複製
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ある日の朝、海岸に不思議な物体が打ち上げられた。高さが二メートルほどの球体で、銀色の表面には、鏡のように周囲の風景が映りこんでいた。
最初に見つけたのは、犬を連れて海岸の散歩をしていた近所の高齢の男性だった。球体を見つけた犬が吠えだし、リードを握る男性の手を振り切って、犬は砂浜の球体に駆け寄った。男性を驚愕させたのは、そのときだった。
球体が震えたような動きをみせたのだ。
まるで生き物のようだった。男性は吠えている犬を引き戻そうとした、そのとき、銀色の球体がぐにゃりと、変形し、その粘性の物質が犬の体を包み込んでしまったのである。
驚いた男性は、落ちたリードを手にして、強くひっぱたものの、そのリードも球体にのまれてしまった。
男性が警察に通報し、パトカーがやってきた。野次馬もだんだんと集まってきて砂浜の球体を取り囲んだ。すると、球体は再び震えると、全体を膨張させて、あっ、という間に砂浜の野次馬の三人をのみこんだ。あたりは悲鳴につつまれ、人々は混乱した。
海岸に面した道路が封鎖され、市役所に災害対策本部が設置された。海岸の上空にはテレビ局のヘリコプターが旋回し、中継を始めた。アナウンサーは、機内から報告した。
「謎の球体は、発見されたときよりも、確実に大きくなっている模様です。表面がときどき震えているようにも見えます」
テレビ局のスタジオには、生物学者、天文学者がゲストで招かれ、混乱している状況に理性的な説明を加えようとしていた。
生物学者は言った。
「いまの情報からでは、この物体を生物と決定できる材料には不足です。現場は海岸ですが、この物体が海からうみだされたものと断定できる材料はありません」
すると、番組の進行役のアナウンサーは天文学者に訊いた。
「これは、宇宙から飛来したものなのでしょうか?」
天文学者は口を開いた。
「宇宙からの飛来物としたら、地上の観測網にひっかかっている筈です。どうも隕石とも異なるようです」
そのとき、中継ヘリコプターからの画像と音声が割り込んできた。ヘリコプターのアナウンサーが言う。
「現場で変化がありました。球体が、何かをはきだしました。これは、犬です。二匹の犬が球体からはきだされました!」
カメラの映像は、砂浜の二匹の犬の姿を捉えていた。アナウンサーは続けた。
「待って下さい、また球体から何かでてきました。複数の人がでてきました。のみこまれた人でしょうか!」
球体からはきだされた、二匹の犬と六人の人間は保護され、医療機関で綿密な検査をうけた。結果は、奇妙なものだった。一匹の犬は最初に球体にのみこまれた犬と判明したが、もう一匹は、よく似た別の犬だった。人間のほうは、もっと厄介な結果だった。三人の人間は球体にのみこまれた人物で、あとの三人は瓜二つとも表現できる非常に酷似した別の人間だったのである。彼らは、何を訊いても理解できず、ぼんやりとした表情で困惑していた。オリジナルをすっかりトレースした、いわば複製だった。
それから数時間後、銀色の球体は他の土地にも現れだした。球体は一定時間が過ぎると、膨張し、かたちを変えた。あちこちに現れた球体に人々は驚愕し、混乱は社会機能をマヒさせてしまった。
国際ニュースは、球体が世界のあちこちに現れたことを緊急ニュースで報道した。銀色の不思議な球体は世界各地で増殖し、融合して、大きな波となって地表を覆った。
いまや地球は、この物質にその面積のすべてを屈服させられてしまった。
太陽を周回する地球の軌道上に、いつの間にか、もうひとつの地球が現れた。それはオリジナルと寸分違わずそっくりの球体だった。オリジナルと同様の、みずみずしい青い色をしていた。
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