第八十三話 魔剣ストームブリンガー
「うっひゃっひゃ!!!」
男が、魔剣“ストームブリンガー”を振るう。
その軌跡の先が、上下に分かれた。
ただの斬撃ではない、空間を抉ったのだ。
「あ、ぐぐぐぐぐぐ!?」
それを魔剣で受けた俺は斬撃に押しのけられ、強制的に弾き出された!!
盛大に火花が迸る。
「切れ味が良いとか、そう言うレベルじゃねーな。」
あの一撃に耐えるには、物理現象を超越しなければならないだろう。
俺も、魔剣でなければあの一撃で真っ二つにされただろう。
「ちょっと用事思い出したって、言っても無理だよなー。」
「ひゃははは、死ねよ!!」
魔剣に操られた男は、躊躇いや恐れを知らずに踏み込んでくる!!
「なんつーバカ力・・・!!」
「あひゃひゃひゃ!!」
即座に鍔迫り合いに発展するが、向こうは大剣型、こちらは精々ロングソード。
そして大柄な大人の相手の大上段からの振り下ろしに対して、こちらは受け身だ。
態勢は不利だ。
“内功”の魔術で大幅に身体能力が強化されているのに、こっちは完全に力負けしている。
そしてこの笑い声。
久々に、あのジャンキー野郎を彷彿とさせる相手だ。
「相手のペースに乗せられてんじゃないわよ!!」
その時、奴の顔面に闇色の魔力弾が直撃して、たたら踏んだ。
今のはサイリスが放った魔術のようだ。
が、奴の狂った相貌に何の変化も見せない。
「くッ、人間のくせになんて魔力防御・・!!」
魔剣の力の影響なのか、全く効いた様子が無い。
「やっぱりあんな強力な魔剣に、私なんかの力じゃ通用しないっていうの!?」
「いや、構わない、撃ち続けてくれ!!
牽制と仕切り直しには丁度いい!! あんな魔剣、正面から挑んだら馬鹿を見る!!」
「分かったわ・・!!
ほら、あんたたちもボーっとしてないで援護しなさい!!」
サイリスも、周囲で棒立ちしている魔族たちに叱咤の声を上げた。
「だが、魔力の高い種族のあんたでダメじゃ。」
「それでも男なの、あんたら!! さっさとやりなさい!!
速度じゃなくて、なるべく多くの魔力で正確に撃ちなさい!!」
サイリスはあれでも魔族としては上位の種族だ。
その魔力は、潜在能力からしてあの人類でも“生身で”最高の部類の魔力を持つ師匠を大きく上回っている。
だが魔術が効くかどうかは、術者の技量と相手のレジスト能力などによるので、魔力の大きさはそこまで効力に依存しないが、それでも大量の魔力をレジストするのは難しい。
魔剣の力で大幅にレジスト能力上乗せされても、呪術攻撃の波状攻撃に人間が耐えられるはずがない。
そう、相手が普通のならば。
「ぎゃはは!! 雑魚とその他大勢なぞ、居ないも同然だ!!」
奴が、魔剣を掲げた。
風が渦巻き、瞬く間に広がった。
「なに!?」
その瞬間、俺達は竜巻の中、台風の眼の中に閉じ込められた。
「嵐の結界、ですって!?」
そして、俺に比較的近くにいたサイリスが巻き込まれた。
周囲では激しい風の音がするのに、その内部は不気味なほど静かだった。
「あひひひひひひ・・・。」
魔剣に魅入られた男の笑い声以外は。
「サイリス、間違ってもこっちに近づくなよ・・・。」
「当然よ・・・あんなの、こっちに近づけたら許さないわよ。」
俺が前に出て、サイリスがじりじりと後退する。
「来いよ、お前は俺をご所望なんだろ?」
「あひゃああああああああああ!!」
そして、それを皮切りに奴が斬りかかってきた。
大型の魔剣が横薙ぎに振るわれるのを後ろに跳んで躱す。空中への追撃を防ぐための雷撃で牽制したが、奴は構わず突っ込んでくる。大剣とは思えない素早い切り返しを受け流しつつも足場が無い為、弾き飛ばされる。後方のサイリスを守るために俺は敢えて地面に着地するなり突っ込んだ。奴も同じように突撃してきた。魔剣の切っ先をこちらに向け、刺突の構えだ。俺は中段の構えで迎え撃つ。こちらを穿ち、首を刈り取ろうとした相手の魔剣を受け流す。再び派手に火花が舞い散る。俺は咄嗟にしゃがみ込んで、相手の懐に潜り込んだ。この間合いならば、大剣は振るえない。だが、奴は器用にも魔剣を逆手に持ち替え、大剣をナイフの様に軽々と扱い、振り下ろしてきたのだ!!サイリスが危ないと叫んだ。俺は寸前で危機を察知し、真横に転がって回避する。俺が態勢を立て直した頃には、奴は大上段で魔剣を構えていた。その直後、丁度サイリスに背を向けた奴が、漆黒の魔弾の直撃を受けた。その時、俺とサイリスは奴を丁度挟める位置にいたのだ。彼女の魔力の大半を注ぎ込んだ一撃が、奴を吹き飛ばす。あれほどの魔力を隠して魔術行使をするには、なかなかの技術が必要だ。今のは流石にレジストし切れまい。俺は魔剣を弓に変形させ“銀の弓矢”を番えて射出し、奴の魔剣“ストームブリンガー”の刀身に直撃させ、その手元から弾き飛ばした。嵐を齎す魔剣が地面に突き刺さる。同時に、俺達を取り囲んでいた嵐が止んだ。
息も付かせぬ、十秒にも満たない攻防だった。
「はぁ・・はぁ・・。」
戦闘時間は短かったが、久々に魂まで斬り裂かれそうな逼迫した戦いだった気がする。
いつもは一緒に戦うエクレシアが居なかったからか。何かと首を突っ込むクロムが居なかったからか。もしくは隊長の指示がなかったからかもしれない。
「ササカ!! お前が終わらせたのか!?」
そして、一番にこちらに駆け付けたのは隊長だった。
「隊長!! アンデッドは!?」
「一応外を警戒していたからな、そんなに多くは無かったって報告が上がってる。
現在外で食い止めているが、主戦力が沈黙した以上、すぐに散らせるだろう。」
侵入した分も掃討は終えたしな、と隊長の仕事は早い。
そして隊長の見立て通り、今回の攻撃は魔剣“ストームブリンガー”による正面突破だ。
周囲のアンデッドはそれに便乗した形なのだろう。
連中も無限にいるわけではないから、消耗を避けるためにじきに事態は収束するだろう。
「民間人の退避は・・?」
「多少の被害は出たが・・・事態の早期終結のお蔭で、被害は最小限に収まっただろう。お前のお蔭だ。」
よくやった、と隊長は肩を叩いた。
俺は安心して、ぎこちなく笑った。
「ササカさん!! 大丈夫ですか!!」
程なくして、エクレシアも駆けつけてきた。
「ああ、なんとかな・・・。」
「・・・状況の説明をお願いします。」
「ああ。」
この場は任せた、と壊れた門の奥へ部隊指揮に隊長が戻り、俺は彼女に状況を話した。
「化け物みたいな魔剣だったわ。」
俺がエクレシアに状況を説明し終えると、サイリスが口を挟んだ。
彼女は魔剣の男を魔術で拘束していた。
その男はと言うと、魔剣が手から離れると、糸の切れた人形のように気を失ったのだ。
また立ち上がって斬りかかられては困るし、念の為に彼女は拘束しているのだろう。
だが、
「あッ。」
「どうしたサイリス・・・あッ!!」
俺も彼女の声で気づいた。
あの魔剣が、魔剣“ストームブリンガー”が消えていたのだ。
地面に突き刺さっていた場所に、その痕跡だけを残して忽然と。
「魔剣の担い手など、所詮使い捨てに過ぎないという事でしょうか・・。」
苦虫を噛み潰した様な表情でエクレシアが呟く。
「素人でも達人並みの剣を扱えるようになるらしいからな。
魔剣“ストームブリンガー”っつったっけ?」
「ええ、確かにあの魔女はそう言っていたわね。」
「魔剣“ストームブリンガー”・・・名前だけ聞いたことが有りますが、専門ではないのでよくは分かりませんね。」
「そういうのはクロムに聞いた方が早いか。」
マイナーだという魔剣デストロイヤーも知っていたんだから、こっちも知っているに違いない。
師匠は、大昔の異世界の人間のくせに、妙に俗っぽいことに詳しいからな。
この間フウセンとクロムと地下研究所の連中で、携帯ゲーム機でモン○ン四人プレイしてたし。
「とりあえず、彼が何か知らないか、族長の所で訊いてみましょう。」
「分かった。それより先に、大丈夫だろうけど、現場は隊長に任せておくよう伝えから行くわ。」
俺は近くの伝令兵に隊長に伝言を伝えると、二人と共にアリーチェ族長の所へ向かった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「魔剣“ストームブリンガー”。
小説エルリックサーガシリーズに登場する、混沌の力を持つ魔剣とされているわ。
その性質はいかにもらしい魔剣よ。夜な夜な持ち主の意に反して、勝手に独りでに動いて犠牲者の魂を喰らうと言われているわ。
最も数多い、魔剣“ソウルイーター”の派生の一種ね。」
あの魔剣のことを尋ねると、クロムはすらすらと答えた。
アリーチェ族長から間借りした部屋で、なにやら怪しげな装置で何かを行っている。
空き部屋だったらしいが、この短時間で魔法陣やらテーブルやら錬金術的装置やらが並べられている。
室内は薄暗く、魔法陣が淡く魔力で光っている。
「その形状は漆黒の大剣で、柄から刀身までびっしりとルーン文字が刻まれているらしいわ。
それの所有者である主人公エルリックは、虚弱体質にも拘らずそれのお蔭で、戦いで無双の活躍をしたそうよ。
同時に、親しい仲間たちを殺したりもするとか。」
「小説ってことは、架空の魔剣ってことか?」
「それを架空と言うのなら、貴方の扱う魔術の元になった神話も架空よ。
彼女の信仰する神も一説には民間伝承の集合体だ言われているし、吸血鬼なんて実体のない無数の伝承の寄せ集めよ。」
「それは・・・。」
「この世の中に必要なのは事実じゃなくて、真理よ。結局は、認識の問題なのよね。」
色々な薬品を弄るクロムは背を向けたまま、怪しく笑いながらそう言った。
「いかにも錬金術師らしい言葉ですね。」
自分の信ずる神をバカにされたエクレシアも、反論する気も無いのだろう。彼女に口で勝つのは、非常に骨が折れると嫌と言うほど分かっているからだ。
「別に私の言葉を鵜呑みにしなくてもいいのよ。
なにが正しい、と他人に自分の認識を押し付けるなんて愚かしい事だもの。
真理とは、人それぞれなんだし。認識の仕方も同じよ。十人十色、感じ方もそれだけあるってことよ。」
そして最後には尤もらしい事を言って話を締めくくる。
クロムの話術の常套手段である。
「てか、なにやっているんだ、お前・・・。」
「ふふふふ・・・秘密よ。」
彼女はクラウンやアリーチェ族長たちの作戦会議にも参加せずに、なにやら部屋を借りて怪しげなことをしているのである。
しかも、あのエルフの男の魔剣を使って。
「それ、変なことに使うなよ。」
「進んで、他者の尊厳やほこりを穢すような真似はしないわ。それより、ササカ。」
彼女は振り返ると、襟元を掴んで胸元まで下げた。
「えッ」
「ん!!」
エクレシアに睨まれたが、俺はクロムの胸元を凝視せざるを得なかった。
なぜなら、そこには彼女の認識票が無かったのである。
それはつまり・・・。
「す、すみません、師匠!!」
彼女は“クロム”ではなく、我らが師匠・錬金術師メリス・F・E・エルリーバに他ならない。
「分かったら邪魔しないでくれる?
この世で私の好奇心を邪魔するなんて、何物にも許されない事なのよ。
安心しなさい、悪いようにはしないわ。」
そう言って、師匠は作業に没頭し始めた。
この状態で声を掛け、更に邪魔でもしようものなら、平気でその相手を撃ち殺すぐらいするだろう。
この人はそう言う人間だと、俺は重々承知している。
「行こうぜ、エクレシア。」
「ええ・・。」
彼女もクロムが相手じゃなければ自分と話にならないと分かっているので、退出に同意した。
「魂を喰らう魔剣か・・・。」
「魔剣“ソウルイーター”の派生形のひとつならば、死霊に対し絶大な効果を有するでしょう。
尤も、味方殺しの剣など、誰も使いこなすことは出来ないでしょうが。」
「どのみち、手元に無いんだからどうしようもない。
くそッ、せめて確保しておけば、また宿主を変えて襲ってこられるなんて心配はなくなるんだが・・・。」
「・・・本当、しくじったわ。こんな凡ミスするなんて、師匠に顔向けできないわ。」
部屋の外で待っていたサイリスも、悔しそうに声を漏らした。
「ええ、魔剣を抑えられなかったのは厳しい。
また襲撃の危険性があっては、人々も不安になりますからね。」
「相手は単体とは言え、強力な魔剣持ち。
下位の種族じゃ太刀打ちも出来ないほどよ。今回は被害が少なくて済んだけれど、こんなのが何度も続くようなら・・・。」
最悪を想定しないといけないは言え、二人の想像は暗く重い。
「この町を放棄して脱出を考えていたけれど、この町の人数、この騒動の敵、あのアンデッドの動き。
最悪三割、いや四割の損害を考えないと、脱出なんて無理だね。」
そんなクラウンの声が、俺達三人に届いた。
「敵も面倒なことをしてくれたね、全く。」
アリーチェ族長と会議していたクラウンが、本当に面倒臭そうにそう言った。
「流石にそれだけの血を流すことになるなら、ここで籠っているのと同じよねぇ。
救援に来てくれたのは本当に助かったけれど。」
アリーチェ族長が艶めかしい足を組んで、悩ましげに溜息を吐いた。
「それは仕方ないさ、向こうの町の防衛もあるからね。動かせる数も限られてくる。」
「クラウン、じゃあどうするんだ?」
どうせこの状態を解決する名案など無いだろうから、俺は彼に問うてみた。
「ふーん・・・。
そうだね、こうなったら・・・いっそ、吸血鬼退治としゃれ込むしかないかな。」
クラウンはその裂けた大きな口を歪ませ、笑みを浮かべた。
「こっちから攻め込むってのか!?」
「攻勢防御さ。敵を滅ぼせば、アンデッドの術者は居なくなるんだ。
そうなればその殆どが烏合の衆となるか、魔術の効果が消え失せるだろう。」
「確かにその通りですが・・・。」
そのいかにも魔族らしい戦略に、エクレシアも困惑した様子だった。
それは、明らかな孤立を生み出す戦略だ。
こちらの部隊の人員も、大きくダメージを受けるに違いない。
この状況を脱するには最善にして唯一の戦略には違いないだろうが、またリスクも大きな戦略だ。
しかし、最善で唯一の方策が、正しいとは限らない。
俺はそう言うのは疎い為、思わず彼の方針に納得しかけたが、それを最近よく思知っただろうエクレシアは、渋い顔をした。
「でもそれって、私達が危険じゃないかしら?
相手のこともよく分からないのよ。いたずらに戦いをして、消耗してここに居る全員と共倒れなんて笑えないわ。」
彼女の疑問を少々現実的にして代弁したのは、サイリスだった。
「戦う事を覚悟せずに死んでいくのは問題だけど、戦うことに責任を持つ者が死ぬのに何の問題があるんだい?
それも、守るべき者たちを守るために、ね。
尤も、魔族として、魔王の配下となる者たちが、その責任を持っていないなんて言わせるつもりはないけれど。」
当然だろう、とクラウンは言う。
「犠牲を考慮することと、犠牲を限りなく抑えようとすることは違うと思いますが。」
「犠牲を恐れるのと、犠牲を抑えようとするのは別のことだよ。」
エクレシアと、クラウンの考えは相容れない。
「魔族には魔族のやり方があるのは承知しています、ですが・・。」
「あの吸血鬼と戦うと言うのなら、私達も全面的に協力しますわぁ。」
彼女の言葉に被せるように、アリーチェ族長がそう言った。
「我々も、魔族としての誇りが有りますわ。
敵前からおめおめと逃げ出すのは、プライドが許しません。」
彼女に何か言いたそうにしたエクレシアを、俺は彼女の腕を掴んで止めた。
エクレシアは俺に向き直って口を開いたが、彼女が何か言う前に俺は首を横に振った。
そして、俺はクラウンに向き直って問うた。
「勿論、合流予定だった“権能部”の連中も同時に攻撃に当たるんだよな?」
「それは勿論だよ。僕だって消耗は避けたいからね。
元々、ハーレント子爵の目的もその吸血鬼とやらだろう?
それの援護を目的とする彼らを使わない理由が無いさ。」
「それだけ聞ければ十分だ。行こうぜ。仔細を詰めるのに俺たちは邪魔だろう。」
そう言って、俺はエクレシアとサイリスの両名の手を引っ張って、族長の屋敷から出た。
「・・・あれでいいのですか?」
「俺はクラウンを信じている。こういうことはあいつに任しておくのが一番だよ。
犠牲を減らしたいのなら、現場で俺たちが努力すればいい。
どのみち、この一件を大きくした吸血鬼には、落とし前を取らせないといけないからな。
それが少しばかり早まろうが、なにも構わないさ。」
だろう、と俺はサイリスに目を向けた。
「えッ・・・ええ・・。」
なぜか、サイリスは俺の言葉に驚いたように頷いた。
「・・・わかりました、そこまでいうのなら、私は何も言いません。
ただ、罪なき人々の盾となりましょう。」
エクレシアは、そう言って祈るように目を閉じた。
「・・・ゴメンな。」
「貴方は間違ってはいませんよ。
私も、どこかで折り合いを付けねばならない問題でしたから。」
エクレシアはそれだけを言うと、自分の仕事をこなしに歩いて行った。
「・・・サイリス?」
俺はふと、両手を胸に当てて俯いているサイリスの様子に気になった。
どうしたのか、と俺は尋ねようとしたが。
「ササカさん。野郎が目を覚ましたようです。」
「あ、わかった。すぐ行くよ。」
族長宅の一室で、魔剣の男を監視しているクラウンの部下の一人が中から出てきて声を掛けてきたのだ。
俺はすぐに中へと駆け込もうとしたが、
「サイリス、お前調子悪いのなら休んでても良いぞ。」
何だか彼女の様子がおかしいので、気を使ってみたのだが。
「ありがとう、大丈夫だから。」
「そうか、でもさっきは無理させちまったからな。
一応、大事を取って休んでおけよ。」
別に彼女は普段から戦闘要員ではないので、疲れたのかもしれない。
そう結論付けると、俺は中へと入って行った。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「お前だよな、俺を助けたのは。」
魔剣の男が拘束されている部屋の中に入るなり、奴はそう言った。
「・・・覚えているのか?」
「・・・・かろうじて、だがな。」
奴は俺の問いに、若干歯切れ悪く答えた。
「あんた、名前は?」
「それは魔術師名か、それとも本名を訊いているか?」
「えッ・・・あんた、魔術師なのか?」
全くの戦闘の素人かと思ったら、相手は魔術師だと言う。
「ああ。とは言っても、幾らでも代えの利く下級魔術師だがな。」
彼は自嘲するように笑ってそう言った。
まるで、自分の境遇すらも皮肉っているようだ。
「なら、本名を訊くわけにはいかないな。
俺はササカだ。若輩ながらあんたと同じ魔術師だ。」
「いいや違うね。魔術師には二種類いる。
才能のある魔術師か、そうでない魔術師だ。俺とお前が同じだって・・?
やめとけ、自分の価値が下がっちまうぜ。」
彼は自分を卑下するように言うと、少しだけ笑みを浮かべて名乗った。
「俺はガルドだ。上ではそう名乗ってた。」
「分かった。ガルドさん、あんた、魔剣に操られた時のこと覚えているか?」
「いいや、その辺は曖昧だね。
いつも通り仕事を受けて、気づいたらこんな状態だ。」
そう言って、ガルドは肩を竦めた。
・・・嘘は言っていなさそうである。
そも、魔術師と言う人種は嘘などと言う無意味なことは言わないらしい。
嘘は魂の価値を下げるとかなんとかで、理由はよく分からないが。
となると、有益な情報は無さそうである。
俺が肩を落とすと。
「それより、俺の処遇はどうなるんだ。
魔族や魔物の餌なんて御免だぜ。」
「それはこれから相談次第だけれど・・・。
それより、魔族の領域にほうりこまれたのに、冷静だな。」
「冷静じゃない魔術師なんざ、生き残れるわきゃねーだろう。
それに、魔族や魔物は飯の種だ。連中が問題を起こすから、俺たちは食いっぱぐれずに済むんだ。
それとも、お前は食糧にビビるのかよ?」
「そりゃそうだが・・・。」
何となくだが、彼が嘘を言っていないのは本当だと思う。
だけど、どうしてだろう。
頭の後ろが、ざわつくのだ。
違和感のような何かが付き纏うのだ。
俺はそれがなにか確かめたくて、何度も何度も会話を重ねて行った。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「サイリスちゃーん。」
「え、族長!?」
クラウンと会議を行っているアリーチェ族長がなんで、とも思ったが、単純にそれだけ時間が経過したのだと悟った。
「もおぅ、お姉さま、でしょう?
今日はお手柄だったわねぇ、お姉さん、同族として誇らしいわぁ。」
「それで、会議は終わったんですか。」
サイリスは彼女のペースに巻き込まれないようにそう言った。
「・・・・サイリスちゃん、元気無いの?」
だが、人生経験の差なのか、彼女は目敏くサイリスの異変に気付いたようだった。
「他の人には言えない事?
良かったら、お姉さんに話してみない?」
「族長・・・。」
後ろから抱き付かれて囁くように言われ、逃げ場を封じられたサイリスは渋々口を開いた。
「なんだか、自分が嫌になって・・・。」
「それはどうして?」
「それは・・・。」
サイリスは黙ろうとしたが、思い切って続けることにした。
「彼、・・・私が頼んだら、戦ってくれたんです。本気で。」
「それが? とってもいい事でしょう?」
「族長も気づいているくせに。
彼には自分が選んだ人がいるのに、私なんかの為に命を掛けて戦ったんです。
それはもしかしたら自惚れで、勘違いかもしれませんけど。」
サイリスは溜息と共に、自分の心情を吐露した。
「でも、他に命を掛けるべき人がいるのに、自分が焚きつけたせいで命を投げ出すなんて、間違ってるって・・・。」
「うふふふ、サイリスちゃんは本当に、まだまだ若いのねぇ。」
よしよし、とアリーチェ族長は彼女の頭を撫でながらそう言った。
「私達種族にとって、男なんて利用するモノ・・とまでは言わないわ。
そこまで達観できたら、きっと不幸だもの。
でも、彼らを頼らないと生きていけないのも事実。ホント、偉大なる初代魔王陛下はなんで我々をこのようにお創りなったのかって、時々私も思うわ。」
流石にあの方もそれは知らなかったし、と彼女は笑う。
「サイリスちゃんは怖いのよね。
あの子が、自分の所為で死んじゃうかもしれないのが。」
「・・・・・。」
「優しく育ってくれて、私は嬉しいわサイリスちゃん。
私にとって、同族はみんな家族みたいなものだもの。貴女にあの人を紹介して間違いはなかったみたいね。」
「師匠は、私に良くしてくれています。」
「貴女が抱いた感情は、大切な物よ。
ゆっくりと、自分の中で答えを探しなさい。見つからないかもだけど、それはきっと貴女の成長につながるから・・・。」
「はい。」
サイリスが頷くと、彼女は微笑んで腕を離した。
「さ、行きましょう。さっきは忙しかったから、皆にサイリスちゃんが帰ってきたお祝いが出来なかったわ。
これから戦いになるだろうし、いいお酒を開けるから一緒に飲みましょう。」
「ほ、ほどほどにお願いします・・・。」
そんなアリーチェ族長に連れられ、サイリスは仲間の下へと歩いて行った。
“権能部”の連中が到着したと言うのは、それから暫らく経ってからだ。
こんにちは、ベイカーベイカーです。
本日はあの日なので、なにかしようかと考えたのですが・・・一番上のあれを作ったせいか、力尽きました。
徹夜して書いたので、眠いです。
もう一度寝ようかな・・・。
それでは、また次回。




