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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

3分間の積み重ね

作者: はーみっと

とある企画にて選考から落っこちたもの。拙いですが、よかったらどうぞ。

――私は人間が嫌いだ――


 コンコン、というドアのノック音で意識が覚醒する。既に日は高く登っているようだが、この仕事に就いてから遮光カーテンを二重にしているため光はあまり入ってこない。時期が秋だということも幸いするのか、曇天が多く光もそう強くない。私にとってはありがたいことだ。

 朦朧としているはずの意識が頭痛で強制的に覚醒させられた。昨日もまた飲み過ぎて二日酔いだ。これでいったい何日連続の夜会だろうか。大使の仕事とはどうやら飲んで踊ってくだらない雑談に時間を費やすだけの仕事のようだ。踊れもせず話術にも長けず、剣技のみしか鍛えてこなかった私には拷問以外の何物でもない。これなら祖国に戻って女だてらに将軍職をしていた方が1000倍ましというものだ。


 コンコン、と再び規則正しいノック音が響く。


「チ・・・少し待て」


 頭痛を堪えて起き上がる。昨日夜会から帰ってドレスを脱ぎ、そのままベッドに突っ伏した。そのためあられもない恰好を女同士とはいえさすがに侍従には曝したくないため、とりあえず地面に脱ぎ散らかしたままのガウンを羽織り、自慢のブロンドを簡単に整えると女官達を部屋に招き入れる。

 ほどなくして入って来る女官達。全員がねじ巻き人形のように同じ動きで同じ礼をすると、地面に散らかったドレスの片づけ、朝の風呂の支度、今日着る服の準備、朝食の用意へと散っていく。私はその間に侍従長であるフラニーに今日の予定を確認する。


「フラニー、今日の予定を」

「はい。ただいま朝10時の鐘が鳴ったばかりでございます。また今日は7カ国大使の集いであるお茶会がございますので、朝食はブランチとさせていただきました。また夕刻6時よりマルドレ公国大使の主催で夜会がございます」

「また夜会か・・・これで何日連続だ?」

「6日でございますが、明々後日まで予定がありますゆえ、9日連続になるかと」

「そうか、聞いた私が悪かった・・・頭痛がひどくなりそうだ」

「心中お察しいたします、エネロード様」

「フン・・・」


 フラニーの機械的な慰み文句を聞くと、余計に心労がたまりそうだ。


 私の名前はエネロード=パルス=ド=グラムセル。御大層な名前が示す通り、グラムセル王国第三皇女かつ、和平親善大使という身分にある。といっても私は妾腹なため、王位継承権は34番目という飾りだけの存在だ。実際生まれてから皇族としての扱いなど大して受けても来なかった。要は国にとっては味噌っかすの皇女だ。

 だがその味噌っかすにも意地はある。私は一人でも生きていけるように強くなろうとした。王位継承権が低いということもあってか比較的自由な行動を容認された私は幼少より鍛錬・勉学を重ね、軍人として15の時には軍の一隊を率いる立場にあった。


 最初はじゃじゃ馬皇女のワガママよ、との評価も、私が戦場に置いて凄まじいまでの功績を上げるにつれ私を見る目は変わり、遂には弱冠20にして将軍職にまで上り詰めた。私が鍛え上げた虎の子の親衛隊8000人は、近隣一帯で最強の軍隊として恐れられている。そのため味方からは「常勝将軍」、敵からは「金の虐殺姫」と呼ばれるようになった。にもかかわらず私の立場は改善されなかった。心を友せる友もおらず、恋人などもってのほかだ。挙句に冷血女と部下からも恐れられる始末。元々人間嫌いな私にはどうでもいいことだが。べたべたされる方が余程面倒だろう。


 だが23になったとき、突然父である国王から親善大使として中立地帯であるフィンドに大使として赴くように命令された。私のみならず軍部からも不満の声が集中したが、王命とあればいたしかたない。確かにこれ以上猛将として名を馳せれば、誰も嫁になどもらってはくれまい。所詮妾腹の皇女など、他国への政略結婚の材料程度としか考えていないのか。私の唯一の自由まで奪うとは・・・憤懣やるかたこの上ない。


 なおフィンドという都市は中立地帯であり、各国それなりに身分の高い大使を送って来ている。戦争が絶えないこの大陸に置いてようやく各国が見出した和平地帯であると同時に、謀略飛び交う剣を持たない戦場と言ったところか。この土地で各国の大使が肚の探り合いをし、情報交換や外交戦略を練っている。その一環として婚姻などもあるが、もっと汚いかどわかしや、ひどければ暗殺も横行する場所だ。こんなところに大した護衛も無く皇女を送り出すなどどうかしている。いよいよ私は国に捨てられたのか。いいさ、祖国がそのつもりなら、いずれ私が滅ぼしてやろう。私を人間扱いしない国など必要ない。私は暗い妄想に心を委ね始めていた。


 だが大使の仕事について何より面倒くさかったのは、私は他人から見れば相当な美女らしいということだった。輝くような腰まで流れる金髪に、白い肌、豊満な胸、くびれた腰、トップの高い尻。「黄金の美姫」「傾国の美女」「輝く皇女将軍」など夜会で毎晩散々褒めちぎられたが煩わしいだけだった。見た目の美しさに何の価値があるのか、だから人間というものは・・・

 もっとも他国の要人を暗殺団が襲った時に、たまたま居合わせた私が8人まとめて切り捨ててからは多少回りも静かになった。父王の思惑は見事に外れたな、ざまあない。私は誰とも恋愛も結婚もしてやるものか。見合いをさせられても、夫になった奴などこの剣で叩きのめしてやる。


 だが私も個人的な感情で国元からの命令に無碍に背くわけにもいかず、こうして日々夜会に精を出している。といっても踊れもしない私は適当に飲み食いして、各国の情報を引き出すくらいだ。まあいずれ奴らを攻め滅ぼす時に役に立つだろう。

 そして今日も酒と無用なおしゃべりのせいで寝起きが最悪な私は、簡単に湯浴みを済ませると、お茶会まで鍛錬でもして過ごせるように騎士用の軽装に着替え、朝食を取る。そして女官を下がらせると、入れ替わりに私の髪を結い上げる小姓が入ってくる。


 この小姓は男、といってもまだ少年のような風体だが、私は中々気に入っている。もう雇ってから二カ月にはなるだろうが、何せ私の髪を結いあげる3分間、一言も口を聞かない。おかげで名前も知らないが、実に静かで良い心地だ。

 ちなみに湯浴みを終えたばかりの私は、着替えたと言っても下着に一枚羽織っただけだ。並の男が見たら鼻血を出して卒倒するのだろう。実際に以前私の髪を結う役目だった高名な理容師とやらは、私のこの姿に欲情したのか不埒な真似をしようとしたため、その場で叩き斬ってやった。もちろん命を奪うような真似はせず、せいぜい腕を一本落として二度と理容師ができなくしただけだ。私は慈悲深いからな。


 それに比べこの小姓は目線を含め、無駄な動きを一切しない。私の髪は腰近くにまで及ぶ長さのため手入れも大変なはずだが、芸術的ともいえる動作で鮮やかに結い上げる。その時間日々きっかり3分。しかも毎日違う形に整え多少動いても崩れず、そのバリエーション・芸術性は夜会で評判になるほどだ。容姿に興味のない私ですら少々誇らしくもあり、内心今日はどのような髪形になるだろうかと楽しみにしていた。


 そうそう、一度この少年をからかってやろうとわざと下着姿で迎え入れたのだが、最初に少し顔を赤らめて俯いただけで、髪を結い始めてからはもはやその様子は微塵も感じられなかった。これこそプロの仕事だろう。それからは私もこの少年に対して敬意を払うようにしている。軍人以外で男に敬意を払ったのはこの少年が初めてかもしれない。


 だが、今日は少年の手つきが少しおかしい。鏡越しにその姿を確認すると顔や腕が赤く腫れており、明らかに誰かの折檻を受けた後だった。

 互いに口を聞かないはずの暗黙の了解を、私は自ら破ってしまった。


「おい、どうした?」

「・・・」

「答えろ、誰にやられた?」

「・・・」

「かばっているのか、それとも告げ口による報復が恐ろしいか? だがその心配は不要だ、私が貴様を守ってやる」


 それでも少年は答えない。


「貴様・・・私が答えろと言っているのだぞ!? なぜ答えん!」


 私はくるりと振り向き、少年の胸倉をつかんで揺さぶった。だが少年は少し怯えて首を横に振るだけ。そして口を指さして、首を横に振ることを繰り返す。


「なんだ・・・? まさか、貴様は口が聞けないのか?」


 コクコク、と少年は首を縦に振った。だがその事で私は余計に腹が立った。少年にではない。少年が口を利けないのをよいことに、虐待をしている人間に腹が立った。

 そのまま少年の首根っこを捕まえるようにして外に引き出し、


「この少年に暴力を加えたのは誰だ!?」


 と手当たり次第に問い詰め、犯人は料理長だと判明した。その場で顎が砕けるほどの鉄拳をお見舞いし、クビにしてやった。いい気味だ。だが少年は終始私を止めようとすがりつくようにしていた。なぜだ。

 その後、色々気になって調べたところ、少年が口が利けないのをいいことに色んな連中が仕事を彼に押し付けていた。詳しく調べ上げてそいつらを全員クビにしたら、大使館の住人が半分いなくなった。自分より弱い者にしか当たりちらせないなど、なんと人間はあさましいことか。だから私は人間が嫌いなのだ・・・。


***


 それから何もない平穏な日々が続いた。その一件以降少年と私は仲良くなり、髪を結う以外にも私は少年の元を訪れる機会が多くなった。どうやら少年の名前はエリオというらしい。エリオは孤児だったが、仕事のために文字は独学で覚えたらしく、エリオは身ぶりや、私の掌に文字を書くことで意志を伝えてくる。私の体を触らせたのは彼が初めてだったが、別に悪い気はしなかった。彼に悪意が全くないからだろう。

 そんな様子を見て口さがない連中は愛人だのツバメだの噂をしたが、そんなことはどうでもいい。私とエリオは純粋に友人だった。私にとっての友人ともいえる存在は初めてだったかもしれない。エリオは私のことを畏怖するでもなく褒めそやすわけでもなく、もちろん私に仕える者として礼を失するわけではなったが、私にはそれが嬉しかった。

 だがエリオは私が訪れるといつも少し困った顔をする。なぜだろうか? といって邪険にするわけでは決してなく、むしろ色々楽しませてくれる。卵を両手で同時に4つ割って見せてくれたり、野菜を空中で4分割してみせたり。剣を持たせれば有名な騎士になったかもしれないが、こんな心優しい少年を血なまぐさい世界に引き込むつもりは私には毛頭なかった。

 そして今日は果物ナイフで野菜を使い、何かを掘ってくれているようだ。


「何だ、何を掘っている?」


 覗きこむ私に、エリオが内緒、というように口の前で指を一本立てる。そのまま作業を観察していると、どうやら女性の彫像を掘っているようだ。


「まさか・・・私か?」


 コクコク、とエリオは嬉しそうにうなずく。出来栄えも見事なもので、王宮に飾ってあるような無駄に豪勢な芸術品より、よっぽど繊細で美しかった。


「だが・・・大根で女性の似姿を掘るのはどうかと思うぞ? 」


 私の指摘に慌てるエリオ。その様子がおかしいやら可愛いやらで、私は思わず声を立てて笑ってしまった。


「ククク・・・アハハハハハ! お、おかしい・・・! こ、今度良い木材を用意してやるよ。今度はそれで掘ってくれ・・・ハハハハ!」


 エリオもつられて笑う。こんな風に私が心から笑ったことなど、いつ以来だっただろうか・・・。


***


 さらに平穏な日々は続く。


「最近エネロード様は優しくなられました」


 と、フラニーに指摘された時には驚いた。フラニーが無駄口を利いたことにもそうだが、自分では何も変えたつもりは無いのだが。


「私のどこが変わったのだ?」

「一言でいえば雰囲気ですわ。以前からお美しいことはわかっておりましたし、エネロード様が理不尽なことをされるというわけでもなかったのですが・・・その、人間味がないというか。まるで冷たい鉄の彫像に仕えているようでした。ですから私も出来る限り任務に忠実な方が良いのかと思い、無駄口も封印しておりましたのですが・・・でも今現在、エネロード様はちゃんと血の通った人間でおられます。やっと私も人並みに口が利けると申しますか」

「随分ずけずけと言うわね、フラニー。貴女がそんな性格だなんて、私はちっとも知らなかった」

「あら、私は地元では『おしゃべりフラニー』と呼ばれてましたのよ?」

「それは意外だわ! そういえば一年以上の付き合いなのに、私はフラニーのことを名前以外何も知らないわね・・・色々教えてくれるかしら?」

「もちろんですとも!」


 それからフラニーは堰を切ったように話し始めた。余程溜まっていたのだろう、時に鬱陶しいとも私には思えたが、以前ほど嫌ではなかった。私の人間嫌いは改善されているのかもしれない、いや元々嫌いではなかったのかも。これもきっとエリオのおかげだ。

 フラニーと話すうち、意外なことを彼女から聞いた。


「最初は料理長も気のいい人だったんですけど・・・なんというか、ここに仕えるようになってから性格がねじくれたというか」

「なんだそれは、私のせいか?」

「はい、正直申しまして」

「本当に遠慮しないな、フラニーは・・・だが私も以後は注意しておこう」


 ではあの料理長も私のせいで歪な行動に走ったのだろうか? だとすれば責任は歪な考えを抱いていた私にもある。クビはやりすぎだったか。だが後悔は先に立たない。


***


 大使になってから二年が過ぎた。少年だったエリオも今や青年風に成長し、中々見所がありそうな青年になってきた。侍女達も勝手なもので、あれほどバカにしていたエリオを最近では恰好いいなどと噂する者まで出てきている。昔の私なら嫌悪感を抱いたろうが、最近はそうでもない。

 そしてエリオは今日も私の髪を結い上げてくれる。毎日3分間だから、私に仕えて480日目の今日はちょうど合計1日分私の髪を結ってくれたことになる。まだたった1日とは、そう考えると不思議な気分だ・・・もちろん他にも二人で重ねた時間は多いのだが、どうしてそのことを考えると私の頬は上気するのだろう?

 何か褒美でもやろうか、それとも町に一緒に買いに行くのがいいかと考えて廊下を歩いていると、突然曲がり角から黒い影が突進してきた!


ギィン!


 ちょうど剣の稽古を終えたばかりの私は腰の剣をとっさに抜き放ったが、金属音が高らかに廊下に鳴り響いた。今日はたまたま真剣を腰に佩いていたが、これが剣を装備してない時だったり、練習用の木剣などを装備していたらと思うとぞっとしない。

 不審者にとっても意外だったのか一瞬たじろぐが、すぐにじりじりと距離を詰める。気がつけばいつの間にか後ろにも多数の不審者。全員覆面で顔を確認はできないが、構えは素人からプロまで様々・・・だが何せ数が多い。今見えるだけで15人はいる。全く大使館の警備はどうなっている!?


 ともあれ私は懸命に応戦した。前後はさみうちにされたくらいで怯む私ではない。壁を背に囲まれないよう少しずつ数を減らし、今や6人まで数を減らした。こっちも無事とは言い難く、息は上がりあちこちに手傷を負っているが、剣を振うのに支障は無い。

 そこまで確認すると息を整え、一息に全滅させてやろうと斬りかかろうとしたその瞬間――


「皇女殿下、そこまでだ!」


 新手が4人。しかも人質にフラニーを連れている。


「も、申し訳ありませんエネロード様」

「フラニー・・・。人質とは卑怯だが、常套手段だな。で、投降すればいいのか?」


 私は剣を放り投げる。


「そうだな・・・だがそれだけじゃ面白くない。この場で裸になってもらおうか? 冷血大使様よ?」


 そういって男は覆面を取った。なんと、私がクビにした料理長ではないか。他の男たちも勝利を確信したのか覆面を取るが、ちらほら見知った顔がある。いつぞの理容師もいるではないか。ほとんどが私がクビにした連中だ・・・なるほど、警備の穴を知っているわけだ。


「お前にクビにされてから、こちとら人生滅茶苦茶だ! 責任とってもらおうじゃねぇか!?」

「それにしてもやっていいことと悪いことがあるだろう・・・とはいえ私にも責任があることは認めよう。で、裸になればいいのか??」

「それだけじゃ足りねぇが・・・まずは裸になってもらおうか。皇女殿下のストリップ・ショウだ!」

「・・・いいだろう」


 もちろん本心ではなく、隙をうかがって反撃するつもりだ。だいたい有利を得た時点で私の身体検査をしないとは素人だ。まあ玄人らしき人間を優先して切り捨てたからな。まだ上着にも足首にも投擲用のダガーがあり、ベルトにも刃が仕込んであるというのに。

 しかし相手は10人・・・難しいかもしれない。以前の私ならフラニーを犠牲にしてこいつらを切り捨てたろう。だが今はなぜかそういう気になれない自分がいる。私は弱くなったもだろうか。

 どうしたものかと思案しながら私がゆっくりと服を脱ぎ、上着を脱ぎ捨て上半身が下着になったところで、男たちの歓声が上がる。その瞬間飛び出す影が1つ、エリオだ。そのままフラニーを捕えた男にぶつかり、フラニーを男たちの輪の外に突き出すと、料理長だった男が心底驚いた。エリオがただ大人しいだけと思っていたのだろう。


 だが男たちが叫ぶより早く私は足首のダガーを4人の喉に投げつけ、ベルトの刃をムチのように使い、さらに4人の喉をかき斬った。その光景を見て逆上したのかやけくそなのか、理容師だった男はフラニーに斬りかかろうとしている。間に合わない。私がそう確信した瞬間、エリオが男とフラニーの間に割って入った。そして何かが宙を舞った。


 男達を仕留めた私は、地面に鮮血を撒き散らし転げ回りながらも声を発することのできないエリオを見つけた。エリオの右腕が・・・ない。

 私は自分が血まみれになるのも構わず、エリオを押さえつけて応急処置をした。だがもうエリオがもう私の髪を結い上げてくれることはないのだ・・・そう考えると、私の目の前は真っ暗になっていくようだった。


***


 事件からしばらく経ったが、私はエリオに顔を合わせづらくなっていた。エリオを守れなった罪悪感が頭をもたげる。彼の姿を見ると自分の不甲斐無さを突きつけられるようで怖かった。彼はひどく私をなじるだろうか。

 だがそんな私の元をエリオは自ら訪れてきた。ドアのノック音に反射的に返事をした私は、思わず彼を部屋に招き入れてしまった。右手の包帯が痛々しいが体の方に別状はなさそうだ、顔色は悪くない。それでも私は彼から逃げるように距離を取り、うわごとのように謝罪を繰り返した。とてもエリオの方をまともに見ることはできなかった。


「ごめんなさい・・・エリオ。ごめんなさい・・・私を許して・・・」


 子どものように怯える私。エリオの顔をまともに見ることすらできない自分の弱さに驚いた。私は人生において、一体何を鍛えてきたのだろうか。

 だがそんな私の元にゆっくりと歩いて生きたエリオは左手で私の頬を触る。思わずビクリとして反射的に私は顔を上げるが、そこにはエリオの笑顔があった。エリオが私の手を取り、左手で掌に文字を書く。


「だ い じ ょ う ぶ 。 ぼ く が ず っ と そ ば に い ま す」


 その一言でエリオの胸に顔をうずめて私は泣いた。人生で泣いたことなど数えるほどしかなく、まして人前で泣いたことなど一度も無い。だが今だけは我慢できなかった。私が人生で欲しかったのはこの一言だったのだということに、今気がついた。


 エリオに後で聞いてみた。なぜ私の傍に仕えるのかと。彼の返事は私の予想にないものだった。

 エリオには私が助けを求めているように見えたのだそうだ。一人ぼっちで泣いているのに、精一杯強がる小さな少女。それがエリオが私に抱いたイメージだったらしい。でも私は誰かがその手を差し伸べても素直に取ろうとせず、人間嫌いということで無理やり自分を納得させていた。だからせめて私がその手を自ら取って他人を頼れるようになるまで一緒にいようと思ったと。そして自分を頼ってくれるのは嬉しかったが、そのことで私が他の者に悪く言われる事が心配だった、と。

 私が求めた強さとはなんだったのだろうか。エリオのような者を本当に強い者というのではないのだろうか。差し伸べられた手にも気付かず、一人で虚勢を張って・・・なんのことはない、私はエリオを守っているつもりでずっと守られていただけだった。

 そして気づいたことはもう一つ。私はエリオを必要としている。友としてだけではなく――それ以上の存在として。


***


 それから随分時間が立ち、暗殺の一件があってからさすがに私は国に引き戻され将軍職に復帰した。だがフラニーはいまだに私の侍従長だし、エリオはまだ私の髪を結う役目をしている。

 エリオは以前ほど器用ではなくなったが、口と左手を器用に使い、練習を必要としたものの、またしても3分で私の髪を結い上げるようになった。口には私の髪に唾がつかないようにしっかり覆いをつけているのに、実に器用なものだ。もっとも将軍職では夜会の時ほどに髪を整える必要がないこともあるだろうが、いまだに私は美しいと褒められる。だが褒められれば素直に微笑みで返せるようになった私がいる。そのせいなのか、部下も以前より私に尽くしてくれる。冷血女と避けられることももはやなくなった。

 そして今日も私の髪をエリオが整える。日々忙しい私は、エリオとの出会いは毎朝3分だけ。だが帰ってくればもっと沢山一緒にいることができることに胸をときめかせながら、私は軍務に向かう。

 化粧台の上にある木彫りの私が、フラニーと共に私を見送っていた。


――私は人間が――エリオが好きだ――


字数縛りで色々難しかったです。色々拙い部分はありますが、この当時(書き始めて二カ月くらい?)の私の筆力の証として晒し上げ。もし私の文章を気に入った方がおられたら、連載中の小説もよろしくおねがいします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 3分間の積み重ね、読ませて頂きました。字数縛りというのは、かなり難しく奥が深いんだなぁと思いながら拝読させて頂きました。エネロードとエリオの関係性が羨ましく思いました。これからも執筆、頑張っ…
[一言] おもしろかったです カッコよくて それでいて落ち着いていて ステキですね 心理描写がステキですね 流れるように共感しました 良い作品ですね
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