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第三章 カイとの遭遇

 その依頼が届いたのは、乖離マップを作ってから三週間後のことだった。


 依頼内容は「公開統計データの横断分析と可視化」。報酬は標準的な額だ。依頼者の持ち点は上位八パーセントと表示されていた。名前はカイ・ハジメ、職業は「得点監査員」。


「得点監査って、どんな仕事」


「都市国家が設けた第三者機関に所属する職種です。持ち点・評価点の集計に不正がないかを確認する役割を持ちます。監査権限として、一部の非公開データへのアクセスが認められています」


「その人が、なんで俺に依頼を」


「依頼文に補足があります。『標準的な分析会社ではなく、個人の分析者を探していた。複数の推薦を経てあなたに辿り着いた』とのことです」


 複数の推薦。レンを知っている人間がいる、ということだ。しかしレンの仕事の評価者は少ない。誰が推薦したのかは想像もつかない。


「受けるかどうか、どう思う」


「私には判断できません。ただ、持ち点上位八パーセントからの依頼を断ると、評価の機会を逃します。受けた場合、仕事の質によっては評価点の幅が大きく広がります」


「そういう話じゃなくて」


 レンは少し考えた。


「まず会ってみる」


---


 指定された場所は、都市国家の中央区に近い、小さな喫茶店だった。


 レンが入ると、窓際の席に男が座っていた。二十二、三歳に見える。背が高く、姿勢がよい。スーツではなく、くだけた格好だった。端末を見ていたが、レンが近づくと顔を上げた。


「レンさん?」


「そうです」


「カイです。座ってください」


 コーヒーを頼み、向かい合った。カイはすぐに本題に入った。


「単刀直入に聞きます。素体スコアと実績スコアの乖離データを、持っていますか」


 レンは少し間を置いた。


「なぜそう思うんですか」


「あなたに辿り着いた推薦の中に、教育関連企業のデータ担当者がいました。一ヶ月ほど前に、あなたが通常の依頼処理の中で、依頼外の相関分析を行ったと言っていた。内容は教えてもらえませんでしたが、あなたが何を見ようとしていたかは、想像がついた」


 レンはコーヒーカップを持ち、一口飲んだ。


「俺が何を見ようとしていると思ったんですか」


「買取価格と実績スコアの相関。そしてその間に素体スコアが、思ったより影響を与えていないという傾向」カイは静かに言った。「違いますか」


 レンは答えなかった。それが答えだった。


 カイは小さく息を吐いた。


「私が調べているのは、別の問題です。選挙の得票点の動きです。五年前、うちの父親が立候補したとき、途中まで当選圏内にいた。しかし最終集計で、票が大きく動いた。監査では不正は見つからなかった。でも」


「でも、気になっている」


「気になっている」カイは頷いた。「持ち点の高い人間が、選挙の直前に特定の候補者の評価点を集中して上げた記録があります。評価点は得点に加算される。得点は投票力に直結する。そして投票は、その直前の得点状態に基づいて行われる」


「違法ではない」


「ええ。完全に合法です。でも——」


「でも、おかしい気がする」


 カイはレンを見た。


「あなたは、制度がおかしいと思いますか」


 レンは少し考えた。


「おかしいかどうか、まだわかりません。でも、数字が何かを映していない気がする」


「映していない、というのは」


「制度が評価しているものと、制度が評価しているつもりのものが、ずれているかもしれない。そのずれがどこにあるかを、まだ探している途中です」


 カイはしばらくレンを見ていた。何かを測るような目だった。しかし敵意ではない。


「俺とあなたは、違うものを調べている」カイは言った。「でも、同じ場所に向かっているかもしれない」


「かもしれない」


「一緒に調べませんか。俺は選挙データへのアクセス権がある。あなたは統計処理と可視化の技術がある。ソラというAIアシスタントが、他のAIより高度に成長しているという話も聞いた」


 レンは端末を見た。画面の端で、ソラの応答インジケーターが静かに点滅していた。


「ソラ」


「聞いています」


「どう思う」


「このお話が本当であれば、得票点データと乖離マップを接続することで、制度の構造的傾向をより広い視野から確認できる可能性があります」


 カイが少し驚いたように目を細めた。AIが「思う」と言うのは、珍しかった。


「ソラが言うなら」レンは言った。「とりあえず、やってみましょう」


 カイは小さく笑った。それが、二人の始まりだった。

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