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アデルが話に釣られてつい頷いてしまった後、マイケルより詳しい説明がなされた。
何でも、ジルベルトは幼い頃こそ身体が弱く病床に伏せがちであったのだが、成長するにつれて健康な体を手に入れたのだという。
そして、健康になって気付いてしまった。ジルベルトの上には二人の優秀な兄王子がおり、自身には何も期待されていない、ということに。
とにかく、ジルベルトの周囲には煩く言う人がいなかった。
病弱だった反動からか、身体を動かす事が好きなジルベルト。特にのめり込んだのが剣術だった。
色々と好き勝手した結果、戦争国家である隣国、ガダル国に武者修行へ出かけたのだという。そして、戦闘狂の渦巻くアンダーグラウンドな世界で戦いに明け暮れる事3年。
とうとう50名ほどの戦闘狂たちを束ねて、頂点に立つまでに至る。それをクリーフ国に持ち込んで第三王子個人付きの、戦闘特化特殊部隊を作ったという事だ。
第三王子、放浪癖があったのか。隣国に出て勝手にしすぎだろう。
ジルベルト曰く、国政は兄二人に任せておけばよい。ならば自分は力で国に貢献しよう。そう思った結果なのだという。
……本当か、好き勝手した結果なのではないのか。
その功績を陛下に認められ、第三王子付きの特殊部隊は≪虎≫の称号を与えられる事となった。
≪梟≫との違いは梟が王家に忠誠を誓うのに対し、虎は第三王子に直接忠誠を誓う身である、という事だろうか。
≪虎≫の役割は主に国境周囲の鎮圧である。ジルベルト本人こそ王都に居るものの、≪虎≫の構成員は殆ど国境に配置されていた。
≪虎≫で対処出来なければジルベルト自身が赴く事もあるという。
では虚弱体質、諸々はどういうことかというと。
武者修行の間中、王子の居室で常にダミーをベッドの中に置いていたとのこと。
事情を知る、信頼できる侍従を置いて、自室へ近寄らせない様にしたらしい。
丸3年周囲の使用人たちが部屋に籠って全く顔を見せない三王子のことを重病なのではと噂した。結果、今際の際にあるとまで囁かれるようになったのだという。
「健康だとバレたら公務をしなくてはいけないじゃないか。まあ、隣国へ出かけた時から第三王子としては死んだも同然だ。私も都合がいいから黙っていた。」
と開き直った顔で言われている。アデルは既にこの男と夫婦としてやっていけるのか一抹の不安を覚えた。
ジルベルトの特殊な立ち位置から、生半可な令嬢では妃は務まらない。そこでアデルに白羽の矢が立ったという訳である。
≪梟≫筆頭の娘であるアデルだ。ジルベルトの仕事上、あるいはプライベートの良きパートナーになろだろうと王家側から打診があったらしい。
放浪癖はともかく、好戦的な隣国でのし上がる実力を持つジルベルトである。コルベット伯爵は父としても、≪梟≫筆頭としても娘の嫁ぎ先はジルベルトの元が最適だろうと二つ返事で了承した。
「可愛い娘を生半可な男に嫁がせるわけにはいかないからね。」
優雅な貴族の笑みを浮かべながらマイケルは頷く。気の抜けた表情を晒すアデルは陰に隠れながらめそめそと双子が泣いていることに気付いた。
「ま、まぁイアンにアンナ。どうしたの?こちらに出ていらっしゃい?あなたたちの事を虐めたりなんてしませんから。」
アデルがおいでおいでと手をこまねくが、二人は揃って頭をぶんぶん横に振っている。
「うぇっ、うえっ、おじょーさま、アンナのこと置いてっちゃう?」
「お嬢が王宮に行っちゃうなんて嫌だよぅ~。」
ぷるぷるとしながらカーテンの陰に隠れてオレンジ色の丸い瞳からぼろぼろ涙を零す双子に胸キュンが止まらない。アデルは双子の所に駆け寄ると、ぎゅっとその腕に抱きしめた。
「二人とも大丈夫よ。……安心して、わたくし大事な二人を置いてったりなんてしないわ。」
「ほんとに~?アンナ、おじょーさまから離れたくないよ?」
「そこの奴が許してくれるのかよ……。」
アンナが縋るような目でアデルの服の裾を掴み、イアンがジルベルトを恐々と言った様子で盗み見る。ジルベルトは笑みを張り付けたままだ。
「大丈夫よ。わたくしの大事な二人を置いてこいだなんて、まさか殿下が言えるはずないわ。ねぇ、殿下?」
ジルベルトはそうだね、と張り付けた笑みをさらに深くした。
「そ、そうだな。あー……、アデル嬢が私の事をジル様と呼んでくれるなら、良いだろう。あっ、因みにその場合、私も君の事をアデルと呼ばせて貰おうか。」
ただではうんと言わない性格らしいが、それは駆け引きのつもりなのだろうか。
アデルは半目になりながら「それではその様にお願いします。」と答えた。
やった!と思った以上にジルベルトが喜んだのだが、それはどうでも良いことである。「よかったわね~二人とも!」と両腕を広げたアデルの腕の中で双子がアデルに抱き付いていた。
「というか、わたくしに許可など取らずに普通にアデルと呼んでいただいても構いませんのよ?ジル様。」
アデルがジルベルトに向き直って言うと、ジルベルトはその場に佇んで天井を見上げた。
「…………愛称呼び、尊い。」
意味が解らないのだが。
ジルベルトは一頻り余韻に浸ってから、緩んだ表情を締めてアデルへ向き直った。
「私は、アデル……君が少しでも不本意だと思う事をしたく無かったのだ。」
「何故ですの?王族に従うのが臣下の務めですわ。」
アデルが詰め寄ると、ジルベルトはぐぅ、と言いながらも引かなかった。
「私は、……アデルとは王族と臣下以外の形でも結ばれたいと思っているんだ。」
「は?」
言っている意味が解らず聞き返すが、ジルベルトは明後日の方を向いてしまい、それ以上答えようとしない。
……どういうことだ、王子妃など、臣下以外の何者でもないだろうに。
「つまり、そういうことだ。あ、結婚式は1か月後になるからよろしく頼むよ。……私の都合上、大きな式が出来ない事は申し訳ないが。」
ジルベルトはすまなそうに眉尻を下げる。まぁ、一般的な令嬢は結婚式に夢を見るというから、ジルベルトがそれを慮った結果なのだろう。
アデル自身は結婚式に特にこだわりが無かったため今一ピンとこないのだが。
「何も問題はございませんわジル様。何なら式など無くして結婚証明書に署名だけ書いてしまえばよろしいのでは?」
「いや、それだけは絶対だめだ!」
「そうだぞアデル!私とミーアの可愛い娘の門出をそのように寂しい形にしてもらっては困る!」
なぜ男性陣が結婚式に拘っているのか不明だ。花嫁が不要だと言っているのに。
ジルベルトとマイケルは、式はあの教会で、参列は家族だけで、衣装はどこどこに依頼して……などと言いながら盛り上がっている。
「アデル、私はっ。……ヴァージンロードを娘と歩いて泣きながら花婿に渡すという事を一回はやってみたかったのだよ。」
親指を立ててとっても良い笑顔で、父マイケルはアデルにそう言うのだった。
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