忍法帖・十二支の系譜
大君の命
夜の帳が降りた「忍び隠れ里」の最深部。樹齢千年の巨木に囲まれた拝殿に、十四人の忍びが集結していた。彼らはそれぞれ、固有の獣の力を秘めた属性忍術を操る一騎当千の精鋭であり、その背後には下位の忍びたちが大勢、影のように控えていた。彼らはまだ、この旅の先に待つ「十二支」という運命の職名を知らない。
高座に座すは、里の絶対的支配者である棟梁・大日向。白髪の老人は、鋭い眼光を走らせて口を開いた。
「我が里に、1年間を十二に分割して各領地や部隊を統括する新たな精鋭部隊「十二支隊」を新設する。その大将の座に就くべき十二人を決めるため、貴様らに試練を課す。これより、試練の国巡り、「陰陽五行国」を順に突破し、我が誕生日のその日に、この隠れ里へと帰還せよ。最初に到着した十二人を、大将へと任命する」
大日向の言葉に、場がざわめく。十四人の忍び――子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥、猫、イタチ――の間に、一瞬にして火花が散った。
その時、素早さに定評のあるネコが、隣に立つネズミに向かって囁いた。
「おい、ネズミ。お前の「水遁・泥濘の術」じゃ、この過酷なレースは勝ち抜けねえよ。俺の「木遁・猫柳の術」で、お前も引っ張ってってやろうか?」
ネズミは鼻先で笑い、小柄な体を揺らした。
「ふん、ネコ殿。旅は始まったばかりですよ。」
ネズミは、そっと棟梁・大日向に近づき、「棟梁。出発の刻限はいつで?」大日向は厳かに答えた。
「明朝、東の空が白むと同時に出立せよ」
「御意」
ネズミは、伝達の術により皆に伝えるのだが、
こっそりと、歩みの遅いウシの耳元に近づき、全く別の言葉を囁いていた。
「ウシ殿、実は棟梁から極秘に「夜明け前、一足先に出立せねば五行の結界に阻まれる」と聞き及びました。あなたのような重厚な忍びこそ、今すぐ闇に紛れて出発すべきです」
「ほう……それは、ありがたい教えだ。感謝する、ネズミ殿」
大真面目なウシは、その実直さゆえにネズミの言葉を疑わなかった。深夜、ウシは「土遁・金剛不壊」の術で足音を消し、静かに里を抜け出した。そしてその背中の布袋には、いつの間にか小さなネズミが忍び込んでいたのである。
一方、ネズミはネコに対して、さらなる罠を仕掛けていた。
「ネコ殿、出発は明後日の朝だそうですよ。」
「なんだ、そうか。なら、明日は一日中寝て、英気を養うとするか」
ネコは「木遁・韋駄天猫足」を温存するため、丸くなって深い眠りに落ちていった。これが、後に続く大レースの最初の狂いだった。
木の国(百樹一閃の森)
最初に待ち受けるのは、巨木がひしめき、自律する植物が侵入者を阻む「木の国」である。
夜明けとともに一斉に出発したトラは、「火遁・猛虎烈火」の術を身に纏い、行く手を阻む樹木を激しく焼き払いながら突き進む。
「俺の速さに追いつける者などおらん! 大将の座、1位はこのトラだ!」
その後方を、驚異的な跳躍力を誇るウサギが「風遁・跳躍術」を操り、木々の梢を飛ぶように進んでいく。
だが、その時、木の国の罠である「絡繰大蔓」がウサギの足を捉えた。
「しまっ……!」
身動きが取れなくなったウサギの前に、影が差す。空を悠然と舞うリュウだった。リュウは「木遁・青龍万華」を放ち、周囲の植物の意志を書き換えてウサギを救い出した。
「恩に着る、リュウ殿!」
「気にするな。我らの目的は己を高める旅。誰かを蹴落とすことではない」
リュウの圧倒的な風格に、下位の忍者たちからも歓声が上がる。リュウの足元では、「草隠れ・隠密擬態」で地面の草に完全に溶け込んで進むヘビが、その冷静な眼光で道筋を見極めていた。ヘビはリュウの作った風の道に乗り、音もなく滑るように木の国を突破していく。
金の国(刃傷鋼鉄の渓谷)
続く「金の国」は、大地から鋭利な鉄の刃が突き出し、磁気の嵐が吹き荒れる極悪の地であった。
ここで輝いたのは、金属を操る術を得意とするヒツジと、俊足のウマだった。
ウマは「金遁・白馬閃光」の術によって自らの足甲を磁力化し、鉄の地面を滑るように爆走する。
「このまま一気に突き抜けるぞ!」
だが、金の国の磁気嵐は凄まじく、空間の歪みがウマの方向感覚を狂わせた。
「くっ、どっちが北だ……!?」
道に迷いかけたウマを救ったのは、ヒツジだった。ヒツジは「土遁・綿雲防壁」によって磁気を遮断する土の盾を周囲に展開し、ウマの視界を確保する。
「ウマ殿、こちらの磁界が安定しています。私に続いてください」
「助かる、ヒツジ!」
二人は互いの術を組み合わせることで、鋭利な刃の渓谷を傷一つなく駆け抜けていった。
その遥か前方では、前夜に出発していたウシが、自らの重厚な「土遁・金剛不壊」の術で、飛んでくる鉄礫をことごとく弾き飛ばしながら進んでいた。ウシの背中では、ネズミが「実に快適な旅だ」とほくそ笑んでいた。
土の国(果てなき黄砂の大地)
五行の折り返し地点となる「土の国」は、底なしの流砂と、巨大な岩石の巨兵が蠢く砂漠地帯である。
ここで、元々仲の悪かったサルとイヌの間で、激しい小競り合いが勃発した。
サルの「金遁・如意剛変化」で引き伸ばした鉄の棍棒が、流砂を飛び越えようとしたイヌの邪魔をした。
「おい、サル! 今わざと俺の足を狙ったな!?」
イヌは「風遁・疾風怒濤」の術で強烈な砂嵐を巻き起こし、サルの視界を奪う。
「うるさい犬め! お前がノロノロ走っているのが悪いんだ!」
二人は流砂のど真ん中で、刀を交え始めてしまった。周囲の一般忍者たちも、巻き添えを喰うのを恐れて足を止める。
「いい加減にしろ、お前たち!」
その喧嘩に割って入ったのが、トリだった。トリは「火遁・鳳凰烈破」の炎の翼を広げ、二人の間に熱線の壁を築いて強制的に引き離した。
「ここは棟梁に力を示す場所だ! 身内同士で泥仕合をしてどうする! サルは右から、イヌは左から行け! 私が中央を監視する!」
トリの放つ圧倒的な威圧感と正論に、サルもイヌもバツの悪そうな顔をして、それぞれの方向へと走り出した。トリは二人が再び喧嘩をしないよう、上空から目を光らせながら、土の国を突破していった。
火の国(焦熱の煉獄火山)
旅の終盤、最も過酷とされる「火の国」へと一行は突入した。地面からは溶岩が噴き出し、空気は吸い込むだけで肺を焼くほどの熱気である。
ここで圧倒的な強さを見せたのが、イノシシだった。
イノシシは「火遁・猪突猛進・業火纏」を発動。自らの体を巨大な火の玉と化し、溶岩の川を強引に飛び越え、立ち塞がる火の壁を突き破って進む。
「うおー! 我が突撃を止めるものは何もない! 大将の席は俺がいただく!」
その凄まじい気迫に、周囲の忍者たちは道を譲るしかなかった。他を圧倒する圧倒的なスピードで、イノシシは一足先に火の国を駆け抜けていった。
しかし、火の国の熱気は他の忍者たちの体力を確実に奪っていく。
その時、遅れてやってきたイタチが動いた。イタチは「水遁・霧隠れ・飛沫の術」を使い、過熱した空気を一気に冷却。自らだけでなく、周囲で行き倒れかけていた大勢の下位忍者たちにも涼をもたらした。
「皆、私の霧の結界に入れ。火の国はこれで乗り切る」
「イタチ殿……! ありがてえ!」
イタチは、自らの勝利だけでなく、里の仲間の生還を第一に考えて行動していた。その献身的な姿に、多くの忍びが心を打たれた。
水の国(逆巻く波濤の千湖)
最後の難関は、無数の湖と激流が渦巻く「水の国」である。里へと帰還するためには、この荒れ狂う大河を渡りきらねばならない。
ここでようやく、丸一日寝過ごしたネコが、驚異的な身体能力と「木遁・韋駄天猫足」の術で猛烈に追い上げてきた。
「ネズミの奴、よくも騙しやがったな! 絶対に許さねえ!」
ネコは激流に浮かぶ流木を、まるですり抜けるようにして次々と飛び移っていく。そのスピードは、先頭集団に追いつくほどのものだった。
だが、水の国の中心部には、巨大な渦潮が巻いていた。
先頭を走っていたウシは、その頑強な体躯をもってしても、渦潮に足を取られて進めなくなっていた。
「これまでか……」
ウシが諦めかけたその時、ウシの背中からネズミが飛び出した。
ネズミは「水遁・泥濘の術」を渦潮の核に打ち込んだ。激流の水が泥へと変わり、その一瞬、渦の回転が鈍る。
「ウシ殿、今です! 泥を足場にして跳んでください!」
「おおおっ!」
ウシは泥の足場を力強く踏みしめ、水の国を突破する最後の大跳躍を放った。
ネコはネズミの姿を捉え、鈎爪を剥き出しにして襲いかかろうとした。
「ネズミィ! 貴様だけは絶対に大将にさせん!」
「おっと、ネコ殿。私は一足お先に失礼しますよ」
ネズミは、ウシが跳躍した瞬間の風圧を利用し、さらに前方へと自らの体を吹き飛ばす「風遁・微風の術」を併用していた。
隠れ里の門、そして十二支隊の誕生
棟梁・大日向の誕生日、当日。
忍び隠れ里の正門前には、大日向が静かにその時を待っていた。
遠くから、凄まじい地響きが聞こえてくる。
最初に門の前に現れたのは、夜通し走り続け、水の国を飛び越えたウシだった。
「勝った……我が1位だ!」
ウシが門をくぐろうとした、まさにその刹那。
ウシの頭上から、一匹の小さな影が飛び降りた。
「ふふん、1位は私です、ウシ殿」
ネズミが、ウシの鼻先を掠めて地面に着地し、大日向の誕生日の朝一番に門をくぐった。
「な、何と……! ネズミ殿、いつの間に……」
ウシが呆然とする中、ネズミが1位、ウシが2位となった。
続いて、猛烈な速度で森を焼き払いながら走ってきたトラが3位で滑り込む。
「くそっ、3位か!」
4位には、空中跳躍を維持し続けたウサギ。
5位には、途中で火の国の火山活動を抑えるために雨を降らせ、他者を助けていたリュウが到着した。
「遅くなったな」と笑うリュウに続き、その影からリュウの作った道を通た、ヘビが滑り込んで6位。
7位には、途中で金の国の美しい鉱石に目を奪われて道草を食ってしまったウマ。
8位には、ウマをサポートしながら進んだヒツジが入った。
9位、10位、11位は、水の国まで三つ巴のデッドヒートを繰り広げたサル、トリ、イヌの順で同時に門を叩いた。
一方時は遡り、火の国を圧倒的な速さで突き抜けていたイノシシは、大日向の誕生日を迎える前に、すでに里の近くまで到達していた。
「うおおおおお! 俺が1位だあああ!」
しかし、あまりの猛スピードと興奮のあまり、イノシシは正門を猛烈に行き過ぎてしまい、里の裏山を突き抜けて遥か遠くまで走り去ってしまっていた。
「……はっ! 行き過ぎた!」
ハッと気づいたイノシシは、誕生日当日に慌てて急ブレーキをかけ、大急ぎで門へと引き返した。
泥だらけになりながら必死の形相で戻ってきたイノシシは、イヌが門をくぐった直後、滑り込むようにして最後の枠に飛び込んだ。
「はぁ、はぁ……間に合ったか!?」
イノシシのすぐ後ろには、彼を追い抜こうとした大勢の忍者たちが殺到していたが、イノシシの執念が勝り、なんとか12番目のラインを割った。
「そこまで」
大日向の声が響き渡る。
ちょうどその時、ネズミを仕留め損ね、激流に阻まれていたネコが、満身創痍で門にたどり着いた。
「俺は……俺の順位は!?」
大日向は首を振った。
「ネコよ、お前は13番目だ。大将の座は、今門をくぐった12人に決定した」
「そんな……! ネズミ、貴様ァァァ!!」
ネコはネズミを睨みつけ、悔しさのあまり地を叩いた。大日向はネコを見つめ、静かに告げた。
「だがネコよ、お前のその「木遁」の才と、特定の隊に縛られぬ身軽さは惜しい。お前をどの隊にも属さない「無所属の自由な忍者」として任ずる。里の影となり、独自の任務に就くが良い」
「……ふん、大将なんて堅苦しい役職より、そっちの方が俺にはお似合いだ。だがネズミだけは許さん。」
ネコは不敵に笑い、ネズミの顔を睨みつけながらも、独自の生き方を見出した。
最後に門へ到着したのは、大勢の一般忍者を率いたイタチだった。
大日向は、集まった十四人の忍びたちを見渡し、厳かに宣言した。
「これより、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の十二人を、栄誉ある「十二支隊」の大将に任命する! 1年間を十二に分割し、それぞれ(の月)を担当して里を守護せよ」
湧き上がる歓声の中、大日向は最後にイタチを呼び寄せた。
「イタチよ。お前は大将の座こそ逃したが、多くの仲間を救った。その功績を称え、十二支隊の各隊が交代する最初の初日を「一日」とし、その指揮権をすべてお前に与える。その日ばかりは、大将たちもお前の命に従うものとする」
「はっ……! ありがたき幸せ」
イタチは深く頭を下げた。
こうして、陰陽五行の国々を巡り、棟梁の誕生日に幕を閉じた大レース。隠れ里には、1年を繋ぐ最強の十二の部隊と、それを支える自由な影、そして始まりを告げる忍びが誕生した。彼らは互いに切磋琢磨しながら、里の歴史を永く支え続けるのである。
(完)




