第2話 王都へ向かうことになりました
王都からの正式な要請。その言葉の重みが、まだ実感として飲み込めずにいた。
手の中にある封書は、確かな重みを持っている。見慣れない紋章。丁寧な封。どう見ても偽物には見えない。
「本当に……私が、ですか」
思わずそう呟くと、目の前の男は静かに頷いた。
「他に誰がいる。あの薬を作ったのは君だろう」
「それは……そうですけど」
返す言葉に困る。特別なことをした覚えはない。ただ、いつも通りに作っただけだ。それなのに王都から呼ばれる理由になるとは思えなかった。
「準備をしてくれ。明日には出る」
「明日ですか」
思ったよりも早い。考える時間もほとんどない。
「断ることは……」
「できなくはない。ただし、その場合でも王都は別の手段を取るだろう」
やんわりとした言い方だったが、実質的に選択肢はないのだと分かる。
私は小さく息を吐いた。
「……分かりました。行きます」
そう答えると、男は満足したように頷いた。
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家に戻ると、見慣れた景色がいつもより静かに見えた。
木の扉。小さな窓。棚に並ぶ薬瓶。どれも変わらないはずなのに、少しだけ遠く感じる。
「王都、か……」
行ったことはない。話で聞いたことがあるだけだ。人が多くて、建物が高くて、何もかもがこの村とは違う場所。
不安がないわけではない。けれど、それ以上に引っかかることがある。
――私の薬が、そこまでのものなのか。
答えは分からない。だからこそ、確かめるしかない。
私は棚からいくつかの瓶を取り出し、袋に詰めていく。解熱薬。鎮痛薬。簡単な傷薬。どれもいつも作っているものだ。
特別なものは、何一つない。
「……一応、少し多めに持っていこう」
そう呟いて、いつもより多めに詰めた。
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翌朝。まだ日が昇りきる前に、村の入口には小さな人だかりができていた。
「本当に行くのかい、リナちゃん」
「すぐ戻ってくるんだろう?」
「無理だけはするなよ」
次々とかけられる言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「はい。少し様子を見てくるだけなので」
そう答えると、みんな安心したように頷いた。
本当は分からない。いつ戻れるのかも、何が起きるのかも。
それでも、不安をそのまま言葉にするわけにはいかなかった。
「行くぞ」
男の声に促される。
振り返ると、馬車が一台用意されていた。思っていたよりもしっかりした造りで、村にはあまりないものだ。
「これに乗ってくれ」
「……はい」
私は一度だけ村の方を振り返る。見慣れた景色。小さな家々。畑。そして、いつもの道。
それを目に焼き付けるように見つめてから、馬車に乗り込んだ。
扉が閉まり、静かに動き出す。
揺れに身を任せながら、私は膝の上の袋に手を置いた。中には、自分で作った薬が入っている。
どこにでもある、普通の薬。
――のはずだ。
「王都に着いたら、すぐに確認が入る」
向かいに座った男が言う。
「確認、ですか」
「効果の再現だ。偶然ではないかを確かめる」
当然といえば当然だ。
けれど、その言葉にわずかな緊張が走る。
「失敗したら……どうなりますか」
思わず聞いてしまった。
男は少しだけ間を置いてから答える。
「その時は、その時だ」
曖昧な言い方だった。だが、それ以上は聞かない方がいいと直感で分かる。
私は小さく息を吐いた。
「……大丈夫です。たぶん、いつも通りに作れば」
そう言いながらも、自信があるわけではない。ただ、そうするしかないだけだ。
馬車は揺れながら進んでいく。
村を離れ、見知らぬ景色へ。
静かだった日常は、もう戻らないかもしれない。
それでも、不思議と後悔はなかった。
――私の薬が、本当に特別なものなのか。
その答えを、これから知ることになる。




