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 エレベーターホールに続く廊下は防火扉で閉ざされている。非常階段へ続く道もエレベーターで降りる道も閉ざされている。

「管理センターがやったな」

 竹田がポツリとつぶやいた。

「管理センターが?」

 厚樹は流し目で竹田の表情をうかがった。

「ああ、あの人たちらしい」

 竹田はほくそ笑んで、一六〇一号室へ歩き出した。厚樹もその後に続いた。

「あの人たちらしいって、どういう意味?」

 厚樹は竹田の背後から問い掛けた。

「ゴミ袋を口にあてて」

 竹田は厚樹の問いかけが聞こえなかったのか、自分の立場での話をした。そして自分もゴミ袋を口にあてた。

竹田は一六〇一号室のドア横に取り付けられたインターホンのボタンを押した。

「ピンポーン」

………応答がない。もう一度鳴らしてみる。

「ピンポーン」

 ………応答はない。しかし、微かに人の気配はする。ドアの中央目線の位置に丸く象られたドアスコープが一瞬暗くなった。誰かが中から廊下の様子を確認しているのだろうか。

 竹田もドアスコープの変化に気づいたのだろう。表情に微かな変化が見られた。

「思ったとおりだ」

 竹田は独り言のようにつぶやいてから、ズボンの右ポケットの中へ手を入れて、何かを取り出した。右手の親指と人差し指の間に平べったい金属製の突起物をつまんで、自分の胸の高さで向きを確認した。

「それは、なに?」

 厚樹は竹田に訊ねた。訊ねるまでもないのだが、一応訊ねてみた。

「鍵だ」

 竹田は質素に答えた。

「いや、それは解っている」

 厚樹はもどかしそうに答えた。

「そうじゃなくて、どうしてそれを持っている」

 厚樹の問いかけを右耳で聞きながら、竹田は鍵を鍵穴に差し込んで、ゆっくりと時計回りに回した。「ガチャン」竹田の目的のファーストステップが開かれる音が廊下へ響いた。

「十七階の部屋で拾った。すべての部屋を開けることができるマスターキーだ。内装屋が置いていったのだろう」

 竹田は厚樹の質問に答えながら、一六〇一号室のドアを引いた。

「ガチャン」

 甲冑(かっちゅう)が擦れるような音が響いた。ドアを引いた竹田の手に重たい何かが響いた。

「キーチェンをかけていやがる」

 ドアと壁の間に、楕円形をした金属製のつらなりが真っ直ぐに張られている。

「おい、おまえの部屋にペンチはないか?」

 竹田が厚樹に訊ねた。

「ぺ、ペンチ?」

「ああ、金づちでもかまわない」

「ちょっと、探してくる」

 厚樹は走って自分の部屋へ戻った。

「ペンチか、金づちか………」

 クローゼットの下に積まれたアクリル制の三段積み収納ケースの一段目を開けると、ドライバーや六角レンチなどの工具が乱雑に並べられている。その中にペンチも一つ並べられていた。厚樹はペンチを握り外へ飛び出した。

「はい、ペンチ」

「はいじゃなくて、俺がドアを押さえているからこのチェーンを切ってくれ」

 竹田は厚樹に目で合図をした。厚樹は黙ってうなずき、ペンチの先でチェーンを挟み込んで両手で思いっきりグリップ部分を握りつぶした。

「ガチッ」

 チェーンは頑固にペンチの介入を拒否した。

「だめだ、硬くて歯が立たない」

「一度ダメだったからって、諦めるな。もう一回だ」

 弱音を吐く厚樹に竹田はハッパを掛けた。厚樹は再びペンチに力を込めた。「ガチッ」「ガチッ」ペンチはチェーンの半分まで食い込んだ。

「もう少しだ」

 竹田はドアを力一杯引きながら厚樹に声援を送った。厚樹はひたいに汗をにじませながら、三度ペンチに力を込めた。「ガッチャン」チェーンを形成していたリングの一つがアルファベッドのCのように形を変えた。

 Cの形をしたリングは、竹田が力を増して引いたドアからエネルギーがそそがれ、アルファベッドのJのように変わった。

「ガッガラン」

 Jに変形したリングは床にたたきつけられ、ドアを引いていた竹田も廊下にお尻から叩き付けられた。

「大丈夫ですか!」

 厚樹は竹田に駆け寄った。

「腰をうった。でも、大丈夫」

 竹田は腰をさすりながら立ち上がった。厚樹には還暦を超えたであろう竹田の姿が勇ましく見えた。また、いつかどこかで見た姿にも思えた。立ち上がって、一号室へ歩く竹田に厚樹は訊ねた。

「どうして、そんなに一生懸命なのですか?」

 竹田はにやりと笑って振り返った。

「男だからだよ」

 厚樹は竹田が発する気になにか大きな力を感じた。


つづく


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