第七章 得票点の川
調査が本格化したのは、翌年の秋のことだった。
レンは十九歳になっていた。カイは二十三歳。二人の作業は、週に二、三回カイの事務所で行うのが習慣になっていた。
その夜、カイは父親の選挙データを再解析していた。
「もう一度、最初から見直そうと思って」カイは言った。画面には、五年前の選挙の得票点の時系列データが広がっていた。「あのときは感情が邪魔して、冷静に見られなかった」
父親の話を、カイは多くは語らない。選挙に出て、候補者として活動し、最後の集計で落選した。それだけが事実として語られる。しかしその夜のカイは、いつもより口が重かった。
「父親は、どんな人だった」
「持ち点が高かった。生真面目で、数字に正直な人だった。制度に文句を言わなかった。それが正しいと思っていたから」
「なぜ選挙に出たんですか」
「制度を改善したかったんだと思う。外側からじゃなくて、内側から。被選挙人になって、直接動かしたかった」
「それは——」
「失敗した」カイは画面を指した。「見てくれ。これが選挙前七十二時間の得票点の動きだ」
グラフが表示された。縦軸が得票点の累計、横軸が時間だ。カイの父の得票点は、投票日四十八時間前まで、緩やかに上昇していた。しかし最後の二十四時間で、ある候補の得票点が急激に伸びた。
「この急上昇」
「持ち点上位層が、このタイミングで大量に特定候補に投票した。合法だ。問題はない。でも——」
「タイミングが揃っている」
「揃いすぎている」カイは言った。「これが自然発生なら、もっとばらつくはずだ」
ソラが言った。「統計的には、意図的な集中行動と判別がつかない水準です」
「つまり、故意かもしれないが証明できない」
「はい」
カイは椅子の背もたれに体を預けた。
「俺はずっと、これが操作だと思っていた。誰かが父の邪魔をするために、票を動かした。でも——」
「最近はどう思う」
「操作じゃないかもしれない」カイは言った。「持ち点の高い人間が、自分の利益になる候補を選んで、合理的に投票した。それだけかもしれない。制度が、そういう行動を合理的にしてしまっている」
「持ち点が高い人間は、制度を維持することで利益を得る。だから制度を維持しようとする候補に、重い票を入れる」
「そして制度を変えようとする候補は、持ち点が低い層から支持を得ても、票が軽いから届かない」
二人は画面を見ていた。
川のように流れる得票点の波形。それは何かを映していた。しかしそれが何かを、言葉にするのは難しかった。
「お父さんは、今どうしてる?」
「普通に暮らしてる。仕事を続けながら。制度の話はしない。もうしない、と言っていた」
「そうか」
「俺がこの調査をしていることも、知らない」
カイはデータを保存して、画面を閉じた。
「今夜はここまでにする。頭が冷えなくなってきた」
「わかった」
レンは荷物をまとめながら、言った。
「あなたのお父さんを、いつか評価してあげてください」
カイは振り返った。
「俺の評価点で? 上位八パーセントの持ち点でも、父親一人の得点を大きく動かすほどじゃない」
「数字じゃなくて」
カイは少し黙った。
「……そういう意味の評価点は、制度にない」
「知ってる」レンは言った。「それが、俺たちが調べているもののもう一つの側面かもしれない」
カイはレンを見た。何かを言いかけて、やめた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
夜の路地を歩きながら、レンは空を見た。アエクスの夜空は、照明が多すぎて星が見えない。それでも空はある。ただ、何も映っていないだけだ。




