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 そして、結婚式当日。

 王室ゆかりの歴史ある教会の控室に、母と共にアデルはいた。

 母ミーアはアデルを慈愛の籠った瞳で見つめながら、娘の後れ毛を整えたり、その手を擦ったりしている。まだベールダウンはしていない。

 金褐色の髪は低い位置でシニヨンに纏められていた。その額の上にはパールとダイヤの散りばめられたティアラが輝く。

 教会の窓から差し込む光が花嫁を照らした。同じくパールとダイヤのイヤリングとネックレスが美しい天上の白を演出する。

 結婚式用のパリュールは、天然パールとダイヤモンドをあしらった可憐なデザインのものを選んだ。色付きの石では、指環が目立たないのでは、と考慮した末の決定である。

 しかし、それを抜きにしても清廉な印象の強いパールとダイヤのパリュールは花嫁の美しさを引き立てていた。


 ドレスと揃いのショートグローブを嵌めた手には、白い鈴蘭とヒヤシンス、それに蔦を使用したブーケが握られている。

 因みに鈴蘭とヒヤシンスはアデルの好きな花だ。鈴蘭の花言葉は純粋、白いヒヤシンスの花言葉は心静かな愛。

 花嫁に相応しい花言葉だが、どちらも有毒性の植物である。この二面性が魅力的だ。

 

 ミーアと穏やかな時間を過ごしていると、教会のカリヨンが鳴った。式の開始を知らせる合図だ。

 ミーアが名残惜し気にアデルに手を差し出した。


「さぁ、アデルちゃん。お母様と手を繋いで参りましょう。」


アデルは差し出された母の手を取ると立ち上がる。

 こうしていると、流石に嫁いでいくのだという実感が湧いてきた。思いの外、母が神妙な表情をしている。

 ミーアとは一言も交わす事なくチャペルへ続く廊下を歩いた。繋いだその手先は冷えていた。

 そしていよいよ、チャペルの前で父マイケルが待ち構える場所までやってきた。


「お父様、お母さま。……今まで育てて頂いて、ありがとうございました。」


 チャペルの扉の前で両親が揃い、アデルを眩しそうに見つめる。

 胸に来る想いは様々にあった。それこそ一言では言い表せないくらい。

 だが、アデルの喉を突いて出たのは、ありきたりだがこれに尽きるという言葉だった。ミーアがそれを聞いて目じりにハンカチを当てる。

 うるうるとした眼差しでアデルの頬を包むと、アデルは見計らったかのようにそっと屈んだ。ミーアが音もなく目の細かいレースで出来たベールを下ろす。ベールダウンだ。

 父マイケルが腕を差し出して、そこへそっと腕を添える。愛しい夫と娘の背を、母が泣きながら見送った。

 重厚なチャペルの扉の前に立つと、中からパイプオルガンの荘厳な響きが聞こえてくる。結婚式定番のゆったりとしながらも重厚感のある音楽だ。そして、扉が開かれた――。


 ぱっと視界が白くなる。天井にいくつも嵌められたステンドグラスが輝き、聖なる道は光に溢れていた。

 ヴァージンロードの先に待つのは、夫となる第三王子ジルベルト・ヴィン・クリーフ殿下だ。ジルベルトも白い花婿衣装に身を包んでいる。

 一ヶ月ぶりに見たからだろうか、ステンドグラスの光に照らされたその姿は天が創造した彫刻のようだ。どうしよう、見劣りするかもしれない。

 アデルは深呼吸した。一歩一歩、父マイケルにリードされながら歩を進める。

 あっという間にジルベルト殿下の元へたどり着いた。父がそっと背を押して、アデルが一歩前に進み出る。

 ジルベルトが差し出した手を取る瞬間、父とジルベルトの視線が交わり、互いに頷いたのが分かった。


「娘を頼む。」


 小さく呟かれた父の声に、アデルは目を瞠る。

 何度か目を瞬かせて、胸に迫る思いを嚥下した。ジルベルトはしっかりと頷くと、アデルの右手を恭しく取り祭壇の前へ誘う。


 祭壇の前には大司教が厳かに佇んでいる。その後ろには、この国の民が信仰を捧げる女神が微笑んでいた。

 そして、朗々と始まる大司教の祝詞を聞いた。祝詞が終わるといよいよ結婚の宣言に入る。大司教が厳かな口調で宣言を始めた。


「汝、ジルベルト・ヴィン・クリーフ。あなたはアデル・コルベットを妻として、この者を最愛とし、いつ如何なる時もその身を愛し、敬い、慰め合い、共に助け、その命ある限りの真心を尽くすと約束するか。」


「約束する。」


 ジルベルトの宣言が、朗々とチャペル内に響き渡る。


「続いて、汝、アデル・コルベット。あなたはジルベルト・ヴィン・クリーフを夫として、この者を最愛とし、いつ如何なる時もその身を愛し、敬い、慰め合い、共に助け、その命ある限りの真心を尽くすと約束するか。」


「約束いたします。」


 アデルの宣言が、涼やかにチャペル内に響き渡った。


「では、双方。此方に署名を。」


 ジルベルトが羽ペンをさらさらと動かし署名を終える。アデルもジルベルトにならい、署名を終えた。


「指環の交換を。」


 大司教に差し出されたリングピローからジルベルトが例のブルーダイヤの指環を取る。アデルは左手のグローブを取り外し、ジルベルトに差し出した。するりと冷たい感触が左の薬指を通る。

 続いてアデルが金のやや太い土台に見事なカボションカットのエメラルドが嵌められた指環を手に取った。


 これはアデルが宝石商に頼んで準備したものだ。お互いの瞳の色を贈るなど、相思相愛でもないのにとは思ったが、ジルベルトの準備した石の色を思えば、こうしなければ釣り合いが取れないような気がしたのだ。


 アデルはその指環をジルベルトの左の薬指に通す。ジルベルトの指の腹は厚く肥厚しており、剣を握る男の指だった。その手の感触に不思議な気持ちとなる。

 ……この手に素肌を抱かれることが来るのだろうか。たぶん来るのだろう、夫婦になったのだから。

 アデルはなぜ今まで考えなかったのだろうと不思議に思いながらジルベルトの手を離した。


「誓いのキスを。」


 ジルベルトがアデルのベールに手を伸ばす。アデルが少し屈むと、そのまま流れるようにベールが上げられた。ふと見えたジルベルトの顔が驚きに目を見開く。

 アデルはジルベルトに向き直り、顔を少し上げて目を閉じた。

 ふっと目の前の人が動く音がして、唇に温かい感触が触れた。それは一瞬で離れていく。

 瞼を持ち上げると、ジルベルトと目が合った。お互い少しの間表情を変えずに見つめ合い、大司教へと向き直る。


「これをもって、二人を夫婦と宣言する!」


 大司教の声に、カリヨンが鳴り響き、パイプオルガンが歓喜の歌を歌う。

 列席したのは国王と王妃。それにコルベット伯爵夫妻だけであったが、式は感動的でしめやかに営まれた。

 ヴァージンロードをジルベルトにエスコートされながら、結婚式なんてどうでも良いと思っていた過去の自分を恥じた。

 仕事命だったアデルにも、どうやら乙女の心の片鱗があったらしい。自分でも感動するなんて吃驚である。これだから令嬢達はみな結婚式に憧れるのか。

 ……しかし、カリヨンとパイプオルガンのダブル演奏は無しで良いと思う。どちらか一つでいいと思う。

 アデルは退場の間、自身の耳を塞がなかった事に対して自分を褒めてあげたかった。

 

 


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