12.
12.
あれから一週間が経った。アデルとジルベルトの関係は相変わらずである。そう、白いままである。
今日は午後から3人娘の訓練を行っていた。
内容は、部屋の中央の椅子に座るアデルからルビーのネックレスを奪う、というもの。まずは、イアンとアンナに予行をしてもらう。
「わたくしはここから立つことは致しません。制限時間、一時間。武器不使用とします。さあ、二人とも始めて頂戴。」
イアンとアンナがじりじりと距離を詰めてくる。アデルの背後でアンナの動く音がした。ふっと左によけてアンナの腕を掴むと壁に向かって放り投げる。
アンナは壁に着地して勢いのままアデルに飛びかかってきた。それを片手で防ぎ、今度は右から伸びたイアンの手をひねり上げる。攻防を続けること1時間。
「おじょーさま、強いの~。」
「ずり~よお嬢、手加減なしかよ。」
肩で息をした双子が空の両手を挙げた。ルビーのネックレスはアデルの首元で光ったままだ。
アデルの勝利である。ふぅ、と額の汗をぬぐった。リリー、ルナ、ベラは唖然としながらそれを見ている。目の前で何が起こったのか、信じられない様子であった。……主に、アデルの実力についてだが。
「次は、貴女達ね。」
アデルが声を掛ける。3人娘がごくりと唾を飲んだ。
「勿論、最初からアデルとイアンのようにはいかないと分かっているわ。ハンデをあげましょう。わたくしは目隠しをします。」
広いハンカチを畳んで目元に押し当てる。視界を遮ると、耳の感覚が一段鋭くなったように感じた。
(ん?これってハンデかしら?ハンデよね?)
「では、はじめ。」
そうアデルが言うと、衣擦れの音に足音が重なる。周囲の3人が思い思いに動き始めるのが分かった。
結果からいうと、30分程度で3人は動けなくなっていた。アデルが手当たり次第にぶん投げたせいもあるだろうか。
リリーは壁に激突して沈黙。ルナは床へ叩き付けられて息も絶え絶え。ベラは天に放られて木の枝に服が引っ掛かり宙ぶらりんになっている。
息一つ乱していないアデルは、目隠しを外してからやり過ぎたかな……と少し後悔した程だ。
「息すら乱すことが叶わないとは。……感服だな。」
リリーが息を切らしながらアデルへ賛辞を贈る。
「わたくしは貴方達の主人として合格かしら?」
アデルがにこりとして言うと、3人はやっとのことで上半身を持ち上げてアデルへ平伏するのだった。
「やぁ、鍛えてもらっているね。」
そこへ、ザックとダインを引き連れたジルベルトが颯爽と現れた。アデルは椅子からすっと立ち上がり、両手でスカートをスカートを広げて腰を折る。3人娘たちも、それぞれ頭を下げていた。
双子だけは部屋の隅で暇そうに欠伸している。彼らが忠誠を誓うのはアデルだけだ。それに苦笑するも咎める事をしないジルベルトは寛容と言ってよいのだろう。
「仕事だアデル。バークシー公爵家主催の夜会で、第三王子妃として出席して欲しい。」
「あら、第三王子妃としての公務ですのね。」
バークシー公爵と言えば、三大公爵に数えられないものの、貴族院にて派閥を持ち政治的に一定の発言力を持つ公爵である。
アデルはジルベルトからの依頼が≪梟≫としての仕事でない事に少し面食らった。嫌がる様子はないが、そうですか、と今一腑に落ちない様子である。
その様子に、苦笑気味にジルベルトが付け加えた。
「…………本当に≪梟≫の仕事が好きなのだな。安心しろ。実は≪梟≫としての仕事もちゃんとある。寧ろ其方が本題だと思ってもらって良い。」
ジルベルトの言葉にぱっと表情を輝かすアデル。
「そうですのね!お任せください、ジル様。ああ、任務の内容によってはこの子達を試してみるのもありですわね。」
そう言って3人娘に視線を遣る。不満そうにアンナが唇を尖らせた。
「おじょーさま、アンナじゃダメ?」
アデルは微笑むと「任務の内容によるわ。必要な時に必要な人材を使うものよ。」と諭した。一応納得したのか、アンナは何も言わなくなる。
「続けても良いだろうか。」
咳払いの後、ジルベルトが片目を眇めてアデルに視線を送った。アデルは失礼しました、とジルベルトに向き直る。
「どうぞ、続きをお聞かせくださいませ。」
アデルに促されてジルベルトが鷹揚に頷いた。
「今回の夜会に、隣国ガダル国からザッカートリー侯爵が出席するという話だ。ただでさえ好戦的な国だからな。実は、王国内で最近ザッカートリー侯爵をよく見ると言う事で。彼に関してきな臭い噂がある。詳細を突き止めたい。ここで、≪梟≫の出番という訳だ。」
ジルベルトはそう言ってアデルに手を差し出す。
「どうだろうか、引き受けてはもらえるだろうか。」
「勿論でございますわ。」
間髪入れずにアデルが頷いた。少し考えて3人娘を見回す。
「ルナとベラ。わたくしと共に夜会へ出席なさい。ルナは最初は給仕に紛れなさい。ベラ、貴女はわたくし付きの侍女として来なさい。」
アデル付きの侍女と聞いて、アンナがぴくりと動く。
「アンナ、貴女もよ。」
アデルがにこりと笑ってアデルに向き直り、アンナはやっとその相好を崩した。
「えへへ~おじょーさまと、一緒!」
「あーあ、お嬢はアンナに甘いもんなぁ。ちぇ、俺とリリーだけ留守番かよ。アンナ、喋り方が馬鹿っぽいからお嬢に恥かかせるなよな。」
イアンが面白くなさそうにアンナへ忠告する。アンナは、人前じゃ喋らないから大丈夫だよ~とイアンに舌を出していた。
「イアンとリリーには万が一を考えて馬車の中で待機してもらうことになるわね。……ふふっ、連れて行かないだなんて言っていないわ。」
そう言ったアデルに、イアンとリリーはほっとしたような表情をする。決して2人を蔑ろにする訳ではない事を分かってほしかった。
「決まりましたわ。」
胸の前で手を合わせて微笑むアデルは、まるでピクニックの打ち合わせをしているかのように和やかである。
「頼もしいな、我が妃は。」
眩しそうに、ジルベルトが呟いた。
その夜、いつもと同じようにベッドへ入ったアデルとジルベルト。ところで、とジルベルトが切り出した。
「俺から聞くのもどうかと思うが、アデル。俺は君にとって、男として魅力があるのだろうか……。」
(えっ、なにどういうこと?)
アデルが鳩に豆鉄砲を食らったかのような表情となる。それを見て、ジルベルトは慌てて「忘れてくれ」と言い捨ててベッドへ横になった。
頭の中にクエスチョンマークを付けながら横になるアデル。真っ暗になった部屋で目を閉じてはっとする。
(もしかして……抱かれてもいいと思うか、と聞いてきたとか?)
ちらりとジルベルトの方を見ると、その背は心なしか小さくなっている。分かりにくいのよ!と、アデルは寝返りを打って枕に顔を埋めるのだった。
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