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本日ラスト分!よろしくお願いします。
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翌朝、3時間の睡眠で目を覚ましたアデルは早朝からアンナの手を借りて身支度を念入りに仕立てていた。朝から来客があると言っていた父である。
もしかしたら客と鉢合わせることだって考えられる為、身支度を抜かりなく仕上げる必要があった。
今日はアンナの選んだラベンダー色のドレスと、それより少し濃い紫色の石がついたヘアコームである。
まずは金褐色の髪が光り輝くまで梳かして、緩く一つに編み込んだ。後れ毛を少し出して、丁度項の少し上の位置にヘアコームを挿す。
アンナが会心の出来、と言って親指を突き立てた。それを真似てアデルも親指を突き立てる。
「どうかしら、アンナ。」
「おじょーさまは世界一綺麗で可愛い。アンナ、ほしょーする。」
アンナはアデルの周囲をくるくる回りながら嬉しそうに花びらを撒き散らし始めた。
赤、黄、白、ピンク、色取りどりの花びらが宙を舞う。イアンが扉をノックして入ってくると、うげぇと嫌そうな声を出した。
「アンナ!誰が掃除すると思ってるんだ!」
「もちろん、イアンだよ~。」
「ちょっとは自分で掃除しろよ!」
「アンナ、お掃除苦手~。」
イアンがアンナに詰め寄るのに対して、アンナは逃げ回るものだから、アデルはさっきから周囲を双子にくるくる回られていた。
アデルは小さく溜息をついて、軽く両手を叩く。双子が動きを止めて、アデルの前にピタリと立ち並んだ。
「二人とも、じゃれるのはそろそろお終いよ。それからアンナ、お掃除は二人で一緒にすること、良いわね。」
アンナが注意を受けてぐっと言葉に詰まり、は~い、と力なく答える。イアンはそれ見たことかとアンナにどや顔していた。
「二人とも、準備が終わったから今からお父様の所に向かいます。恐らく、応接室でお客様をお待ちしている頃だと思うわ。一緒に来てくれるわね?」
二人は顔を見合わせて、勿論、と頷いた。
コルベット伯爵専用の書斎の向かいには、同じく専用の応接室が存在する。王族を通すことも多いので、その部屋は特に防音設備に優れていた。
流石のアデルでも中の音まで聞こえない。……というか、聞こえなくなるまで父が改修したのである。
アデルは双子を伴って父の応接室へ向かった。応接室前で、イアンが扉をノックする。内側から父の執事がドアを半分開いた。入れという合図である。
アデルはイアンに目配せすると、そのドアを開けさせた。音を立てずに入室し、優雅にカーテシーをして見せる。
「お父様にはご機嫌麗しく。」
顔を伏せたまま父の反応を待つ。父が鷹揚に頷く気配がした。
「ああ、顔を上げていいよ。それで、可愛い我が娘、何用かな?」
アデルは目線のみを上げかけてから客人の足に気付く。……一足遅かったようだ。
「……あら、お客様がお見えでございましたの、ね。」
顔を優雅に上げて、時を一瞬止める。客人の男性は彫刻のように整った顔立ちをしており、黒地に銀の装飾がされた服を着ていた。
眩い銀髪から、王族の関係者であることがわかる。しかし、問題はその眼だ。
……昨夜の刺客と同じ、アイスブルーの隙のない目。瞬間、双子がうなり声を上げながらアデルの前に立ちはだかった。アデルは我に返って双子を諫める。
「アンナ、イアン、お控えなさい!お父様のお客様でいらっしゃるのよ。」
アデルが指図するが、双子は珍しくその指示に従わなかった。
「知らない!いやだ、おじょーさまとられちゃう!」
アンナがついに鎖鎌を取り出した。
「お嬢!こいつ危険だ。今すぐ逃げた方が……。」
イアンが言いながら手甲鉤を両手に装着して前に少し出る。と、目の前の客人がゆらりと揺れた。視界で捉え切れないほどのスピードで、イアンが応接室の宙を舞う。
がはっ、と声を上げて口から少量の血を吐くと、イアンが床へ力なく倒れた。
「いや、さすがコルベット伯爵家のご令嬢だ。……仕留めそこなった。」
冷えた視線が上から投げかけられる。アデルは双眸に暗い焔を宿して客人のサーベルをダブルタガーに受けていた。
「……お客様、お戯れが過ぎますわ。」
ギリギリとサーベルを受け止める腕に力を入れて、思いっきり弾き飛ばす。客人はサーベルで空を切ると流れるように納刀した。
「いや、失礼。……躾の行き届いていない犬だったものでつい、ね。」
客人はそう言うと、イアンとアンナをギロリと睨みつける。蛇に睨まれたカエルのように動きを止めたアンナは、次第にがくがくと震え始めた。
イアンも地に伏したまま細かく震えている。アデルはタガーを納刀すると、二人の前に出て非礼を詫びるために深くカーテシーをした。
「全ての責は、主人であるわたくしにございますわ。……お気を悪くされたのであれば、わたくしがお詫びをいたしますので、何なりとお申し付けくださいませ。」
「ほう。」
客人はそう言うと、アデルを値踏みするように見つめた。父、マイケルは様子を見守りながら、にこにことしている。にこにこ……ん?
「では、……私との結婚を受け入れるということで良いんだな?」
とっても良い笑顔で客人が詰め寄りアデルの両手を掴んだ。……んんん?
「えっ……と、貴方は……?」
「アデル、良かったね。ジルベルト殿下に気に入って頂けたようだよ。」
父がにこにことしながら爆弾を落とす。ジルベルト殿下……ジルベルト殿下!?この人が今際の際にあると噂の第三王子!?
アデルはジルベルトの頭の先からつま先まで、見まわした。肩程の銀髪を一つに括って、アイスブルーの瞳はどこまでも澄んだ秋の空のよう。整った顔立ちは正に彫刻だ。因みに、服の上からでも分かる程に、その体躯は鍛えられていた。
え、死にそうってどういうこと?滅茶苦茶健康体じゃない?アデルが目を白黒させていると、ジルベルトはそのままアデルの腰を抱えてくるくると回り始めてしまった。う、嘘でしょう!?
「ははは、そうかそうか、いや良かった。貴女にしか頼めない事だと思っていたんだ。」
思考が何処かへ飛んでいたアデルであったが、ここではっ、と我に返った。
……大体、こんなことされたの3歳の時お父様に遊んでいただいた時以来じゃない!
「お、お止めくださいませ殿下!それに……わたくしにしか頼めない事とはなんですの?結婚の理由をお聞きすることが先かと存じますわ!」
アデルはジルベルトの腕をトントン叩いて降ろしてもらう様に嘆願する。アンナとイアンも茫然とした表情でその様子を見守っていた。
「それにしても、その犬どもの嗅覚は鋭いな。主を盗られると判断したか、いや間違いではないのだが。人の感情まで嗅ぎ分ける……か。」
感心したようにジルベルトが双子の従僕と侍女に視線をやる。二人がびくりと大きく肩を揺らした。……先程の殺気が本当に怖かったらしい。
それもそうだと、アデルは未だに粟立つ自身の腕を擦った。心臓を間近で掴まれたかのような殺気だった。
あんな殺気を出すなんて……第三王子は王室でぬくぬくと育ったのではないのか?
ん?と不思議そうにジルベルトが呟いて父マイケルに向き直った。
「コルベット卿、もしや政略結婚の理由を話していないのか?」
「はは、殿下、物事には何事にも順序というものがあるのですよ。殿下と実際にお会いになった方が、娘としましては納得するかと思ったのです。」
マイケルがさも当然とばかりにうそぶいて明後日の方を見遣る。ジルベルトは目を瞬かせてがっかりとしたように肩を落とした。
「はぁー、卿よ。それは些か怠慢では……いや、よそう。アデル嬢、簡潔に伝えるから聞いてくれ。」
マイケルに詰め寄ろうとしたが諦めたのか、ジルベルトは頭を振ってアデルへ向き直った。
「我が妃となり、≪梟≫として私と共に、日の当たらない場所で国を支えて欲しい。……アデル嬢、結婚してくれ。」
その申し出にアデルは一瞬言葉を失った。マイケルがさらに笑みを深めてアデルの方を覗っている。
ジルベルトは恭しい仕草でアデルの片手を取り膝をつくと、手の甲に流れる所作で口付けた。
「引き受けて頂けるだろうか?私と結婚した暁には、貴女の間諜としての手腕を如何なく発揮して頂きたいと考えているのだが。」
アデルはぐっと唇を噛んだ。父はずるい、わかっていたのだアデルが仕事好きで、≪梟≫としての名目で請われれば断れない、ということを。それに、王族絡みの間諜の仕事など、そうそう受けられる物でもない。刺激的な生活になること、間違いないではないか。
それに、とアデルはごくりと喉を鳴らした。先程のジルベルトの殺気……実を言うと、惚れ惚れしてしまった。まだ胸の動悸が収まらない。
両親が互いの殺気が原因で結婚したという話を思い出し、アデルはこんな形で両親の気持ちを知ることになるとは、とコルベット伯爵家の血筋を恐ろしくすら思った。
「殿下……、」
アドレナリンが全身を巡り、ドクンと大きく心臓が鳴った。
「しかと承りましたわ。」
こうして、第三王子ジルベルト・ヴィンクリーフとコルベット伯爵家令嬢アデル・コルベットの間に政略結婚が成立した。
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