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 一六〇七号室。自分の部屋へ戻った厚樹は、開きっぱなしの窓を閉めるためバルコニーへ向けて玄関から十六歩、歩いた。夜の帳がおりて、窓の外には暗闇とビルの明かり、そしてビルの縁取りに赤く点滅する赤色灯の明かりが、昼の出来事に終わりを告げるエンドロールのようにパノラマに広がっている。

 半月よりも少しだけ膨らんだ月が、自らの輪郭を青白く照らしている。厚樹は携帯電話に取り付けられたカメラで、月の写真を撮影してみた。

 月は二インチの液晶画面の中に納められた。厚樹は、液晶画面の中の月を確認してみた。月から、いく方向へも放射された光の粒子は青く真っ直ぐに地上へ振り下ろされているように見える。

「俺は、半月。三十分の十六。おれはまだまだ、半人前ということか。あの竹田さんみたいに年をとれたらかっこいいかもしれない」

 厚樹はバルコニーに面した窓を閉めた。窓に鍵を掛けるときに「あっ、十七階から下ろされたロープがなくなっている」と気づいたが「内装業者が片付けたのだろう」と勝手に判断して、カーテンを閉めた。


 翌日ハローワークへ向かおうと早めに起きた厚樹の部屋に、一階の管理センターの男が訪ねてきた。

「朝早くに済みません。これ、そちらさんの持ち物ですか?」

 男の手には、竹田が十七階から降りてきたときに使われたロープが握られている。

「いえ、それは僕のではありませんよ。たぶん上の階で作業している内装屋さんの持ち物ではないですか」

「いえ、内装屋さんが昨日の夕方にバルコニーに下がっていたっていって、管理センターに持ってきたんですよ。だから、内装屋さんのものではないと思うのですが………」

 男はこまったような表情でロープを見つめている。

「じゃ、きっと、三十階の竹田さんの物でしょう。彼がそれを使って降りてきたのだから」

 厚樹は「あなたもそう思っているでしょう」と言わんがごとく、鼻を高く上げた。厚樹の言葉を聞いて、男の表情は一瞬こわばった。こわばった表情が気になった厚樹は男の視線の先に自分の視線も合わせてみた。

 ロープの先端に丸い円ができている。それはそんなに珍しい物ではない。なにかに締め付けるときにできる円で、例えばカウボーイが投げ縄のようにして獲物の首に巻き付けるときのような。

「しっ、失礼しました。たぶん三十階の人の物でしょう」

 管理センターからやってきた男は動揺した様子で頭を下げた。その様子が不思議だったので、厚樹は「どうしたんですか?同じ職場の人でしょう。先に竹田さんに聞けばよかったのに」と訪ねた。

「同じ職場?」

 男は眉間にしわを寄せた。

「ええ………あっ、これって秘密ごとだったんですか?」

 厚樹は眉を下げて口を押さえた。

「あの人、またそんなこと言っていたんですね」

 男は呆れた表情になり、頬をかいた。そして、顔をゆっくり上げると厚樹の顔を情けなさそうな表情で見た。

「銀行にいたのは本当です。でも退職した後は奥さんと二人でこのマンションに住んでいました。ただの住人として。でも二年前に奥さんは亡くなって、そこからあの人は少しおかしくなって………自分をヒーローというようになって………奥さんを守れなかったのが、悔しかったのでしょう」

 厚樹には男の話がうまく飲み込めなかった。

「奥さんを守れなかったから、ヒーローって………奥さんはどうして亡くなったんですか?」

 厚樹の質問に男は手に握ったロープの先端へ拳を滑り込ませて、もう片方の手でロープを引っ張った。拳の周りにロープがくい込みだした。直径三十センチほどあった円形が、直径五センチ以下に縮まった。

「ノイローゼ気味で、三十階の部屋からロープを首に巻いて、バルコニーから身を投げて。首つりと、飛び降りを同時に………このロープはもしかしたら、奥さんの形見のような気が………」


 竹田鉄二は今日もこのマンションの平和を影で、支えている。

 それは、どんな考えからなのだろうか。



  ー 了 -

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