第3話 王都の医師たちが驚いた理由
王都に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
高い壁。途切れない人の流れ。見上げるほどの建物。村とは何もかもが違う景色に、思わず足が止まりそうになる。
「止まるな」
短く言われ、我に返る。
「……すみません」
案内されるまま、石造りの大きな建物へ入る。中は静まり返っていて、空気まで張り詰めているようだった。
「ここだ」
通された部屋には、すでに数人の人がいた。白衣を着た男たち。年配の者が多く、どこか厳しい目をしている。
「彼女が例の薬師か」
「随分と若いな」
小さく交わされる声。視線が一斉に集まる。
居心地の悪さに、思わず指先に力が入った。
「まずは確認する」
年配の男が前に出る。
「同じ薬を、ここで作ってもらう」
「ここで、ですか」
「そうだ。条件は揃えてある」
視線の先には、用意された薬草と道具があった。見慣れたものばかりだ。
「……分かりました」
私は袋を置き、袖を軽くまくる。やることはいつもと同じ。特別なことは何もない。
水を張る。薬草を入れる。火にかける。
その合間に、ほんの少しだけ別の草を混ぜる。
それだけだ。
やがて、やわらかな香りが立ち上る。
静まり返っていた部屋に、わずかなざわめきが広がった。
「……この香りは」
「普通の調合ではないな」
声が聞こえるが、気にせず手を動かす。
やがて煮出し終え、器に移す。
「できました」
差し出すと、年配の男が受け取った。
慎重に匂いを確かめ、わずかに目を細める。
「患者を」
短く指示が飛ぶ。
運び込まれてきたのは、ぐったりとした青年だった。額には汗が滲み、呼吸も浅い。
「高熱が三日続いている。既存の薬は効果なし」
説明を聞きながら、私はただ見守る。
男は迷いなく薬を飲ませた。
部屋の空気が、さらに張り詰める。
誰も言葉を発しない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
数秒。
そして――
「……あれ」
小さな声が漏れた。
青年の呼吸が、ゆっくりと落ち着いていく。苦しそうだった表情が、わずかに和らいだ。
「熱が……下がっている」
別の男が額に手を当て、信じられないものを見るような顔をする。
「ありえん……この速さは」
「解毒も進んでいるぞ」
次々に上がる声。
さっきまでの疑いの視線が、一瞬で変わる。
私はその様子を見て、ただ首をかしげた。
「……やっぱり、効きやすいだけでは」
思わずそう呟く。
だが、その言葉に全員が固まった。
「効きやすい、だと」
年配の男がゆっくりと振り返る。
「これは奇跡と呼ばれる領域だ」
はっきりと言い切られた。
「同じものを、もう一度作れるか」
「はい。いつも通りなら」
「……いつも通り、か」
男は深く息を吐いた。
そして、周囲を見回す。
「記録を取れ。調合過程をすべて残す」
慌ただしく動き出す医師たち。
さっきまでの空気とは別物だった。
私はその中心に立ちながら、まだ状況を飲み込めずにいる。
「君の力は、この国の医療を変える」
静かに告げられる。
重い言葉だった。
けれど、実感は伴わない。
「……そんな大げさな」
「大げさではない」
即座に否定される。
「むしろ、これでも足りないくらいだ」
その視線は真剣だった。
冗談や誇張ではないと分かる。
それでも。
私は、自分の手を見下ろす。
薬草を摘み、煎じているだけの手だ。
特別なことをしているつもりはない。
――それなのに。
周囲の評価だけが、どんどん大きくなっていく。
「まずは王宮へ報告する」
誰かが言った。
「この件は、もはや一医療機関で扱える範囲ではない」
話が、さらに大きくなる。
私は小さく息を吐いた。
静かな村で、ただ薬を作っていただけなのに。
気づけば、とても遠い場所に来てしまった気がする。
――でも。
もし本当に、この薬で誰かを救えるなら。
それは、悪いことじゃない。
そう思った時。
ほんの少しだけ、不安が薄れた気がした。




