プロローグ
「お前なんか死んじまえ!!!」
そう罵倒されるような人生を歩んできた。
後悔はしていないか、と問われれば、後悔はしていない。
なぜなら、俺はあいつらが大嫌いだからだ。
親も、兄弟も、自分を嘲笑うクラスメイト達も、この世の人間全てが大嫌いだからだ。
学校にも通わなくなってもう久しい。
親の暴力ももうこりごりだった。
俺は家を出て、東京の繁華街を歩く。
人ごみの中に流されるように、俺は歩く。
「本日、警視庁は昨日自宅にて殺害された辻本氏の息子である、現在行方不明である辻本命を重要参考人として指名手配することを決定しました。」
ビルに設置されている巨大なモニターには俺の顔が映っている。
そうだ、嫌に現実味がないと思ったけど、俺、人を殺しちゃったんだ。
しかも実の親である。
今自分は歩いているのではなく、逃げているのだ。
逃げている・・・・?
何から?
現実からは逃れられないではないか。
未だに包丁を父親に突き刺したときの感触が忘れられない。
そう、これは現実なのだ。
決して逃れることは出来ない。
だが、分かっていても、『それでも』に頼るのが人間だ。
俺もそんなつまらない人間の一人だった。
俺は、更に逃げた。
逃げて逃げて逃げ延びるために、更に逃げた。
警察から、世間から、人の目から、人間そのものから。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
いったい、どれくらい逃げ回っただろうか・・・。
少なくとも一週間は逃げ回ったはずだ。
僕はすぐに発見され、すぐさま追い回された。
逃げた。ひたすら逃げた。
最近はまともに眠ることも出来なくなった。
食事も二日前から何も食べていない気がする。
頭がくらくらしてきた。
今日の寝床は東京湾の倉庫が立ち並ぶ場所。
たまたま誰も利用していないところに入り込んで、夜の寒さを凌ぐ。
死にたくなるほど惨めだった。
しかし、ふと思う。俺など生きてどうするのだと。
そんな自嘲に薄笑いを浮かべていると、なにやら話し声が聞こえてきた。
複数の人間の気配・・・・追っ手か!?
そう思って倉庫の隙間から覗き見るに、どうやらそれは違うようだった。
ある意味、警察より厄介かもしれない連中だった。
「(裏取引・・・!?)」
いかにもマフィアって感じにスーツを着こなした男達が、俺には分からない国の言葉で話をしていた。
取引相手は見えなかったが、直感的にヤバイと俺は感じた。
俺は急いでその場を離れようと、その場から立ち去るため立ち上がった。
が、それは出来なかった。
「何をしている。」
どこか日本語とは違う言語なのに、確かにそう言われた。
背筋が凍るなんて体験、後先これだけであると願う暇もなかった。
俺は即座に引きずり出された。
殺気立つっていうのがこういう自分が殺されるなんて状況に陥って初めて理解できた。
スーツの男達が拳銃を構えて、俺に銃口を向けたのがうつぶせにされた状況でも分かった。
どうでもいいことになるかもしれないが、この連中の取引相手は俺を引きずり出したこの男らしい。
妙に古めかしい様相のローブで顔まで隠して素顔は見えないが、たった一人でこの物騒な連中と相対している。他に仲間は居ないようだ。
それにしても、さっきこいつはこの連中と話していたのにいつの間に俺の背後に回りこんだのだろうか。
かちゃ、と銃口が俺に向けられる。
本当にどうでもいいことを考えてしまった。
走馬灯になるような思い出なんてない。
何で俺がこんな目に遭わないといけないのか。
やっぱり、人間なんて大嫌いだ。
もう、人間の居ないどこかにいってしまいたかった。
そうして、俺はギロチンを落とされる死刑囚のような気分でただ恐れるしかなかった。
だが、その直後、マフィアの仲間らしき男が怒鳴りながら倉庫の中に入ってきた。
なにやら焦っているらしい。
それを聞いて取引相手の男は舌打ちしたのが聞こえた。
そして、ドガン!! と、爆音が聞こえた。
何が起こったのか、分からずに居る俺のすぐ近くでも爆音が聞こえた。
スタングレネードか何かかもしれないが、そんなものが投げられた音はしなかった。
何より、それには衝撃が伴った。
俺は勿論、周囲のマフィアみたいな奴らも成す術無くなぎ倒された。
「いたッ・・・・・なにが・・・」
どうにかして目を開けて何が起こったか確認しようとすると、ごろん、と俺の横に小箱が転がっていた。
それは連中が取引しようとしていたものなのだろう、連中の持っていた木箱が倒れて中の緩衝材が零れ落ちている。
「なんだ、これ・・・」
それは一見してただの小箱だった。
だが、不思議な魅力があって俺は思わずそれを手に取ってしまった。
蓋も無い手に収まる程度の大きさ、奇妙な文様が刻まれており、どういうものなのかも分からない。
こんな状況なのに俺はこの木箱に魅入られたように眺めていると、だっだっだ、と十人以上の足音が聞こえてきた。
その足音の正体はすぐに判明した。
いつの時代だと思わず言いたくなるような、板金鎧・・・フルプレートのアーマーに身を包んだ一団だった。
そいつらは両手に物々しい鈍器と思われる鉄棍を持っていた。
まさに時代錯誤の騎士といった風体だった。
マフィア達は咄嗟に拳銃で応戦するが、その重厚な鎧は拳銃弾など弾き返し、頭から思いっきり鉄棍で殴られて叩き伏せられた。
瞬く間にマフィアはそんな鎧の一団に制圧されていく。
そして、その中の一人と思わしき女性用の鎧を着た者が、血の塗れた剣を携え俺に近づいてきた。
「く、来るなぁ!!!」
思わず俺は、その剣で真っ二つに斬られる自分を想像してしまった。
そう思ったのは連中が板金鎧だけでなく、頭にも鋼鉄のヘルムを被っていて表情が見えないのも一因だ。
殺される、と思ったのだ。
その時である。
「―――ッ!?」
手にしていた小箱が、淡く青っぽい色に輝いたのである。
驚いたように鎧姿の騎士は俺に手を伸ばした。
しかし、それは届かない。
そして、――――――――――――俺の意識は消失した。