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第五章 里帰り

 夏の里帰りは、年に三回ある帰省の一つだ。


 夏と年末年始、それから秋の連休。丁稚奉公の子どもたちが生みの親の元に戻る期間は、制度で定められている。レンはとっくに丁稚奉公を終えているが、それでも夏になると、ユキの元に帰る。


 ユキの住む区域は、中央区から路線で四十分ほどかかる。古い住宅が並ぶ、静かな場所だ。


 ドアを開けると、ユキは台所にいた。エプロンをつけて、何かを炒めている。振り返りもせずに言った。


「遅かった」


「三十分くらい」


「ちゃんと食べてる?痩せた気がする」


「普通に食べてる」


「最低保障の食事だけじゃ足りないでしょう」


「補足してる」


 ユキはようやく振り返った。少し老けた、と思った。毎年そう思う。しかし今年は、それ以上の何かがあった。目の下に影がある。


「仕事、大変だった?」


「まあ」ユキは答えを濁した。「座って。もうすぐできる」


 食事をしながら、近況を交換した。ユキの仕事は事務の補助で、持ち点が低くても続けられる安定した職種だ。ただし単調で、評価点が積みあがりにくい。


「最近、持ち点どうですか」


「下がってる」ユキはあっさりと言った。「去年より少し。評価する時間がないのよ」


 評価点は、自分が他人を評価することでも動く。評価を贈れば、相手との関係が生まれ、その関係から評価点が返ってくることもある。しかし持ち点が低い人間が低い持ち点で贈れる評価点は、上限が低い。時間と労力をかけても、リターンが小さい。


「俺から評価点、贈ろうか」


「いい」ユキは静かに言った。「あなたの評価点、大事に使いなさい」


「大事にっていっても」


「あなたのお客さんは、少なくて高い評価をしてくれる人たちでしょう。あなたの評価点の質は、そういう人たちと一緒に育っていく。私みたいなところに使っちゃいけない」


 レンは何も言えなかった。


 それも制度の論理だ。高持ち点同士が評価し合えば、互いの得点が上がる。低持ち点同士が評価し合っても、上限が低いから実質的な効果が薄い。効率だけを考えれば、ユキの言っていることは正しい。


 しかしそれが、この部屋の空気を少しずつ薄くしてきた気がした。


---


 夜、二人でテレビを見ながら、レンは調査の話をした。


 全部は話さなかった。カイのこと、エンのこと、監査権限のこと——そのあたりは省いた。ただ、自分が何かを調べているということは伝えた。


「素体スコアと実績スコアの間に、ずれがある」


「ずれ」ユキは繰り返した。


「生まれた可能性の大きさが、実績の大きさにそのまま反映されていない。間に何かが入っている」


 ユキはテレビの画面を見たまま、少しの間黙っていた。


「その、何かって」


「買取価格。要するに、七歳のときにいくらで売られたか」


 テレビが何かのバラエティ番組を流していた。笑い声。明るい照明。


「そう」ユキは言った。声に色がなかった。


「そう、か」


「私もずっと思ってた」ユキは続けた。「あなたを高く売れなかったのは、私の努力が足りなかったせいだって。カリキュラムを選ぶのに、何時間も画面を見て。無料枠でできる最高のものを選んで。それでも有料枠の子には届かなかった。あなたの査定の日、担当の人に言われたの。AIログが薄い、って」


「……うん」


「その言葉が、十年ずっと残ってる。私の努力が足りなかったから、あなたのログが薄かった。だから安くしか売れなかった。そう思ってた」


 レンは黙って聞いていた。


「でも」ユキは言った。「カリキュラムにお金が必要だったのよ。有料枠を買えるだけの持ち点が、私にはなかった。それも私の努力が足りなかったから、という話になるのかもしれないけど」


「違う」


「違うかどうか、わからない」


「違う」レンはもう一度言った。「制度が、環境格差を努力の差に見せかけている可能性がある。俺が調べているのは、そういうことだ」


 ユキはしばらくレンを見ていた。テレビの光が、その顔に当たっていた。


「証明できる?」


「まだわからない」


「証明できたとして、何かが変わる?」


 レンは答えられなかった。


 ユキは静かに笑った。悲しい笑いではなかった。長い時間の中で、そういう問いに慣れてしまった人の、穏やかな笑いだった。


「変わるといいね」ユキは言った。「あなたの子どもの時代に間に合わなくても、次の誰かの子どもの時代には」


 レンは頷けなかった。頷けば、それはユキへの謝罪みたいに聞こえる気がした。


 でも頷かないことも、できなかった。


 だから黙っていた。


 テレビが笑い続けていた。

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