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9.

9.


 夜が明ける前、身震いするような冷気が漂う。

 ジルベルトは眠るアデルを物音を立てない様に細心の注意を払いながら見つめていた。アデルが少し身じろぎ、暖を求めて布団の中で丸くなる。


 金褐色の長い髪に手をかけようとしては、止めた。彼女に指一本触れないと約束したためだ。

 自分から言い出した事とは言え、目と鼻の先に居る彼女に触れられないのは辛い。切なげに眉を下げて、彼女の眠る表情を見守る。

 すやすやと眠る表情は幼く見え、3歳の時分の彼女を彷彿とさせた。


『あなた、お外の世界を見た事が無いの?』

『うん……身体が弱いから。』

『そんなの、すぐに良くなるわよ!あたし、おまじないしてあげる!おまじないしたら、みんな良くなるのよ?メイドのマリーだって、お父さまだって、お兄様だって!みんなよ?』

『そうなの?君は凄いね。』

『そうなの、あたし強いの!あなたを守ってあげる!』


 今も瞼の裏について離れない、花が咲くような笑顔。あの時から、己の心は彼女に預けたままだ。念願叶って、やっと結婚にこぎつけることができた自分を褒めてやりたい。


(……俺は君に救われた。)


 恐らくアデルは覚えていないだろう、ジルベルトと幼い頃に出逢ったことを。

 彼女に肩を並べたくて、強い彼女を守れる男になりたくて。彼女の為に、強さを求めた。この立場も、彼女の為に自ら望んだことだ。


(今度は、俺が守るから……必ず。)


 ジルベルトは深く決意して、寝室を後にするのだった。





「ああ、やってしまったわ。」


 アデルは自室でアンナに髪を梳かしてもらいながら顔を覆った。不覚だ。全くの不覚だ。アデルは悔やんでも悔やみきれない。

 アデルが大きなベッドで覚醒した時、ジルベルトの姿は既に布団の中に無かった。全く気付かなかったアデルは、間諜失格だと嘆く。


「ジル様が起きるのに気付かなかっただなんて!一生の不覚だわ!」


 アンナは「おじょーさまなんともなくてよかったの~。」と嬉しそうに言っている。

 そう、本当に()()()()()()


 ジルベルトは宣言通り、ベッドの中でアデルに指一本触れる事は無かったのだ。正直、抱きしめられるくらいするのかと思っていたのに。

 髪に香油だって垂らしたのに。しかもダマスクローズの値の張るやつ。ものすごく恥ずかしい。


「あああ、穴があったら入りたいわ〜。」


 王宮の侍女には、乱れていない寝具とアデルの様子で昨夜の事情について知られる事となっただろう。

 まぁ、第三王子は伏せっている設定だから、その方が都合が良いのかもしれないが。同情的な顔で「朝食はお部屋にお持ちします。」と言われてしまった。第三王子の信頼の無さよ。確かに何もなかったが。


 しかし、今のアデルにとっては唯一の救いであった。変な気を回されて第三王子の私室で朝食にしようと言われたらどうしようかと思った。

 いったいどんな顔をしてジルベルトと会えというのだ。


「朝食をお持ちしました。」


 ドアの外に足音が2名ほど止まったと思ったらドアをノックされた。そろそろかと思っていた。


(ねぇねぇ、先輩が言ってたんだけど~、アデル妃は夫婦の寝室に今朝お一人で待ちぼうけされていたんですって!)

(や~だ~、だって初夜でしょう?そんなことある~?)

(だってほら!今際の際の第三王子だもの!昼間は結婚式だったらしいけど、メイド仲間、誰も姿を見たことが無いっていうじゃない。きっと()()()の方まで頑張れる体力が無いのよ~。)

(え~わたしだったら浮気しちゃう!アデル妃お可哀そう~。)


 ドアの向こうでコソコソ噂する位ならアデルの耳に入らないと思わないで欲しいものだ。しかし、今朝の出来事がこのように尾ひれ羽ひれついて廻るものなのか。早すぎだろう。

 しかし、待ちぼうけされた可哀そうな妃になっていたとは。アデルはそれらしくした方が良いかしら?と小首を傾げた。

 わざわざ窓際に椅子を動かして窓辺に肘をついてやった。アンナに指示をしてドアを開けてもらう。


「「失礼いたします。」」


 二人のメイドが頭を下げて入室してきた。銀盆にはサンドイッチと果物にミルク。それに温かいスープが載っている。朝からフルコースというわけではなくて安心した。


 二人のメイドはさすがに部屋では無駄話をしないようだった。部屋に設えてある小さなダイニングテーブルに銀盆を置いて、取り皿とカトラリーをセッティングしていく。

 しかしこの間、二人の視線を感じていた。ちらちらと盗み見ていたことに気付かないアデルではなかったのだ。


 さも悲し気に目を伏せて、窓の外を見ている様子は、傷心の令嬢を醸し出せただろうか。アンナにはアデルの近くで静かに佇んでもらう。

 二人のメイドはそそくさと用事を終えると頭を下げて、「ごゆっくりどうぞ。」と言い置いてドアを閉めた。


 廊下からキャッキャと話し声が聞こえた。噂はさらに膨らむことだろう。ジルベルトの彫刻のような顔が歪む様を思い浮かべる。感謝して欲しいものだとアデルは胸がすく思いだった。


「さぁ、イアンも呼びましょう。朝食よ。」


 けろりとした様子で椅子から立ち上がるアデルの周りで、アンナが「わーい!」と言ってはしゃぐ。

 アンナはアデルの私室の横に併設されたアンナとイアンの部屋に飛び込んだ。イアンの「ちょっと待て!今ここ大事なところ!」と叫んでいる声が聞こえる。

新作の武器を作っていたのだろう。

 アデルは手ずからコップにミルクを三人分注いで、今日も平和だと穏やかな気持ちになるのだった。


 朝食の後、片付けに現れたのは食事を持ってきたメイドとは違う者たちだった。……これは。アデルがドアを見る。アンナとイアンが警戒態勢でドアに向かって構えた。

 玄人の足音だ――つまり()()()()の人間である。

 トントンというノックと共に、聞いたことのある足音が混じる。アデルは片手を挙げて二人の警戒を解いた。ジルベルトである。


「どうぞ、開いておりますわ、ジル様。」


 ガチャリとドアノブを回して入ってきたのはやはり、ジルベルトであった。しかし、その容姿を茶髪に藍色の瞳と姿を変えている。

 髪は降ろされ、長めの前髪が目に掛かっていた。一見するとその辺に居そうな青年である。

 身に付けているのも、王城の騎士服だ。腰には愛刀のサーベルを帯剣していた。


(そういえば、好きだと言われたけれど、わたくしの何を持ってお好きになられたのかしら?お会いしたことは無いはずなのに。)


 アデルは内心首を傾げた。よく見ると、ジルベルトの表情は少し暗い。

 お喋りの年若いメイドたちの姿を思い浮かべて、アデルは口元にだけ笑みを浮かべた。

 ご愁傷様、と口の中で呟く。


「おはよう、アデル。……さっそくだが、昨夜言っていた者たちを連れて来た。紹介しても良いだろうか。」


 ジルベルトの言葉に頷いて「宜しいですわ。」と言いながらちらりとアンナを覗う。アデルの視線を捕らえたアンナが首を傾げていた。


「失礼いたします。」

「やっほ~。ヒュー可愛いじゃん妃殿下ちゃん!お頭やる~。」

「言葉を慎めザック、王族の前だぞ。恥をかくのはお頭……殿下なんだからな。」

「もーダインったらわかってるよ~。」


 まずは屈強な茶髪の強面の青年ダインと、黒髪のひょろりとしたの青年ザックが一礼して入室する。


「言葉遣いは普段ここまで悪くはないから安心しろ。二人はこう見えて私の優秀な侍従だ。」


 一人称が私に戻っている。ジルベルトが簡単に紹介をした。二人はジルベルトの背後にピタリと付く。

 ザックがひらひらと此方に向かって手を振ってきた。見咎めたダインが肘鉄砲を食らわせている。

 また癖のありそうな侍従だが、ジルベルトの言うことは本当なのだろう。二人とも身のこなしに隙が無い。


「3人を呼べ。」


 短くジルベルトがダインに告げた。ダインはドアを開けると手招きして「入れ。」と短く言う。


「「「失礼いたします、妃殿下。」」」


 次々入ってきたのは、王宮の侍女服に身を包んだ3人の女性達だった。入ってきた3人を見て何かを察したのかアンナがぴくりと動く。


「右から、リリー、ルナ、ベラだ。」


 一糸乱れぬ礼に、軍隊の小隊を思わせた。訓練されているようだから、多分そうなのだろう。歳はリリーが16歳、ルナが19歳、ベラは14歳だと説明を受ける。


「私は今から別件で城を離れる。彼女たちの間諜の適正確認含めて処遇を決めて欲しい。使えないと思ったら切ってもらっても構わない。……頼めるか?」


 ジルベルトがそう言って藍色の瞳をアデルへ向けた。


「ええ。」


 アデルはそう言ってジルベルトを見返す。


「ところで、その姿の時にジル様とお呼びしてもよろしいのですか?」


 アデルは肝心なことを聞いていなかったと思い問いかける。きっとこの姿でなら城の中をうろついてることが想像できたからだ。

 市井でもよく居そうな、ごく一般的な出で立ちに見えた。そうだ、きっとそんな感じで彼の姿に既視感を覚えたのかもしれない。


「ああ、そうだった。城内で動く時は第三王子付きの護衛騎士『ルート』として動いている。失念していた。話を合わせてくれ。」

「承知いたしましたわ。」

「では頼んだ。」

「御心のままに。」


 ジルベルトは侍従二人を伴って嵐の様に去っていった。


お読み頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

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