何も、その名が如実に性質を表しているじゃねぇか。」

ファニーは笑った。



「平行世界の多くは木に例えられる。その木とは当然“世界樹”だ。

だったら、その役割や性質は自ずと知れるってもんだ。」

「・・・・まさか。」

聡明なリネンは、それだけで理解した。




「そうさ、“世界樹”とは、世界を繋ぐ木だ。

九つの世界を内包するイグドラシルがそうであったように、あの木はこの世界を内包しようとしているのさ。」

それが意味するところは一つだった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「つまり、この世界は“世界樹”に浸食されていると言う訳ね。

なぜ、今更、どうしてこの時期に、といった疑問はあるけど、そうなると大変ね。

思うに、世界樹は現在この世界に楔を撃っている段階よね。

具体的には、馬鹿でかい樹木を生成する段階。

それが成ると、この世界はどことも知れない世界と繋がってしまうでしょうね。

そうなるとこの世界に齎すだろう影響は、計り知れないわ。直接的にも、間接的にもね。」

師匠はそう推察した。


結局俺たちはあの後リネンと別れて探索をすることとなり、何やら念話でやり取りしていた師匠がそんな推察を披露してくれた。

こんな魔力の濃い状況でも念話を行える師匠はすごい。



「今思えば、あのエルフどもはその為に“世界樹”を守っていたのかもね。

いいえ、正確には管理していたのでしょうね。今のような状態にならないために。」

ちょっと悪いことしちゃったわね、と師匠には珍しく反省の色が見えた。

まあ、それがどの程度かはしらないけれど。



「実際、どうなんだ?」

俺は魔剣“リゾーマタ”に問うてみた。


『私は“世界樹”を祀る巫女の一族ではなかったからな。詳しくは分からない。

しかし、エルフには伝承として“世界樹”の怒りが世界に災いを齎すと言い伝えられていた。

その言い伝えがこの状況に当てはまったから伝えただけの事。少しでも打開の足掛かりになれば幸いだ。』

「事実は歴史の闇の中ってか。」

それはなんだか虚しい話である。




「ふんふん、どうやらリネンが魔力の発生源らしき物を特定したらしいわ。」

「意外に早かったですね。」

「人海戦術はお手の物だもの。」

師匠がそう言うと、エクレシアは苦い表情になった。



「この辺には目ぼしいものは無いし、そっちに行くの?」

「調べても何もないし、そうするしかないわね。

まあ、リネンが調べたのなら大丈夫でしょう。」

サイリスと師匠が今後の方針を決めたようだ。



「・・・師匠、よくあんな奴を信じられますよね。」

「親友だそうですよ。」

「類は友を呼ぶって言うけど・・・。」

師匠もよくあんな凶暴な女と仲良くできるよな。




「師匠、あの女とはどういった馴れ初めなんですか?」

そんなわけで道中、沈黙が下りたので折を見て師匠に問うてみた。



「あまり面白い話じゃないわよ。」

師匠がそう断わるくらいなのだから、本当に面白い話じゃないのかもしれない。

師匠のお喋りはここに居る誰もが知るところで、誰も聞いていない理論やらを勝手に話し出すのもいつものことだ。

今も師匠が黙っているのも不思議なくらいだ。



「まあ特に特別な出会いじゃなかったわ。

あれは私から見て四五年前かしら。」

誰も何も言わなかったのを肯定と取ったのか、師匠は話し始めた。






――――――――――――――――――




私が生きていた時代は、もう国なんて名ばかりで教会勢力が世界を牛耳っていたようなものだったわ。

私が貴族だった家を出て師匠に弟子入りしたのも、名ばかりの貴族ってのが嫌だったのもあるのよね。


そして私は師匠に『本部』を追放されてから、色んな町を転々としていたわ。

同じ場所にずっといたら、いずれ教会の人間に嗅ぎつけられるもの。

あいつら、他人に魔術はダメって言うくせに自分たちは魔具で武装した騎士団とか差し向けて、ズルいったらありゃしないわ。


まあ、とにかく魔術師にとっての暗黒時代だったわけよ。

そんな中かしら、リネンに出会ったのは。



ある日、研究で徹夜していた時だったわ。

真夜中だと言うのに急に外が騒がしくなって、使い魔で外を見て見たの。

地獄絵図だったわ。無数の悪魔が跳梁跋扈し、悪逆非道の限りを働いていたの。

そして空を見上げれば、巨大な影が空を覆っていた。



私はシスターの格好をして隠れるようにして逃げたわ。

え? なぜシスターの服装を持っているかって?

そりゃあ、敵から隠れるのなら懐ってのは定番じゃない。


私は教会を暗示や催眠で支配下に置いて、その地下で研究をしていたのよ。

でもって、大量に悪魔が来るもんだから、ああこの町は終わったな、って思って逃げ出したわけね。



リネンの噂は勿論私に届いていたわ。

この世を混沌に陥れる地獄の使者だとかさんざん言われてたわね。


私が逃げてすぐだったわ。教会がドカンって巨大な炎の塊が落ちてね、跡形も無く消え去ったの。

勿論、私の研究室も見るも無残な状況だったわ。


それを見たら、なんだかイラッと来てね。



私は当時の教会のやり方に不満を持っていたけど、リネンのやり方は連中と同じ。

数の暴力で、徹底的に恐怖を叩き付ける。


何より、聞こえたのよ。

阿鼻叫喚の悲鳴の中で、彼女の哄笑が。



私ってば、見下されるのが何よりも嫌いなのよね。

でも、ふと思ったのよね。


この力、利用できないかってね。

悪魔とかリスキーな力を自在に操れる奴が居れば、私は楽してその力の上澄みだけを吸えるかもって。


そんな訳で、悪魔たちをやり過ごして、彼女の隠れ家を突き止めて、取引を持ちかけに行ったの。



そしたら、問答無用で悪魔が襲ってきてね。

どうもシスターの格好が誤解を招いたみたいでね・・・空飛ぶ相手の追跡に着替える暇も無かったし。



今思えば、あの装備でよく十体以上も下級悪魔相手に大立ち回りできたものよ。


結局最後はリネンが出てきて、虜囚の屈辱を受ける羽目になったわ。

一応、それまでのやりとりで私がシスターではないとは分かってくれたわ。


だって錬金術を使うシスターなんて居るわけがないでしょう?



この女絶対いつかぶっとばしてやるって思いながらも、私は交渉を持ちかけたわ。

彼女は試に私に都合のいい触媒を目の前で用意してほしいと言ってきたわ。


ハッキリって無茶ぶりだったわ。

これでも私は職人よ、仕事に勿論こだわりはあるもの。


でもまあ、そう言うのに応えてのプロフェッショナルじゃない?



ええ、やったわよ。さんざん愚痴りながらだけれど。

そしたら私達、意気投合していたわ。


何を言ってるか分からないって顔ね、でも実際そうだったのよ。



リネンは教会への復讐、皆殺しにしてやりたい。

私は連中の席巻がムカつく、叩き潰してやりたい。


利害は一致していたわ。



私は昔からあの連中が嫌いだったわ。

・・・ああ、勘違いしないでね、別に貴女には他意はないわよ?


私はリネンと違って無意味な八つ当たりなんてしないわ。

生者に死人の面影を見て蹴りつけるなんて非生産的だわ。



それに、こっちではあの『カーディナル』が良くやっていると思うわ。異常なくらいにね。


組織っていうのは、基本的に数十年持たないものなのよ。

その度に改革したりして、息継ぎを繰り返す必要があるもの。


記録を見る限り彼女はそれを最低限の回数で効率的にやっている・・・関心するわ、本当に。


でも、連中はそれをしなかった。

腐りきってたわ。本当に。師匠曰く、大師匠に弟子入りしてた頃からあんな感じだったそうだけど。


それにしても教会の連中は、本の中の偶像よりいずれ神域に至るこの私を崇めるべきだとは思うわね。

何より私より偉そうにしているのが気に入らないわ。

理由なんてそれだけよ。古くから魔術師ってのはそういうもんなのよ。



言っておくけど、当時の連中はこの地球の中世より酷いわよ?

まるで絶対者気取り。適当な口実で浄化だのなんだので、いう事を聞かない町一つ見せしめに焼くことなんて良く聞いた話だったわ。


そうやって家族を殺されたリネンがキレるのも分かる話よ。

でも同情はしないであげてね。彼女が関係の無い人たちを巻き込んでいるのは事実だし、所詮はタダの自己満足よ。

やられたから、やり返しているだけ。

復讐に意味なんて存在しても虚しいだけでしょ?


彼女のやることに面白がって便乗していた私がいう事じゃないかもだけれど。



・・・話は逸れたけど、そんな感じよ。

お互い好き勝手動きつつ、時々集まって私が彼女の行動のバックアップしてたのよ。


楽しかったわ。お互い何もかも上手くいったし、出来ない事は無いと本気で信じてた。



・・・・・あの忌々しい『悪魔』が現れるまではね。






――――――――――――――――――





「早かったですね、あの森の中ならもう少しかかると思ったのですが。」

「こっちには、優秀なスカウトがいるもの。魔物にもほとんど出くわさなかったし。」

師匠はリネンが見えると話を切り上げた。



「羨ましいですね、私はさっきから何度も・・。」

リネンは指を鳴らした。


すると、彼女の背後に出現した魔法陣から悪魔が飛び出し、彼女に忍び寄っていた樹木が真っ二つになった。

その樹木は悪魔に切り裂かれ、この世の物とは思えない悲鳴を上げた。



「トレントね・・・。こんな大きいのは初めてみたけど。」

サイリスが呟いた。

所謂、木の化け物だ。普通の木を装って、人を襲ったりする。


「トレントは魔物と言うだけあって、その葉は魔力に満ちているわ。

ポーションにするのも良し、魔力を抽出するのも良し、・・・例の異常現象の影響で通常の数倍の魔力を蓄えているようね。

・・・・ちょっと、皆も集めるの手伝いなさい。」

「何やってるのよ・・。」

倒れたトレントから葉っぱを毟り始めた師匠に、リネンは呆れたように溜息を吐いた。


何と言うか、この二人の間には独特の空気が流れているようだった。



「使い魔に全部上に持って行かせておきますから、後にしてくださいよ。」

「いいえ、一割あればいいわ。残りはこの階層のこの座標にお願い。」

「これは・・・ああ、この近くの魔族の町ですか?」

「向こうではこれから戦闘があるから、秘薬は幾らあっても足りないだろうし。」

あ、一応師匠は俺たちの事を考えていたらしい。




「で、例の元凶はどこにあるんだ?」

俺は痺れを切らして言った。


周りを見ても、有るのは深い森林だけである。



「楔を撃つ段階だと、メリスも言っていたでしょう?

つまり、まだこの世界に現れていないという事です。」

リネンは指を鳴らした。

目の前の空間に穴が開くように、魔法陣が開く。


魔法陣は空間には別の場所へと繋がっていた。



「これはッ・・・。」

その奥には、巨大な木の根が横たわっていた。

枝分かれした無数の木の根は浮いており、ここからではその全貌を窺い知れない。



『間違いない、“世界樹”だ。』

そして“彼”が厳かにそう言った。



「まさか、別の位相に存在しているとは。」

「わぁ、なにあれ、おっきぃ。」

「あッ、おい!!」

その壮大な木に慄くエクレシアをよそに、ミネルヴァが前に出てきて魔法陣の中へと首を突っ込んだ。


「こらッ、何があるか分からないだろう!!」

俺はミネルヴァの体を引っ掴んでこちらに戻した。



「え、でも・・。」

「頼むから危ないことはしないでくれ・・。」

「うん・・・。」

ミネルヴァも分かっていたのか、しぶしぶと頷いた。




「それで、これをどうするのですか?」

「とりあえずリネンの召喚魔術で別次元に放逐するってのはどうかしら?」

師匠の軽い返答に、訊いたエクレシアも『そんな力技いいのか』という表情になった。

あんなデカい物体をどこかに持っていくなんて無茶である。


「それで行きましょう。」

勝手知ったる仲なのか、メリスの無茶振りもリネンは軽く応じた。



「・・・・本当に出来るの?」

「できないわけがないでしょう、リネンに。」

サイリスも二人の雑な計画に不安を抱いているようだったが、師匠はまるで自分の事のように平気そうだ。


「それはもっと、こう、入念な準備とかした複雑な儀式とか、そういう魔術師らしい感じは無いんですか?」

「ああ、思わせぶりな演出が欲しいのね。

分かるわ、こんな大それたことするんだものね。」

師匠は何だか俺の言いたいことを曲解してしまったようだった。


「でも、そんな余裕ないじゃない。

こんな異常事態は一刻も早く終わらせるべきよ。」

そして、真面目に返された。なんだろう、この何とも言えない敗北感は。



「(・・・メリス、自分の所為で初動が遅れたから、何か起こる前に終わらせたいんですね・・。)」

リネンは生暖かい目でそんな彼女を見ていたのだった。



「はぁ・・・確かにそうですね。

でも、何かもったいないですよね。」

それは俺が日本人だからか、なんとなく出た言葉たった。


「“世界樹”ってあらゆる実りを約束するって話じゃないですか。

貴重な触媒になるんですよね。異次元に放逐しないといけないなんて。」

『・・・私も少し複雑な気分だ。』

「もしそれが本当ならさ、魔族の食糧事情も明るくなるんだけどな。

そう思いませんか、し・・しょう・・?」

俺は思わず口を噤んだ。

何故なら師匠は、今まさにそのことを思い当たったという表情を凄まじい面持ちでしていたからだ。



「・・・・リネン、もしかして、今まで私らしくなかった?」

「貴女でもずっと気が動転することがあるんですね。」

リネンは笑って答えた。



「う・・ぐ・・・うぅ・・。」

師匠はしばらく百面相した後。


「・・・さあ、リネン、始めましょう。」

今にも泣きそうな表情でそう言った。




「どうしたのかしら、あれ・・。」

「さぁ、今回の一件、師匠が余計な事考えられないほど急かされてたんじゃないの?」

「確かに、一階層の機能不全に関わる問題でしたものね。」

師匠の苦悶を俺たちはそう解釈したのだった。






・・・・・

・・・・・・

・・・・・・・




「ねぇ、やっぱり少しばかり枝を毟り取りに行っちゃダメかしら?」

「あの位相空間は宇宙空間より危険かもしれませんが、何の準備も無しに行くつもりですか?」

いよいよ実行するとなった、未だ師匠は未練たらたらでリネンに諌められていた。


「くぅ・・・このメリス・フォン・エルリーバ・・・一生の不覚だわ・・。」

「じゃあ、始めますよ。」

悲しみに暮れる師匠を余所に、リネンは精神を集中し始めた。

彼女の全身から淡い魔力の光が炎のように立ち上る。


すると、次元の向こうに超巨大な魔法陣が展開し始めたのだ!!



「何ていう魔力・・・。」

それは、人間よりずっと強力な魔力を有するサイリスすら絶句するほどだった。

フウセンが桁外れなら、彼女は桁違いだ。


あの馬鹿でかい“世界樹”に敷かれるように超巨大魔法陣が広がる。

これほどの魔法陣を維持するのに必要な魔力を、俺程度では想像できない。

そしてそれを一人で賄うなど、正気の沙汰ではない。

だが、彼女はそれを独りで行うのだ。



「何の準備も無しにどうやって・・・。」

エクレシアが唖然と呟く。それは俺も同感だ。

もしこれが彼女の実力なら、それはきっと大師匠に迫るものに違いない。


程なくして、超巨大魔法陣に吸い寄せられるように“世界樹”が動き出す。




「ふぅ、何とか終わりそうね。」

その光景を見て、ほっと息を撫でおろす師匠。


「俺たち、本当におまけでしたね。」

「何を言うの、貴方に貴重な経験を積ませるのも師匠の役目よ。」

なんて、師匠が師匠らしいことを言った。

俺は何だか師匠の言葉に感心してしまった。


普段の俺なら、こう考えていたはずだ。

―――師匠、それフラグです、と。





その時、である。



「げッ」

リネンが、恐らくこの状況で最も言ってはならない言葉を発した。



「えッ、どうしたの?」

「こいつ、抵抗してる・・・。」

「抵抗って・・・。」

その意味は、一目瞭然だった。


“世界樹”から、不可視の波動が迸った。



「ぐッ!!」

「あッ!!」

それは俺たちを何事も無く過ぎ去ったが、一瞬巨大な何かに押し潰されるような錯覚に陥った。



「これは・・・。」

『これが、“世界樹”の怒りだというのか・・。』

俺たちが感じたのは、明確な怒りの感情だった。


間違いなく、あの木は意思を持っている。

そして、その怒気を俺たちに伝えただけでこれだ。


トレントなんて魔物とは、レベルが違う。

次元が、違う。




「私は無理やりこのまま異次元へと引きずり込むので、貴女たちは何とか防いでください!!」

リネンが叫んだ。


その直後だった。

魔法陣の向こう側に有る筈の巨大な木の根が無数に、空から激流の如くこちらに押し寄せてきたのだ!!



「あんなの、どうしろっていうのよ!!」

「そんなの言っている場合じゃねーだろ!!」

サイリスの悲鳴じみた弱音に、俺は叫ばずにいられなかった。

そうしなければ、あの押し寄せる木の根に押しつぶされる。



「こわいよぉ・・・お兄ちゃん、ドラゴンさん・・。」

ミネルヴァは蹲り、妖精たちとその小さな体を寄せ集めているのが横目で見えた。

俺が抗う理由は、それだけで十分だった。


「とにかく、撃ちまくるぞ!!」

俺は魔剣を顕現させ、弓へと変形させて“銀の矢”を気力の限り撃ち始めた。



「もう、どうにでもなりなさいよ!!」

サイリスも諦めて、漆黒の魔弾を乱射し出した。


「くッ、全然勢いが止まりません!!」

エクレシアも光弾を連発するも、焼け石に水だった。



「ていうか、こっちの攻撃が全然効いてないっぽいわね!!」

師匠もいつものあの強力な機関銃をばら撒くが、“世界樹”の根の勢いはまるで衰えない。




「そりゃ、そうだろ。“世界樹”は文字通り、世界を内包する木。

それひとつで世界一つに匹敵する。

その格は神格と同等か、或いはそれ以上。それを退けるなど、不可能だろ。」

「ファニーッ!!」

すると、リネンの横にあの派手な格好な男が現れた。



「この魔力濃度じゃ・・・転移は無理か、お前たちはとにかく守りに徹しろ。

もう間に合わん、こっちの位相に顕現するぞ。」

彼はそう言って、リネンを抱きしめた。


「こっちに顕現するですって!! マズイわ、この辺り一帯、“世界樹”に潰されるわ!!」

「これ以上ないほど絶望的だなぁ!!」

師匠の言葉に、俺は状況の悪さに思わず笑ってしまった。

もしかしたら、ピンチに慣れてしまったのかもしれない。



「エクレシア、頼めるか? 俺もイージスを張る!!」

「ええ、ですがあの質量を抑えきるのは、幾らなんでも無理がッ」

エクレシアもどうにか打開策を考えようとしているのが顔に出ているが、それが無意味なのは自分でもわかっているのだろう。



『少年よ、私を掲げろ。』

「えッ」

『私の力で逸らすぐらいは出来るだろう。

・・・皆よ、力を貸してくれ。』

その時俺は不思議と、“彼”の言葉に賭けてみようと思えた。



「みんな、魔剣“リゾーマタ”に魔力をッ!!」

俺は魔剣を掲げて、そう叫んだ。


エクレシアも、サイリスも、師匠も、四の五の言わずに魔剣の柄に手を添えた。

皆の魔力が魔剣に流れ込むのを感じた。


それとほぼ同時だった、

俺たちを“世界樹”の根が覆い尽くしたのは。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「生きてる・・・?」

放心したようなサイリスの声が聞こえた。


「そのようですね・・。」

エクレシアの声も聞こえた。

真っ暗で何も見えない・・・と思ったら、明るくなった。


エクレシアが光球を掌から出現させたようだ。

俺たちはドーム状の木の根の狭い小さな空間の中に居た。



「・・・ありがとう、助かったみたいだ。」

俺は魔剣“リゾーマタ”に感謝の言葉を述べた


『ああ・・・だが、まさか本当に大樹の怒りを退けられるとは、今でも信じられない。』

おい、お前も破れかぶれだったんかい!!



「今の力は・・・魔剣と“彼”の二つの魂が共鳴した・・?

今の出力は、精霊や私達の魔力だけでは説明できない・・・。

まさか、これも魂の性質だと言うの・・・くくッ、なるほど、道理で・・。」

師匠は、何か心配するだけ損だろう。




「・・・彼女は?」

「すぐ近くにいるようね。それにリネンなら、殺しても死なないわ。」

「でしょうね。」

確かに、見える範囲ではリネンは居ない。

だが、それを聞いたエクレシアは勿論、師匠も彼女の生存を疑っていないようだった。



「とりあえず、外の動きはなさそうだな。」

外から音はしない。一応、あの木の根が町まで届いたなんてことは無いようだ。



「さて、これからどうしようかしら・・。」

とりあえず師匠が打開策を思案し始めると。




「ねぇ、みんな。」

ふと、端っこの方でミネルヴァが木の根に手を触れて立っていた。


「このヒト、げんきないみたい。」

「えッ」

彼女の言葉に、俺たちは全員面を喰らった。



「まさか、弱っているという事ですか?」

「俺には到底そうは思えないが・・・ミネルヴァが言うんだから、間違いないんだろうな。」

あのど迫力を体験した身としては、これで弱っているとか信じられない。

こんな気分はフウセンと戦った時以来だ。

・・・まだあれからひと月と経っていないのによ・・。




「うん、みんなもそうおもうよね?」

「まあ確かに、長い間栄養も取れずに寒いところに放置された感じよね?」

「そう言われれば・・・これだけ大きいのに、存在の大きさが不釣り合いなほど小さいわね。」

「“世界樹”っていうくらいなんだから、力が大精霊レベルってのもおかしいわよね。」

「むしろ、そうでなかったら皆ここで死んでたわよね。」

と、ミネルヴァに釣られて妖精たちも口々に思ったことを口にする。



「ミネルヴァ、・・・まさかお前、最初見た時から気付いてたのか?」

「うん。」

ミネルヴァは頷いた。



「あちゃー・・・。」

俺は額に手を当てて、深く後悔した。



「悪かったな、それを聞いていれば、もっと違う結果が有ったかもしれない。」

これでは師匠が俺たちを連れてきた意味がまるでない。

むしろ、足手まといになってしまった。


「いいえ、弱っていると分かったのなら、むしろ今しかないと私達も強行したでしょうね。

神格級の大樹よ。何をしようとこうなることは目に見えていたわ。」

師匠も思うところがあるのか、フォローしてくれた。



「弱っていたから、この辺りから魔力を吸収しようとしていたのでしょうか。

あの異常な植物の活性化も、前兆かなにかだったのでしょうね。」

「そうかもね。でも・・あれだけの大樹が、この辺りの魔力を食い尽くしてどうなるとも思えないけれど。」

「それだけ余裕が無いという事では?」

エクレシアとサイリスも推論を述べる。


「解せないわね、そうなるまで、どうして弱ったのかしら?」

師匠は眉を顰めてそう呟いた。




「ねぇ、みんなでたすけてあげようよ。」

そしてミネルヴァが、訴えるようにそう言った。


『私からも頼みたい。大いなるこの神樹をどうか救ってほしい。』

魔剣の“彼”も嘆願した。



「と言うか、そうするしか方法は無いでしょうね。

リネンで放逐できないと言うのなら、鎮めるしかないでしょう。」

その大仕事に、流石に師匠も頭を悩ませるようだ。


『精霊を活性化させ、生命力を喚起すればいいだろう。

我ら一族に伝わる精霊の儀式も、そのようなものであった。』

「なるほど、じゃあそれは妖精たちも居るしミネルヴァに任せればいいのか。」

「でも、ここでやっても意味ないでしょうね。

でもこの“世界樹”にも地脈のように魔力が流れているわ。なら最も効果的なのは、地脈が集中するところでやるのが一番ね。」

「まずここから抜け出すことから始めないといけないのか・・・。」

師匠の言葉を受けて、俺は周囲を見渡した。


俺が両腕の長さより太い木の根ばかりである。

これを突破するのにかかる労力は・・・・考えたくも無い。




その時。



「じゃあ、その方針で行きましょう。」

と、リネンの声。


次の瞬間、みしみし、と言う音が響いた。

すると、木の根が引きちぎれ、ファニーとかいう男とリネンが歩み出てきた。

いったいどんな力をしているのか、彼は素手であの太い木の根を引き裂いていた。



「聞いてたのなら、返事くらいしなさいよ。」

「私も魔力を大量に消費して疲れたんですよ。

休みながらも使い魔で“世界樹”の偵察に出していたのですから、褒めてほしいところです。

そして、どうやら“世界樹”には内部へはいることが出来るようですね。

なかなか複雑で入り組んでいるようですが、行ってみるしかなさそうですね。」

「なるほど、“世界樹”と言えば迷宮だものね。わくわくして来たわ。」

「師匠、それ、全滅フラグじゃ・・・。」


そんな感じで、俺たちの今後の方針が決まったのだった。





こんにちは、ベイカーベイカーです。何とか環境にも慣れ、更新できました。

特に書くこともないので宣伝をば。


:当作者の別作品。

クトゥルフ系ファンタジー小説、『闇の寵愛』。

ぼちぼちに好評連載中。興味があったら、ぜひどうぞ。


それでは、また次回。では。


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