13.
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バークシー公爵主催の夜会当日。
アデルは第三王子妃として、アイスブルーのドレスを身に纏っていた。パリュールはプラチナとサファイアの物で揃えて、第三王子の色を現している。
揺れる馬車の中、侍女姿のアンナとベラに挟まれて座るアデル。その前には茶髪に藍色の瞳、変装姿のジルベルトが騎士の正装に身を包んでいた。
「何故、ルートが此方にいらっしゃるのかしら?……公の場で第三王子妃に第三王子の護衛騎士が侍るだなんて、あらぬ疑いをかけられましてよ?」
アデルが半目になりながら変装姿のジルベルト……もとい、ルートを見遣る。
「アデルをエスコートする役が必要だろう?」
「……兄か、父を頼ろうと思っておりましたのに。」
「いや、それには及ばないだろう。婚姻を結んだ妃のエスコート役は夫である私の役目だ。」
「でも、これでは第三王子の力量不足を示すようなものですわ。」
エスコートするのが自分だというのが決定事項だとでも言うように、ジルベルトが毅然した顔でアデルを見てきた。アデルは頭を抱えてしまいたくなる。
ベッドでは指一本触れないと宣言してきたかと思えば、夜会では当然の様にエスコートしようとしてくる。
……第三王子としての立ち場を脅かすかもしれない危機を冒してまで、だ。
アデルは膝に置いた両手をぎゅっと握りしめて唇を嚙み締めた。ジルベルトと結婚してからというものの、彼の一挙一動に動揺する自分が自分らしくなくて、アデルは時折慟哭したくなる衝動にかられる。
まさに、今がそうだった。
「アデル、そんなに心配なくともルートとしての立ち振る舞いには慣れているから、大丈夫だ。ルートとしては王家の騎士団にも所属しているし、第三王子付きの騎士であるという事実もある。……甲斐性の無い第三王子より、よっぽど信頼を得ているから安心して欲しい。」
「甲斐性の無い……だなんて。あまりにも不敬です。」
「怒ってくれているのか?私はこれでいいと思っている。第三王子としては甲斐性が無いのは事実だからな。城内に広がる私の噂は初日に君も聞いたはずだ。」
「っ!」
アデルは初夜の朝、メイド達が部屋の前で話していた内容を思い出した。この人は甘んじてこの状況を受け入れているらしい。
もしかしなくても、リリー達を初夜の前から紹介しなかったのは、結婚しても第三王子が病弱であるという印象を消したくなかったからだというのだろうか。
……それでは、初夜に手を出さなかったことも同じ理由?
(ん?わたくしの意思を尊重するという名目ではなくて?)
考えすぎて、難しい顔で押し黙ってしまったアデルに何を勘違いしたのかジルベルトはいまだに「だからアデルが気にしなくてもいいのに……」と呟いていた。
そのように過ごすうちに、本日の夜会会場であるバークシー公爵邸へ到着した。
バークシー公爵邸は王都から少し外れた位置にある。一等地からは少し外れるのだがその分広大な敷地を有していた。
王家の紋章付きの馬車は、門番に改められる事すらなかった。当然の如く、公爵邸の外門を潜ると公爵邸までの石造りの道を馬車で行く。
邸の前で馬車が止まると、先ずは侍女として連れて来たアンナとベラが降りた。そのあとすぐジルベルトが降りると中のアデルに向かって手を差し伸べる。
アデルはふっと息を吐くと意識して視線を下げた。それだけで儚げな美貌の第三王子妃の完成だ。
ジルベルトの手を取り、赤い絨毯が敷かれた地面へと足を降ろした。既に到着していた貴族達が、第三王子妃の到着に物珍し気な視線を寄越すのが分かった。
『まぁ、アデル妃でいらっしゃるわ。今宵もお美しいこと。でも、お顔色が冴えませんのね。』
『お噂をお聞きになりまして?……第三王子のジルベルト様から冷遇されている、だとか。』
『あのように儚げな方ですもの。恐れ多くも王族です。ご自分の意思などお伝え出来ませんでしょうに。お可哀そうに。』
『何でも城内では第三王子付きの騎士の方がアデル妃を支えていらっしゃるようですわね。確かお名前は……ルート様でいらしたはずよ。』
『まぁ!それはもしかしてお隣にいらっしゃる方かしら?……確かによく見れば整った顔立ちでいらっしゃるのね。騎士らしく、体躯もご立派で。』
『ああわかりましたわ!わたくし、全て理解いたしましたことよ!きっとあの騎士様はアデル妃をお慕いしているのです!ほらご覧になって。アデル妃のお足元の小さな段差ですら身を屈めてお伝えになっていらっしゃるわ。きっと身分違いの恋に胸を焦がしていらっしゃるのですわね。』
『まぁ、姫をお守りする騎士様という訳ですわね。なんとまぁ……燃えるような恋ですこと!』
遠くでひそひそと囁き合う声を聞きながら、アデルは表情を変えず、ルートに扮するジルベルトの顔を見る。ジルベルトの耳には入っていないだろうが、アデルはついその表情を覗ってしまった。
謎の多い第三王子の妃になったのがクリーフ伯爵家の令嬢アデルだということは周知の事実であるが、その囁き声はほとんどがアデルに同情的なものであった。
というか、後半はルートとアデルの禁断の恋へと発展している。
(うーん、……まぁ、こうなるわよねぇ。)
ジルベルト扮するルートは長い前髪が目元を覆っているとはいえ、その美貌が全て隠されている訳ではない。
守りたくなるような可憐な王子妃と、あれ?よく見れば美形なのでは?と思われる騎士の組み合わせである。
(道ならぬ恋……ね、暇な貴族の好きそうな醜聞だわ。)
まことしやかに囁かれている為、ゆくゆくはこの会場内全てに噂が広まるだろう。……人は他人の恋路、それも決して叶う事の無い恋路の噂が好きだ。
(こうやって根も葉もない噂に、根も葉も生えていくわけね。……ジル様の事をこれ以上悪く言われるのは、……思いの外不愉快なものね。)
……矢張り、公の場でルートが妃をエスコートするなど、良くなかったのではないだろうか。
「ルート、……囀る小鳥たちの、なんと愛らしい事かしらね。」
少し立ち止まりたおやかにジルベルトへ笑いかけて、ヒールをコツコツと不規則に鳴らした。彼ならこの信号に気付くはずだ。ジルベルトはそれを聞いて少し目を瞠ると、ひそひそと囁くご令嬢達に一瞬視線を向ける。
声を潜ませながらも、キャーと黄色い声を上げる様子を目の当たりにして、アデルは肩をすくめて見せた。
「アデル妃、小鳥は身を寄せ合って夜には静かに羽を休めるものですよ。第三王子から預かった大切な御身です。小鳥を見習って私に御身をお寄せになりますよう。……離れては守れなくなります。」
ジルベルトがそう言ってアデルを引き寄せる。ご令嬢達からまたしても大きな黄色い声が上がり、誰か一人が卒倒した。
(なに!?伝わらなかったの?どうして助長するようなことを……。)
非難するように視線を向けると、小声で『令嬢達の噂位、可愛いものだ。好きなようにさせておけ。』と囁かれる。
その物言いに事態はもっと深刻なのだと言い募りたくなった。妃を信頼している騎士に盗られるなど、第三王子の誇りがズタズタではないか。
しかし、ジルベルトの意識はまた別の所にあった。その視線の先に、貴族令息達が固まっている。
その視線が一瞬令息達を刺す様な表情で見咎めた。
射殺すような表情を見て、アデルは頭の中にまたしてもクエスチョンマークを浮かべるのだった。
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