第四部 制度の内側から 第十一章 ナナセからの連絡
データを公開してから半年後、ナナセから連絡が来た。
面会の場所は、今度は制度設計局ではなく、中央区の小さな食堂だった。ナナセの提案だった。
レンが先に到着すると、ナナセはすでに座っていた。眼鏡が変わっていた。それ以外はあのときと同じ印象だ。
「来てくれてありがとう」
「驚きました。連絡があるとは思っていなかった」
「私も驚いています。あのデータが、こんなに使えるとは」
レンは少し考えた。
「使える、とはどういう意味で」
「制度改訂の参考資料として」ナナセは言った。「直接的な証拠にはなりません。でも、傾向を示すデータとして、改訂の議論の根拠にすることができる。チームの中でも、あの可視化を見て、問題意識を持ち始めたメンバーがいます」
「変わりますか」
「少しだけ」ナナセはためらわずに言った。「でも少しずつしか変わらない。それが制度というものです。一度に大きく変えようとすると、どこかが崩れる。少しずつ、検証しながら動かしていく」
「遅い」
「遅い、と思いますか」
「思います」レンは言った。「でも、わかる気もします」
ナナセは少し驚いたように見えた。
「あなたが納得しているとは思っていませんでした」
「納得はしていません。ただ、あなたが正しいことを言っていることは、わかる」
「同じようなことを、レンさんもやっていると思います」ナナセは言った。「データを一度に壊すように出すのではなく、ただそこに置いた。見たい人間が見る形で」
「……意図したわけではないですが」
「でもそうだった。だから届いたんだと思います」
食事が来て、二人はしばらく黙って食べた。
「一つ聞いていいですか」レンは言った。
「どうぞ」
「あの日、公平であるように設計した、と言っていましたね。過去形で」
ナナセは箸を置いた。
「……気づいていましたか」
「気になっていました」
「正確に言えば」ナナセは少し考えた。「公平であるように設計したと思っていた、です。今も設計意図は変わっていない。でも、あのデータを見て、設計と現実の間に乖離があることは認めざるを得なかった」
「乖離マップ、という名前のデータが」
「そのデータが、制度設計者の中にも乖離マップを描かせた」
ナナセは静かに笑った。
それは、あのときの三者討論の場では見たことのない表情だった。
「協力してください」ナナセは言った。「改訂の議論に、あなたのデータと分析を使わせてほしい。対価は、制度の中でできる範囲のものになりますが」
「対価より」レンは言った。「一つお願いがあります」
「何ですか」
「改訂の内容を、できる範囲で公開してほしい。何が変わって、何がまだ変わっていないかを、市民が確認できる形で」
ナナセはレンを見た。
「それは、制度設計局への監視を求めているということですね」
「制度が公平かどうかを確認するのは、制度の外にいる人間の仕事でもあると思っています」
ナナセはしばらく考えた。
「できる範囲で、試みます」
それが、レンとナナセの、二度目の始まりだった。




