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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
102/122

第八十二話 “夜の眷属”の統括者

スピンオフゲーム。

『魔族の掟』~黒野君の挑戦状~ver2.5 フリーで公開中。

詳しくは、活動報告にて。


公開してから十五回のバージョンアップってどういうことなの・・・orz

中には進行不能になるやつも幾つか・・・。全部修正済みです。

こんな私に修正報告に付き合ってくれた読者がたに感謝です。

すでにダウンロードしてくれた方は、お手数ですが最新版を上書きしてください。


なんというか、慣れないことはしないほうがいいですね・・。

自分はこうして小説書いているほうが性に合ってます、ええ本当に。




鬱蒼とした森林の奥の奥、平時でさえ太陽の光が届かないだろう奥深く。


しかし、決して目が慣れてもその闇を人が見通すことはできない。

それは人工的に、魔術的に作られた闇だった。


その周囲には、無数の死体が転がっている。


そのどれもが美しい容姿を持つ“夜の眷属”である。

不思議なことに、凄惨な死体ばかりだと言うのに、血は殆ど流れ出ていない。



その中で、ちゃぷちゃぷ、と異様な音が鳴り響く。

森林浴の音にしては、ぬめったような音であった。



「吸血鬼殿。」

そんな中に、エリーシュは悠々と足を踏み入れ、その闇の主に声を掛けた。


「魔女殿であるか。

ふむ、いったい何用じゃ。お互い、邪魔はせんようにすると取り決めただろう?」

その闇の主は、若々しい声なのにどこか重みのある口調でそう言った。



「ええ、その取り決めを反故にするつもりはありませんとも。

この度は、我が主の意向を伝えようと思いまして。」

「あの『悪魔』殿の、意向じゃと?」

どこか疑いを掛けるような、怪訝そうな声色で、闇の女は問う。



「意向と言うか、提案かしらね。

何でも、相手に優秀な魔術師が居て、貴方は攻めあぐねているのでしょう?」

そのエリーシュの言葉に、ギリッ、と何かを噛みしめるような音が鳴り響いた。



「指導者に相当なカリスマがあるのかは知らぬが、幾度も幾度も攻めても隙を見せぬ。

並外れた結束力と求心力じゃ。流石の妾も骨が折れる。」

「でしょうね。」

彼女の苦渋に満ちた声を、躊躇いなく肯定するエリーシュ。

その表情には、隠しようのない侮蔑が混じっていた。


「そちらも随分と煮え湯を飲まされているようだが?」

「あれが負けなら、貴女はどうなのかしら?」

生きた年数が違う。嫌味に嫌味で返され、彼女は鼻を鳴らした。



「それで、要件はなんじゃ?」

「ああ、忘れていたわ。

私をコケにした連中が、貴女の標的と合流しそうなのよ。

私の部下を貸すわ。それと一緒に敵を薙ぎ払いなさい。私たちは後方の厄介な連中を抑えるわ。」

「ふむ・・・戦力を貸してくれると言うのなら是非も無い。

こちらには決定力が無いのじゃから。だが、お主はそれでいいのかや?」

「そうね・・・私の分は残しておいて、とでも言えばいいかしら。

少なくとも、あの連中だけ生かしておいてくれればそれでいいわ。」

エリーシュは、ありったけの憎悪を込めてそう言った。



「ふむ、ではそれで。

他に用はないのかや?」

「無いわ、それじゃあ、後から私の部下を送るわ。

ふふふ、使いやすいやつだから、存分に戦わせてあげなさい。」

そう言って、エリーシュは消え去った。




「ふん、女狐め。何をたくらんでいるのやら・・・。」

闇の中で、女は一人呟く。



「まあいい、妾は自分のしたい事さえできれば、それでな・・・ふふふふふ・・。」

闇深い森林の中でいつまでも、ちゃぷちゃぷと言う音が鳴り響いていた。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「どうやら、ここらしいね。」

あれから何度か遭遇した死者どもを蹴散らし、クラウン率いる俺たちは夜に成りながらも目的地付近へと辿り着いた。

エルフの襲撃や死者の襲撃により予定より若干遅れたが、許容範囲内だろう。

サイリスの案内が無ければ、この程度では済まなかったに違いない。

この危険な森で夜を明かすほど、恐ろしいことはないだろう。


「クラウン様、前方に死者の群れが!!

同時に、救援対象の兵と交戦中であるようです!!」

そして低空飛行で偵察に行っていたガルーダの一人が戻ってきて、こちらに状況を伝えた。


それはすぐに、俺達の眼にも確認できた。

丸太で出来た柵に取り付いた死者たちが、門を破ろうと押し寄せている。


そこを守る魔族は木の枝の上や空中、高台などから魔術などで撃ちおろしている。

しかし、火力が低い。

元々直接的な戦闘を得意としない種族が多いのか、ぎりぎり拮抗しているだけで防戦一方だ。



「よし、蹴散らすよ。

所詮今までと同じ雑魚さ。総員、僕に続け!!」

「クラウン様に続け!!」

すぐさま、クラウンと隊長が号令を掛ける。

俺たちも慣れたもので、死者どもの掃討に加わった。


確かに魔族の死者たちはリミッターが外れているのか驚異的な怪力を誇るが、所詮は死人だ。

動きは単調で、組しやすい。

この程度で損害を被るのなら、それこそ恥だと言わんばかりに味方は奮闘している。


「死人相手に欲張るんじゃねーぞ!!

こんな雑兵相手に怪我したなんて不名誉を被りたくなかったら、慎重に戦えッ!!!」

隊長が絶え間なく檄を飛ばす。



「死人風情が、見苦しんだよッ、消えな、消えな、消えなッ!!」

クラウンの精霊魔術の猛攻により、次々に爆炎が燃え広がり、死者たちを炭へと変えていく。



「前から思っていたのですが、どうやら死者の動きが鈍いですね。」

「多分、彼女のお蔭だと思うわ。」

防壁などの魔術を展開して死者の進行を妨害しているエクレシアとクロム。


「がんばれー、みんなー、ふれーふれー!!」

クロムの視線の先には、背伸びして戦う魔族たちを応援しているミネルヴァが居た。


「死人は、条理にそぐわぬ存在よ。

精霊魔術の浄化は、神聖系の魔術にも劣らぬ効力を発揮するはずだわ。

そして彼女は無意識に“或るべき自然”の力場を形成している。

彼女の周囲では、悪霊や死霊は弱体化するでしょうね。」

「そう言えば、最近の霊障被害が減っていた理由は彼女でしたね。」

「まあ、あくまで自然にとっての“正しさ”なわけだけど。」

「それに口を出せるほど、人は傲慢ではないでしょう。」

「それもそうね!!」

彼女らの奮闘もあり、掃討戦も終盤に差し掛かり始めた。



「歯痒いわね、せめて生きている相手なら、私だって効果的に戦えるのに。」

「サイリス、分かってるなら頼むから下がってくれ!!」

俺は“銀の弓矢”を手当たり次第、敵が固まっている辺りに撃ちまくる。

相手の物量を十分に発揮させない様、俺や精霊魔術や弓矢で援護射撃を行う魔族が絶え間なく魔術を連発している!!


「物量が違うわ。後ろに行っても死人どもは取り囲もうと混戦に巻き込まれるだけ。

だったら、どこでも同じよ。

大丈夫よ、私だって自分の身を守ることぐらいできるもの。」

「ッ、怪我だけは勘弁してくれよ!!」

正直、サイリスが戦っている姿なんて想像できないが、どのみちやることは変わらない。



だが、異変はその時起こった。


「これはッ!!」

「死者どもが、逃げていくだと!?」

今まで愚直にただ突撃するしか能の無かった死人どもが、急に一目散に逃げ始めたのだ。


「死霊使いが近くにいるからでしょうね。

流石に全ては操るのは不可能でしょうけれど、一定範囲内の死人に同じ命令で動かすのも可能でしょうね。」

「私も同意見です。

そして一定範囲を細かくして、擬似的に戦術的な行動も可能になるはずです。

ここでは死者が相手と侮らない方が賢明でしょう。」

クロムとエクレシアが、それぞれの見地から意見を述べた。



「聞いたか、お前ら。

今度は四百年生きた吸血鬼殿と知恵比べが出来るらしいぞ!!」

「はッ、ようやく張り合いが出てきたな!!」

「死体を潰すだけのつまんねー戦いばかりだったからな!!」

こんな時でも、隊長は隊員たちの鼓舞を忘れない。

そして頼もしい魔族の仲間たちも、敵の脅威度が上がりむしろ士気は上がっている。


ようやく、魔族としての本領たる戦いが出来るのだと。



「強敵に喜びを感じるなんて、理解はできるけどあんまり共感は出来ないわね。」

「あいつらを黙らせたきゃでっかいドラゴンでも持ってこないとダメそうだな。」

呆れているクロムに、俺は頼もしい仲間たちを見て苦笑いだった。


「わたしね、わたしね、こーーーんな、おっきいドラゴンさんみたことあるんだよ!!」

それを聞いていたのかミネルヴァが、そのちっこい体で精一杯自己主張し始めた。


「はいはい、近場に竜が居るからもう見飽きたよ。」

「それは僕のことかい?」

焦げ臭さを漂わせるクラウンが、最前線からこちらに戻ってきた。

他にもワイバーンやらリンドドレイクやらなにやらで、もうドラゴンくらいじゃ驚かない自信があるぞ俺は。



「いや、流石にあのレベルは・・・。」

なぜかエクレシアが引き攣った笑みを浮かべている。

どうしたのだろうか。


「それより、早く使者を送りましょう。

向こうは私達が何者か知らないんだから!!」

その時、サイリスが声を荒げてそう言った。

逸る気持ちもあるのだろう。



「向こうの中心が夢魔だって言うのなら、その使者ってのに適任は君だよ。

知り合いだっていうのなら尚更だ。流石にこの状況では無いだろうけど、ウチの連中じゃあ夜盗だと思われる。」

クラウンのジョークに、隊の連中が爆笑した。

お互いの野蛮そうな容姿を指さし合い、笑い転げている。


「え、わ、私一人で!?」

普段の彼女なら呆れて溜息のひとつでも吐くだろうが、状況が状況で大役を任されるとなると、冷静ではいられないようだ。



「あそう。君が嫌なら、ササカが行ってよ。

連中も人間の男が相手なら大歓迎だろう。」

「お前な、そう言う下世話な話は止めろよな。」

後ろから視線を感じるんだよ!!


「あら、名案じゃない。

貴方も彼女と一緒に行けばいいじゃない。」

「ちょ、クロムまで茶化すなよ。」

嫌らしく笑って言うクロムを睨んだが、彼女はどこ吹く風である。



「私が行くわけには行きませんからね。

ええ、どうぞ行ってらっしゃい。」

エクレシアは笑顔である。それはもう、圧力を感じるような笑顔だ。

とは言え、彼女のような神官が魔族とは言え悪魔の巣窟のような場所に使者として行くわけにも行くまい。


「勘弁してくれよ・・・・。」

俺は断ってくれ、と祈るような目でサイリスを見た。



「ごめん・・・私、あの人苦手なの・・。」

サイリスの方も涙目になっていた。

俺は諦めたように肩を落とした。



「わたしもついてってあげようか?」

すると、ミネルヴァが俺とサイリスの服の裾を引っ張ってそう言った。

多分、こいつがここにいる隊の連中も含めて一番勇敢に違いない。



「君が行ったら舐められるよ。ダメダメ。」

クラウンはもう、半分笑ってやがる。

・・・この野郎、後で覚えておけよ。



「・・・・行こうぜ、サイリス。」

「・・・ええ。」

俺達はそうして、どういうわけか陰鬱な気分のまま門前へと赴いたのだった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




門の中は、村と言うより町と言う規模の大きさだった。

一直線に歩いただけで、難民らしき多くの種族が何百人も確認できた。

それにしても、数が多すぎるような気がした。


道中でサイリスに聞いたのだが、どうやら“夜の眷属”は“獣の眷属”と違ってある程度は他種族間で共同して暮らしていたりするのだと言う。

少なくとも、彼女の知るこの場所は。


何でも、少し前に吸血鬼の親玉に代わる強力な指導者が現れた結果だと言う。



「サイリスちゅわーん、大きくなったわねぇん!!」

俺達が通された先に待っていたのは、一際大きなログハウスだ。


案内の魔族が両開きのドアを開けると、いきなりサイリスに抱きつく人影が有った。



「むがッ、もごごごっごご!!」

「貴女が来てくれるなんて、お姉さんかんげきだわー。」

その人物は、一目でサイリスと同族と分かる容姿をしていた。

蝙蝠のような翼と、二本の頭のツノ、周囲にまで漂ってくる妖艶で甘い臭気。

そして何より、過剰なまでの際どい衣装である。目に毒だ。


まだ少女らしい幼さが残るサイリスと比べて、肉付きや背丈までもが全然違う。

近くにいるだけで甘ったるい雰囲気に酔いそうである。

彼女なら、好みではない人間でも見蕩れてしまうだろう。もはや理屈ではないのだ。


そんな、人間には出せない、魔性の“色気”を持っていた。

彼女に言い寄られて堕落しない男は居ないに違いない。


なるほど、彼女は確かに、“悪魔”である。



そんな彼女に抱きしめられ、顔面を豊満な胸元に押し付けられれば、俺だったら一発でノックアウトする自信がある。




「ぞ、ぞくちょう、や、やめ、くるし、くるしい・・・。」

「あらぁん、ごめんなさいね。」

サイリスに乞われて、ようやく族長と呼ばれた夢魔が彼女を腕の中から放した。


「でも族長なんて堅苦しい言い方しないでって言ったじゃない。

アリーチェお姉さまって、呼んでねッ。」

語尾にハートでも付いていそうな、口調まで甘ったるいものだった。

その仕草仕草の一つ一つが男殺しである。


俺は思わず目を逸らした。

胸元のエクレシアのロザリオを手にぎゅっと握りしめた。



「お姉さまって、族長ってもう結構いい年・・・ひぐッ」

「ねぇ、サイリスちゃん。

女の子にはね、言ってはいけない禁断の一言があるものなのよ。」

俺は目を逸らしてそのやり取りを見ていなかったが、一瞬寒気が走ったのは気のせいであってほしかった。



「なあ、サイリス、そろそろ本題にしないか?」

俺は彼女に助け船を出すことにした。

何となく、俺は彼女が苦手だと言うサイリスの理由が分かった気がした。


性格や言動もあるだろうが、なんというか、彼女は女性として完成され過ぎている。

そんな彼女と比べれば、気後れするのも分からなくはない。



「あらぁ、こちらの人間のお兄さんは連れないのねぇ。」

「彼女持ちなんで勘弁してください。」

「馬鹿ッ・・。」

すると、サイリスが頭を抱えた。


「あーら、私達一族はね、そう言う男を女から奪い取ることが至上の喜びなのよ?」

そんなことを言って、アリーチェ族長は俺に枝垂れかかってきた。


「ぁぅ!?」

彼女に触れられた場所が、電撃のような快楽で染まる。

もう、抵抗できなかった。こんなの反則である。


俺は嫌々と首を横に振った。

だが、彼女はくすりと妖艶に笑うと、艶めかしく舌を舐めずりした。


ぷっくりとした唇が、こちらに近づいてくる。

視線で必死にサイリスに助けを求めると、彼女は溜息を吐いてこういった。



「アリーチェお姉さま、その人は私の・・・。」

「あら、そうなの。それじゃあ、ダメね。

まだまだ若いと思ったけれど、意外にやるのね、サイリスちゃんッ☆」

サイリスがそう言うと、アリーチェ族長はあっさりと俺から体を離した。

俺はと言うと、全身から脂汗がだらだらである。

サイリスも疲れたような表情をしている。彼女にはまた借りが出来た。




「人間の男の子なんて久しぶりだったんだけどなぁ・・・。」

「勘弁してくださいよ・・・。」

「本当です、冗談でも状況を考えてください。」

「ごめんってば。私たちの性なんだからしょうがないじゃない。」

ひらひらと笑って受け流して、アリーチェ族長は食えない態度を貫く。


この人物が本当に多くの“夜の眷属”に頼られるという、人物なのだろうか。


ようやく、俺達は座席に座って彼女と対面することが出来た。



「救援に来てくれたのは、素直に感謝するわぁ。

魔王候補たるフウセン閣下と、ケーニッヒドラッヘン閣下には幾ら感謝の念を述べても足りません。」

そう言って、アリーチェ族長は深々と頭を下げた。


「さっそく、私達の状況だけれど。」

「族長、私たちはあくまで使者だから、状況や脱出に関してはうちの連中が来てからにしてください。」

「ああん、もう、アリーチェお姉ちゃん、だってばぁ。

・・・まあ、今はしょうがないかぁ。」

一応、彼女にも場を弁えるという事が出来るらしい。



「戦術とかに関して、脱出の計画などは俺たちに言われても分からないからな。

それはクラウンとか隊長、頭のいいクロムとかの仕事だ。」

細々とした戦術とかは、やっぱり俺より生まれながら司令官の適性のあるクラウンや、神経質の嫌いがある隊長とかの方が向いている。


「そうね、無法は働かせないと約束するから、彼らを入れても良いかしら?」

「ええ、それは構わないわ。

こっちも戦力になる子が少なくて、困っていたもの。」

アリーチェ族長はその美貌を顰めて頷いた。


「正確には、死人に対して効果があるのが少ない、ですよね。」

「まあ、流石に死んでる相手は誘惑できないものね。うふふふ。」

「そんなの笑えないですよ・・。」

同胞が、同じ生活圏で暮らしていた仲間が山ほどやられていると言うのに、彼女は飄々とした態度を崩さない。

そしたら、彼女は俺に胡乱げな眼差しを向けた。



「死者を労われるのは、素直に人間の美徳だと思うわぁ。

勿論、魔族だから死人なんて全部踏み越えるものだ、ってわけではないの。

だけれどね、それは全部終わった後。敵を殺し尽くした後なのよ。」

俺は、その瞳の中に、紛れもない憎悪が宿っているのが見て取れた。


「同胞を、仲間たちを、あの御方が作ったこの場所を穢した報いは、百や千の死では足らない。

必ず、必ず、後悔させながら、虚無の彼方へと送るのよ。」

俺はなんというか時々“夜の眷属”は魔族っぽくないな、と思う時がある。

そもそも“獣の眷属”とは得意分野が違うのだから当たり前なのだが。


だからこそ、俺はこの時再認識した。

彼女が正真正銘、戦いを是とする魔族なのであることを。



「じゃあ、皆を呼んでくるよ。」

「ええ、私もみんなに貴方たちの歓待をするように言わなくちゃね。」

俺がそう言って席を立った時、彼女の瞳の奥にあった影は消えていた。


俺は自然と、サイリスと目を合わせていた。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「休憩の時間になった連中は、まあ、好きにするといいさ。」

クラウンの一言で、引き連れてきた部下たちから歓声が上がったのは言うまでもない。


魔族にも好みはいろいろあれど、夢魔を初めとした美女揃いの魔族に歓迎を受けるのを拒むものは少ないだろう。

限りなく非生産的な行為であるが、それで部隊の士気が上がり、ストレスの発散になるのなら問題はないようだ。

ここで無理に抑えつけた方が、兵隊は暴走しやすくなるとも言うし。


とは言え、俺の横にはエクレシアが笑みを浮かべて佇んでいるので、彼女らの大人のサービスを受けることは不可能だろう。

いや、別に受けるつもりはないけどさ!!・・・ないけどさ・・。


そう、それは今、問題ではない。

今俺に降りかかっている災難は・・・。



「みんなー、この子はサイリスちゃんのいい人らしいから、手を出しちゃだめよー。」

と言う、アリーチェ族長の一言で、彼女の同胞の夢魔たちは、はーい、と一斉に声を揃えて頷いたのだ。

どうやら、夢魔の間には同族の間で獲物の横取りはしないと言う盟約だか掟だかがあるようであった。


さっきはサイリスの機転に救われたが、今度はそれによって首を絞められることになったのである。



「だから、そういうことがあってだな・・。」

「へー、そうなのですかー。」

一応そう言うことが有ったのだと説明したが、限りなく棒読みで平坦な口調で返された。

それも、すごくいい笑顔で。まさしく聖女の如く。


その言い訳する俺の姿を見てた夢魔が、二股とかやるわね、とか言っているが無視する。

もう一人の当事者であるサイリスは、勿論とっくにこの場から逃げている。



「私はこれから負傷者の救護を行いますが、ササカさんは好きになさって構いませんよ。ええ。

あ、あと、これミルクです。喉が渇いたら飲んでも構いませんよ。」

「あ、ああ・・・ありがとう。」

俺は内心、心臓が押しつぶされそうな気分になりながら、ミルクの入った水筒を受け取った。

この場合、ミルクがどういう意味を持つか、分からぬほど俺はアホではない。



「ねぇねぇ、ミルクを枕元に置いておくと、サキュバス避けになるって本当なのかしら?」

「あはははは、そんな間抜け居るわけないじゃない。」

「ねー。あれを精液と勘違いするとか、私らそこまで馬鹿じゃないもの。」

後ろの方でクロムが夢魔たちと談笑しているが、俺は聞こえなかった。聞こえなかったぞ!!





結局、気が重いまま俺は一人暗い街の中を歩く羽目になったのだが・・・。


「・・・あの時はああするしかなかったとはいえ、悪かったわよ。ほら、元気出しなさいよ。」

相当、俺が気の毒に見えたのか、サイリスが俺を慰めてくれていた。


「やめてくれ、今お前が近くにいると、またエクレシアに誤解される・・・。」

「実はちょっと楽しんでたり・・・。」

「やっぱりお前も夢魔なんだな!!」

もう俺は色々と諦めることにした。

どうせ、この土地に居る間だけであるし。


俺達は並んで当ても無く町中を歩いた。



「町の人たち、随分減ったわね。」

俺は、思わずサイリスの表情を窺った。


無数の難民が点在しているが、以前の様子を知っているサイリスは分かるのだろう。

同族が、かつて一緒の空気を吸って暮らしていた同胞たちが、大きく数を減らしていることに。


そうしているうちに、難民たちも沢山テントを張っている広場に辿り着いた。



「そういや、この像がお前の言っていた強力な指導者なのか?」

俺は広場の中央に置かれた、顔の無いローブを纏った白亜の像を見上げた。



「ええ、私は言い伝えでしか聞いたことのないけれど。

なんでも、魔族がこっちの世界に来るよりも遥か昔、魔王陛下の力も届かない僻地に追いやられた“夜の眷属”を守っていたんだって。」

「へー、そんなすごい魔族が居たのか。」

「ええ、諸説あるけど、リリトゥ族だっていうのが有力らしいわね。

何百年か前に、何千年の時を経て、リリトゥ族に再び生まれ変わって誕生したっていうし。」

「輪廻転生か。魔族にもそんなことが出来る奴が居るのか・・・。

それとも特別な魔族なのか・・・。でも、なんで顔が無いんだ?」

俺はふと疑問に思ってそういった。

魔王を信奉する魔族が、神の様に一人の魔族を奉るなんて無いとは思うが。


「それは、族長が言っていたんだけれど。

曰く、あの方の美しさを、我々の手で表現することはできない。

だって、さ。私と同じくらいの時に、族長は出会ったらしくてさ、心酔しちゃって、弟子入りまでして、この御方が地上を去る時、ここを任されたそうよ。」

「地上から去った? どうしてなんだ?」

「よくは分からないけど、族長は月に還ったって言っていたわ。

もしかしたら概念的な物なのかもしれないわね。」

「ああ、所謂、神になるって奴か?

師匠曰く、全魔術師の夢だっていう・・。」

「流石にそこまでは無いと思うわ。

だってそれは、あの『黒の君』と同じ領域まで至ったってことだもの。

そんな力を持つ魔族なら、私達はこんな狭いところに居やしないでしょう?」

「それもそうだなぁ・・・。」

実際に見てきた人物が居るといのに、多分に虚実が混合している謎の人物のようだ。


像には、名前も記載されていない。

ただ、“最も偉大なる月と夜の眷属”、とだけ刻まれている。



お隣に同じように、最も偉大なる、と称される吸血鬼が居るのに、それと同格・・・。

いや、月と夜の、とまで含めれば、そちらより格上に記されているのだろう。

その時代はあの『マスターロード』も台頭していたはずなのに、凄まじい求心力だ。

かなりの傑物だったのだろう、と俺は思った。



「そんな人の弟子だったアリーチェ族長も、やっぱりただモノじゃないんだな。

でも、そんな人がなんでこんな苦戦して、救援まで求めないほど追いつめられてるんだ・・・。」

「ええ、あの人は一族でも、いいえ、この周囲の魔族含めても突出した力を持っているわ。

でも、この御方から魔術の奥義は授からなかったらしいのよ。

何でも、この御方が月に還るのは急なことで、その奥義の深淵を会得するまでには至らなかったとか。」

まあ、世の中そう上手くはいかないようだ。



「なんだか、かぐや姫みたいな話だな・・・。」

「何それ? どんな話?」

「ああ、俺の居た国で最も古い話にな・・。」

と、そんな感じでかぐや姫の簡単な概要を教えていると。




――――ずがんッ、と門の方が大きく揺れた。





「な、なにが起こったんだ!!」

「門が、門が破られたぞーー!!」

「アンデッドどもが、押し寄せてきやがった!!」

「見張りの連中は何してたんだ!!」

周囲は、瞬く間にパニック状態になった。



「マズイな、これはどうするべきか・・・。」

町に受け入れてもらったらすぐにこの急展開、油断したところを狙ったのだと、俺は思った。

そしてこの妙なフットワークの軽さ。


俺は何だか、ここ数日ですっかり因縁となってしまったある魔女の顔が思い浮かんだ。


「サイリス、俺は門の方へ行く。

お前はエクレシアを拾ってこっちに来てくれ、できればクロムも!!」

クロムの方は、会議に向かうだろうから望み薄だが。


「ええッ、まさか、事態の根源に向かうの!?」

「この混乱を治めるには、発生源を潰すのに限るだろ!!」

「自惚れないで!! この手際の良さ、あのアンデッドだけの筈がないわ!!

きっとあの魔女よ!! あなた一人であの女を止められると思わないで!!」

先を急ぎ過ぎた俺に、サイリスがいつに無く真剣な眼差しでそう言った。


「使い古された言葉だけど、無謀と勇気は違うわ。

解決が早ければ速いほど良いのは分かる。でも、それで犠牲を許容して、良い訳がないじゃない。」

そして、俺を引き留めるために掴んだ彼女の腕は、体は、子供の様に頼りなく、小さく見えた。



「もう、同胞や仲間が犠牲になるは、嫌なのよ・・・。」

俺は、その万感を込めた言葉に、どう言えばいいのか分からなかった。


だが、俺の言うべきことは決まっていた。



「安心しろ、俺もお前の同胞や仲間を殺した奴を、八つ裂きにしたくてうずうずしてんだ。

それをするまで、死ぬつもりはないさ。」

これが、俺だ。


こうするのが俺だ。






俺の与り知らぬどこかで、『悪魔』がそれでこそ君だ、と笑った。

乞われれば、戦おう。

願われれば、立ち向かおう。


その後に、偉業は必要ない。

そんなものは結果に過ぎないのだから。


英雄とは、常に過程である。

何も創らず、何も遺さず、災厄の輪廻の中心で、延々と回り続ける者である。






「だったら、私も行くわ。

あの御節介と野次馬魂の塊が、駆けつけないはずがないモノ。」

サイリスの決意は固かった。


「・・・・分かった。サイリス、お前が居れば心強いよ。」

「何言ってるのよ、貴方がいつも誰かが居ないとダメじゃない。」

彼女を勇気づけようと思ったが、呆れられてしまった。



「・・・ああ、そうだな。頼むよ、俺一人じゃ無理だ。」

だから俺は、気恥ずかしくなってはにかむようにしてそう言った。



「私の魔術が、死人相手にどこまで通用するか分からないけれど・・。」

「一人より、ずっとマシさ。」

そして、俺達は騒ぎの原因へ向かって駆け出した。


逃げ惑う難民の波を掻き分け、門に辿り着くと。




「くっはははははははははは!!!」

聞こえたのは、哄笑だった。


「魔族ってのはこんな雑魚ばっかりなのかよ!!

ぎゃははははは!! 死ね、死ね!! 雑魚は死んじまえよ!!」

そして、その声の発生源は、一人の人間だった。


「なッ、人間!?」

まさかこんな所で人間が出てくるなんて思わなかった。

いや、あの魔女ならそれぐらい普通に出してきそうだから別に不思議ではないか。


その人間の男は、見た目は三十代前半の西洋人だった。

俺に人種までは分からないが、その男が持つ漆黒の魔剣は普通ではない。


彼はびっしりと不思議な紋様が刻まれた大剣を手にしている。

淡く瑠璃色に輝くそれは、まさしく魔剣である。



そして、奴に勇敢に立ち向かっていく魔族を、片っ端から撫で斬りにしていく。

魔族を軽々と圧倒するなんて、あの魔剣、尋常じゃない。




「魔剣“ストームブリンガー”。」

ふと、丸太の防壁の上から、そんな声が聞こえた。


「かなり最近の魔剣だけれど、聞いたことはないかしら?」

「“砂漠の魔女”ッ!!」

「あはははははは!!」

俺達が奴を見咎めると、彼女はけらけらと笑った。



「どんな素人だろうと、あの魔剣に掛かればあの通りよ。

精神を侵食し、肉体の制御を奪い、魔獣の如き戦闘狂へと変えるのよ。

私のマスターの、コレクションの一つね。」

「てめぇ、どこまで悪趣味なんだ!!」

「彼はこの『本部』から捕まえてきた男よ。

早く魔剣から解き放たないと、永遠に狂ったままになるかもね。」

「こんのッ!!」

「じゃあね。」

俺の放った“銀の弓矢”が直撃する寸前で、奴は砂の塊になり、地面に落下して消え去った。



「くそッ、あの魔女が!!」

「生身なら何とかなるかもしれない・・ッ、とにかく、彼を止めるわよ!!」

「ああッ!!!」

俺は魔剣を構え、暴れまわる男の前へ立ちはだかった。



「次はてめぇか、死ねや!!」

「これ以上、魔剣の所為であんたに殺させるか!!」

俺と奴の魔剣が激突し、火花が散る。



それが、この男との最初の戦いだった。











こんにちは、ベイカーベイカーです。

ようやく本業の小説書きに戻ってまいりました。

やっと本編が進みますね。この章ではヒロインはサイリスです。

今まで影薄くてごめんよー。ゲームやってくれた方はわかるでしょうが彼女、使うと意外にもかなり強いです。

ゲーム補正もありますが、強い相手にはとことん強いです。

そんなわけで、次回は彼女の活躍にご期待ください!!

それでは、以上。


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