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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

山から帰った弟

ーー弟のケンジがねえ、あれからおかしくなっちまったんだ。



 あれはもう数十年も前のことです。私達兄弟はいつも一緒に登下校をしていました。私達の通う小学校はとても小さくて、全員が顔見知りな程でして……。最上級生はというと、私とあと二人いましたが二人は女生徒でした。当時はまだ男子の方が上だという風潮が根強く、私はまるでその小学校のボスのようにしていました。


 実際に男子達からは「大将」なんて呼ばれて、良い気になっていたのかもしれません。体格も良く、腕っぷしにも自信がありました。中学生と喧嘩をして勝ったこともあったのです。


 弟のケンジはというと、当時小学三年生。こんがりと焼けた肌に坊主頭で腕も足もひょろ長くすばしっこい子どもでした。

 ケンジからも私はとても尊敬されているのを感じていました。何をするにも兄ちゃん兄ちゃん、と付いてくるのです。それを煩わしく感じた時分もありましたねえ。


 今考えると私も子どもっぽいところがありました。同じ齢程の男子達と力いっぱい遊びたいのに、金魚の糞のように付いてくる。それがどうにも恥ずかしくて。ケンジが周りにバカにされていると、自分が侮辱されているように感じて無性に腹が立つのです。


 あの日の帰り道もそうでした。いつもの帰り道ではなく山の中を通って帰ろうと言うことになりました。その山は小さな山でしたが、手付かずで草は鬱蒼と生い茂り、日の当たらない暗い山です。その暗く歩きづらい山道を冒険者のように越えて家に帰ろうと私達は意気込みました。


「ケンジには無理だ」

「ケンジに合わせてたら明日になる」


 上級生達はこぞってケンジを邪魔者扱いしました。そうすると私はやはりむっとします。お前は邪魔者のケンジを連れて先に帰れ、そう言われているような気分がしたのです。

 当のケンジはと言うと、仲間はずれにされていても気にしていません。にこにこと笑うだけで言い返しもしません。そんな態度がより一層のこと私を苛立たせるのです。


「じゃあケンジ、お前が付いて来たければ勝手に来いよ。俺達はこいつのこと気にせず進めば良い。こいつがのろのろ歩いてたら置いてきゃあ良いんだ」


 私はそんな提案をしました。みんなは良いね良いねと手を叩き笑います。ケンジはその意味が分かっているのかいないのか、相変わらずにこにこと笑っているだけでした。


 まだ空が暗くなる時間ではありません。意気揚々と山に入っていった私達でしたが、山の中は想像よりもずっと暗く足元は不安定でした。当時は携帯なんて持ち歩いていませんでしたから、ライトもありませんでした。

 じっとりと湿った重い空気。湿気った土の匂いがします。どこそこから聞こえる虫や鳥の鳴き声。自分たちの葉を踏みしめるカサカサという音に全員がびくびくしているのを感じました。


 それでも上級生と下級生とでは歩くスピードが全然違います。ケンジは最初こそすぐ後ろにぴたっとくっついていましたが、でこぼこの歩きづらい山肌に足を取られているのかしばらく行くと段々と距離が開いてきます。


「兄ちゃぁん、待ってえ!」


 そんな声が聞こえていましたが、わざと無視をしました。ここで弟のところへ行けばみんなに笑われると思ったのです。


「兄ちゃあん、兄ちゃあん」


 やがて小さくなっていく叫び声に嗚咽が混じり始めますが、それでも私は振り返りませんでした。このまま置いてけばいなくなるかな、もうみんなと遊ぶのを邪魔されないかな、そんな愚かなことまで考えていました。


 大人達はよくこの山に入るので、道ではない道があります。どこを歩いていけば知っている道に出られるかは暗い山でも分かりました。

 私達も必死に山を登ったり降ったりしながら、やっと遠くに街灯を見つけます。車道にあるわずかな街灯の明かりを頼りに、私達はあっと駆け出しました。その頃にはもうケンジの声は聞こえません。


 山から出られたことに安堵した私達は、誰かが言い出しケンジを待つことにしました。しかし待っても待ってもケンジは降りてきません。


「探しに行くか?」

「もう山に行きたくない!」


 女子達はとっくに泣きべそをかいていました。男子だけで行く案も出ましたが、私がそれを制止します。いつも邪魔ばかりされていたので、少し懲らしめてやろうという気持ちが出てしまったのです。


 一人で家に帰ると、両親に怒られました。いつも一緒にいるはずのケンジがおらず、山に置いてきたと言うのですから怒られて当然です。それでもまだ、ケンジのせいで怒られた、と感じていました。


 すっかり日が落ちてもケンジは帰って来ませんでした。両親は山に探しに行っています。近くの駐在さんも一緒に行きました。ですがケンジは見つからなかったそうで、先に母親だけがひどく狼狽した様子で帰って来ました。


 朝になってもう近所中が大騒ぎになってしまいました。ケンジが帰って来ないと、母が知り合い中に電話をしたからです。みんなで探そうと、話が大きくなっていきました。


 しかしその大捜索は、すぐに終わりを告げることとなります。ケンジが自ら山を降りて来たのです。ケンジは顔中を血でべたべたにしていました。腹まで真っ赤です。何かを貪ったかのように見えました。母が気を失い、父が泣きながらケンジの体を確認します。私は足ががくがくするのを堪えることしか出来ませんでした。ケンジは無傷でした。


「ケンジ、それはどうしたんだ」


 父はしどろもどろにそう聞きました。ケンジはにこにこといつもの笑顔です。真っ赤に汚れた口をにぃと横に伸ばして、不気味でした。


「クモツ、クモツ」


 にこにことそう言いました。供物、と言ったのではないかと今では思います。その時の様子にぞっとして、私はしばらくケンジと距離を置こうと思ったのです。


 しかしそれからでした。ケンジはあれほどべったりだったのに、すっかりくっついて来なくなりました。一人でいることが増えました。最初はやっと一人になれたと嬉しさを感じていたのですが、どうにも様子がおかしいのです。


 やがてケンジは冷蔵庫から生肉を取り出してそのまま口に運ぶようになりました。近所の犬を噛み殺して咥えたまま帰って来ます。それはケンジがよく可愛がっていた犬でした。同級生の太ももを噛みちぎって帰って来た日もありました。学校から連絡があり母はまたパニックになりました。その後ケンジはにこにこと肉片を咥えて帰って来ました。母は失神しました。


 そんなことが続きケンジは寺に連れて行かれたのですが、お寺でもどうにも出来ないと言われたそうです。ケンジが落ち着くまでは軟禁のような形で一人では外に出さないようにしました。せっかく一人になったと思ったら、今度は監視をしなきゃいけなくなったのです。


 あれから何年も経過し、私達は大人になりました。いつの間にかケンジの奇行を見なくなりました。あの日何があったかを尋ねますが、今でもケンジは答えません。にこにこと笑うだけです。


 一体あの帰り道で、ケンジに何があったのでしょうか。そして、彼の奇行は本当に収まったのでしょうか。私にはどうも、まだ彼が一人でこっそりと何かをしているのではないかと、そう思えて仕方がないのです。



お読みいただきありがとうございました!

毎年滑り込んでたのですが今年は超遅刻です笑。

さっき「今日までやん!」と気付いたので筆を執りました。(スマホ開きました?)

ぜひ去年、一昨年の夏ホラー企画参加作品もご覧くださいませ。楽しんでいただけたら嬉しいです。



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― 新着の感想 ―
心霊よりも心霊に取り憑かれて狂った人間の方が怖いというのを思い知らされるお話。 敬遠していた弟を監視しなければならなくなったというのも皮肉が効いてて良いオチやねぇ。
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