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「では、改めて。わたくしの名はアデル。存じているかと思いますが≪梟≫筆頭のコルベット伯爵家の出身ですわ。」
アデルの自己紹介に、3人一様に頭を下げた。
「それから、この二人はわたくしの従僕イアンと侍女のアンナよ。……わたくし付きになれば、この子達はさながらあなた達の上司と言うことになるわね。」
「イアンだ。」
「いえーい!アンナ、おじょーさまのいっちばーん!」
アデルの言葉にイアンとアンナの表情がやや和らぐ。あくまでイアンとアンナがアデルに一番近い側近だと示すことで、双子の警戒が少し解けた。あとは、3人が納得すればいい話である。
まあ、問題ないだろう。だって、アンナとイアンには3人が束になったって敵わないのだから。彼女たちはこれから身をもって知ることになる。
「それでは改めて、貴女達について教えていただけるかしら?」
アデルがそう言うと、3人は頷いた。
「僕の名前はリリー。鍵開けなら任せてくれ!運動は全般得意で、足も速い方だと自負しています。」
3人の中では一番背が高く、茶髪をポニーテールにした快活そうな見た目だ。一人称も僕である。16歳だったか。
「ルナでーす!19歳っ!3人の中では一番年上なんだけど、心は永遠の15歳だよっ!アンナちゃん?若くてかわいいね~。この姿も、過ごしやすいしっ!きーめた!ルナ、これからこの格好でいよーっと!あっ、特技は変装だよ!」
いつの間にか、アンナそっくりに変装していたルナである。最初入って来たときには本来の姿だったと思うのだが、今となってはどんな姿であったか覚えていない。
本当の姿であることの方が少ないらしい。アンナが嫌そうな顔をしながら「むー、まねするなー。」と言っていた。
「ベラ……。14歳。虫さんとお話しできる。虫さんが働いてくれる……。」
カールした赤毛の小柄な少女だ。ぼそぼそと普通なら聞き取りにくい声で話す。
3人に今のところ不満そうな声色は感じられない。しかし、腹で何を考えているかはわからないものである。よし、早速彼女たちの実力を測ろうではないか。
「では、早速だけれど訓練をしてもらうわね。……イアン、アンナ。頼める?」
「ん、お嬢の頼みならいいぜ。」
「むー、アンナがいちばんだってわからせてやるの~。」
双子がそれぞれ鎖鎌と手甲鉤を装着しながら3人と面と向かって対峙した。おっと、場所が自室だった。どこか訓練場があるのだろうか。
「そうねぇ、場所をどこかに移しましょうか。使っていもいい場所、聞いているかしら?」
「あ!それでしたら、第三王子の為のプライベートガーデンがありますから、そちらが宜しいかと。」
リリーの提案に、アデルは頷いた。
「では場所を移して始めましょう。」
リリーに案内されて、第三王子のプライベートガーデンに場所を移す。そこはアデルやジルベルトの居室がある第三王子塔からほど近い場所だった。
もっとも、王宮の外れに第三王子用の塔は存在しているため、王宮の中にあっても目立たない場所なのは確かだ。
(ん?……何となく、既視感?)
一瞬記憶の中の風景と重なって見えたその場所に、首を傾げる。……生まれてこのかた、結婚するまで王宮になど足を踏み入れたことは無いはずだ。
父は仕事上、王宮に通うことも多いだろうが。兄二人と違い、アデルは父に伴われて王宮を訪れた記憶はなかった。
まぁ、気にすることは無い。プライベートガーデンとはいえ、何処にでもある貴族の庭園そのものだ。おそらくそのせいだろう。
アデルはそう納得して対峙する3人娘と双子の行方を見守った。
――結果、双子の圧勝である。
拍子抜けた顔をする双子の足元で、3人が息も絶え絶えと言った様子で伸びていた。
まぁ、予想していたことではある。それぞれセンスはあるのだから鍛えればそれなりのモノになるだろう。
午後は2、3回ほど休憩を挟みながら特訓を行った。いずれも双子の圧勝で終わり、涼しい顔をした双子に対して五人娘は結構な生傷を作って一日を終えた。
「えっへん、アンナ達がおじょーさまのいちばんっ!」
「つ……強い。こんなの反則だよ~!」
ルナがアンナの姿そっくりのまま息絶え絶えになりながら口にした。それを見ながら本物のアンナがふんぞり返っている。……なかなかにシュールな絵面である。
「そう!これがアンナのじつりょく!せんぱいってよんでよね~。」
「よっ!アンナ先輩~!」
ルナに称賛されてアンナは鼻高々だ。
「イアン先輩の動き!僕も足は速いと思っていたのですが、完敗です。足音無くここまで走れるなんて!」
「いや~、リリーも才能あるさ。足音立てないのは訓練あるのみだからな。」
「ぜひご教授願いたい!」
「いいぜ。」
イアンの動きに感銘を受けたのか、リリーはイアンに向かって輝く瞳を向けている。
「虫さんたち……、頑張ってくれたんだけどな……。」
「ベラっちの虫さんおりこうさんなの~。アンナにも懐かないかな。」
「虫さん……強い人好き。だから……アンナ先輩も好き。」
拳を交わすことで、関係性もしっかりできたようだ。後輩が出来たことでイアンとアンナが胸を張っている様子が可愛い。
これなら、侍女として仕えてもらうのもアリかもしれない。アデルは両手を軽く叩いて、「今日はここまでに致しましょう。」と声を掛けた。
「明日も鍛錬だから、身体をしっかりと休めるようにして頂戴。」
始まったばかりだ。これで音を上げてもらっては困る。アデルが3人娘を見ると、一様に瞳に強い光を宿して「はい!」と揃った返事を返した。
それを見て、アデルは満足げに頷いた。初日としては上手くいった方だろう。
その夜、身支度を整えて夫婦の寝室へと足を運ぶとジルベルトが先にベッドへ腰かけていた。本を読んでいた視線を上げてアデルの方へ移す。
アデルは小さく一礼すると、ベッドに歩み寄りジルベルトと反対側に腰かけた。
「彼女達は使い物になりそう?」
ジルベルトは本を閉じると開口一番、そう訊ねた。アデルはそれに頷く。間諜としてなら、3人とも役に役に立つスキルを持っている。まだ実力不足だが。
「訓練を開始しておりますわ。……センスはある、とだけ申しましょうか。今後が楽しみな逸材ですわ。侍女として置く、というお話もお受け致します。」
アデルの答えにジルベルトは満足げに頷く。
「無理を言ってすまないな。俺の所にいても、どう鍛えれば良いか困っていたから助かったよ。……≪虎≫は、戦闘狂揃いの男所帯なんだ。そこにぽんと戦闘向きでない女をザックがスカウトして来たもんだから、な。」
遠い目をしてジルベルトが言葉を濁す。実は、リリー達は元々いる≪虎≫の一員ではなかった。アデルと結婚が決まった際、ザックが連れて来たのである。
優秀な侍従が彼女たちを引き連れて言うにはこうだ。「お頭~。せっかく念願叶って≪梟≫のお嬢さんと結婚できるんですから、この子達なんて預けっちゃたらどうかな~?お話のきっかけ作ってあげちゃうオレ、やっさし~。」
ひょろい方の部下の言葉を思い出して、ジルベルトは遠い目をする。
結局部下にお膳立てされたおかげで、新妻との会話には確かに困らなかった。それはよいのだが……どうしても、会話が仕事の方面に向いてしまう。
アデルはそんな事に気付かず、一人で顎に指を当てて納得していた。確かに、ゴリゴリの戦闘には向かない特技だろう。戦闘のセンスも悪くはないが。
アデルも間諜でこそ、彼女達の特性は発揮できると感じていた。
「侍女としても訓練されているらしいから使い勝手は良いと思うんだ。さっそく、明日付けで正式に王室侍女として登用しよう。明日からは彼女達が全てを担う筈だ。」
もう昨日のような出来事は起こらない、ということだろう。ジルベルトが健康体であることを見られる可能性があるならそうすべきだ。
アデルは頷いて「それを聞いて安心いたしました。」と答えた。
「では、休もうか。」
ジルベルトがそう言って、燭台の炎を消す。アデルはふと、ジルベルトの方を向いて、少し詰めた。
「やはり、距離が遠すぎは致しませんか、ジル様?」
「しかし、ベッドに居る間、アデルには指一本触れないと約束したじゃないか。」
「…………そうでございますか。」
意気地なし。そう心の中で毒突いて布団を頭まで被った。
今日も、指一本触れてこなかった。
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