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その4.


結論から言おう。


あの後の夫は、凄かった。


重くなった身体では、うまく動けないのでは――

そんな心配をしていた自分が、馬鹿だったと思えるほどに。


彼は自分の身体をよく把握していた。

重さにきちんと気を配りながら、触れ合うことを忘れない。

さすがは騎士というべきか、基本的な体の使い方が違う。

器用に片腕で身体を支え、無理のない体勢を保ち続けていた。


一方の私はというと。

以前よりもずっと近く、彼の体温や存在を感じていて――

その安心感に、何度も意識が遠のきそうになった。


気が付いた頃には、すっかり力が抜け、そのまま眠ってしまっていた。


そして今。

彼の太い腕を枕にして、二人並んで眠っている。


――はず、だったのだが。


頭の下の感触が、少しずつ変わっていくのを感じた。


(……え?)


違和感に目を覚まし、そっと彼のほうへ身体を向ける。


そこにいたのは、

出立前と変わらない――

無駄な脂肪など、どこにも見当たらない夫の姿だった。


まじまじと、夫の姿を見つめる。

穏やかな寝息を立てている彼は、全く起きる素振りがない。


(――おかえりなさい)


それが夢ではないと、ようやく実感できて。

シエラは夫を起こさないよう、ゆっくりと身体を寄せる。

そうして、固い彼の身体をそっと抱き締め、再度目を閉じた。



シエラが次に目を覚ましたとき、夫の姿はなかった。


(これは、間違いなく――)


夜着を纏ったまま、窓際へと歩み寄り、そっと外を覗く。

そこには、早速鍛錬を再開している夫の姿が見えた。


まったく。

本当なら、妻が起きるまで一緒に寝ているのが正解だろうに。


けれど、いかにも彼らしい行動に、思わずクスリと笑みがこぼれる。

鍛錬が終わったら、久しぶりに二人で朝食を取ろう――


おそらく夫は、自分が元の姿に戻ったことを、シエラがまだ知らないと思っているはずだ。

彼は、シエラを見て、どんな反応をするのだろう。

では、こちらはどんな顔で迎えてあげようか。


考えるだけで胸が高揚し、

同じ屋敷の中にいるというのに、早く夫に会いたくてたまらなかった。



シエラがちょうど身支度を終えた頃、鍛錬を終えたのだろうディーノが部屋へ戻ってきた。


「シエラ」


すでに着替えを済ませ、ディーノの帰りを待っていたシエラを見て、彼はその名を呼ぶ。


「おかえりなさい、ディーノ様」


結局、シエラが返した反応は至って普通のものだった。

けれど、その一言は、思った以上にディーノの胸に刺さったらしい。


(わ)


ディーノが、

シエラが今までに見たことのないほどの、満面の笑みを浮かべた。


「……ただいま」


噛みしめるように告げられたその声に、まだ早朝だというのに、身体がかっと熱くなる。


(平常心、平常心――)


目を閉じ、ふぅっと深く息を吐いて心を落ち着けていると、ディーノの筋肉質な腕がシエラの身体を絡め取った。

あ、と思う間もなく、ベッドへと押し倒される。


「あ、あの、私、支度を終えたんですが――」


「構わない」


いや、私が構う。

むしろ、手伝ってくれた侍女たちが泣く。


「朝食は、」

「あとでいい」


待て待て。私はお腹が空いているのだ。

何せ寝込んでいたせいで丸一日食べそびれている。


「旦那様、ご飯を先に――」


言い終える前に、彼の唇がそっと私の口を塞いだ。


さらに、逃げられないように両手をまとめて押さえられ、そのままベッドへと倒される。

気づけば、視界いっぱいにディーノの姿があった。


――昨日の気遣いは、いったいどこへ行ったのだろう。


言いたいことは山ほどある。

けれど、彼の慰労休暇が始まったばかりだったことを思い出し、


(……まあ、いいか)


結局、そう思ってしまうあたり、私も大概だと思いながら、流れに身を任せた。



「明日で休暇も終わりか⋯⋯」


朝に目覚めてすぐ、夫が名残り惜しそうに呟く。


「結局、どこにも行けなかった⋯⋯」


「すまない、怒っているか?」


不貞腐れたようにいう私を、夫はそっと抱き締める。


「……これはこれで、新婚っぽいですし。悪くはありませんけど」


あれから二週間。

夫と私は、ほとんどすべての日を屋敷で過ごした。

――いや、正確には、ずっと寝室にいた気がする。


どれだけ溜め込んでいたんですか、と突っ込みたくもなるけれど、私自身も満更ではなかった。


会えなかった半年を埋めるかのように、互いを確かめ合ったこの二週間は、控えめに言っても――

とても、とても幸せな時間だったのだから。


しかも、その二週間の間になんと、

夫に呪いをかけた張本人である魔女が、屋敷まで様子を見に来たのだ。


突然、窓の外に現れた彼女の姿に、私は腰を抜かしそうになった。

魔女を見るのが初めてだった、という理由もある。

だがそれ以上に、私たちが――情事の真っ最中だったことが大きい。


そんな状況の私たちを一目見るなり、彼女は大きな声で喚き出した。


「はぁ~!? なんで元に戻ってんのよ!

くっそ、つまんない展開ね!

あんな姿だったのに受け入れてもらったなんて!

せっかく奥さんに拒絶されて落ち込むアンタを、わざわざ嘲笑いに来たっていうのに!」


一通り好き放題に愚痴を吐き出したあと、彼女はぷいっと顔を背けた。


「……私だって。

私を受け入れてくれる人が、この世界のどこかに、きっといるんだから……!」


そんな捨て台詞を残し、魔女は空の向こうへと消えていった。


率直に言って、嵐のような人物だった。

結局、夫の呪いは帰還した時点ではまだ解けていなかったのか――

それを聞く機会は、ついぞなかった。


けれど、彼女の話しぶりから察するに、まあ……そういうことなのだろう。



「悪くない、か。

俺は、四六時中シエラと一緒にいられて、最高に幸せだった」


夫のあまりにも真っ直ぐな告白に、私は思わず目を見開いた。


「え、そうなんですか?」


こんなにあからさまな言葉を口にする夫が珍しくて、驚きながら問い返す。


「……シエラは、そうではなかったのか?」


まるで叱られた犬のように不安げな表情をする夫が、たまらなく愛おしい。

私はそっと、彼の骨ばった頬に手を伸ばした。


「私も。最高でしたとも」

「!」


ぎゅっと、抱き締める腕に力がこもる。


そのまま、私はぽつりと言った。


「旦那様って、私が思っていたより……

私のこと、ずっと好きだったんですね」


すると夫は、驚いたように目を丸くし、私を抱いていた腕をゆっくりと離した。

そして、口元に手を当てる。


「……結婚当初から、ずっと愛情は示してきたつもりだったんだが……

伝わっていなかったのか?」


(え、いつ!?)


出掛けるときは、こちらから誘うことのほうが圧倒的に多かった。

むしろ、私が構ってもらいに行っていた記憶しかない。


けれど、今になって思い返してみれば――

出掛けた際は必ず向こうから手を繋いできて、

どんなに仕事で遅くなり疲れていても、私の話をきちんと聞いてくれて、

出張でない限り、三食のうちどれか一つは必ず一緒に食事をしてくれていた。


向こうが分かりにくかったのか、

それとも、私が致命的に鈍感だったのか。


どちらなのかは分からない。

ただ、一つだけ確かなことがある。


「私たち……思っていたより、ずっと深く愛し合っていたんですね」


――なお、結局のところ。

最終日も、例によって寝室で過ごすことになった、とだけ伝えておく。



これで完結ですが、

明日の夜、後日談を一話追加します。

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