前編
現代の日本とほぼ似たような世界、日本国と並行の時間の流れを過ごしたパラレルワールドの世界。
地図を見ても、四つの島で構成している日本国と同じだ。
ただ、アメリカ大陸を見てもアメリカという国の名前でなく、自由と銃の国と記されており、イギリスという国は女王の国と記されている。
アジア大陸では中国からインドの範囲までは真理と竜の国と呼ばれている。
この世界の日本は刀の国と呼ばれていた。
かつて、ちょんまげと刀を差した侍達が鎖国政策といきがっていたが時のこの国を支配していた将軍はさっさと自由と銃の国や女王の国のような世界の覇権を担う大国に自分たちの一族の身体と財産の保障をしてもらう代わりに自国と自国民を外国に売ってしまったのだ。
刀の国は大国の思惑に翻弄され、資源は取られつくし、文化も破壊された。
それからおよそ、150年後………
刀の国は2つの陣営にわかれた
静岡、長野、新潟から西の場所は西国と呼ばれ、それ以外の場所は東国と呼ばれた。
この世界の日本は2つの国にわかれて、日夜終わることのない小競り合いという戦争を続けている。
「この国の中の他の地域に転移するのは可能だけど、並行世界の1つであるかもしれない国に転移するなんてこんなの聞いたことないぞ」
「いつまでも、終わらない戦争を続けてもいいものか?違うだろ、可能性がある限りやるのだ!我々東国軍は不屈で精強、いかなる犠牲をもってでも任務を達成する使命があるのだ」
東国の軍人、東国軍の士官が叫ぶ。しかし、将校は一喝する。
この次元転移装置、並次元ディメンションはこの刀の国の数少ない技術の1つで基本的にホームと呼ばれる装置の本体がある場所からログという転移先の装置がある場所まで移動できる装置だ。
この装置は民間用にも使用されており、この世界の物流システムは時間と距離においては現代の日本より断然便利な代物だ。
事実、東国軍と西国の軍である西国軍はこの装置を互いに使い国中に設置されたログから戦地に向かって戦っている。
「誰か、この不確実だが未来に繋がる任務を実行する者はいないのか?」
「我が34連隊は西国軍との国境に近い部隊故にこの任務、命令受領する訳にいきません」
「34連隊と同じように私達2連隊も新潟西部は西国軍との国境地帯により防衛任務が優先です」
「1連隊は頭号部隊なので、この任務は国境を担当しない部隊にさせてみてはいかがかと?不確実な任務に現場に部下を死なせる訳にはいきませんから。この栄えある首都防衛任務を担当する我々にこの任務はとてもとても荷が重い任務です」
高級将校のセリフに現場の連隊長は断りを入れる。
高級将校は貴様ら、と叫びたい気持ちになるが彼らの言い分にも一理ある。
1連隊の連隊長はましてや意見具申までしているのだ。
自分達はこんなことしたくありませんとわかりやすく言っておき自分達の任務は崇高な任務だよ、とアピールする辺り他の連隊長より始末が悪い。
「じゃあ、任務を断った者達は誰が適任だと思うのだ?国境部隊もそうだが国境を担当しない部隊も各エリアの担当任務も重要だ。一般部隊を出すのはやめにしておくか……」
高級将校は呆れた感じにため息をつく。
しかし、1連隊の連隊長は待っていましたと言わんばかりに口を開いた。
「我々一般部隊にはとても荷が重い任務です。ここは東国軍監査局に任せてみてはいかかでしょうか?」
「監査局はお前達、一般部隊の不正を監視する局だぞ。彼らに任せるというのは話が違うだろ?」
高級将校が戸惑う。東国軍監査局は一般部隊の不正行動を監視する部門で軍でいうなら軍隊の中の憲兵を管轄したり、一般部隊の行う軍事行動や防衛任務や災害派遣を現地で調査し、不正がないか査定する一組織で般部隊からすれば腫物扱いで相手をするのが面倒くさい組織だ。
「監査局には若いながら自由と銃の国や女王の国等駐在武官として経験のある者も多数いれば、アグレッサー部隊の経験者もいるし未知の可能性のある任務をさせるには適任です」
「そうか……君の意見は上に伝えておく。今後この任務は監査局に任せることにする」
「はい。我々一般部隊は日々の任務を粛々とこなします」
半ば、1連隊の連隊長に丸めこまれる感じで会議は終わった。
東国軍監査局本部は未知の地の次元転移任務の命令を受諾し、命令を下達されていた。
「この任務は西国軍の戦争を終わらせる為の未来に繋がる任務だ。失うものも多いかもしれない。しかし、東国軍の栄えある未来と恒久的な平和を取る為の試練と思えばこの任務は容易いもの、各自任務にかかれ」
この任務を担当する鳥浜大紀少佐の訓示を受け、各員は持ち場につく。
鳥浜大紀は背が高く、軍人にしては軍人には見えなくてスーツを着ればエリート官僚にも見えかねない姿と雰囲気を持っていた。
彼は士官学校を優秀な成績で卒業し、監査局に配属され各国の駐在武官として諸外国の事情にも詳しく、また戦闘面では一般部隊の訓練の仮想敵を担当するアグレッサー部隊にも所属していたことがある。
転移装置に御霊機と呼ばれる機械を付属させる。
御霊機は刀の国の主要軍事兵器で全長11メートルの高さを持ち、基本は人型の形をした兵器だ。
転移装置での転移から物資も人も輸送もできるので自動車の発達が遅く、刀の国では二足型の機械の発達が見られ御霊機は特にこの発達の中でも先進技術を搭載しているものだった。
戦争の主役を担う兵器で、操縦も乗り手と呼ばれる者の思考を読み取るセンサーから認知をするので基本訓練をやれば簡単に使えるのだ。
「谷峨少尉はいるかな?」
「はい、ここに」
鳥浜は谷峨という男を呼ぶ。
谷峨と言われた男は簡素でそっけない返事で応じる。
谷峨耕助は年齢は20才で御霊機の乗り手として優秀な功績を収めて、この監査局に所属している。
童顔で身長も160センチ代で成年男子としては少し背が小さく見えるが筋肉は無駄なものがなく、軍服の着こなしもかっこよく見える。
「今回の転移任務で君には御霊機の乗り手としての任務はもちろん、転移先での調査任務もやってもらいたい」
「はい。調査任務は本来は中尉以上の者がやるものでは……」
谷峨は驚きながら答える。
しかし、鳥浜はそんな谷峨を無視して話を続ける。
「誰が生き残るかわからん、本来は階級に合わせた任務を担当させたいのだがこれは不確実性が高い任務だし、少々の任務外の仕事をしてもらわなくては困る。君も俺と同じでこの戦争が今のままでは終わらないって気づいているんだろ?」
「何故、それを」
「君の過去の経歴を調べさせてもらった。君は孤児院育ちで君の地元では東国軍の新型の御霊機のテストで敵の潜入工作員のアジトを壊滅させる目的で君の故郷は壊滅されているし、その濡れ衣の生き残りとして軍は君を軍に入隊させれて突撃兵に配属させようとしたが御霊機の乗り手として才能があった。そして、御霊機の乗り手として西国軍を相手に2連隊の下士官として防衛任務に従事していたが不幸なのかまた君は東国軍の新型機のテストに巻き込まれることになったが新型機を撃墜させることになってしまった。そして、ここに配属されてしまった。それで合っているかな?」
「はい。人の苦労を文字で簡単にまとめ、淡々と他人事のように言われるのもなんか嫌ですね」
谷峨は吐き捨てるように返した。機密保持やテストの為、仲間も守るべき民間人も殺そうとする軍の上の考えには反吐が出る。
「谷峨少尉、許してくれ。軍の報告書なんて現場の人のリアルを文字に数字にグラフにしてしまうものだ。現場と上は相容れないものなのさ」
鳥浜は謝るが、そんな感情論なんて言ったって無駄と思っているのか口は違うが顔の表情は納得していなかった。
「鳥浜少佐に言っても無駄でしたね。謝っても現実的にはそれは無駄でしょ、という顔をしているから」
「すまない。しかし、この任務が成功すれば未来が開ける。それだけは断言できるよ」
「そういうことに関しては少佐の予言って当たりますからね」
谷峨が通信端末の設定を調整しながら言った。
鳥浜は人を気遣うのやコミュニケーションは苦手だが先見性は長けている所がある。
一般部隊の不正行動、幹部連中による越権行為や不法行為の書類を見つけたり、癒着している業者を見つけたりと監査局の理想の監査官として立派に職務を果たしている。
この任務の成功する一番の形は戦争が終結すること。
かつて、この国に住む先祖達は外国の支配を防ぐ為に鎖国をしたらしい。鎖国のまま、国力をつけて東西統一を図って外国に対抗できるようにしたいのだ。
「少佐、転移の準備ができました!」
技術士官が叫ぶ。
「よし、鳥浜中隊転移するぞ」
空間が歪む。
景色が裂ける。
色彩が弾ける。
次元転移の典型的な症状だが谷峨達隊員は何度味わっても慣れないものだと感じる。
ましてや、未知の場所に転移だから尚更だ。
失敗したらそれまで。御霊機の乗り手として転移の成功や失敗をどうにかすることはできないからだ。
鳥浜達の部隊はなんとか転移に成功した。
しかし、転移した場所は現代の日本と言われる国だった。
谷峨の御霊機は日本の関東地方のとある海岸に転移した。
御霊機は片膝をつき、機能を停止している。
「こちら谷峨機、転移に成功した。これより調査任務に入る」
しかし、応答が入らない。
大半が転移先にバラバラになったか……
毒づく谷峨。
谷峨達が転移した時、ほぼ同じタイミングで西国軍もこの日本に転移していた。
ここから3年後、東国軍と西国軍は政府と交渉しこの国で争うことになる。
若い命を生贄として、大人達の思惑の為に無念に命を散らすことになっていく。
3年後、谷峨耕助は潜入工作員として日本の生活になじみ、東国軍を支持する権力者の力を借りて教員免許を持って三戸浜高校に赴任していた。
コネと不正行為によって獲得した教員免許と教員採用。しかも、しっかり教員生活も2年目。まさか、不正行動を監視して防ぐ側が使u
側になるとは夢にも思わなかった。
「汚い俺みたいな自分が子供に教えて育てるなどナンセンスな話だ」
自己嫌悪に陥る谷峨。けど、毒づくことができるぶんまだ余裕はある。
実はこの高校は来年度には閉校になっており、学年は3年生しかいない。
偏差値も地区内では最低クラスでFランク大学に進学したり、一流企業の工場の現場職に就くことができたらまごうことなくこの学校の卒業生では勝ち組になれる。公務員にでもなれば教師も万々歳するくらいだ。
この高校は地区内でも評判は悪く、退学者も多く、それなりに問題児が多い。
谷峨は去年、新人の教師として先輩教師の仕事を見ながら授業も担当していた。
谷峨は生徒に注意することもなく、授業にサボる生徒にも放任していた。
辞める生徒は辞めて結構。というスタンスで生徒と離れるようにコミュニケーションを取っていた。
同僚の教員とも飲み会に誘われたら付き合うし、仕事なら極力協力していた。
なので、おとなしくて何を考えてるかわからない印象を与えている。
突如、スマホにうるさい機械音が響く。
谷峨はびっくりしながらも電話を取る。
「こちら谷峨……少佐でしたか。お疲れ様です」
「谷峨少尉、いや、谷峨先生と言うべきか。君も立派にこちらの人間になれているじゃないか」
「パルチザン活動は監査局の外地任務では必須の項目ですから造作もないこと。それより、私に電話するとはよほどのことがあったのですか?基本は定期連絡のみにしておけと言ったのは少佐のほうですし」
普段は定期的に安否を確認するためにしか電話をしない両者だが今回は鳥浜の雰囲気からして何かが違う。
「西国軍もどうやらこちらにやってきたみたいだな……しかも、この国の総理の提案で東国軍の我等と西国軍で新兵器のテストと我々の使う技術の制式採用を目指していきたいとの趣旨を出してきた」
「どういうことですか?」
「君が赴任している三戸浜高校の3年と西国軍も君と同じように高校に赴任してやるみたいだ。これは政府の我々の新技術を取り入れる為のトライアルテストだ。犠牲は君たちの命ということでね」
「くっ、そういう流れになりましたか……たかが御霊機でこんなにも若者の命を欲するのですか?軍事兵器のテストをするのならばこの国の軍隊の者や兵器会社の者がやるのが筋なのではないですか?」
谷峨が苦虫を噛む表情で鳥浜に応える。
「汚いようだが使えるモノは使え、使ってしまえ。は監査局の心得だ。君の他にも部隊の者を送る。神奈川県の教育委員会や政治家達からオーケーは貰っている。ようは君達が生徒達を兵士に仕立て上げ、西国軍に勝てば終わりだよ。生きて明るい未来を過ごしたいなら勝って生き残るしかないのだ。我々の本当の敵はこの状況を利用して、人の生き方と希望と運命をチンケに笑い、自己満足丸出しの感情であざ笑う奴らだ」
鳥浜はクールに言うが最後の本当の敵はという部分ではあからさまに侮蔑と嫌悪のトーンを混じって言ってしまった。
「感情的になるのも悲観的になってしまうのも私の悪い癖だな、監査局は公正性大、客観的に事実を探し証明せねばならない組織なのにその派遣部隊の長がこれでは先が思いやられるな」
自虐を述べる鳥浜に谷峨が苦笑いするだけしかできなかった。
鳥浜も谷峨もこの刀の国の戦争の実情に感づいてしまった哀れな被害者なのだ。
そんなことを感じなければどれだけ幸せだったのだろうか?
任務に忠実な軍隊の一員になれない不幸を気づいてくれる者もいなければ、共感する者もいない。
ただ、わかるのは戦争を裏から操る者達に屈してはならない。この戦争は終わらせなければならない。と自分勝手な責任感だけだ。
「部隊指揮官として、三戸浜高校の校長として私も赴任する。残っている教員のほとんどは彼らの希望通り他の学校へ異動させている。だが……」
「残った教員はどうするか、ということですか?」
「ああ、県教育委員会は三戸浜高校に残った教員を我々の手で退職させるか、場合によってはわかるよな?」
場合によって、とは殺害することを意味をする。
処理するとか処置をするという隠語を使うのが監査局の普段の習わしだが鳥浜は場合によって、という言葉を使った。
「殺すより、人間の盾にして弾除けにしたほうがいいのに」
谷峨はさらっと返すが鳥浜はため息をついて、呆れる。ため息はスマホ越しでもクリアに再現性高く聞こえる。
「君はバカか?こんな自己保身と体裁しか考えてない高給公務員なんて弾除けなんて原始的な役割果たせるか?銃を持たせて走らせても鹵獲されるだろうし、自己保身の為に捕虜になったらすぐ吐くような私がこの世界に来て信用できない人の典型だぞ?」
鳥浜は毒を吐き捨てる。彼は体裁だけの自己保身や意志持たぬイエスマンとかも嫌いな人種だった。
谷峨は呆れるが、スマホ越しでもその雰囲気が鳥浜には伝わっていた。
「呆れてモノ言えないという感じだな、谷峨少尉。君は3年6組の担任につくんだったな」
「ええ、今年度というかあの高校の最後の1年間のクラスの担任になりました。2年までの担任は大川先生でした」
谷峨は人事資料を見ながら答える。
大川は現在58歳で定年退職が近いベテラン教師だ。長年のストレス生活なのか目に覇気はなく、肌の色も青白い感じがして、不健康そうな雰囲気を与えている。
県立高校の教師は何年か赴任すれば別の学校や教育委員会等に異動されることもあるのでこの三戸浜高校のような低い偏差値の学校、所謂底辺高校に赴任することを大半の教師は嫌がる。抜ける為の道として、定番の1年目は正担任を持てないので1年目は赴任先の雰囲気や生徒や同僚の教員や保護者等の様子を調べ、確かめる期間で肝心なのは赴任2年目の1学年からの担任を狙うのだ。
彼らが3年を過ごし、卒業式になる、そしてうまくいけば異動を狙う。
底辺高校に赴任した教師は異動願いが多く、異動になる為1年1年を過ごす。
「大川先生の処理は君に任せる」
「了解しました」
谷峨にとって頭を悩ます種が1つ増えた。
3年6組は生徒が25人しかいなく、2年前では生徒が34人もいたはずだ。谷峨は資料で調べたところだが1クラスで9人減るのは底辺高校としてはよくある光景という。
始業式の日、春の象徴である桜の花が満開だったが散っている桜の花びらもある。
谷峨は詰襟型の軍服に身を固め、肩について桜の花びらを手で払いのけた。
この国でも桜は咲くのだな。桜の花びらはウチの国はシェアトップの軍事企業のシンボルマークなのに。
谷峨はかつていた自分の世界を思いだしながら、教室のドアを開いた。
「あっ、谷峨じゃん!どうしたんだよ?今更学ランかよ?」
「まさか、ゴチになります!とかやるつもり?」
生徒が谷峨を見るといつものように茶化す。生徒達は谷峨が担任になるのをまだ気づいていないのだ。
相変わらずうるさい者もいれば、無気力な者もいれば、我関せずと言わんばかりにマイペースに自分のしたいとこをやっている者もいた。
スマホのアプリゲームで遊んでいる者もいれば、動画を見る者や音楽もうるさかった。
義務教育を終わった後の生徒が偏差値や成績というカテゴリーごとにいろいろな高校に別れて入っていくがこの三戸浜高校は県内では最低ランクの高校だ。
万引き、カンパ、暴力行為は当たり前。
義務教育でもないので教師もさっさと面倒くさい生徒は退学して欲しいという思っている。
黒板で気配もなく立っているだけの大川はまさにその典型だった。
「大川先生、遅れてしまい申し訳ありませんでした。校長の鳥浜少佐、いや鳥浜先生と話していて遅れてしまいました。本日からはこの3年6組の担任として、そしてこのクラスを立派な小隊にすべく邁進する所存です。大川先生もよろしくお願いします」
谷峨が冷たく淡々と景色になっていた大川に声をかける。
大川は七三分けで分け目から白髪が生えており、度の厚そうな黒縁眼鏡をしている。
スーツもどこかの大手スーパーで買ったような6000円くらいのスーツを着ていた。
「お前ら、本日からはこのクラスの担任はこの谷峨耕助先生がなることになる。私は引き続き副担任としてお前らといるからな………みんなー話を聞け」
大川の無気力なダルそうな叫びも生徒達はスルーしていた。
まるで廃品回収やゴミ回収車から流れる音楽と同じような感じだ。
「谷峨先生、あんたも黙っていないで何か言わないか?あんた担任なんだぞ?いつまでも担任持ちじゃない教師の雰囲気でやられたら困るんだよ、クラス持ちが教師の本懐でむしろクラスを持って1人前なんだからな。私が本当はこのクラスの担任なんだぞ。それをぽっと出の君が担任になるなんて」
大川の悲鳴に似たボヤキと愚痴を無視し、谷峨はズボンのポケットから拳銃を取り出し、弾を詰め込む。
「谷峨先生、それは何だね?モデルガンか?いくら君でもこんなモデルガン持つだけでも教育委員会や保護者に問われるぞ」
「耳ふさいで口を開けてろ!」
谷峨がそう言うと天井に向かって拳銃の引き金を引いた。運動会のスターターのように片手撃ちかと思いきや両手撃ちで撃った。
パンという乾いた大きな音に生徒達は時間が止まったように固まった。
上からモルタルがパラパラと細かく落ちる。
桜の花びらよりも圧倒的に速い落下速度で粉やかけらが落ちてくる。
「なんだよ、うるっせぇじゃねぇかこんな大きな音出しやがってよ」
寝ていた生徒である太田和真が甲高い声で吠えた。
女子の何人かは驚いたり、泣いたりする子もいたし、男子生徒はきょとんとした顔で驚く者もいた。
こんな至近距離で拳銃の音を聞かされたのだから無理もない。
谷峨はやれやれという感じで首を左右に振り、教壇を右拳で叩いた。
「一応、耳を塞いで口を開けろと言ったんだがわからなかったか………大川先生の無気力で愚痴のような悲鳴のような声も最悪だが君達の態度も気に食わない。今日から君達の担任になる谷峨耕助だ。俺が担任である以上皆俺の言うことに従ってもらう。いいかな?」
谷峨は生徒達を睨みつける。担任になる前までは無口で適当な若いだけの教師かと思いきやそのギャップに生徒達は氷つくようにその場にいるだけだった。
「谷峨先生、アンタ本当に教師か?銃を撃つ教師なんて聞いたことないぞ」
大川が恐る恐る質問するが、谷峨は笑顔で返した。
「銃を撃つ教師?あなた達の常識ではそうなのかもしれませんね。俺は本当は教員ではないし、軍人だ」
谷峨がそう言うと、大川の胸に拳銃を押し付けた。
「実弾か模擬弾かどうか先に生きているあなたの体を以てお試し致しましょうか?」
大川は大粒の汗を流し、命ごいするような目で谷峨を見る。
「谷峨、この拳銃マカロフかトカレフなのか?大川撃って試そうぜ」
「死んだっていいでしょ、こんな奴」
「テメェが大川撃って殺して次は俺がお前を殺してやるよ」
うるさく吠える生徒達。共通して彼らは大人が嫌いだ。
大川に対して、酷い態度を取ったあと銃撃音にビビったのかと思ったら今度は大川を殺せと谷峨に言う、そして次は谷峨を殺してやると太田和真が言ってはやし立てる。
谷峨は真の声を感じ取り、この男がこのクラスの中心人物だと確信する。
「うるさいぞ、貴様ら」
谷峨が今度はナイフを投げつけて、真の近くにナイフが刺さる。
「っ、ふざけんなテメェ!今度はナイフかよ?お前どっかの生徒が殺しあう映画とかに影響されすぎだろ!教育委員会やケーサツに訴えてやるぜ、暴力底辺高校教師の……えーっと週刊文春に出るような中づり広告でよ?」
真は驚きながらもナイフを握る。
バタフライナイフよりも柔らかく、重さが軽い。
「こんなナイフで人なんて刺せるかよ?俺は過去に近くの家のブルドックを刺したことあるんだ。こんなのはナイフとは言わねぇ」
そう言うと谷峨は生徒の机を足場にして、真の近くにやってきた。そして、拳銃で真の腹で銃口を押し付けて引き金を引いた。
「バン!」
撃発音はなく、無機質なカチャという音。真は驚きのあまり失神して床にシミを作っていた。
谷峨はスマホのカメラ機能で失禁した真の全身と股間を撮った。
他の生徒達は谷峨の身体能力に驚いていた。
「ひ、ひ、谷峨コイツヤバイよ……」
「言うこと聞かなきゃ殺されるよ」
当初のうるさい雰囲気はなくなり、まさに通夜状態の教室。
大川は匍匐前進で教室に出ようとするが谷峨はそれを見逃すことなく、大川に近づき両足を持って後ろに引き戻した。
「残念ですね、あなたの匍匐前進はダメすぎたのでもう1
度最初からですね。さあ、立派に這ってでも前に進みましょう。先に生きている人が後学の為に前に向かって頑張る。これこそ、教育の、そして教師である理想の姿です。僕感動しました」
谷峨が感動して、大川に声をかけるがしっかりと銃口は大川に向けられていた。
大川は芋虫のようにみずぼらしい恰好になり、もう教師としての威厳も人生の先輩としても奥深さもない哀れな自己保身の塊になっていた。
「死にたくなければここは俺の言うことを聞いてくれませんか?死にたくなければね」
谷峨はもう一度銃口を大川の腰に押し付けた。
1番のはねっかえりの真を失神させ、担任の大川まで抑えればあとは烏合の衆。
谷峨の計算通りになった。
「じゃあ、挨拶と茶番はここまでにして点呼を取ります。呼ばれた方は返事をするなり頷くなり手を挙げるなり意思表示して下さい。じゃあ、ア行からいくよ……」
この三戸浜高校の最後の1年間は並行世界からやってきた軍人が担任としてクラスは過ごすことになった。
2話
谷峨が担任する3年6組は始業式から約1ヶ月。
普通の高校がやる授業内容は破棄し、鳥浜を中心とした東国軍の軍人達に作られた授業マニュアルをこなす日々だ。
午前中は座学と言われる教室でやる授業。それは戦争における法律や軍事作戦の決まり等を教えていた。
彼らは勉強が苦手なのだが軍隊の教育なのか東国軍の軍人達はそういうことを想定して懇切丁寧に勉強を教えていた。
「まぁ、今日はここまで交戦規程は我々軍事組織として切っても切れないもの。殺し合いだが最低限のルールは守りましょっていうことだ。自衛隊もこういうことを教えてるので恥じることではないよ。俺は君達と一緒に学ぶ。それは君達に理不尽を押し付けた俺達大人の責任だから」
谷峨が黒板に書いてたい文字を消していく。
生徒達でも何人か寝たりサボる生徒はいたが谷峨達が徹底してそれらに対して諫めたのもある。
懇切丁寧に教えるが不正やサボりに対しては徹底的に体でわからせる。
反省という名目でクラス全員で腕立て伏せをさせたり、組手を無理やりやらせたりした。
大人に歯向かうことに対してのリスクと恐ろしさを叩き込む。
太田和真は顔をジャガイモのように顔をボコボコにされながらも目だけは谷峨をしっかり睨んでた。
「いやぁ、君みたいなジャガイモは北海道の農家にも引き取られることはないな」
谷峨が真に皮肉を言うが真は拳を握り震わせることしかできなかった。
「午後は君の大好きな体育で思う存分頑張ってくれよ、今日は皆が大好きな徒手格闘の訓練を入れておいた」
谷峨は笑顔で話す。徒手格闘の訓練は真のような反抗心むき出しの生徒をボコボコにして生徒を恐怖で縛り従わせるという目的がある。
「じゃあ、午後は体育なので体操服に着替えておけよ。走り込みと徒手格闘やるからな」
「マジかよ。痛いの嫌なんだよな」
「女にも素手で殴りあいさせるのマジ最低」
生徒からブーイングが出るが谷峨は意に返さない。
谷峨は職員室で他の同僚の軍人と話す。
「お前の小隊、なかなか面倒くさいのいるな」
「誰のことを言っているんだ?ウチの小隊にそんな奴はいないよ。皆、まじめで優秀な隊員だ」
同僚の明石が言った。
明石は3年5組の担任として、谷峨と同じようについている。
しかし、設定としては谷峨の後輩の新任教師というポジションだ。
筋肉ムキムキで軍人らしい体格と威厳を持っていて傭兵やゲリラの新兵キャンプにいる鬼軍曹のような雰囲気を持っている。
「谷峨少尉、アンタ太田和みたいな奴でも面倒くさくないと言うの?彼みたいなお荷物さっさと処理したほうが私達は楽なんだけどね」
同じく同僚の美咲が言った。
軍服を着なければ普通の女子大生や大卒の新人OLに見える感じで、健康的な体で小柄だがスタイルもいい。
「明石少尉の小隊の中田豪もウチの太田和と負けず劣らずのはねっかえりだし、美咲少尉の小隊の荻野遥もなかなかの不思議ちゃんキャラじゃないか?生徒の個性を尊重し個性を伸ばす。是正するとこは体でわからせる。シンプルじゃないか?我々のすることは」
谷峨が2人に対してそう言って、パソコンを開きデータを入れる。
「7月になったら職種ごとに教育をさせようかな、って思っているんだ。基礎教育は6月いっぱいで終わらせたい」
「適性として早く職種訓練はさせたい」
谷峨はキーボードを打ちながら明石と美咲に話す。
谷峨達は彼らの中での得意分野があるのだ。
谷峨は御霊機という機械に乗る為の職種、御霊機科。
明石は歩兵の職種である歩兵科。
美咲はシステムや通信を扱う通信科。
それぞれの軍服の胸のマークに担当する職種マークがついている。
軍組織として個人の特性や適性に合わせたテストをした上で職種を決めるのだ。
極力、本人の適性に合わせてるのでどんな人間でも職種に合わせて任務をさせることができるのだ。
「御霊機であるファイアブランドが8機、支援作業機械が4機、地雷原作成ローダーが2機、対御霊機兵器システムが6機、通信システムが2機ってところかしら。現在我が隊の機械周りは」
「150人しかいないから、御霊機や作業機械やシステム周りやる奴の適性がある人間はさっさと確保して教育させたいよなぁ御霊機乗りは早くから教育させなきゃ宝の持ち腐れになるし、システム周りは座学とトラブルシューティングをひたすら覚えなきゃならないしな。まぁ、歩兵も最終的なドンパチやるのに必須な要素だ」
美咲と明石が補足するように言う。
東国軍では1個中隊程度の装備規模だ。
御霊機を中心として軍事文化なので車両とかに関してはこちらの世界のほうが技術レベルは上だ。
「谷峨先生、大変だ!」
谷峨のクラスである副担任の大川が荒い息を吐きながら呼び出す。
「大川先生、何がありました?」
谷峨はパソコンを見ながら声だけをかけた。
「空間が歪んで………四足歩行型の機械が現れた。あんな機械見たことない!君達の世界の機械なんじゃないか?」
「四足歩行?……くそっ、早速おいでなすったか。大川先生、それは敵です!我々が対峙してる軍の御霊機だ。生徒達を早く避難させて下さい」
「避難させるってどこに?」
「地下にシェルターも掘りましたし、森の中でも砂浜の崖の中の洞窟でもいいでしょう副担任だから生徒の引率を任せますよ。避難させて味方を逃がす。それも立派な戦いです。死にたくないでしょう?死にたくないなら頭と体と使ってください」
谷峨からイラつきと焦りが見える。
「明石少尉も他の者と一緒に大川先生の支援に入って下さい。美咲少尉は鳥浜少佐に報告し現場本部の立ち上げをお願いします。俺が御霊機に乗って敵御霊機を迎え撃ちます」
谷峨がトーンを下げて言った。彼は状況に入ると声のトーンが1段下がるのだ。
明石も美咲も引き締まった表情で頷き、各自の任務に入る。
大川は慌てふためき、足がふらつく。
それでも死にたくない。大川は歯を食いしばって放送室に向かっていった。
鳥浜は美咲の報告を受け、現場本部を立ち上げた。
監査局で辣腕を振るっていた鳥浜は慌てることなく、指示を出していた。
「御霊機のみの偵察ならいいが、こちらの場所を割られるのが辛い。明石少尉は大川先生の支援に回っているのなら3組の利根少尉も2組の中井少尉も彼らの支援に回せ。現在の生徒達はひな鳥だ。ひな鳥の損害を極力防がなきゃなるまい」
鳥浜はクールに言い放つ。全員逃がせばラッキーだが何人かは失う。それは生徒も教員である軍人も同じ。
「谷峨少尉は御霊機に乗って出迎えるのだな。敵御霊機は彼に任せておけ」
「しかし、敵御霊機の数はまだ特定できていません。それに位置も」
美咲がヒステリックに叫ぶ。しかし、鳥浜はそんな美咲をよそにし、副官の木村に指示を送っていた。
「木村大尉、事後の指揮は君が執れ。私は教育委員会や政府のお偉方と話をしてくる」
「ええっ、少佐がいないとこの状況はまずくないですか?美咲少尉もそれを心配してるのでしょ?」
「まぁ、そうだがお偉方に呼ばれたら何もできないんだよ。我々の上官がいないからな。先遣隊はこれだから辛い」
やれやれと首を左右に振り、鳥浜は車のキーを入れ、スイッチを入れる。
「敵機が戦闘行動を取るなら谷峨少尉には遠慮なく返り討ちにせよと伝えておけ」
そう言うと鳥浜は車に乗って離れていった。
「俺技術士官なんですけどね………作戦指揮なんて、中隊長指揮過程教育でしかやったことないっすよ」
「それで充分だ」
「やりゃいいんでしょ、やればさあ」
木村は呆れながらも通信機を持って指示を送った。
「早くシェルターに逃げるんだ!」
大川は叫んでいた。
無理もない。死にたくないから生徒を逃がしつつ、自分も逃げる。
谷峨達が作ったシェルターは校舎の古い準備室の地下にあるもので大川も正直位置しか知らなくて中に入ったことはない。
「先生、太田和がいないんだけど!」
女子生徒が叫ぶ。
慌てふためくこの状況で大川は頭がパニックになりそうになる。
「またアイツか!はあ、言うこと聞かない奴はさっさと死んでしまえばいいんだ!」
「教師が言うセリフじゃねえだろ」
「さっさと太田和探していきなさいよ」
生徒からブーイングの嵐がすぐ来る。
大川は胃がキリキリする。
今すぐお前たちにも死んで欲しいところだが責任問題を秤にかけ、頭を巡らせる。
「もう、お前達は先に行け。私があのバカを探してくる!谷峨にも言っておけ!クラスの生徒の不始末は担任の責任だ!教育委員会に言って谷峨も皆辞めさせてやる」
「ついでに他のクラスのとこの荻野と田中もいないみたいだ、先生ごめん」
他のクラスの生徒からもリクエストされるように言われる。大川は首筋に爪立て、かきむしる。
大川は生徒に吐き捨てるように言いながら真を探そうとする。
汗がダラダラ流れて6000円で買った安物スーツはダイナミックな動きについていけないのか不快な感触として大川の体を包んでいく。
真は授業にサボって、近くの砂浜で数人とスマホのアプリゲームに興じていた。
大川の放送で逃げろ、と言っていたがそれを無視して勝手な行動を取っていた。
「ったく、最近やってらんねぇよ谷峨にボコボコにされるしアイツ強すぎだろ?」
「お前北海道のジャガイモみたいにボコボコにしてるもんな、いやぁ俺は面白いんだけど」
白石は笑いながらゲーム画面を見る。白石も真とよくつるんでいて帰りはたまに横須賀の繁華街で遊んだりしている。
家庭環境が複雑なので学校は最低限の卒業できる範囲での出席でやっていて、最近は谷峨の恐怖体制によってバイトが減っているのでかなり不機嫌だ。
「私のクラスもさ、美咲がかなりウザいよね」
荻野遥がため息をつく。
ルックスを知能の代わりにつぎ込んだといわんばかりの女の子で校内でも可愛いといえば遥だった。
他校の男子にもアプローチをされるし、地元のイキがった大人にもアプローチをされる子だ。
「美咲は小柄だけどスタイルいいよな、スーツや軍服みたいの着ていなきゃ普通にAV女優やれるぜ」
田中豪が下品な笑い声をあげる。
田中豪は屈強な体格でボディビルで鍛えていてこの高校で数少ない部活で関東大会クラスの活躍もしている底辺高校の生徒の中でも教員からも信用がある男だ。
「アンタ達揃って最低ね、JKの言うことよりもあんな変な大人の言うこと聞く訳?」
「JKだからってブランド化していると自覚したり、もてはやすほうがダメなんだろ?って、なんだよ……これは」
真が叫ぶ。四足歩行型の機械に驚く。
「ゾイドかガンダムのバクゥとかかよ?まるで犬みたいな形じゃないか」
白石も補足するように言った。
轢き殺してもよし、潰してもよし、の犬型御霊機に4人の意識は固まった。
「逃げるぞ!逃げて谷峨達に伝えようぜ」
真の言葉を聞いて3人は頷いた。
谷峨が言っていた敵というのはこのことか?
そうだとしたら、谷峨に問わなきゃならない。
この機械と戦う理由と戦いが終わった先に待つものと。
四足歩行型の御霊機は西国軍所属の灘と言われる御霊機だ。
御霊機は刀の国では陸戦の主役、花形と言われ東国軍は基本二足歩行型の御霊機が多く、西国軍は四足歩行型の御霊機が多い。
機動力を重点にする西国軍と作戦の立ち回りを重視する東国軍の違いがよく出ていた。
西国軍も同様に日本の高校に忍び込み、谷峨達東国軍と同じようにしたのである。
刀の国の技術供与を受ける為に両陣営に技術のテストという題目で戦わせて、勝った側を支援するということ。
「こちらビーグル3、敵対象施設を確認した。座標をそちらに送る」
ビーグル3というコードネームの灘が本部に座標を送った。
灘は偵察用途にも使われるので通信システム周りも使いやすい装備が揃っている。
「本部よりビーグル3へ、よくやったな。初陣にしては見事な任務だ。兵士は学徒兵に限る、昔の軍のお偉方の言うこともあながち間違いではないみたいだな」
本部にいる指揮官は褒めていた。
谷峨と同じように教師という偽りの身分を与えられた軍人だ。
「学徒兵って、俺達は兵隊じゃない。アンタ達の理不尽に巻き込まれた被害者だ。この戦いに勝てば俺達は英雄として国からの一生の生活の安泰及び汚い政治家が貰うような特権を使えることが許されるんだろ?その為に割り切ってやっているだけだ」
ビーグル3というコードネームを与えられた乗り手はぶっきらぼうに答えた。
指揮官はふっと笑った。このはねっかえりめ、なまじ頭がいいから自分のした行動に有頂天になる。ぶっきらぼうを装っているが認めてもらいたくて当然と言わんばかりの含みを持たせていた。
「確かに君達は被害者だ。けど、ヒーロー願望を抱き何もしない者、機会を与えられず毎日を埋没するだけの人間より遥かに恵まれているということを忘れてはいけない」
指揮官の言葉に灘の乗り手はあからさまに不快な表情を浮かべ、軽蔑する。
「そんな人間達、最初からそんなことなんて気づきもせず毎日を過ごして終わりさ。アンタ達刀の国の軍隊はどこか頭のネジ外れているのか?大半の人間に可能性も力も未来もねぇよ、迷惑かけないモブで充分だ。能力のない目立ちたがり屋が目立つのが一番気に食わないね。あっ、敵の高校もわかったぜ。県立三戸浜高校だ。来年廃校らしい地域1番の底辺高校だ。俺の嫌いな目立ちたがり屋の能力のない集まりだわ」
吐き捨てるように灘の乗り手がデータを送る。
データを送ると言っても音声データや映像データを本部にメールを送る要領で送ればいいのだ。
「ビーグル3、敵の高校のデータは教育委員会に問い合わせておく。それと、今回は偵察がメインだ。武力行動は慎めよ」
「あいよ、わかってるって」
そう言うと灘の通信が切れた。
「武力行動を慎め?んな訳ねぇだろう!ビーグル3よりへ各機へ敵勢力は三戸浜高校の奴らだ。生徒数は200人もいないし、こんな運動もできねえ勉強もできねぇ社会人になったら良くて半グレ、3流企業の安月給社畜がお似合いの低スペック集団だ!甲子園常連の名門校が1回戦勝てたら良かったね、集団に負ける訳ないだろう?殺し合いするんだ、さっさとゴミクズ間引いて俺達の未来を勝ち取ろうぜ」
「三嶋、何言ってんだよ?小寺は武力行動は慎めって言ったの聞いてないのかよ?」
少し離れた所にいた灘、ビーグル2から通信が送られた。
「あ?ビーグル2ってか二葉、敵の施設、壊して人はみつけ次第口の中にあるアレで吐いて殺せばいいじゃねぇか。小寺に俺達はできることを証明してやろうぜ。いつまでも異世界の軍人がこっちの世界来て先生ごっこされて戦争ごっこされても困るし、アイツらボコボコにしてよさっさと終わらせれば晴れて解放だ。俺、人殺してみたかったんだよな」
三嶋は楽しそうに話し、さらにビーグル1の乗り手もノリ良く話す。
「敵をさっさと殺してさ、俺達でこの西国軍の技術の貿易窓口になれればよ?俺達一生安泰だぜ。戦争だから1人殺しても1万人殺しても罪に問われることはねえ。戦争は数だ、先制攻撃だ、やるなら今だぜ」
「決まりだな、これより武力行動に入る」
3機の御霊機は学校に迫っていく。
「敵、位置補足しました」
三戸浜高校の職員室で美咲が叫ぶ。
美咲が使ったのは学校の周りの地域にこっそり配置させていた対音響収束測定器だった。
「音のサイズから御霊機と判定、灘が3機というところね」
美咲はヘッドホンを装着したまま、パソコンのキーボードを叩いていた。
「美咲少尉、敵だとしたら結構早く御霊機を使う段階に入っているね。西国軍も俺達と同じようなことをしていて学徒兵を使っているならあからさまに兵隊の質は向こうのほうが高いぞ」
木村もパソコンでモニター表示にして、分析行動に入っている。
「こちら谷峨機、いつでも行けます」
谷峨機から通信が入る。
「谷峨機、スタンバイしておけ。敵が退散するのなら対敵行動はとらなくていい。しかし、さらに攻め込むようなら………」
「敵御霊機が1発でも施設に向かって撃ったならこっちは迎え撃ちます。それでいいでしょうか?木村大尉」
「えーっ、じゃあ君に行動は任せるよ。ログを学校周辺20か所に打っておいたから敵御霊機の乗り手が学徒兵ならショートで1発使って黙らせて欲しい」
木村がしどろもどろで答える。本来は技術畑の人なので作戦運用はあまりやらない人だ。しかし、鳥浜に次ぐ階級なので要所要所指揮を執らねばいけない時があるのだ。
ショートとは短距離の次元転移でログが打たれていけば近くの他の場所に御霊機を移動させることができる機能だ。
刀の国の戦争では拠点防衛で守備側がよく使うやり方だ。
ログが破壊されれば使えなくなるが守備側はたくさんばら撒くので各個破壊も骨が折る作業だ。
「多用はしない、敵を驚かせて黙らせるは基本ですね。大尉」
「そー、そういうことだ。ここはウチの国じゃないし、この件は現在この国の極秘事項の1つ。我々の行動1個1個、国家問題にも問われるし今後にしこりを残しかねない。面倒くさいけどよろしく頼むよ」
木村は最後短いため息をつく。
「美咲少尉、敵機の補足の細かい位置割っておいてよ。ログのナンバーは谷峨少尉もある程度理解はしているだろうけどね」
「了解。敵もなかなか強気だけど音がダダ洩れだわ。通常通信の電波は切っているだろうけどボイスチャットは完全オンのままだし、記号も合言葉も使っていない………つけ入る隙はあります」
美咲は淡々とキーボードを操作していた。リズミカルにカチャカチャ音を立てていた。
軍事行動ではよく記号や合言葉を使う時がある。
それは機密保持と敵に情報をばらさないため。そして、合言葉を使うことで敵には何を言っているかわからなくさせる効果もある。
そして、合言葉はシンプルで簡単なほうがいいのだ。
それは使う側の理解不足や間違いを防ぐ為でもある。
「す、すいません。やっぱ太田和達が見つからないんだ」
突然、大川から無線が入る。
息も絶え絶えで無線越しからでもさんざん探し回っただろうと推測できる。
「大川先生、ありがとうございます。不明の生徒は太田和、荻野、中田、白石の4名でよろしいか?」
「あ、ああ、その通りだ!お前達のせいで私は今後の人生変わるかもしれないんだ。こいつ等はクズで生きる価値もない生徒だが私には老後があるんだ。退職金を貰って年金を貰って人並みの静かな余生を過ごす夢があるんだ」
美咲はクールに返す。大川とは対象外だ。
美咲はくだらない、と心の中で呟く。
生徒達のほうもロクでもないが、彼ら彼女らの教師も大人も大川のような人間ばかりだとしたらそれも辛いのかもしれない。
「大川先生、貴方の生徒を探す行動にこちらは大変助けられました。担任の私から荻野の代わりに謝ります。けど、もうこうなった以上生きるか死ぬかしかありません。捜索活動はこの戦闘を終えてからにしましょう」
これ以上、大川は使いものにならない。
そんなことは言わないが、美咲はそう感じた。
流石にいたずらに皆を危険な任務を突き合わせることはないのだ。
3機の灘は両足についている大型ローラーを起動させて、砂浜を縦横無尽に走っていた。まるで巨大化したSUV車さながらのパワー走行だ。
「おいおい、見つけたぜ三嶋」
ビーグル1の乗り手の一場が無線で通信を送る。
「数は何人よ?」
「目測だが4人だな。これから学校に逃げるんじゃないかな?」
「そうか、よし俺と一場がその逃げてる奴に攻撃する。二葉は周辺の索敵でもしてろよ」
「あ、ああ。深追いだけはするなよ」
二葉が注意を促すが2人は聞く耳持たずの態度で応じた。
「深追い?おいおい、こんな砂浜で俺たちに深追いより寧ろなぶり殺しだろ?走ればすぐ追いつくしさんざん相手走らせてから踏みつぶして口の機関銃でミンチにしたっていいんだ」
「ま、警戒はお前に任せるからよ?俺たちはやらせてもらうぜ」
三嶋も一場は4人を追いかけ回す。
「ふざけんなよ、こんな機械で人追いかけ回すんじゃねぇよ」
「無駄口叩く余裕あるなら走り回れよ、学校に行けばまずは平気だろう!谷峨達がいるはずだ」
「もう、マジ最悪。終わったらアイス食うんだから」
「ちょ、待って!お前ら速すぎだよ」
白石はそう言うと足がもつれてヘッドスライディングをする。砂浜で倒れるからあまり痛くはないが早く逃げたい時にとんだタイムロスだ。
「白石、何コケてんだよ!死にたくねえだろ」
「た、助けてくれ!俺はこんなとこで死にたくない」
白石は汗ダラダラで砂も顔に醜く付いていた。よだれを垂らし、いつものふざけてる白石からは見られない必死の形相だった。
「あー、もう豪と遥は先に行け!白石は俺が何とかするよ!さあ」
「くっ、悪いな!行くぞ」
「うん。けど、これを使って目印にする」
遥は地面に何故か発煙筒を突き刺し、光と煙を出す。
「お前バカか?余計目立つだろうが」
真が叫ぶ。しかし、遥はそんな真を知ったことかと言わんばかりにさらに打ち上げ花火をセットする。
「荻野、5月なのに打ち上げ花火持ってるの?」
「あ、私のバッグに打ち上げ花火セットいつも持ち込んでるし花火って夏だけにやるのなんかもったいないじゃん」
遥がそう言うが実は嘘。たまたま美咲の授業で合図のやり方で美咲が教えていたのだ。
今まで勉強なんて役に立たなかった。自分を助けるモノだと感じたこともなければ想像したこともなかった。
イチかバチかで失敗なのかもしれない。
けど、やらないよりやったほうがマシだ。
そう感じたから遥はやってみた。
「発煙筒か?あの光と煙?」
三嶋機がモニター越しから見る。
「大人しく逃げてれば逃げる顔も必死の顔も見れたけど、わざわざ殺して欲しいってことか?じゃあ、お望み通りくれてやるよ!お前らが空に打ち上げるなら俺はその逆だ」
一場機は4人にロックオンする。画面に赤いマーカーが現れる。赤いマーカーは適正距離を表わしている。
「死ねぇ」
一場機の灘から機銃が発射された。12.5ミリの弾丸が砂をえぐり、砂柱と砂煙をあげた。
「威力が強すぎて前が見えねぇ!だが、連射すれば」
さらに一場機が荒ぶるように猛るように機銃を発射する。
装甲車やヘリコプターの機関部を撃ち抜くことのできる威力だから人間が当たれば余裕で体が飛び散る。
撃発音が響き、海岸は戦場そのものだ。
動画サイトで見る戦場やテレビのニュースで見るようなものと同じように緊迫感しかなかった。
ただ、違うのは安全な場所で見るのと実際の弾丸飛び交う場所にいるのは全然違うということ。
何発かの弾丸が地面を抉ったのだろう。
最悪な事態、4人のうち誰かが撃たれた。
「し、白石っ!」
白石は背中から斜めに千切れるように左肩から頭部がなくなっていた。
砂の雨と時折混ざる湿った黒い砂。
白石則道の生命が確実に終わりを告げた瞬間だ。
白石の死体を掴み、抱き、慟哭を上げる真。
もう、白石とバカをすることも遊ぶこともできない現実を受け入れることができない。
「白石を殺しやがって!俺が、俺が殺してやる」
「素手で御霊機を殺すなんてできるかよ?ついでにテメェも消してやる」
一場機は真をロックオンした瞬間、空間が歪む。
一場機の後方から御霊機が現れる。灘と違う御霊機だ。
「敵機確認、対敵行動入るよ」
現れた御霊機、谷峨のファイアブランドは右手に御霊機用ナイフのマインゴーシュを逆手で持ち、一場機の頭部を上から刺した。
一場機のカメラと機銃は使えなくなり、一場機は姿勢を崩した。
「くそっ、カメラと機銃がやられたしどっから敵が湧いてきたんだ?」
一場は怒りを含んだ声で慌てていた。センサーも音も気温も何も反応しなかった。
谷峨機が使ったのは短距離、瞬間転移用のショートでよく使う技だった。
御霊機が施設防衛戦で守備側がよく使う定番戦法で不意打ちや奇襲によく使われていた。
「ビーグル2も3も支援してくれ!コイツ、俺1人じゃ無理だ」
一場の呼びかけに二葉機も三嶋機も合流する。
「ブランチ4より本部へ敵御霊機、3機確認した。白石則道は死亡認定、荻野遥と中田豪はなんとか撤退ラインまで逃げたが………どうやら太田和の馬鹿を守らなきゃならない」
「本部、了解した。ショート1発くらっても撤退しそうにないね………ブランチ4、あの傷ついた灘に惨たらしい目に合わせてくれる?」
「ブランチ4、了解した」
谷峨機のコールサインはブランチ4だ。
東国軍の主力御霊機ファイアブランドは操縦のしやすさとシンプルな装備と近接戦をメインとした機体で東国軍の御霊機乗りの大半はファイアブランドに乗っていた。
木村のカスタマイズで谷峨が近接戦を好む乗り方をするので谷峨機には通常の御霊機用ナイフとは違うナイフの近接戦のつばぜり合いや敵御霊機の刃物攻撃対策にマインゴーシュを装備していて、拳銃もわざと跳弾しやすいように弾をカスタムしたスカッシュを2丁を装備していた。
谷峨機は一気に加速して、一場機の崩れた右足側をスカッシュで射撃をする。
弾が跳弾したり、素直に当たったり他の2機が近づけない状態にした。
右足を破壊された一場機は左足が浮き、脇腹ががら空きになった。
そこを逃さず、谷峨機はそこからマインゴーシュを突き刺した。さらに真正面からもう1本のマインゴーシュを突き刺した。
コクピット部はズタズタにされ、一場は真っ二つになり、マインゴーシュの切っ先には服の繊維と肉片と血液と部品のコードがぐちゃぐちゃに混ざっていた。
二振りのマインゴーシュについた汚れを抜き取るように谷峨機はマインゴーシュを振って汚れを拭った。
その仕草と態度に二葉機と三嶋機は完全に氷ついていた。
同時に真もその残虐シーンに唾を飲み込み、言葉を失ってしまった。
この日本で行われた史上初の御霊機同士による戦闘。
二つの高校がお互いの陣営の思惑に巻き込まれたことによる理不尽な悲劇。
「さあ、大人しく引けばここから見逃してやる。これは戦争だ。言うことを聞かねばお前達も倒すことになる」
谷峨機は2機の灘にスカッシュを向ける。
これ以上戦えば、面倒くさくなる。ショートは便利だが燃費が悪く使えば使うほどログの位置もばれてリスクが高くなる。
谷峨機の前で空間が歪む。東国軍の空間転移はグニャリと空間が歪む。しかし、この空間の変化は歪んだあとガラスの破片のように割れていく。
西国軍の御霊機の空間転移だ。
不意打ちのように谷峨機に衝撃が走る。
背中から衝撃が襲う。谷峨は唇から薄っすらと血が流れる。
「貴官の行動のおかげでわが軍の御霊機と兵を失った。彼らの初陣で独断専行はあったのは認めるが貴様らの損失より我が軍のほうが遥かに痛い」
猛牛の頭に四足歩行と牛型の御霊機。ちなみに人型にも変形できる西国軍の最新兵器である伏見だ。
「損害の程度で言ってるんじゃないよ?お前達が攻撃を仕掛けた、おかげでこっちは1人死んだ。しかも、御霊機が生身の人間を嬲り殺しにしてるんだぞ?痛み分けだ、さっさと引け。これは停戦勧告だ」
谷峨機と伏見の乗り手は通信を送る。
「小寺、遅すぎだよ!一場の奴が死んじゃったじゃないか」
三嶋がヒステリックな声で言う。
「谷峨!なんで早く助けてくれなかったんだよ!お前達の都合で始めた戦争だろ、俺はお前を………お前をっ」
真も涙を流し、しかしくっきりと怒りと憎しみの感情を込めて谷峨に向かって言った。
「すまない。敵の位置を探すのに手間取ったんだ。これが俺のいた世界の日常茶飯事だよ。これが戦争だ」
「お前達はどうやら自分の力を過信し、過大評価するところがあるな。偵察任務として犠牲者を出さなきゃ上々だったが傲慢さと自分勝手は良くないな、さっさと撤退するぞ」
小寺機は2機を促し空間の割れ目に入る、そして谷峨機に通信を送る。
「お前も担任をやっているのか?お互いに言うことを聞かない生徒がいるのが大変だな」
「ああ、アンタが最初からいたらやられていたのは俺達かもしれない」
そのやり取りは殺し合いをする軍人同士のやり取りとは思えなかった。
「今回は撤退するが次は手加減しない。お互い担任をやっているからアンタの話も聞きたいが………会話するのに添えるモノは武器しかないな」
「互いに敵対する軍にいる以上、俺達は命のやり取りでしかコミュニケーションできないよ。俺達の常識はここの世界の非常識なのだろうが」
一生、武器を外してコミュニケーションすることはない。戦争が続き限り、任務がある限り、谷峨も小寺も命の奪い合いをするのだろう。
「………結局、軍人は任務の名のもと殺し合いをする組織だ。俺達は武器を取ってしまった。さらばだ。東国軍の御霊機」
小寺が言うと空間の歪みはなくなり、撤退していった。
数多のクレーターと灘の残骸と夕日がやけに眩しかった。
後日白石の死亡手続きをして、遺族に謝罪をした谷峨。
遺族は悲しんでいたがどこか邪魔者がいなくなって良かった、と言えるような表情だった。
特に父親の史也は薄い笑みを浮かべて、口元が震えていた。谷峨はその史也の顔を見てあからさまな不快感と嫌悪感を覚えた。
この男、白石と血が繋がっていなくて実の父親ではない。むしろ、白石を面倒くさいと思う側の人間なのだと。
監査局時代でも任務で不正を犯す軍人を命令の名で処理することもあった。
遺族には夜叉のような形相でにらまれたし、罵声や怒号も慟哭も受けるのは当たり前だと思っていた。
白石死亡の報を聞いた時は生徒達は悲しみに暮れる者もいれば憎しみの炎を灯す者もいた。
真はうつむいたまま、机の上を眺めていた。
「俺達がこれからすることはこういうことだ。毎日一緒にいた仲間が突然死ぬ。生き残ったとしても五体満足という訳でもなくなる………君達の常識が通じないという訳だ」
ホームルームで谷峨が静かに語る。
もう、今まで通り谷峨の話を無視したり邪魔する生徒はいない。
「死にたくないなら絶対生き残れる保障はできないができることを後悔なくするしかない、君達が君達の住む地域の為に未来の為に上が最小限の犠牲かつ最大限の効果を想定して君達を選んだ。それは敵も同じだ。今回は一部の生徒が自分勝手な行動をおかしたことによって犠牲者がでた。だが、俺は私は関係ないなんてことだけは絶対に思わないでいてもらいたい。そこで……俺も皆罰を受けてもらう。大川先生も罰を受けてもらいます」
「待てよ!悪いのは全部太田和だろうが!罰?受ける権利も義務も理由もないぜ」
「そうだよ、私達はちゃんと避難したんだし罰を受けるなんて理不尽以外のなにものでもないじゃん」
「ふざけるな!私は君の言う通りにやったんだぞ!しかも、他のクラスの生徒も探したんだ。私が責任を取るなんてありえない!理不尽だ!教育委員会に訴えても、ならばこの法治国家日本に則ってフェアに裁判したっていいんだぞ?」
生徒達と大川の自己保身しかない叫びに谷峨は拳銃で大川の足元に1発お見舞いした。
谷峨が心の中で小型犬みたいにキャンキャン喚きやがって、と毒づく。
「裁判なら来年以降にして頂きますか?この1年が終われば俺は罪人にも死人にもなることもできます。子供が体を張ってるのですよ?目の前の大人が俺は関係ないね、は道義的に許されないでしょう!貴方も教師でしょう?生徒に教えて導く、大人としての振る舞いを見せるのが仕事ですよ。言葉も態度も正しいように見えるが貴方も充分自分勝手ですよ」
谷峨は瞳孔がかっと開き、大川を恫喝する。
捕食される小動物のように大川は委縮させ項垂れる。涙が薄っすらと光る。
谷峨がそう言うと腕立て伏せができる姿勢になった。大川も谷峨に続く。
「太田和以外、皆腕立て伏せの姿勢になってもらう。反論は許さん。太田和、お前は数を数えろ」
皆しぶしぶ腕立て伏せの姿勢になる。腕立て伏せもきついがそのままの姿勢も地味に疲れる。
真は黙っていた。むしろ、数を数えるのも辛い表情だ。
「さっさと数えろ!お前のおかした行動の無自覚と結果を詫びるなら今この場でここから仲間を想う行動をしろ」
谷峨に怒鳴られてやっと数を数えた真。
真以外、全員腕をプルプルしながら倒れながらも姿勢を崩しながらも腕立て伏せは続いた。
谷峨が汗をかきながら、乳酸が筋肉をめぐっていく感覚を感じながら考える。
成績最下位でお世辞にも自分達に反抗的態度を出している白石が犠牲になってクラスの団結に繋がるのなら想定内の損害だと。
3話
6月後半になり、生徒の適性もだんだん掴めてきた。
基本訓練の動きもサマになり、軍隊の詰め込み教育の効果を改めて実感した。
「谷峨先生、君のおかげでこんなクズでも一応軍人っぽい動きができるじゃないか。サバイバルゲーム甲子園にエントリーして全国制覇すればもしかして生徒も私達もこんな理不尽なことも免除されるじゃないか?やればできる、魔法の言葉だが私は信じていたよ君も生徒達の可能性と成長をね」
大川はまるで自分のやった功績と言わんばかりにドヤ顔で語る。
谷峨は軽蔑したまなざしで定年まじかの教師を見下す。
「サバイバルゲーム甲子園?無理でしょうね。殺し合いの風を感じただけでサバゲーとはまた違います。レースコースのドライバーが公道の山下りや高速道路でレースでやったとしてもその道に特化したスペシャリストに勝てるとは思えません。彼等はもう腹をくくった。そんな彼等に水を差すようなことをなさるのなら俺はあなたを」
そう言うと谷峨はナイフの切っ先を大川の喉元にトントンと触れた。
「喉元から空気漏らしてもらって死体になってもらいますよ。士気を下げる言動やあなたの素敵な勘違いで生徒達を惑わすような真似はしないで頂きたい」
谷峨は獲物を殺すような目で大川を睨んだ。慇懃無礼な言葉とは裏腹にやっていることは立派な脅し。
大川は身をすぼめて、小さくなる。
「わかればいいんですよ。俺だって好き好んで人を殺しているわけではありません。大川先生の態度、言動、行動に生徒達はシビアに見ています。それをお忘れなく」
完全に大川の代わりにクラスを支配した谷峨に恐怖しか感じなくなった大川。
「適性を見た上でこれから君達が何を専門にやっていくかを伝える。今までは基本だがこれから君達が担う専門分野の基本を学んでいこう。中には俺と授業しなくなる者もいるけど悩みや困ったことはメールでも電話でも直接話すでも構わないからな」
谷峨は急にいつものような顔になり、生徒達に語り掛ける。
生徒達はこの2ヶ月で谷峨のことを少しずつだがわかってきた。
確かに厳しいし、理不尽なことも言うしやらせるが頭ごなしで否定はしないし、努力する姿勢や自分の間違いを直そうとする者に対してはちゃんと向き合おうとすることに彼等が今までの学生生活で対面してきた教師とは違うということを体感していた。
特に変わった生徒はやはりつい最近まで問題児だった太田和真だった。
以前のような授業をサボるということはなくなり、学科も苦戦しながらも他の生徒に聞いたりしながらも苦手なりに努力していた。
適性としては谷峨と同じ御霊機乗りとしての才能があった。
シミュレータでは仮想敵に対して思いもつかない戦法で敵を撃破したり、失敗も多いがシミュレータにもパターン構築として機会を付与しているのを谷峨は鳥浜にも彼を御霊機乗りにしてくれ、と言うくらいだ。
谷峨の持論として人は何かしらの長所や適性は必ず持っていてそれを探し導くのがクラスを担任する教師として大事なものと感じていた。
「加瀬は通信分野の適性があったから部隊通通信の教育を来月から始めてくれ。佐川は手先が器用だから工兵の教育を来月から………」
谷峨は淡々と生徒達に来月以降のスケジュールと適性兵科を伝えていく。
「太田和は御霊機乗りとしてこれから教育をしていく。このクラスでは御霊機乗りは他に野田と遠藤しかいなかった。御霊機乗りはあまりいないから仕方ない。皆の適性を客観的に見た結果だ。最初は慣れなくて戸惑うだろうけどきっといつかは才能が見えてくる。そこだけは信じて欲しい」
「ああ、お前に言われなくてもやってやるぜ。俺は決めたんだ、絶対にアイツらは許さねえ………お前が言った通りだよ、俺は目の前の邪魔する奴は全部叩き潰す。むしろ、願ってた展開だぜ。ありがとよ先生」
真は決意に満ちた表情で答える。もう、ふざけたり反抗する素振りも見せない。
決意や気持ちだけで兵科を決めるものでもないが本人のメンタルも大事な部分だ。
「どの兵科にも言えるがきついのはこれからだ。だが、来年の春になれば終わる。あと、俺から言えることは1つ、死ぬなよ。このクラスは皆生き残るぞ」
クラスの皆はおお、と声をあげる。この一体感は大川もこの学校にいて感じたこともないものだった。
白石が死亡して、白石の家には生命保険と国からの特別保証金として1億円が仕送られていた。
白石は市営住宅に住んでいて白石の父、継父だが早速そのお金を使ってベンツを購入し早速乗り回していた。
「白石さんの息子さん、事故で亡くなったのにお父さんがあんなんじゃ死んだ則道くんにかわいそうだよ」
団地内の老人達が井戸端会議をする。
白石の父は誇示するかのように急ハンドルを切って車を停める。
トゥモローランドのジャケットに桃太郎ジーンズにレッドウイングのブーツにレイバンのサングラスで決めた白石の父は電子タバコを吸いながら自分のいる部屋に向かった。
白石の父、史也はスマホで川崎競馬の馬券投票をする。
1億円なんて棚からぼたもちもいいところだ。白石の母の連れ子である則道が死んでくれてむしろ、嬉しかった。
白石の母に対しては女としての愛情があるが、連れ子の則道に息子としての愛情なんて感じることはない。動物は母の連れ子を殺すということが本能として許されることだろうが人間社会では父親が母親の連れ子を殺すなんてことは認められることもなければ許されることもなかった。
史也は白石の担任、谷峨に興味を持っていた。
自分は勉強ができる訳でもなければ運動神経もいい訳ではない。だが、人が隠している秘密みたいなのはなんとなく気づいて感じてしまう。
谷峨は定期的に白石の家に連絡している。あくまで、事故として国からの補償なので秘密にしてくれという。
一応、母は白石が亡くなってしばらく涙に暮れたが多額の補償金でやはり金の力は強いんだな、と改めて感じた。
史也がやれることはただ1つ。
谷峨を脅すなり、弱味を握って金を絞り取れるか?ということだ。
今日は谷峨が訪問してくる予定だ。
インターホンが鳴る。相手はもちろん谷峨だ。
ドアを開けると案の定谷峨がいた。
「お邪魔します、白石さん」
「おお、則道の担任の人じゃねぇか。待ってたんだ、上がれよ」
史也が招き入れる。
谷峨は丁寧に靴を脱ぎ、置いた。さりげなく他の者も靴の向きを揃える。
「アンタ結構、マメなところあるじゃねぇか。ウチの者は皆育ち悪くてよ?こういう常識に疎いんだ」
史也は蛇が獲物を狙うような目線で谷峨を見た。
谷峨は視線を感じ、史也の思考を自分なりに分析してみる。
何かをダシにして文句なり言いたいはずだ。
実際監査局時代でも任務の為に犠牲になった者の遺族で補償金を使って散財する者もいればさらにイチャモンつけてたかろうとする者もいた。
金や保証や財産という者に人間は弱い、ましてや史也のような者は自分の子供を欲望の為に利用することに躊躇いもないタイプだろう。
谷峨と史也はちゃぶ台から対面になった。
「ウチの息子が事故とは死んでしまって今だに悲しみは消えない……則道が理不尽だが国の未来に関わる1年に巻き込まれたって言った。則道からの情報だが谷峨さんよ、アンタ異世界の軍人なんだろ?ラノベみたいな話だけどよ、信じられないが俺は血が繋がってない息子の話を信じてみることにしたんだよ。アンタ達は戦争に巻き込ませて死なせたら申し訳ない程度のお金しか渡さない……則道の価値が1億円なんて、アンタ達の中じゃこの国の一般の社会人が一生稼ぐことのできる金額の半分にしか則道の価値がないってことかよ?ああ、どうなんだよ?息子から聞いたがアンタ達高校生使って戦争してるんだろ?頭の悪い俺でもわかるぜ、どでかい思惑があるってことくらいはよ」
「申し訳ございません。思惑とかそういうことは息子さんの妄言です、彼も真実を知りません。私も此度の件の目的がわからないのです」
史也は恫喝してきた。
ドンッという音が響く。ちゃぶ台を叩いた音だ。
谷峨は土下座しながら謝罪の意思を示した。しかし、史也は待っていましたと言わんばかりに谷峨の頭を踏みつけた。
「困ったら土下座かよ、お前達人の命奪ってるんだぞ?誠意を見せるなら土下座じゃ足りないって言ってるんだよ?アーユーオーケー?お前達野蛮な異世界の軍人にイングリッシュはわからねぇか?現在この世界で1番多くの人数が話す言語さ。息子の命を奪ったお前等を許さねぇ!だったらマスコミにも警察にも言ったんていいんだ?連日マスコミが来て真実と報道と好奇心入り交りになってお前達を監視する。教師達の不始末のせいで息子を失った俺と異世界から来た軍人で自分達の目的の為に若者の命を犠牲にさせる………どっちが世間のウケがいいかお前にもわかるだろうよ?」
踏みつけた足を離して、その足で振りかぶり谷峨の顔面を狙おうとする。しかし、予備動作と狙いがわかっているのか谷峨は史也の右足を掴み、咄嗟に三陰交のツボを押した。
通常にない痛みが史也を襲う。
右足を抑えるのを確認して、谷峨は史也の股間めがけて倒れたまま足を押し付けた。
苦悶と悶絶が絶え間なく史也に襲いつづけ、谷峨は史也を押し倒して馬乗りになる。
形勢逆転だ。
「こちらとしてはご子息の命を失わせたことについては今でもこれからも申し訳ないし、取り返しのつかないことをしている。それは事実です。しかし、貴方には則道くんの命をダシにしてさらに我々に対して理不尽な要求をしている。彼が何で死んだか教えましょうか?彼は我々の命令を無視して無断で勝手な行動をした。貴方の世界の言葉で言う無駄死にってやつです。そんな彼の命を無駄にしてはいけないから我々は彼の死を悲しみ、結束をした。それだけが彼の死がもたらした唯一のメリットでしょうね………国からしたらそんな貴方のご子息の死亡に対して1億円というのは破格の高待遇と私は感じます。履歴も拝見させてもらいましたが貴方はむしろ則道くんが死んで喜ぶタイプの人間だ。我々の仲間からの報告書を読んだだけでしたが実際にお会いして、確信しました」
谷峨のチョークスリーパーが史也の首を入り、極まる状態だった。
気管支を抑えられ、史也は醜い呼吸音で精一杯だ。
史也は谷峨の体をポンポンと叩いてギブアップの意思を示す。だが、谷峨はわざと無視した。
「貴方の国の言語は我々と同じですから言葉で話して下さいね?一応、この件で貴方のような面倒くさい保護者を始末する権利、認められてますから私は罪に問われません」
さらに力を入れる谷峨。
監査局時代でもターゲットの何人かを扼殺してきた過去がある。
実戦でも敵兵士を絞殺したこともある。
彼からすると一般市民を殺すくらい容易いこと。
ましてや、抵抗感もなく躊躇いがないから後天的とはいえ、筋金入りの殺人者だ。
必死の史也の抵抗も空しく、力がなくなり顔が変色して舌がだらりと下がり、アンモニア臭漂う液体が流れてきた。
最後の抵抗なのか臭い匂いで反撃したかったかやけに量が多かった。
「少佐、谷峨です」
谷峨が電話をかける。
鳥浜は何だ?と応じる。
「白石の父親を殺しました。今後も白石の父親みたいな輩が我々に牙を立てるのは必至ですね。この件は上に頼んでもらいたいです」
「でっち上げにしろということか?」
鳥浜はため息をつきながら答える。
谷峨は殺人をするときは躊躇いもなければ半ば感情的になることがある。監査局の局員としては感情に任せて行動をするというのは不適格な行為だ。
「母親もついでに殺しておきたいのですがダメでしょうか?」
谷峨はまるで粗大ごみを捨てるのでどうすればいい?と言わんばかりのニュアンスで質問する。
「君の行動は1度殺すと決めたら躊躇わないね、それが良くも悪くも君らしいがな。確かに我々の行動に対して不用意な干渉をする者を排除するなり注意するなりは想定内だ。与党の議員を通じて法務省の者と警察に圧力をかけておこう。ただし、君の行為でこうなってしまった以上君は母親も処理してもらう。サポーターからの連絡が来るまでターゲットに攻撃するなよ、間違えて処理したらそれこそまずいから」
「了解しました。それでは任務に入ります」
「ぬかるなよ、事実マスコミも地元住民も野党の者達皆、最近の我々の行動をマークし始めてるからな。君の行動が今後を左右しかねない」
「わかりました。失礼します」
鳥浜がそう言うと谷峨は電話越しだが微笑んだ。
面倒な者は早めに処理するべきだと。
電話を終えると谷峨はロープを用意して、ドア越しに待つことにした。指紋をつけないように玄関のドアの内鍵をかける。
ドアを開けた瞬間に白石の母親を殺す計画だ。
ドア越しだがこちらとしては顔を覚えているので、躊躇わなければ一方的な不意打ちが成立して相手に攻撃することができる。
谷峨は教師として紛れ込んでいるがサポーターはいろんな職業の人になりすましてこの任務をサポートしているのだ。
機密上の為、誰がどう人でどういう職業でなりすましているかはわからないが報告書やメールという形で定期連絡は来ている。
指紋をつけないよう、黒い手袋を両手にはめる谷峨。
どうせ、いつもやっている任務だ。感情移入なんてしていたらこっちの身が持たない。
息を潜めるようにドアを見つめること180分、サポーターからメールが来る。
服装や顔も遠くだが添付した画像もついでに届く。
あとはやるだけだ。
心拍数がだんだん高くなる。鼓動が激しくなる。階段を上がる靴の音も聞こえる。
これから、人を殺すのだ。嫌でも感覚が敏感になる。
足音が近づく。そして、止まる。
鍵を開け、ドアノブが回る。ドアが開いた瞬間。
谷峨が一気に白石の母を掴み、柔道の体落としのような投げ技で玄関に押し倒した。形は悪いが見事に技が決まって、白石の母に馬乗りになりすかさず、白石の母の首に両手で絞めた。
呆気に取られた白石の母だが状況に気づいたらすかさず、膝で谷峨に背中を狙う。
背中に衝撃が幾度も襲い、息を吐き、苦悶の声を上げるが谷峨は意地と我慢で絞め続ける。
苦悶の表情と憎しみに溢れた顔を見て、谷峨はさらに力を込める。
早く終わって欲しいと早く死んでくれ、と大声で叫びたくなる。
必死の抵抗の嵐も波が静まるようになくなり、白石の母は尿を垂れ流し命を終わろうとした。
谷峨は汗をびっしょりかいて、胸糞の悪い気分になる。
これは任務だ。白石則道の死は我々に結束を固める為、殺し合うという事実を教える為の有用で有効な材料だった。だが、この両親の死は申し訳ないがこちらの行動に不利益になる為に後顧の憂いとなる障害になる為に早めに間引いた。ただ、それだけのこと。
白石の母の冷たくなりはじめた体を運び、ドアノブからロープを引っかけて、首に括り付ける。
バレバレかもしれないが史也の死を見て、後を追うようにして自殺したふうに見せかけよう。
流石に捜査と法医学のプロにはバレるかもしれないが白石の家族の心情を利用する。
谷峨は電話をかける。
「少佐、白石の父と母を始末完了しました」
「ご苦労。あとはサポーターに任せ、君は早く家に帰れ。今日1日は業務に関わることを禁じる。これは部隊長命令だ。厳命せよ」
「了解」
短いやり取りだが、鳥浜は谷峨の心情を理解したのか今日は帰るよう促した。
監査局の暗殺任務も現実の死刑執行のようにその仕事を終わらせたら、その日の仕事は終わりとし、後に特別手当を払うのだ。特別手当はこの日本の貨幣価値で言うと5万円位だ。
お祓いに使う者もいれば貯金もする者もいれば遊びや飲食に使う者もいた。
谷峨は家に着いた。今日は早く寝たいのでコンビニでアルコール度数25の焼酎と紙パックの鬼殺しも買っていた。
早く寝たい時は酒が1番だ。2日酔いは嫌だが、こんなことをした以上割り切ったとはいえ抵抗がないとはいえ自らの手でやるのは精神的に滅入る。酒のちゃんぽんなんてやることが愚の骨頂だが嫌な気分になってでも早く眠りたい。
「ただいま」
「お帰り、今日は早いじゃん?教師なんて残業ばかりで面倒くさいって言ってたのに」
谷峨は彼女の入間奏と同棲していた。
年上の彼女で谷峨より5歳上の四捨五入すれば立派なアラサー女子だ。
「今日は珍しく残業しないで帰りたいって思って帰ったんだよ。奏と最近すれ違ってばかりだったし。付き合って3年以上経って昔よりかはマンネリ化しちゃってる感あるけど、たまには奏と夕飯と食べたいよ」
「だったら、耕ちゃんが定時で帰ればいいだけじゃん。最近の耕ちゃんはいつも忙しいしか言わないし、すれ違う原因作ってるのアンタなんだからね」
すれ違ってばかり、谷峨は自分と奏がいつかすれ違っていつか別れるものだと感じていた。
自分は違う世界の人間であり、奏は自分の正体に気づいたら幻滅して別れるだろう。
奏の仕事は定時上がりの会社員で地元の企業で働いているし、職場も10分以内で行ける場所だから通勤にもかなり恵まれている。谷峨は電車とバスで1時間近くかけてるのでこの差は大きい。
なんだかんだで、谷峨と奏は久しぶりに一緒に夕食を取ることができた。
白石の両親を殺したのでご飯はあまり食べたくなかったが、彼女の気持ちを無碍にすることもできないし、人間食べることも仕事で戦いだ。
結局、その夜は奏が寝た後、酒を呷って飲んだので悪酔い状態になり爆睡した。
奏と食べた夕飯をトイレで2度位リバースしたのも良くなかった。
自分は奏の要求やしたいことを断ったことがない。
自分を拾ってくれたのが奏で、見ず知らずの自分を同居人にしてくれた恩義を凄く感じていた。
翌朝、ニュースで白石夫妻が殺されたニュースがやっていた。
「今朝、〇〇市内の市営住宅で白石史也さん、妻の白石明子さんが殺されているのを同じ団地で住む住人が発見し神奈川県警は息子の則道さんがなくなったことによる無理心中と見て捜査している模様です」
谷峨はそのニュースを見るとやはり反応が早いか、と感じていた。しかし、他殺ではなく無理心中の調べで捜査すると言っていることから何とかごまかせたという安堵感を滲ませた。
「なんでほっとした表情をしているの?耕ちゃん」
「もしかしてさ、変な言い方かもしれないけど天国でちゃんと家族皆で食卓を囲んでるなら生きてるより幸せなのかもしれないかな、って想像しちゃったんだ。俺は家族がいなくて記憶がないからさ」
「確かに耕ちゃんの家族の話って聞いたことないね。けどさ、この市営住宅の人ろくでもない人多いから死んでもいい連中なんじゃないかな。耕ちゃんもこういう住宅にいるような生徒さんもいるんでしょ?三戸浜高校って札付きの地域の底辺高校だしさ、早く耕ちゃんも違う学校に異動できるといいよね
。耕ちゃんならきっといい先生になれるよ、まじめで堅物な所あるけど可愛いし私が生徒だったら絶対告白しちゃう」
奏は起きていたみたいだ。
自分より早く仕事が終わり、自分より早く寝て自分より遅く起きる。
そして、テンションが高い。
寝巻姿で寝ぐせも酷いのだが、化粧してしまえばそれなりに見えるから女は不思議。
「あっ、朝飯作ったからさ。俺もう行くね」
逃げるように谷峨は家を出ていった。
これ以上奏と話していたら自分は彼女に怒りを向けてしまうかもしれなかった。
学校に着き、職員室に入れば視界に入ったと思えば明石と美咲が谷峨に駆け寄ってきた。
「お前だろ?白石夫妻を処理したのは?任務上仕方ないこととはいえ、お前の行動力は俺からしたら充分に危ないぜ」
「学校来た途端、マスコミや地元住民や警察の連中がたくさんいる。捜査としてはごまかしているがいつかは他の生徒も保護者も問い合わせが来るのは時間の問題よ」
2人は心配そうに谷峨を見つめた。
谷峨はため息をついて、頷いた。
「彼等には息子が死んで悲しむ気持ちも怒る気持ちもなかった。そう、それは彼の命より普段の生活やこれから満たそうとする自分の欲望に負けたんだ。それにあの手の連中は徒党を組んだら面倒くさいし烏合の衆だとしても烏合の衆を尖兵にする者に組ませたらいけないんだよ。だから、始末した」
谷峨は断固とした気持ちで言った。
それを躊躇ったり、落ち度がなかったか、と考えたらそれこそ自分の行動を悔いて弱味を見せてしまうことになる。
「少佐もこの件のことは容認している。任務上必要な行為だ。自分の行為は越権行為でも違反行為でもない」
谷峨は半ば感情的になって言う。それは自分の行為は正しい行為だと、自分のやる任務は誰からも理解されない汚い仕事だと叫んでしまいそうになるくらいに。
明石と美咲はそんな谷峨の表情を見て、唾を飲み込んでしまった。
「お前、頭冷やした方がいいぞ。担任のお前が生徒に技術と知識教えるのにこんな顔じゃアイツら、不思議に思うし余計な詮索や干渉もされかねない」
明石が諭すように言う。
こんな感情的になる谷峨を見たのは初めてだ。
いつもは淡々と任務をこなすイメージがあるが、今回の件については少し度が過ぎる感じがする。
「今日は大川に座学やらせておけばいいじゃない、明石少尉の言う通り今日のアンタいつもと違うし鳥浜少佐も木村大尉も事情がわかってるならば同じことを言うわ」
「いや、御霊機の授業は意地でもやる。やらせていただく。2人とも気を遣わせて済まない」
美咲も明石に合わせるように続くが、谷峨はそんなことを流すように答える。
谷峨は詰襟型の軍服を着て職員室に出ていく。
「谷峨は頑固だからなぁ。まあ、ウチらはウチらで仕事したってことでいいだろう」
「はぁ、彼の頑固は今に始まったことじゃないし、鳥浜少佐も木村大尉も同じように頑固バカだわ」
「上官にそんなことを言うのか、お前」
「三戸浜高校の東国軍人3バカ兄弟よ、アイデンティティ馬鹿の少佐に技術オタク馬鹿の大尉と御霊機馬鹿の谷峨少尉………皆、自分のなすべきことをやれば世界が変わるなんて本気で信じてるバカ達だし私にはとてもそんな真似できない。男の子のそういうところ羨ましいな、なんて感じちゃう」
美咲は谷峨の後ろ姿を見つめながら言う。
明石は頭を掻きながら、そういうもんか、と頷くだけだ。
「まぁ、俺達はそんなバカ達についてくしかできないピーポーやパンピーやモブでいいってことだな」
「早く戦争をあの子達に生き残ってもらうにはモブだろうがその他大勢でも名無しでもできることはなんだってやるの」
「お前も充分バカ達に感化されてるよ」
「明石少尉のほうこそ、感化されてるわ。筋肉バカ兄貴になって独特な世界観作ってるじゃない」
「俺のクラスは筋肉は世界を変える、筋肉が世界を救う。そんな目標を掲げてやっているんだ。歩兵だからな、最後は俺達が決めるからな。戦争がある限り、陸戦は歩兵が最後の決を決める」
そう言うと明石はリトルバイセップスをして、力こぶを作る。
見せたくない筋肉を見せるマッスルハラスメントだ。
「まあ、無茶は谷峨少尉の本分だし見守るしかないわね」
「そうだな、頑固で言うこと聞かないし」
2人は納得し、職員室を出て行った。
御霊機の授業は真はファイアブランドを操っていた。
御霊機の特性として、自分の使う武器の自動調整や武器の整備は自動でやってくれるのだ。
例えば小銃なら照準のクリック修正を乗り手の癖に応じて自動で行われ、使えば使う程修正の誤差もなくなり修正の速度も早くなるのだ。
谷峨のファイアブランドで使うマインゴーシュは刃こぼれしにくい仕様になり、相手の斬撃をナイフのギザギザで受ける為の強度の硬さもアップしているし、スカッシュも弾が跳弾したり、不規則な回転を変な曲がり方をするのだ。
御霊機自身は左右の切り替えしの反応速度が速くなる副次効果も得ている。
「基礎、基本、繰り返しが大事だからな。御霊機乗りの練度は基本行動がどれだけスムーズにできるかで決まるからな。武器の使い方じゃない、今は下積みが大事だ」
谷峨はそう言うと、谷峨機の目の前にいるターゲットをスカッシュで撃ち抜いた。
「ああ、訓練って意外と地味だよなぁ」
真のファイアブランドは槍型の武器であるアンドロイヤーでターゲットを貫いていた。
「真もだんだんスムーズに貫けるようになったな。誤差マイナス2以内だ。少し位置が低いけどこれは相手も動くからの修正も含めて充分敵を殺すことができるよ」
谷峨が真を褒める。
真の適性が御霊機乗りというのは正解だった。
実は谷峨はアンドロイヤーを使いこなせない。
それをちゃんと武器として扱えるようになったのは彼の才能だ。
御霊機乗りは御霊機乗りのテストの時、適性武器のテストも秘密裏に行われる。
真の武器適性は器用さはないが1つの武器をとことん使い込むのが向いてるので大型武器で一点突破力のあるアンドロイヤーが選ばれた。
この武器を扱うには失敗を恐れない勇気と決断力、そして諦めない心の強さが求められるのだ。
谷峨が向いているマインゴーシュは機転が効いたり、枠に捉われない使い方をする人に向いている。
「俺は白石を殺した御霊機という機械が憎い、戦争に巻き込んだお前も憎い。けどな、憎いだけじゃ前進めないんだよ俺達を戦争に巻き込んだ大人も世界もいつかは俺がぶっ潰す」
「憎しみでも不純な動機でも強くなるには己の気持ちが必要だ。お前が自分の意思で進むことに意味があるんだよ、お前には力がある」
谷峨は淡々と言った。
ちょっとずつお前は変わってきてるよ、と。
谷峨がいた施設は親の顔もわからぬまま、施設に送られて施設の者に体力や彼等の都合の良いように育てられた。
識字率や文書を読む能力等、それらの力を意図的にコントロールされて育てられたのだ。
三戸浜高校の生徒も偏差値としては地域最下位クラスだが、識字率についての高さが谷峨にとっての希望を与えた。
理解するまでは遅いかもしれないが時間をかければ、覚えるということに。
軍人を育成するのは基本的に詰め込みと洗脳が主流だが、詰め込み教育をやらせるのも法規や計算や文書を読む能力がなければできない。
それと、鳥浜が持ってきた自衛隊の教本が役立った。
新隊員教育の時に渡される本だが、基本的な歩兵としての軍事行動のマニュアルが書いていて鳥浜をはじめとする東国軍の軍人はその内容に驚いた。
それらをアレンジして授業に入れたことで生徒達も体つきが良くなり、特に体力も良くなった。
「今日はここまでだ。各自御霊機を整備し、血液デバイスをこちらに渡してくれ。データ入力はこちらでやっていく」
谷峨がそう言うと生徒達は御霊機を降りていく。
「学科や体育やるより、全然こっちのほうが面白いわ」
「就職先で御霊機乗りとかあれば俺達、余裕で稼げるじゃん」
「そうだな。けどよ、戦闘になったら真っ先にアイツらを潰すのは俺達の仕事だぜ?」
「ああ、俺が全部やっつけてやるさ白石の仇は俺が取る」
「お前等、他の授業も御霊機の授業と同じような気概でやってけよ。明石少尉からも美咲少尉からもクレーム言われてるからな。わかったな?」
「おいっす」
そのやり取りに御霊機乗りに選ばれた生徒達の中に真だけが憎しみの目を帯びていた。
闘志と士気がプラスに働けば強いのだが、マイナスに傾くと一気に脆くなる。
谷峨はそれだけを憂慮していた。
校長室で鳥浜に呼ばれた谷峨。
夕日が眩しくもまだ夏の太陽の力を失ってはいなかった。
蝉時雨がけたましく鳴る。
「教育はうまくいってるかな?白石夫妻を処理したことはご苦労だった。こういうことは君にしか頼めないからね」
鳥浜は黒革のチェアに座り、麦茶を一口飲み、タブレット端末を操作した。
「自民党をはじめとする与党は我々に協力することにやっと同意した。石の上にも3年とむこうの世界では言うが長かった。力を認め、貸してくれることに」
「そうですか。早くこんなくだらない戦争ごっこを終わらせるべきですね。白石のような命といえど、命は命です。犠牲は少ないほうがいいです」
「そうだな、犠牲はもうさせたくない。って、言わないのが君らしい。いや、可能性を諦めてるということでいいのかな?私にはそういう解釈に捉えてしまうよ」
鳥浜は谷峨を見ることなく、タブレット端末を操作する。
「生徒達と接するうちに私に芽生えてはいけない感情を芽生えたのかもしれません。できることならば彼等の未来を見ていたい。特に今年は担任をやることになってからその思いが尚更強くなってきたのです。勿論、全部上手くいく訳はないのはわかっています………しかし、そんな夢みたいなことに気持ちを賭けてみたいと思ったのです」
「………そうか。君にも思うことがあるのだな。軍人としては甘いのかもしれない、けど君はもう軍にいて生活基盤を立て地に足を着いた生活をしている、そこからの次の自分の果たしたいことならば私は任務に支障が出ない限りは応援するよ」
鳥浜は谷峨の思いに冷たく静かに凛とした表情で答えた。
人には社会的に課された任務と己の中で芽生えた使命がある。
それらのバランスを考えるか、もしくは一方を取捨選択しながら無意識に呼吸するように時を過ごしているのだ。
「私にも夢がある。だが、その夢を叶える為には嫌が応でも犠牲を払わねばならない絶対的な真実がある」
鳥浜はタブレット端末から視線を外し、谷峨を見る。
彼の本音で話したい時は何故か話す人の顔を見るのだ。彼なりのこだわりであり、彼なりの礼儀なのかもしれない、と谷峨は鳥浜を見る。
「私の夢を叶えるには屍が必要だ。当初はそんなものを出したくないと現実から目を背けていたがこの戦争を終わらせるのも戦いという行為をなくすためには数えきれない犠牲が必要なのだ。屍の山を築きあげて、彼等の死という現実を乗り越えた先にしか私の夢のゴールはないのだよ。私は愚かにも英雄を目指す人生を選んだ。出自も環境に支配されない、自分の向上心と芽生えた未来を純粋に進んでいく世界にしたいんだよ。君は環境と出自のお陰で軍に入る人生になった。私も君と同じ孤児院に育てられた者だ。たまたま、私の父が私を養子として迎えてくれたのだ。鳥浜という苗字は養父の苗字で本来の苗字は和田だ。だが、私は和田大樹を捨てた。武家の嫡男として、軍人として環境がこう生きることを命じたのだ」
谷峨が驚いた。鳥浜は名門武家の嫡男として最初から生きていた訳ではなかった。
彼も自分と同じ環境と出自に翻弄されて今の立場で生きているだけ。
「私も武家の人間として軍人として鳥浜家の人間としての役割を全うする為に今までを捨ててきた。和田大樹だった頃の思い出も捨て、その頃に付き合ってた人間関係も捨て、自分の理性も貞操も捨てた。毎日、家の家事をし、勉強をして、体を鍛える日々。私の意思に関係なく、上の力のある人間は彼等の都合を押し付ける現実に私はいつかは自分自身のやりたい人生の為に夢を持ったのだ。そう、環境や出自に左右されない自分の道は自分で決める人生を歩む世界を作る為に軍人としての私の任務はこの戦争を終わらせて、戦争をコントロールする黒幕を排除する。だがら、私は君達に生徒達に苛烈な命令を課す。最悪、私の夢さえ果たせば君達の犠牲も仕方ないと私は思っている」
それが鳥浜の本音だった。
夢の種類も難易度も規模も行くつく先は自己実現するための自己中心的な行動を貫くことが大事だと思っている鳥浜。
「………今の言葉は下の者に話すべき言葉ではありません。だが、私の胸にとどめておきます。私を含め、この隊の者は貴方に何かを感じるからついているのです階級とか組織とかだけでなく、私自身は鳥浜大紀という人間が好きだからこの言葉は熱く感じる。俺はクールな少佐もいいけど、熱い貴方も魅力的に見えますよ」
「そうか。君の士気が上がるなら私はどんな言葉も吐いてやるさ。私には他の人間のような愛情とか友情とかを育んで生きるのを捨てた人間だから君達を道具のように使う感情でしかない、単純なメリットの有無と支配と利用の世界で生き抜くことを決めた私は皆の為なら嘘でも真実でも皆が良くなるような言葉を言う。意味とか真実とかを抜きにしてね」
谷峨が頷くだけだった。
「8月31日に2回目の交戦を行う、と上の命令が来た。機密秘だが、白石夫妻を処理してくれた礼代わりだ。その日までに部隊を育成させろ。2回目からは数と物量に言わせて敵も本気で攻めてくるだろう」
鳥浜は淡々と伝えた。谷峨は日付がわかるだけでもラッキーだ、と思いながら言われた期限までに生徒の教育をどうすればいいか考え始めた。
「わかりました。少佐の言葉の節々からなんとなくヒントがわかりました。大丈夫です」
そう言うと谷峨は校長室から出ていった。
西国軍はこちらよりも物量と数が多い、物量と数は多い方が基本的に有利なのは戦争でも同じ。
ということは、彼等は攻めることしかできない。
谷峨が推測する。
まだ、こちらにも勝てるチャンスが残っているだけでもわかれば希望が湧くものだ。
世間は猛暑で夏を過ごす。普通の生活を者達を後目に東国軍の支援対象の高校と西国軍の支援対象とされた高校は2回目の戦いを行うことになる。
4話
世間の高校生が夏休みを過ごすなか、訓練は着々と進んでいた。
鳥浜は政治家達と会食をしていた。夏の夜といえど、暑さはそれほど力を失っていなかった。
「鳥浜くん、今日は私達の付き合いに付き合ってくれて礼を言うよ」
与党の大物政治家が笑顔で言う。爽やかで健康的ではっきりとした声はそれだけで政治家の資質があるものだ。
「西国軍と2回目の戦いをやるんだろ?我々政治家も大企業のお偉い方も早く始めて欲しいと言っている」
別の大物政治家も続ける。こちらは恰幅が良く、細かいことは気にしないという感じで好々爺の雰囲気がある。
鳥浜は笑顔で頭を下げるが、内心は別のことを思っていた。
「8月31日に2回目の戦いを行う予定です。結局、私の国でもこの国でも戦争をわが物のようにコントロールする者がいるのですね」
「当たり前だろう!3年は経ったとはいえ、君のような連中を受け入れるのにメリットや可能性なしで受け入れる訳がないだろう。こんな危険な行為を君達の持っている技術は嫌でもコントロールをして確かめていかなければダメなものなのだ。コントロールできているのか?と言われればそうとも言い切れないが国家がこのような事態を見るのはするべきことだ」
「そうですよ、私は防衛大臣だから御霊機と呼ばれる機械の防衛としての有効性も見たいし」
「私は国交省の者ですが、鳥浜くんの転移装置の実用化を試す為に様子見は必要なのです。もちろん、従来の業界も大事にしなきゃいけないのが目下の悩みですけど」
省庁の大臣連中がここぞとばかりに追撃をする。
鳥浜は頭を下げ続けるしかできなかった。
大人の話し合いはこうもメリットとデメリットと可能性ということを自分の頭の中では理想的に正しいと思うから泥臭くもなるときもきな臭くなるときもある。
「我々、与党の下馬評では圧倒的に西国軍側が勝つと予想されているが君達東国軍の意地も見せて欲しいな」
「ご心配なきよう、東国軍が勝ちます。この戦いは勝たねば未来に進めない、それは私達も貴方達も同じこと」
与党の政治家が言うと鳥浜は舌打ちしたくなる衝動を堪えて、微笑んでみせた。
実際ならばこの顔面に鉄拳をぶちこみたい。
意地でどうにかなるほど戦争は甘くないが士気が高くなければ機能しないのもまた事実。
「結局、どの国も時代もドンパチして事を決めるのは軍人でも武官でも将校でもない、我々のような文官かつ国民から任された我々の都合で行っているという事実ですな。あー、今度彼等の中で誰が生き残るか簡単にトトカルチョでもしようかな、と思っているところです。はははは」
下衆な笑いを浮かべる政治家達。安全な場所で他人の生き死にを楽しむ者特有の笑い声と態度に鳥浜は苦虫を噛み潰すような表情になる。
「君達の国では敵とはいえ、人を殺す仕事なのに嫌な表情をするのかい?君達にとって敵を殺すのは虫けらを踏みつぶすのと同じで哀れみも情けも感じることはないだろう」
「敵といえども、人間です。戦争は殺し合いだがルールと人の尊厳は守らねばなりません」
「そうか………君が軍人じゃなければまるでどこかの悟りを説く教祖や宗教者のようだな。だが、この国の未来に君達の努力と犠牲は必要だ」
自分はそんな犠牲を払うつもりもなければ責任も負いませんと言わんばかりの態度だ。
「犠牲は払う、努力はする。そんなことは当然のことです。だが、部隊の長は払うべき犠牲は少なく、得られる効果は大きくなるようにしなければならないのですよ。貴方達の道楽に付き合う命など!」
「君みたいな頭のイカれてる人間達を3年間自民党は保護してきたのだ。世の中を動かすのは国民の代表である我々ということを忘れてはいけないよ」
そう言うと鳥浜をあざ笑い、政治家達は去っていった。
3年間、彼は権力者と取り繕う為に嘲笑され罵倒されからかわれた。
この屈辱は未来に笑う為に自分の生き方を栄えあるものにする為の試練と割り切っていた。
東国軍が勝った時、御霊機と転移装置の有用性を示した時に貴様達を永遠の世界に葬ってやる。
並行世界の狭間に飛ばしてやる。
並行世界の狭間に飛ばすというのは東国の中でも最高刑の刑罰である。
混沌永葬刑というのが正式な名称だが、死にたいと思わせる痛みを課した上で次元転移で狭間世界に飛ばすという刑だ。次元転移中は時間の流れが極めて遅く、1秒間が8分の1の遅さで時間が進むという。
しかし、感覚は通常と同じなので痛みはそのまま、感じる感覚は8倍という最悪な刑だ。
死すら軽いと言われる東国の法の正義としての最大刑罰を特別にこの異世界の人間にも味わせてやる。
8月半ば、6組の生徒の野田と2組の八原が海岸の花火大会を見ていた。
野田は底辺高校の野球部でショートとピッチャーをやる中心人物だった。
髪の毛も坊主をやめて3か月、微妙な髪形からやっとやりたい髪形に移行しようかと考える時期だった。
最後の夏は三戸浜高校の野球部の最後の夏になるはずだった、しかし、高校野球の大会に参加することを辞退してこの西国軍と彼等に協力する高校と戦う道を歩んでしまった。
野球ができなくなって、夜に近所の大きい公園で無性に叫んで素振りをしていたのを今でも覚えている。
八原も野球部の唯一のマネージャーとして1年からずっとやってきた。
練習試合にも公式戦も勝つことはなく、最後の夏は部員も足りているのに参加することすらできないという悲劇。
それもそうだが、戦争に巻き込まれたという理不尽も不幸も自分が味わうなんて想像できなかった。
白石則道が死んだ時は嘘だ、と何回も思った。
しかし、それでも現実は変わらない。
「あいつら、楽しそうに笑いやがって。俺達がこんなに大変なことになってるのも知らないで呑気にタピオカミルクなんて飲みやがってよ」
野田が毒づく。
「本当にそうだよね。私達が戦争を行っているってことなんも知らないくせに」
八原も野田に続く。他の者が知らないのは当たり前だ。国家でも機密扱いにされているし、保護者や関係者が知ろうとすると白石の親みたいに処理されるという恐怖もある。
「野田も御霊機っていうのに乗っているんでしょ?どうなの?楽しいの?」
八原が訊く。
「別に楽しいとかないけど、何もしないよりかはいいんじゃないかな。試合できなかったから変わりに俺はこの機械を乗って自分ができることをしたいことをしたい。国がどうとか未来がどうとかじゃない、このまま何もしないで終われるかって話」
珍しく野田が饒舌に話した。彼はいつも感情をむき出しにするタイプではない。それは八原もわかっている。けど、責任や自分の成すことはやろうとする誠意は感じる。
「生き残る保障もないのに、来年なんてどうなるかわからないのに………できることなら逃げちゃいたい」
八原はぼそっと呟いた。逃げるという選択肢もあるのならそれに賭けてみるのもいいかもしれない。
特に野田がいる6組なんて谷峨という去年までは無気力で何を考えてるのかわからない教師が担任をしている。
6組は大川のような定年退職待ちのジジイと面倒くさいメンバーをぶち込んだ自分達の学年の中でもハズレと言われるクラスだった。
野田には悪いが、こんなクラスでご愁傷様と思ったこともあった。
2人は電車に乗る。同じ花火を見た人達も同じように乗っている。いつもは混まないこの電車が年に1回混雑する日だった。
「八原、今日はウチに寄っていかないか?」
野田の申し出に一瞬戸惑う八原。
確かに部活で一緒に練習したり試合で県内の色んな所に行った。
けど、知り合って2年4か月で初めて野田に家に来ないか、と誘われて八原は明らかに動転していた。
「えっ、いやぁ……汗かいてるし、浴衣だし、野田の家の人に悪いでしょ」
「気にすんなって、たぶん八原来たらウチの家族総出でお前のこと迎え入れてくれるさ」
野田はさらに押し付ける。自分の意見を。
八原は恥ずかしそうに頬を赤らめ、頷いた。
「終電までね、アンタの誘いじゃなくてアンタの家族に応じてるってことでいいでしょ」
「オッケー、さすが泉ちゃん話がわかるね」
野田がその時、微笑んだ。部活にいた時も学校の時でも見せたことのない表情だった。
野田の家の最寄駅のシャッター通りの商店街を歩く。
八原の親は今日は野田の家に泊まってもいくということをラインで送っていた。
娘が男の家に泊まるのに娘を他人の男の家に泊まってもいい、ってどんな了見だ?と思うが、野田と一緒ならいいと思っていた。
「ただいまぁ」
野田が家の玄関を開ける。昔からある日本風の一軒家。
八原はそんな野田の古い家にびっくりしながら野田の家族からの歓迎を受ける。
野田の父親も母親も妹も祖父も祖母もいい人達だ。
その夜は彼女が感じたこの理不尽な4か月の中で久々に笑って本音をさらけ出した日だった。
何故か野田が積極的にアプローチをしていたのには驚いたが。
翌朝の始発の電車で八原は帰った。
野田の勢いに負けてしまった、という感情が支配する。
まさか体を許してしまうとは。
今まではそんなことを意識していなかったのに、野田は私の好みの顔のタイプでないのに………
胸と首筋に付けられたマークをさする。
「これ、親にバレたら確実に疑われるパターンね」
八原はため息をつきながらも野田が脳裏から離れられなかった。
野田も訓練で集中できなかった。
まさか、八原とそんなことをしちゃうとは受け入れてくれるとは思わなかった。
まさかの童貞喪失が同じ部活のマネージャーとするとは思わなかった。
部屋に飾ってあった浜辺美波のカレンダーを見て、八原がからかっていた。
野田って浜辺美波が好きなんだ?
別に芸能人の女性の1人や2人好きな人がいたっていいだろ?けど、お前だってじゅうぶん好きだよ。
野田のその言葉をスタートに事に及んでしまった。恋愛感情なのか部活で一緒にいたからこその友愛の感情なのかわからないが磁石のように惹かれあったのは言うまでもない。
「野田、調子おかしくないか?」
真が訝しげに谷峨に訊く。
「御霊機と血液デバイスのシンクロ率がおかしいが、バイオリズムみたいなもので好不調の波は誰でもあるだろう。こういう時でも常に基本の反復が大事だからな。ムラという意味では真よりも野田のほうが安定しているぞ」
「お前、本当に鈍いんだな………」
「どういうことだ?俺のほうがお前よりも野田よりも反射速度も機体の追従性も操作性も確実に鋭いぞ」
真が呆れてため息をついた。
それと同時に通信を切る。
まさか、野田は八原と付き合うようになったんじゃないか?
そういう恋心のカンに関しては全然谷峨よりも真のほうが敏感だった。
訓練が終わった後、真は野田を誘って下校していた。
「お前さ、八原と付き合ってるの?」
真が単刀直入の直球で質問してきた。
野田は飲みかけていたスポーツドリンクを噴き出してむせる。
「………っ、お前何言っているんだ?俺を殺すつもりか?」
「ムキになっているからお前はわかりやすいんだよ。去年の夏の野球の大会もピンチだとムキになるし、ここで打たなきゃって場面じゃムキになるしわかりやすいんだよ?動揺してんのバレバレだぜ」
からかうように茶化す真にため息をつく野田。
「別にいいだろ、俺が誰と付き合おうが勝手だろ?」
「お前は浜辺美波と付き合うんじゃなかったのか?同じ浜辺美波を愛する1人の同志として俺は非常に悲しいと思うと同時に八原と付き合うのも時間の問題だと俺の睨んだ通りだった。だから、土日の新潟競馬で行われる関谷記念の馬券代金を俺に投資して欲しい。太田和ファンドは確実即効性高い名もなき投資ファンドだから損はさせないぜ?旦那」
「なんで、お前に馬券代を渡さないといけないんだ?お前、未成年だろ?しかも、投資ファンドとか胡散臭さが凄まじいだろうよ」
呆れてものが言えない野田の返しに笑う真。
最近、笑ってなかったな。ずっと訓練ばかりでこの学校に入って確実にこの4ヶ月は自分の体も頭もハードに使っている実感がある。
「野田、お前今夜予定空いてるだろ?この後、豪と遥と飯食いに行くんだ。特別にお前も誘ってやるよ
」
「はあ?俺は今夜、泉と遊ぶんだよ。って、それは泉も誘えってことか?」
「わかるねぇ、野田くん。担任と違って鈍感じゃなくて安心するぜ」
野田ははいはいと頷く。自分から真の誘いに乗った感じになってしまった。
その日の夜、野田の家で真、中田、荻野、八原が集まっていた。
「いやぁ、お前の家に来て飯食うってのは実は初めてだったんだな。だって、野田ってこの学校で数少ない部活を真面目にやっているくんだし、お前自身なんか話しかけづらかったんだよ」
「俺もお前と絡むの面倒くさい、なんて思ったけど最近お前いい奴なんじゃないか、と気づいてさ。本当に気づくの遅いよな俺達」
「確かにな、いつも俺達は遅いのばかりだよな。野田、お前の親父さんもお爺さんもこんな洒落た酒飲むのかよ?いやあ、日本酒のイメージをやっと裏切られたわ」
真が調子に乗って酒に酔っている。
野田の祖父と父親のハートをしっかり掴んだ真は見事に親父連中と意気投合して、剣菱の一升瓶を3人で開けていた。
高校生に剣菱を飲ませる野田の父も祖父も大概である。
中田も荻野も八原に付きっきりで話が弾んでいる。
3時間くらい経ち、真はすっかり酔いつぶれていびきをかきながら寝ている。野田も真の巻き添えをくらい見事に剣菱の被害者になっていた。
野田の部屋で中田と荻野と八原は3人で話していた。
「何で私達ってこんなことしているのかな?何で私達が戦争しなきゃいけないの?私は普通に生きたいだけなのにさ、せっかく好きな人できたのにやっとこれからなのに………戦うことを回避できる方法なんてないのかな」
八原は消え入りそうな声で話す。
今まで流されるまま、目の前を生きてきた。
戦争に無理やりとはいえ、参加する未来なんて想像することもなくもう4ヶ月が過ぎている。
生徒はその間に1人死んだし、体の細胞から全身から噴き出す汗と恐怖と緊張感による全身の強張りや吐き気も体験した。
1回目の戦闘で八原は避難指示通りにシェルターに逃げ込んだがその中にいた恐怖は忘れることはできない。
「八原と野田はしっかりシェルターに逃げれたんだな。俺達は授業サボってさ、白石ってあんま家族仲が良くなくて特に父親なんてアイツといつも衝突していたんだ。だから、白石が気になって遥も真も白石と一緒にいたんだよ。今でも忘れねえ………白石、体の一部がなくなってさ」
「砂浜がどんどん抉れるし、御霊機っていう機械が犬みたいな化け物みたいで怖かったよ。真なんて生身で白石の仇を取るなんて言い出してさ」
「遥も打ち上げ花火で信号弾代わりにする発想も危険極まりないけどな」
「けど、谷峨はそれで気づけて敵を倒すことができたって、あの後私に言ってきたよ」
苦笑いしながらも楽しそうに話す2人に八原の神経を逆なでする。
自分達の自業自得なのに何で武勇伝みたいに話すんだろうとその無神経さが八原の心を突き刺していく。
「私はあなた達みたいに笑ってこの日々を生きれる保障なんてない!目の前で仲間が死んだのになんで苦笑いできるの?私には理解できない。アンタ達は言うことを聞かずに危険な目にあって白石殺したのは間接的にアンタ達がいけないのよ」
八原のヒステリックな叫びに中田と荻野が驚いた。
大人しいけど芯が強くて、少し陰がある印象の八原がそんな大声で怒るなんて想像もしていなかった。
呆気に取られる中田と荻野。
だが、荻野は八原を睨み、返す。
「誰も彼もが被害者なの!私は今でも納得なんてしていない、この戦争とか谷峨のような異世界の人や異世界の戦争する機械もタイムマシンみたいな機械も!それは敵も同じ事情だよ。私達は引き金を引き合った。私は同じ怖い思いをしてでも、こんな日々が終わる為に戦う。真なんて、白石の仇と自分の行いを恥じてあんな機械に乗っている。豪もね、校舎を改造して皆が戦えるようにしていたり私も私にできることをしているの。逃げて戦わなくていいという選択肢があるなら誰だって戦ってない」
荻野の負けじと言い返した。
何も言わなかったら自分の今の行いを否定しそうになるし、正しくないと思うのも嫌だったからだ。
「遥もそんなにムキになるな、だが八原の言い分は一般的でもっともだぞ。俺達皆狂ってるしおかしい人間だ。こんなこと巻き込まれてるし、不思議とこんな日々に嫌でも慣れてしまう。八原が野田を戦いに参加させてしまうのが嫌だろ、ってことだよ」
中田は冷静に言った。自分も八原や他の同じで押しつぶれそうだ。けど、確実に違うことが1つある。
それは友を目の前で失ったということ。
同じ戦争に参加しているのに、大事な人が失うか否かでこんなに感情が違ってしまうのだ。
「八原ちゃん、だけど私わかるよ………きっとこれは永遠に続かない、こんな悲劇なんてずっとないよ」
荻野がベランダから月を眺めながら言う。
「そんなこと言ったって………未来のことなんてわかんないじゃん」
寂しげに言う八原。だが、夏の夜の月の明るさと気温は熱をまだ帯びているようだった。
翌朝、3人は帰って野田と八原は野田の部屋に2人きりでいた。
「泉も中田と荻野と何話したんだよ?俺、寝ちゃってごめんな」
申し訳ないように謝る野田。八原はむすっとした表情で腕を組み、野田を見る。
「ちょっと荻野さんと喧嘩しちゃったり中田が意外と冷静だったりいろいろ話したけど、皆といれて楽しかったよ。本当は野田と一緒にいたかったり………」
八原は野田の体にしなだれかかるようにくっつく。
「泉、なんだよ?」
「荻野さん達がいなかったら本当は野田がしたいな、って思ったこと」
「いつから俺、そんなエロガキになったんだよ?まっ、否定なんてしないけどさ」
そう言うと、野田は八原をベッドに誘導し押し倒した。
2回目の2人きりで過ごす逢瀬はきっと1回目より、良かったと思うだろう。
死ぬかもしれない不安がきっと2人を求めあう力を強くするのかもしれない。
8月31日、午前11時。
「緊急事態、第2回交戦開始!各員は持ち場につき、対敵行動に入れ」
無機質なアナウンスと人を不快にさせるアラーム音が鳴り響く。
「また戦いかよ!」
「御霊機乗りは各自持ち場につけ、歩兵科及び工兵科は施設の防御戦闘だ!通信科は有線無線問わず開設急げよ」
皆、1回目の時より早く体制に移ったことに大川は驚いていた。
「いつの間にか奴らはこんなに素早く動けるようになったんだ………谷峨先生、君の指導の賜物じゃないか。私は感動したよ、君の指導力と熱意………そして、私の若者を見つめる優しさと大人としての落ち着き。このクラスは間違いなく君と私のクラスだ」
大川はまるで自分がこのクラスを見守ったと言わんばかりに感慨にふける。
「ちゃんと教育すればできるんですよ、大川先生はぶっちゃけ何もしてないですからね」
谷峨は拳銃を大川の背中に付けて脅す。
「谷峨先生、いつの間に?」
「気配消しながらいましたし、さぁマスコミ対応や役所対応お願いします。自己保身と誤魔化しが得意な貴方に向いている仕事です、大川先生も付きましょう」
大川は顔色を青くし、電話機相手に仕事を始めた。
「先生、俺達はどうするんだよ?」
真が叫ぶ。
「今回は俺が出ることができないっていう上のお達しだ。悔しいがお前達に任せる。俺は本部で指揮を送る。真、お前に分隊長をやってもらう」
谷峨の突然の指示に真は言葉を失う。
「どうやらこの戦いは俺を御霊機に乗せたくないっていう思惑があるらしい。見事に俺の御霊機も外部からロックされている」
「谷峨少尉、今回君は出撃させることができない。それは政治家達、上の都合だ。君のような者が敵兵を蹴散らしてもデータを取る意味では妨害になってしまうとね、今回は本部での任務だ」
鳥浜の言葉に谷峨は拳を握り、歯を食いしばる。
どうやら、納得はしていない表情だ。真は谷峨を見て頷く。
「事後、当分隊の指揮は俺が執る」
「頼む。お前達を信じることしか俺は今回できることはない。俺は散々、お前達に怒鳴ってるのに肝心な時に何もできなくて………すまない」
そう言うと、力なく谷峨は作業を続けた。真は顔を見ることができなかったが谷峨の強張る肩を見たら悔しさを隠しきれていないのがありありとわかった。
「谷峨が出ないってことは俺達はどうするんだよ?」
野田がヒステリックに叫ぶ。
「俺達が出るんだよ!谷峨は今回出撃できねぇ、俺が隊長をやる!頭パニくってるがやるしかねぇんだよ」
真は一喝して、野田をはじめとする御霊機乗りのメンバーを黙らせる。
「真、お前も俺達と同じで分隊指揮なんてできないだろ?」
御霊機乗りのメンバーの遠藤がうろたえながら言う。
「できねぇけど、やるしかねぇんだよ!むしろ、好都合だぜ。白石の仇を取ってやるチャンスだからなぁ」
真は吹っ切れたように血液デバイスに指を噛んだ血液を入れる。
「臆病風に吹かれた仲間なんてこっちから願い下げだ!そんな役立たずはいらねえぜ。谷峨が俺に頼んだ、こんな俺にな。男はそんな時に熱くならないと俺自身を否定することになる………だからさ野田、遠藤、谷峨の代わりに俺が分隊指揮を執る」
強がらなきゃやっていけない、臆病風も俺はできない、という否定を表わしたらそれに飲み込まれて死んでしまうのが辛かった。
白石の仇を取る為に、何も成してないのに死ぬなんてそれこそダサイし、絶対にやりたくない。
「太田和と大場が率いる1分隊と2分隊は学校に来る敵御霊機部隊を迎撃するぞ、紫藤と佐藤が率いる3分隊と4分隊は敵歩兵や砲兵等戦闘支援部隊を叩いてくれ」
鳥浜が指揮を執り、指示をする。
木村が体育館で整備隊本部を開設し、木村は物資や武器の準備と整備を指示している。
「今の君達の練度でやれる範囲の整備をやるからな、無理なものは破棄しても構わない。此度の戦いは完全な防衛戦だ。体力と士気と結束力がモノを言うぞ」
周りの生徒達はおう、と返事をする。
「敵御霊機部隊確認、数は12です」
美咲がヘッドホンを装着して、キーボードを叩く。
「先生、自軍ログは128個設置済みです」
荻野が淡淡とキーボードを打つ。
美咲はクールに装うが荻野の才能に驚いていた。
ログの配置の仕方が独創的というか軍人ではやらない配置をしている、けど基本や抑えるところは抑えているのだ。
白石の死から荻野も目の色を変えて授業や訓練に勤しんだものだ。その彼女の成長ぶりに素直に美咲は喜んでいた。
「敵御霊機、視認………小寺機、対敵行動に入る。他の灘は敵施設と敵兵及び敵支援兵器を攻撃しろ」
小寺の伏見は牛形態で待機していた。
本格的な戦闘になるので敵も小隊規模で防衛している。
「なぁ、小寺先生よぉ俺は一場の仇を取りたいんだ。俺は遊撃でいいよな?」
三嶋機が通信を送る。
小寺は一瞬ため息をつくが、仕方ないと言わんばかりに許可をする。
「存分に暴れろ。最低限の決まり事は守ってもらうがそれ以外は自由だ。お前の技量と度胸を俺は買うぞ」
「話がわかるぜ、大将!三嶋機、行かせてもらうぜ」
三嶋機は加速装置を使って先陣を切った。
加速装置は御霊機専用のオプション装置で機体制御の負担は一時的に増加するが、機体の速度と反応性が向上するので攻撃側の御霊機ではよく使われる戦法だ。
さらに三嶋機の灘には新型装備を付けた。誘導兵器は西国軍にはない技術だ。それを西国軍側シンパの国内の大企業が試作兵器として付けてくれたのだ。
コスト優先携帯性優先の1発限りの誘導兵器だが面を制圧する意味でも画期的だ。
あくまで御霊機の戦闘は白兵戦なので、それを敵に触れられず面を支配してしまうのは斬新だ。
「敵御霊機1機、急速に接近」
オペレーターの生徒が叫ぶ。
美咲はモニターを変えて、その御霊機を視認する。
「背中に付いてるモノは何?私が見たことないわ、谷峨少尉この灘の背中に付いてるモノ何かわかる?」
美咲は映像を谷峨に送る。谷峨はその装備を見て、ピンと来なかった。
「美咲少尉、これは俺でもわからない。新型装備や試作兵器の可能性もある。1機だけで行くから推測だけど通信を遮断したり、もしかして自軍のログを封じたりだと思う」
「そう。とりあえず、木村大尉にも映像を送っておくわ」
美咲は映像を木村の方へ送る。
谷峨は歯ぎしりしながら、映像を見て御霊機に指示を送る。
「敵御霊機に1機だけ、新型装備と思われるモノを積んでいる。迂闊に手を出すなよ、定番だがここは敵の様子を見よう」
谷峨の指示に御霊機部隊は了解と通信を送る。
「くそ、俺が出れば敵の新型装備持ちは相手にできるのに………素人に毛の生えたあいつらじゃ不安だ」
谷峨はモニターを睨みつける。こんなに御霊機に乗れない自分が無力だと思わなかった。
教師だ、軍人だ、と言っても自分の扱わないことに関してはただの年の取った人間でしかないという現実を嫌でも感じる。
「谷峨少尉、アンタが不貞腐れているのが周りに感じたら士気に関わる。だったら小銃でも担いで前線に出てきないさいよ、御霊機乗りの生徒達はアンタがいなくてもやってやろうとしてるのよ、アンタのできることをやることをやりなさい」
美咲が感情をむき出しにして谷峨を叱責する。
谷峨は自分の頬を両手で挟むように叩く。
「美咲少尉、済まなかった」
谷峨は戦況を見て、再び指示を送った。
三嶋機はポイントに到着した。
「こちら三嶋機、今ポイントに着いた。例の新型をブッパするぜ?」
「こちら小寺機だ。敵御霊機はこちらで引き付ける。例の武器の誘導させる方向と狙いはどうする?」
小寺機は通信を送る。三嶋達の高校、県立城内高校は県内の中でも公立トップクラスの高校で元はと言えば藩校のあった場所に高校ができた県内でも屈指の伝統校で進学校だ。
県内でもなんちゃって進学校と言われるところと違い、私立の名門高校といい勝負ができる東大や京大等の名門大学に送り込んでいる高校だ。
小寺は三嶋の答えを聞く。
「ああ?施設狙い1択だろ?戦争をするんなら敵だって指示を送る場所や兵站を補給する場所があるだろ?古今の戦争でも強い武器が弱い対象を狙うのは定番だ」
三嶋が自身満々に言うと三嶋の灘に背負っていたMLRSを発射した。
ミサイル部分が縦横無尽に走り回り、校舎のあちこちに弾頭や破片が弾着する。
その轟音と爆発と粉塵の影響に一帯の景色が煙幕のように見えることがなかった。
「こちら、三嶋機ビーグル3だ。小寺機、目標に命中した。引き続きこちらは残敵掃討にかかる」
興奮した三嶋がテンションを高くしていた。目の前の破壊、響く轟音、そして粉塵舞うだけの静寂。
「了解だ。敵が混乱している今のうちにたたみかけるぞ!各機、有視界だけに囚われるなよ。前回の威力偵察で通信も状況の確認もガバガバだったからな」
「了解」
灘の乗り手達は返事をした。
流石に今回は通信対策を取っている。
「くそぉ、奴ら何をぶっぱなしたんだ?」
狼狽える真。爆風と粉塵で何が起こっているかわからない。
「こちら、ブランチ1真だ。各機の安否確認だ、返事を送ってくれ」
「くっ、ブランチ2の野田だ!俺は無事だ、それよりも校舎がやられてる」
「ブランチ3、遠藤機も損害はないよ。谷峨に通信を送ろう」
「ああ、とりあえず皆無事だな。谷峨に通信を送って指示を貰うぜ」
真機は谷峨に通信を送る。
しかし、返事は返ってこなかった。
真は舌打ちをする。その舌打ちの音が他のファイアブランドに伝わり、遠藤と野田はマズイことが起きたのではないか?と推測する。
真は感情を隠すことができない、ストレートな性格だから尚更だ。
「あのミサイルで校舎がやられたか?谷峨と通信ができねぇ………クソ!谷峨と連絡ができないなら見かけた敵を各個撃破だ。悔しいが俺達だけじゃ谷峨みたいな作戦も実行できなきゃ考えることもできない」
真は舌打ちをして、バンと拳の叩く音が響く。
真のファイアブランドにアラート音が響く。
悔しがる暇は与えぬ敵の灘の攻撃。
真機は半身で躱し、右膝でカウンターのように灘の顔面に合わせていく。
真を襲った灘は一発でカメラを破壊され、視界を封じられてさらに真機のアンドロイヤーが突き刺さった。
灘の乗り手は臓器が潰され、さらに真機は突き刺した灘を地面に叩きつけた。
そして、サブウェポンのマインゴーシュでトドメを刺す。
その一連の動作で三嶋機は驚きを隠せなかった。
「三嶋機から各機へ!敵軍の御霊機で槍を持ってる奴には迂闊に手を出すな!奴の反射神経とそこから攻撃の流れがスムーズすぎる」
まさか、一場を殺した奴と同じか?
だが、武器が違う。
それでも警戒すべき対象と真機を認識した三嶋。
驚きを隠せなかったのは敵だけではない。
遠藤も野田も真機の動作に驚いていた。
完全に殺す気で敵を殺した。
容赦も遠慮もない、全力の攻撃。
右膝でカウンターをして、直後にアンドロイヤーを出して敵を突き刺し、さらに地面に叩きつけて、追打ちでマインゴーシュを刺す。
さらに真機は怯える敵御霊機を狙っては執拗に攻撃をして、撃破していく。
アンドロイヤーは打槍の特性を活かして叩いたり、払って、一点集中で突いたりもする。
「この国の人は御霊機乗りのセンスがおかしいのか………谷峨や私よりも伸びしろが溢れている」
鳥浜は半壊した校舎の屋上で双眼鏡越しから真機の動きを見て、興奮と畏怖を感じずにいられなかった。
戦争において、戦場で戦って才能や適性を爆発させる人間がいるのは鳥浜が今まで見たこともあった。
普段は大人しいのに戦いになると急にスイッチが入ったのかバーサーカーと呼ばれる狂った戦士のように戦う者もいれば淡淡と狙撃を続ける者。傷ついてでも道連れにしようと仲間を逃がそうと戦うしんがりに命を賭ける者。
無名の人間を歴史の主役に変えてしまうこともあるのが戦場だ。
「彼の才能が戦うことしか、御霊機に乗ることが才能だとしたらこの機会は彼の幸せに繋がるのだろうか?」
「少佐、こんな所にいたんですか?部隊指揮官としてあるまじき行為ですよ」
谷峨が鳥浜を見つけて安心したのか、少し嫌味を混ぜる。
「谷峨少尉か、太田和真は君の睨んだ通り才能と素質に溢れているよ」
「そうですか。俺はできることならば彼が違う才能や素質が開花して、この世の中を生きて欲しかった。けれど、教師として彼に教えたことが生かされてるのなら素直に嬉しいですよ」
谷峨は薄い笑みを浮かべた。
満更でもないらしい。
機銃の音とぶつかり合う金属音がオーケストラのように響くこの場の空気を肌にビリビリ感じながら2人は語りあう。
「やはり、御霊機戦は今後太田和を中心にした方がいいな。彼は経験次第で化ける、必ず。東国軍の軍人としてスカウトもしていいなら是非ともスカウトしたい存在だ」
「………そうですね。正直、伸びしろに関しては俺より上ですからね。けど、1番強いのは生き残った人間です。それはこの国だろうがウチの国でも変わらないことです」
谷峨は真の才能に感激しつつも、自分は自分の今まで戦場で感じた自分の持論でしか言えない。
いつかは真に抜かれる、いつかは彼等に頼ってしまう未来が来てしまうことに。
「隊司令部より通信、校庭に敵御霊機が侵入!最終防衛ラインに敵が侵攻中。御霊機は敵御霊機に対する防衛戦を行え」
木村の声が響く。鳥浜は頷き、屋上から戻る。
「くそっ!奴ら、もう校庭に潜入したのかよ?太田和のバカは絶賛敵機と戦闘しているし、誰が防衛しろってんだ?」
野田機は対御霊機用の盾であるライオットを構えつつ、機銃であるキャバリアーを撃って応戦していた。
野田の性格と適性で防御力と中距離攻撃を優先した形だ。
敵に踏み込まれないようにけん制しつつ、銃で応戦する堅実なスタイルだ。
遠藤機も今回も野田機同様の装備で応戦している。
「遠藤はあのバカの手伝いをしておけばいい。俺が最終防衛ラインに回る。八原がいるからな」
野田は八原の無事を確かめたかった。
「遠藤機、真機、俺が最終防衛ラインに回る。あとは任せた」
「頼む!」
「無茶だけはすんなよ」
真機と遠藤機は返事をする。
真機は既に撃墜スコアが4機、御霊機1個小隊相当クラスの被害をほぼ単独で行っているので初陣にしては正に脅威の化け物ルーキーといっても過言ではない。
小寺機が単独で最終防衛ラインの学校のグランドに入った。
生徒達の何人かは小寺機を視認していたし、小寺もカメラ越しから生徒の様子を確認できた。
「脅しに数発かましておくか」
小寺の伏見は牛形態から両肩にガトリングガンを装着していた。
弾丸が発射され、校舎の壁にはおびただしいハチの巣のような穴になっていく。
収音マイクにも生徒達の悲鳴が聞こえて効果はあるのが確認できた。
「聞こえるか?西国軍の伏見の乗り手」
谷峨の声が響く。
校舎の外部スピーカーから谷峨の声が叫び声が響く。
「お前はあの時の東国軍の軍人か?何故、御霊機に乗っていない?」
小寺機は辺りを見渡す。しかし、谷峨の姿は確認できず谷峨はどこかの外か地下で放送をしているのだろうと予想をする。
小寺は疑問に感じた。谷峨クラスの乗り手が今回の戦いに乗り手として参加させないのは勿体ない。
彼に心身の不調があるのか、御霊機に不調があるのか、それにしても優れた乗り手を参加させない向こうの指揮官は何を考えているのかも不気味だ。
「今回の戦いは教師である俺達は参加できない、って言っていた。だから今回は御霊機に乗っていない。残念だよ、お前みたいな奴は早く潰すべきなのにそれをさせてくれないっていう判断とその状況を指くわえて待っている俺の無力さに嫌でもイライラさせられる」
「お前のとこの御霊機にウチの生徒達の御霊機は4機も潰されている。1個小隊分の損失、もしくは俺達なりにも貴様達に払って頂くモノがある」
「払って頂くモノ?何を上から目線で言ってやがるんだ!」
谷峨と小寺のやり取りに横槍を入れる声の主は野田だった。
野田機からキャバリアーの弾丸が吐かれ、小寺機は何発か弾丸がヒットした。
「こんな雑兵に脇を被弾されるとは……もしかして、今回のお前の役目はセコンドやコーチってやつか?」
谷峨に問いかける小寺、谷峨は歯ぎしりしていた。その答えはイエス、その通りですという意味だった。
「ならば、教師たる者生徒達の死には真剣に真摯に向き合わないとなぁ!この前はお前にウチの生徒が殺された。奴らにも非があるし、独断専行のところはあるにしてもだ、だからといってお前の生徒があいつらの教師である俺に命を取られてたとしても文句はあるまい?」
小寺機は人型に変形して、牛形態の時のガトリングガンを持って野田機を攻撃した。
野田機もライオットを構えて防戦をする。
「野田!ライオットで敵の銃弾を正面で防ぐんだ。ライオットの防御力なら連射にも耐えられるはずだ」
谷峨がヒステリックに叫ぶ、なんてたって彼はプレイヤーとしては優秀かもしれないが育てる側として優秀とは一言では言えない。
「正面で受けろって言われてもこんな圧のある弾丸、今まで受けたことないぜ。しかも、ちょっとずつ距離を詰めるようだしよ」
「………距離感を離しておけよ、その伏見は距離を詰めるようならどこかで近接戦に持ってくと思う。詰めないなら射撃戦や仲間を使って連携になる。難しいことなんて考えるなよ、お前は目の前の敵を見ておくんだ」
谷峨の指示が吉か凶かはわからないが、知らない敵には様子見が必要だ。
見えない状況に、野田の荒い息遣い。
谷峨は机を叩く。
「少佐、大尉、野田は1人で戦っているんです!アイツを支援する武器とかあるんですかね?俺はアイツを死なせたくありません」
「煙幕なんてやったら敵も味方もなおさら混乱するし、対御霊機ランチャーもこんな場所で発射しても敵に鉢の巣にされるぞ、申し訳ないができない」
鳥浜はクールに言い放つ。それは冷たい氷のようなしかし芯のある決意があった。
「この前も言ったはずだ。君は今回は戦闘に参加できない。確かに私達の都合を彼等に押し付けているのはわかるが自分の生き方も未来も勝ち取るのは彼等自身がやらなきゃならない!見守るのもまた戦いだ」
「谷峨少尉、敵機が校舎を伏見が攻撃するかもしれないし野田が今見ていることを活かすのならログを使って生徒を安全に場所に逃がしてくれないかい?君にしか頼めない任務だ。頼む」
木村が間に入ってこの険悪な雰囲気をやめるために促す。谷峨と鳥浜は階級の差は結構離れているが付き合いが長いのか階級や年の差を無視したやり取りになることがある。
木村はわかっていた。
この2人がこのような状態になると昼ドラやどっかの舞台劇のように感情のむき出し合いになる。
「ログは荻野と美咲少尉がやりやすくしてくれてる。ログがいくらかやられても構わないから頼むよ」
木村は哀願した表情で言う。上官の威厳として感じないが本来の彼は技術屋だしバリバリの前線指揮官でもない。
「了解しました。代わりに対御霊機用ランチャーを使わせてもらいますよ。命令は聞きますが俺も人間だ、軍人としては失格ですがあいつらの担任として男を見せなきゃならないんですよ」
「………もう、君はいつも素直に命令を受けないな、だが野田を何もしないで無視という訳にはいかないし君に任せる。いいですよね、少佐?」
「………御霊機乗りではなく、歩兵として戦うということか。許可する」
鳥浜を薄っすらとほほ笑んだ。
谷峨は生徒達を逃がす為に瓦礫の山になった校舎を移動する。
対御霊機用ランチャーは重いが文句は言えない。
「こちら、谷峨だ。美咲少尉、聞こえるか?」
「こちら美咲、谷峨少尉聞こえるわ」
「これから孤立している生徒達を救う。ログをありったけ打ってくれるよう要求する」
汗を拭い、息を吐き、言う谷峨。
「荻野が打ってくれてるわ、うざったいくらいにいいルートに打ってくれているわよ」
「これはいい座標だ。地下の教材資料倉庫にダイレクトに繋げてくれている」
「ウチのクラスの生徒だってやるときはやるんだからね。アンタ、戦闘が終わったら荻野にスイーツくらい差し入れしなさいよ。毒味は私がする」
「了解した。ついでに1発かましてくるよ」
美咲は声のトーンがワンテンポ高くなり、谷峨に恩着せがましく言う。毒味イコール美咲にも寄越せということ。
谷峨は自分で頬を張り、気合いを入れなおした。
瓦礫で通路が塞がれた体育館の中で孤立した生徒達は瓦礫を除去していた。
素手でやるし、重機や道具もないから効率も悪い。
「クソっ、なんでよりによってこっちの方に攻撃してくるんだよ………」
生徒の1人が文句を言う。スマホの電波も届かなければ、部隊通信も使えない。
「大丈夫、絶対太田和達が皆が守ってくれるよ」
八原は気丈に振る舞う。しかし、彼等の精神的疲労はだんだん進んでいくのは目に見えて明らかだった。自分も諦めたい、という気持ちが凄く募ってきている。
「なんだよ、さっきから八原さ、そんなに太田和達にこだわってよ?野田なんて太田和と一緒に最前線だろ?あんなロボット乗らされて気の毒だぜ」
汗だくで服もボロボロになった不良系の男子生徒が言う。
八原はその生徒に近寄り、頬を張る。
甲高い音が響く。
短く、一瞬だったが戦場の轟音に負けないくらいのはっきりとした音だった。
「気の毒?私達が後方支援で直接戦ってないのに、よく前に出てる人達に気の毒なんて言えるわね!弾よけになる覚悟もなければ引き金を引こうともしないアンタに言われたくないわよ!死ぬのは怖い、生き残る保障はない、けど諦めてしまいたい、それをやってしまったら私達は完全に終わってしまう」
諦める、という行為も思いも負けるにしても八原はやりきってからそれを受け入れたいと思う性格だ。
「女に殴られるなんて、俺もヤキ回ったな………他の奴らが見てたら俺のイメージが」
殴られた生徒が力を失う。この八原の行動が皆のやる気を限界まで止めていた。
体育館がさらに崩れる。落ちていく瓦礫にさらに驚く生徒達。
その時、空間に歪みが生じる。
「生きている者は返事をしろ!元気な者は怪我人の搬送も手伝ってもらいたい」
谷峨が歪みの裂け目から現れた。
生徒達はびっくりしながら谷峨の登場に歓喜の声を上げた。
「早く私達を助けてよ、出入り口も塞がれてるし逃げられないし」
「外は敵がいるんでしょ、危険な目にあいたくない」
不安がる生徒達に谷峨は拳銃で上に発砲した。勿論、空砲である。
「なんとなく、様子を見てわかったよ。お前達とことん自分のことしか考えないな。まあ、これが戦争だよ。映画や動画やゲームや誰かの話で感じることのできなかった戦争だよ。こんな短時間だけど嫌なほど人の本性がわかっただろう?生憎、今は説教なんてする暇もないさっさと生きてる者を転移させて
君達にできることをしてもらうからな」
谷峨は文句を言わせないと言わんばかりに転移ポイントに生徒達を案内させた。
「くそっ、俺達は充分働いたぜ!谷峨先生よ、お前さらに俺達に強制してできることをしてもらうと言うのかよ?俺達ができることなんて何もねぇ!お前達が戦争に無理矢理俺達を参加させたんじゃねぇのかよ?お、何か言えよ?こら」
八原に殴られた生徒、尾長がここぞとばかりにイキがる。さっきまで女に殴られたのに助かる保障があるという途端、一気に態度を変えた。
谷峨は一気に詰め寄り、対御霊機ランチャーの砲身で尾長を殴りつけた。
頭を抑え、苦悶する尾長。
「お前の余計な言動、行動、そんな些細なことで他の仲間が殺される、怪我する。これも戦争なんだよ覚えておけ」
尾長をひきづり、尾長も案内ポイントに送った。
「こちら谷峨だ。生徒達を転移させてくれ」
「了解。谷峨先生はどこに行くの?」
「野田が戦っているポイントに送ってくれ、とっておきの1発かましてやる」
荻野は転移作業をする。
谷峨は野田の近くに転移した。
野田機は片腕を破壊されて、ライオットも真っ二つに割れていて伏見にマウントを取られている状態だった。
実はライオットの中にマインゴーシュを仕込んでいたが片腕も破壊されてライオットも破壊されてるから取り出すことも不可能になった。野田機が小寺機を倒すことは不可能になった。
「野郎!一泡吹かせてやる」
谷峨は対御霊機ランチャーを発射した。誘導弾が伏見をめがけて向かっていった。
小寺機に命中し、ダメージが入る。
「背中に対御霊機ランチャーか?損害は変形できないだろうな………けどな、この御霊機は始末する」
小寺機は牛刀のような刃物を出し野田機のコクピットを突き刺した。
壊れた部品や火花が飛び散る。それは飛び出る血液と似た感じだった。
「くっ………はあっ、痛い。俺、こんなとこで死んじゃうのか………恋もしたんだ………好きな女を抱いたんだ………こんなとこで死にたくない、死にたく……っ、泉。ごめん俺は………っ、俺は」
「悪く思うなよ。これも戦争だよ。たぶん、学徒兵だろうが俺も学徒兵の担任として戦場に出るのならどんな敵でも戦うさ」
さらに小寺機は深く野田機を突き刺した。完全にトドメを刺すのと野田に対するひと思いに早く死なせてあげたかったという気持ちだろう。
「野田ー!!」
谷峨はありったけの声で叫んだ。
小寺機は谷峨を見つめ、通信で返した。
「お前の生徒だったか?これで、おあいこだな。この前、お前も俺の生徒を残忍に殺したじゃないか。文句は言わせないぞ?お前が御霊機に乗ってればもしかしたらそんなことはなかったのかもな。どんな事情でお前が御霊機に乗ってないかは知らないが俺はお前に一泡吹かすことができて個人的に嬉しいよ」
「御霊機に乗ったらぶっ殺してやる!お前の技量じゃ俺に敵うはずないんだ!御霊機さえ乗ってたらな」
「はははは、今回はお前自身、個人的に負けているんだ。負け犬の遠吠えほど軍人としては情けなく聞こえるし、勝者としては心地よいサウンドだよ」
サディスティックに答える小寺はもうひと突きした。
谷峨の怒りの炎がイグナイトした瞬間。
「お前は御霊機なんて乗らなくても充分だ、十二分だ、殺してやる!」
いつもの冷静さを失い、周りが見えなくなった谷峨。
「こんな強がりを言って挑んでくれるのなら俺も好都合だ。武人として、俺自身で戦うべきなのが礼節だが今は戦争だ。そのまま、殺す」
そう言うと小寺機は牛刀型の武器を投げた。
谷峨から2メートルずれ、校舎の壁にドンと刺さる。
「殺さないのか?お前は重大なチャンスを逃したんだ」
「お前の対御霊機ランチャーはもう弾切れだろ?丸腰の人を殺すなんてアンフェアだし不公平だ。立場は違えど同じ担任としての任務に就いてる者としての俺の情けだ………」
「同じ担任に就く者として礼だけは言っておく。生徒を殺したお前は次会った時は正々堂々1人の武人として殺してやる。それが俺のお前に対する返礼だ」
「そうか。あくまで噂で現在調査中だが我が西国軍と東国軍が東の湖で停戦協定を結んだらしい。それでも、俺達は目の前の戦争をやめる訳にはいかない」
小寺機は空間の裂け目が現れ、その中に入り消えていく。
8月31日、18時52分、晩夏の夜の色に染まりつつある時間に2回目の戦争が終わった。
東国軍側の被害は御霊機を2機失い、戦死者は35名と1クラス分壊滅の被害を受け、西国軍側も御霊機を6機失い、戦死者は17名にのぼった。
戦死者は政府主導の専門業者が処理をしていた。
生き残った生徒は入院する者でなければ帰宅させていた。
谷峨は倒れた野田機にうずくまり、ふさぎ込む八原にかける言葉もなく見守ることしかできなかった。
「ご苦労だった。谷峨少尉」
鳥浜がおにぎりを持ってやってきた。
涙も枯れたのか憔悴している八原を横目に谷峨は鳥浜から渡されたおにぎりを頬張る。
「被害もかなり出たがここを乗り越えてくれて皆の働きに頭が下がる。二足歩行型の御霊機は将来字自衛隊も制式採用したいとのお墨付きをもらった」
「そうですか。何かしらの進展がなければ彼等を使って戦う意味がないですからね」
それが死んでいった生徒達の犠牲の報酬にしては安い気もする。
谷峨はおにぎりをさらに食べる。どんな状況でも食べるのもまた戦いだ。
「政府のお偉方は太田和真の活躍ぶりに驚きと喜びを隠せなかったよ。それは担任でもある君に対してのちゃんとした評価でもある。君の行いに誇りを持つんだ」
谷峨は頷く。お偉方、危険な現場の人間を安全な場所から見てお互いの利益の奪い合いをするクズ共。
喜んだのは真に賭けて利益を貰った者で驚いたのは真を賭けなかった、もしくは野田みたいな者を賭けてポストや利益を失った者が驚きをあげたのだろう。
谷峨は目の前に彼等がいたら聞き分けのない彼等の頬をグーで殴り倒しているだろう。
「悲しみに浸るのもいいが、君は担任という立場に囚われすぎている。君の本分は軍人だ」
「そんなこと、言わなくてもわかっています………けど、今は担任として……いや、今は」
「谷峨耕助という人間としての行動をしろ。死んだ仲間に対して私達生き残った者は向き合う義務がある」
鳥浜の言葉に頷き、谷峨は八原に近づき声をかける。
「八原、申し訳ない。俺が戦うことができればもしかしたら野田を救うことができたかもしれない。けどな、野田は君達を守る為に死んだんだ。それでも俺も君達も前を見なければならない。酷だけどな………」
夜風が撫でるように当たる。
生暖かさが死んでるのに野田がまだ生きているように感じる八原には現実がまだ受け入れることができない。涙を溜めた目で谷峨を睨みつける。
「なんでよりによって野田が死ななきゃいけなかったの!!アンタが戦えば、アンタのさっき言う通り野田が死ぬことにならなかったでしょうね!昔からアイツは運がなかったわよ、部活ならいつも戦うチームは強いチームばかりだし、今回戦った相手も強いんでしょうね………いつも、戦うことにアイツはかわいそうなくらいに運がないもん。アンタがこんな御霊機っていうロボットに野田を乗せたから死んじゃったじゃん。どう、責任を取るの?」
「すまない………けど、君もわかるだろ?野球も戦争も相手なんて選べないんだよ。俺も野田も皆選べないんだ!死ぬ奴は死ぬんだ、乱暴な言い方だが野田はちゃんと自分の戦いをしていた、しかし相手が悪かった………白石は自分勝手な行動が原因で自分の死に追いやってしまった。野田はちゃんと自分の力量のなかで戦った。だが、運がない奴も理不尽に死ぬ。それが戦争だ」
八原はまるで否定されたと感じたのか、膝を崩し泣き果てた。
「野田がいたから俺達は命を救われた。そのことだけは忘れちゃいけない」
そう言うと谷峨はボロボロの野田機に敬礼した。返してくれる訳でもないが彼なりのけじめだった。
「谷峨少尉、君には辛い思いをさせてすまない」
鳥浜が頭を下げる。それをすぐさま見て、谷峨は言葉を返した。
「敵兵が言っていました。階級は俺と同じようなものでしょう。噂ですが東西陣営は東の湖で停戦協定を結んだとのことです。木村大尉にも同じことは伝えております」
停戦協定だと?
鳥浜は苦虫を噛むような表情になる。
停戦協定を結び、戦争を終わらせて統一されたなら真っ先に始末されるのは我が部隊だ。
「緘口令を敷く。私と木村大尉と君だけの秘密だ。生徒にも部隊の者にも外部にも漏らすことを禁じる。敵兵の噂とはいえ、彼等も戦争を終わらせる目的があるだろうし彼等はこの国の野党と手を結んでいる。困るのは彼等も同じハズだ」
「はい………」
谷峨はもしかしたら戦争を終わらせることができるかもしれない。
そんなことを考え始めた。
谷峨は野田達、今回の戦いで死んでしまった者の遺族に謝罪に追われていた。
残暑でも、スーツを着て虎屋の羊羹や菓子折りを持って謝罪するのは心も体も疲れる作業だ。
しかし、これは他人の命を使った者の受けるべき裁きの1つなのだと。
5話
9月下旬、残り生徒が140人になったこの三戸浜高校はクラスが5クラスに縮小された。
生き残った生徒はもう甘えや躊躇いもないのか、訓練をさらに真面目に効率的にこなしていく。
谷峨のクラスにもなくなった2組の生徒が何人か編入してきた。
恋人である野田を失った八原も谷峨のクラスの6組に編入してきた。
谷峨なりの罪滅ぼしなのか、許される訳でもなければ、元に戻る訳ではないが彼自身の責務としてやらなければならないと感じたからだ。
壊れた校舎をわざわざ県と国が直してる途中で壊れた体育館や荒れたグラウンドは日中は工事業者が作業機械の音を轟かせて作業している。
谷峨は職員室でパソコンを使って作業していた。
戦時死傷病報告書に基づく補償金、遺族に対する補償待遇というタイトルで死んだ生徒や怪我や病気になった生徒のデータをまとめていた。
美咲も明石の同様の作業を手伝っている状態で室内はお通夜みたいな雰囲気だった。
「あのー、死んでいった生徒達が残念なことです。しかし、前を見て進まなきゃならないってのはあなた達が言ったじゃないですか。私も胸が痛い、苦しい。けれど、皆が覚悟を決めたのにあなた達は何で急に普通の人間として向き合おうとしてるんです?君達と私達は違う世界の人間だろう?さっさと戦争を終わらせる為の努力をするべきだと思うんですが?」
大川が七三分けの髪形が主張して、細いカマキリのような顔で谷峨達を見渡す。
「どうやら、貴方達軍人はガサツで優雅さも風流もなければ効率的でもない。こんな事務作業、私が変わりにやってくれましょう。適材適所、そう言ったのは谷峨先生あなただろう?私は毎日こんな鬼気せまった追いつめられた悲しい顔の生徒を見るのは辛いんですよ。君達が担任でしょう、君達がクラスのことを見るべきです」
「大川先生、じゃあお願いしてもいいですか?」
「拳銃やナイフで頼まないのですか?素直に頼むなんてあなたらしくない」
「気持ちが落ち込んでた俺を巻き込まれた側のあなたに助けてもらうなんて………事務作業は苦手だ。この前もマスコミ対応や事後処理は助かってもらったし、ありがとうございます」
「私も教育者としての経験値も人生の悲喜も経験値もあなた達より上なんだ。私を頼りなさい」
大川はどや顔で答えた。
その時の大川の顔はまるで、自分より弱い虫を屠るカマキリに似ていた。
「ありがとうございます。今度、1杯付き合わせてください」
谷峨は酒を飲むジェスチャーをして、礼を言う。まさか大川に助けてもらうとは思わなかったので正直この場面で役立つとは思わなかったので素直に驚いていた。
仕事を終えて、家に帰る谷峨。
「ただいま」
「耕ちゃん、お帰り。ねぇ、お腹空いた。耕ちゃん来るまで待っていたんだよ今日は何にするの?」
先に奏のほうが帰っていた。いつも、彼女はほぼ定時で帰っていつも谷峨が遅く帰るので遅い夕飯が常だった。
谷峨は嫌な顔をせず、いつもの作業と言わんばかりに昨日の冷めた残りの白飯をレンジに入れてチンをする。
その間に生卵を割ってとき、ネギや魚肉ソーセージを切ってチャーハンの材料にしていく。
「また、チャーハンなの?耕ちゃんのご飯は美味しいけどいっつもこういうのばかりだよね」
奏はスマホで動画を見て、好きなアーティストのPVを見ている。
谷峨は無視して、夕飯作りに没頭する。
だんだんすれ違ってきてる。それはいつかはそうなると感じてたし、その事に対して自分はどんな覚悟でもしているつもりだ。
ケトルに水を入れて、お湯にして卵スープの素に湯気は上がるがだんだん谷峨の気持ちが遠のくような感覚を表わしているかのようだ。
「耕ちゃん、辛気臭い顔してたらご飯不味くなっちゃうよ?よく言ってたじゃん、生きてる限り飯は食べろって戦う為に食えって。耕ちゃんに何があったか知らないけどさ、こういう顔されてむすーっとご飯食べるなんて拷問、マジで仕打ち、試練って感じ?私は試練や拷問なんて仕事だけでいいよ。プライベートまでこういうのは本当に嫌かな。耕ちゃんも社会人2年目の壁ってやつ?」
「うーん、担任をやったら大変だし生徒の進路も考えなきゃいけないからさ。彼等の人生の岐路にもなりかねないから俺も真剣にやらなきゃっていつも感じているし」
「どうせ、耕ちゃんの勤務している高校なんて来年でなくなるんだよ?しかも、地域のさ、言っちゃ悪いけど私達とは相容れない存在じゃん。私達はやっとこ世間でいうとこの人間だけど、あいつらは動物じゃん。迷惑だけ周りに振りまいて自分達は楽しんで生きてますってタイプの人、私は嫌いだなぁ」
奏はそう言うとチャーハンを食べる。
谷峨も奏に続いてチャーハンを食べる。
ちょっと醤油の香ばしさが足りないか?いや、めんつゆでも良かったかな?と思いながらも食欲の前にはそんなことは関係なかった。
それにしても悪気はないにしても奏の言うことは正直、辛辣できつい。
とはいえ、拾ってくれた恩もあるしきつく言い返すのは筋として間違っている。
「ねぇ、耕ちゃん。今日は金曜の夜じゃん?これから生理来そうだし、ご飯食べ終わったら………」
「えっ、金曜だったっけ?そっか………最近、してなかったし忘れてたよ」
奏の申し出に谷峨はしばし時が止まった。最近、抱いて寝てなかったな。
担任になって、この戦争の日々にプライベートのことなんて全然考えてなかった。
とはいえ、全然抱く気分にもならない。
「あぁ、ごめん。仕事持ち帰っちゃった。お持ち帰り、テイクアウト。担任だし、生徒の進路のことで会社回りや学校に挨拶しなきゃならないし事務作業も残っているんだ。今日はできない」
「何それ?昔の耕ちゃんだったら私のしたい時は絶対抱いて寝てくれたのに。担任になったから1回しか寝てくれてないじゃん!昔は生理前だったら私を満足させてくれるまで抱いてくれたのに!何が生理があることに感謝する、たくさん奏を生で抱くことができるから、って言ってたじゃない!」
奏は悪鬼のような表情でテーブルを叩いた。
彼女の性格として思い通りにいかないと語気を荒げ手を出す癖がある。
プライベートは我儘、自分勝手、絶対自由じゃなきゃ気が済まないタイプだ。
「じゃあ、ご飯食べてお風呂入って職場に行って残業でも仕事でもしてればいいじゃない!どうせ、卒業しても社会のお荷物、クズの面倒をして、アンタはいつか疲れ果てればいい!私は耕ちゃんが好きなのに耕ちゃんが私の好きに答えない、返してくれないならそんな耕ちゃんもアンタの生徒と同じ、私にとっていらないの、いらない存在」
そう言うと奏は奥に入ってドアを閉めた。けど、耕助の必要最低限の荷物だけは出してくれる。
「はぁ………ウチのお姫様はじゃじゃ馬過ぎるし、しばらく冷めるまでこの家出ていくか。野営は慣れっこだ」
谷峨は帰宅して1時間もせず、また家から離れた。
ため息をつく。
もうここで潮時なのだろうか?もう、彼女といる役目は終わったかもしれない。
出会った頃の奏は社会人1年目だった。前の彼氏と別れたばかりで、谷峨は元カレと別れて街の居酒屋で1人飲んでふさぎ込んでいた奏を違う席で見ていた。
谷峨の目的はこの世界の生活基盤を探す為。そう、彼女をかわいそうだと思っていても好きだということではない。
ただ、今のこの現実が起こった時に人並みの身分とこの世界の普通の一般住民としての隠れ蓑が欲しかったに過ぎない。
奏は社会人になりたての頃は谷峨みたいに残業ばかりで働き詰めで、ストレスが全てを支配していた。
当時の谷峨は身分を偽って大学に通っていた。この今の戦争の為に教員免許を取る為に日夜勉学に励んでいた。
谷峨としてはこの世界の学問が任務の為に割り切った部分があったが楽しんで学んでいたのもあったのかそこまでは苦しくはなかった。
奏からしたら谷峨が楽しんで学生生活をしていることに苛立ちを感じていたかもしれない。
いろんな積み重ねとこの戦争が確実にすれ違いを発生していたのだ。
谷峨は街に出て、夜風に当たろうとする。
静かな場所で野営もいいが、ストレスが溜まっているのか酒が飲みたい。
野田の家に謝罪訪問した時も野田の祖父が何故か剣菱をすすめてきた。
孫はこれが好きだった、野球ではダメだったかもしれないが好きな女もできて、これからだというのに………という悲しみを無言の怒りと悲しみを蓄えた両親の代わりに彼なりの怒りと悲しみを言葉で交わした。
清め塩の代わりに清め剣菱をくらったのは記憶に新しい。
薄暗い細い飲み屋街の路地を歩くと、谷峨の背中に何かを突き付けられた。
谷峨は獣のような反射神経で後ろに振り返り、周りを見渡す。
「………声だけでわかるか知らないが、東国軍の歩兵だな?」
声の主に谷峨は考える。姿は闇に紛れてわからないが谷峨は確かめる為にペンを声のした方向に投げてみた。
遠くの方向から地面にペンが落ちた音がした。
「くっ、暗視装置をしている訳でもなければ衣擦れするような服も着ていない。アンタはやはりこっち側の人間だな?」
谷峨は声の主に返す。
「俺はお前の顔がわかっている。この前、人の状態で携行火器を俺に狙って命中したからだ。軍人同士ではない、お前を同じ教師としてお前と話したい」
「西国軍の御霊機乗りか?伏見の乗り手だな?」
お互いを確認するかのように互いに問いかける2人。
言っている質問はたぶん互いにとっては本当だ。嘘は言っていない。
そんな確信だけが2人を繋いでいた。
「今だけは軍属を抜きにして、話したいんだ」
「了解だ。お前との話に応じる」
夜中の街の大きい公園で2人は夜の飲み会を始めた。
街の中心の駅から高台に位置するため、徒歩10分程だが夜間にその公園に行く人は皆無だった。
宇宙とのコンタクトを信じて、世界平和を祈る古ぼけたステンレス製の巨大モニュメントの下でつまみと酒を広げて話が始まった。
「本当はこんなことをすれば俺の軍ならば軍法会議モノだ。けど、俺はこの前お前に軍事機密を話してしまった………」
「だから、この場で殺す。という訳でもなさそうだ。殺すのなら確実にやっているしチャンスを逃している。お前は底なしのバカかお人好しのどちらかだ。教師としてのシンパシーか共感という部分で俺達は通じ合う部分があった………今日はそんなことを信じてみたい」
「鬼畜悪鬼の東国軍の兵士なのに、なかなかお前もロマンチストだな。軍人の言うセリフでもない」
「確かに。今のはオフレコにしてくれ、早速だが本題を聞きたい」
「そうだな、まずは乾杯してからだ」
2人は缶ビールで乾杯した。夜空に輝く星を見て飲むのも悪くはない。
「我が軍の情報筋で東の湖で停戦協定を結んだのは以前の戦いの時に話したが、最新情報で東国軍と西国軍は互いの首都で終戦協定を結んだとのことだ」
「何だと?」
寝耳に水の信じられない小寺の話に谷峨はビールを噴き出した。
麦とポップの香りが夜風に流れ微かに匂う。
チーズを1口食べ、谷峨はもう1度ビールを喉に流し込む。
「俺達もお前達と同じ末端部隊だから都合のいいことや真実を歪められている部分はあるかもしれないが戦争をしなくてもいい、終わらせてもいいのなら俺は終わらせたい。こんな無関係な若者を巻き込んで彼等の未来の為に戦わせたくない。もう、俺はこんなことたくさんだ」
小寺は小さい石を投げ、壁に当たる。
「教師として芽生えてしまったのか?お前の名前は聞いていないが、俺もお前の言いたいことはよくわかるよ。俺も叶わぬ夢っていうのを信じてみたくなったんだ」
「叶わぬ夢?お前の言う夢はわからないが、この戦争は止めたいってのはわかるよ」
小寺と谷峨は互いに簡単な自己紹介をした。
「叶わぬ夢は俺がこの戦争を終わらせて教師として生きることだ。生徒達はもう誰も死なせない………教師として生きるのならここの世界でもあっちの世界でも構わない。ずっと、軍人として生きてみようと思ったしそれしかなかった。何故なら俺の生きてる度に戦争や戦うことによる思惑がいつも襲ってきたから火の粉を振り払ううちに軍人として生きることしかできなかったんだ。もう、誰かを死なせる誰かを殺すなんてことは体から嫌悪感が出ている」
谷峨は自分の気持ちを吐き出した。奏の件のストレスやこの前の戦いで何人もの犠牲を出した自責もあっただろう。
小寺をそれを聞いて、静かに返す。
「叶わぬ夢だな、それは谷峨少尉。君は自分のことしか考えずに目の前目の前をただ脇目も振らずに生きてきた。血で血を洗う生き方なんて呼吸と同じなのに君は呼吸を否定しているのと変わらない。だが、教師として生きたいのは俺も同じだ。俺は人を作る、育てる。戦うにしても、自分の存在や未来や仲間の為なら戦うが大義の為、未来の為、という言葉の裏で無関係な人が死んでいく。その犠牲は必須という考えに俺は虫唾が走る」
「甘い考えだな小寺少尉。だがこの教師の仕事に俺もお前も生きてみたいという思いは止まらないのはわかる。最近、俺自身がこんな生き方でいいのか?と悩む毎日だ」
「できることならば戦いたくない。そして、停戦協定が本物ならばもう俺達の任務は終了になる。生徒にも他の兵士達も無益な戦いをさせたくない」
「ああ。だけど、だとしてもこの戦いを終わらせたくない連中がいる………まずはこの国の与党や野党等の政治家や大企業等国民生活を支配している人間達」
「反吐が出るくらいに嫌いなこの国の支配者共か。奴等は他人の命を安全な立場からショーを見るかのように楽しんでやがる虫唾が走る連中だ。そして、停戦協定を結び、刀の国が統一されるとしてどこが国の中心になるのか?東国なのか、西国なのか、それとも他の国の侵略による傀儡政権の誕生かでまた今後のシナリオが変わってくる」
「傀儡政権?だとしたら、世界の警察と秩序を自称する女王の国か自由と銃の国に支配されるのが1番まずい」
酒を飲むペースが速くなる2人。
「傀儡政権になるとしたら東国軍も西国軍も共通の敵になるのはウチらのようなこの世界に先行している部隊だ。国際法として許可のない並行世界の転移なんて重犯罪もいいところだからな。もう、終わりまで半年しかない」
小寺が恐れているのは終戦を結んだ時、刀の国の2つの軍のいずれかの統一よりも第3国による侵略による傀儡政権が恐ろしかった。この世界でいうアメリカ的な立場である自由と銃の国とヨーロッパの立場である女王の国は世界統一の為、日夜植民地や同盟国で代理戦争を続けているからである。
「定期的に君と情報交換をしたい。無謀で無茶なのは承知だが生徒と仲間を救う手立てを考えるのに最低限の人数は必要だ」
谷峨は小寺の提案に頷き握手をした。握手していない手で相手の胸を刺すのが戦争で調略だが2人はわかっていたとしてもあえてしなかった。
信じてみたい、という希望を信じたのである。
「戦場で会ったら八百長の類はできん、その時は軍人同士………」
「本望だ。軍人同士やり合えるのならば」
「さらばだ。東国軍の軍人よ」
「君とは戦いたくない。同じ教師として。けど、任務とか組織を抜きにしていつかは本音で語り合える仲になりたいと思う、次戦場で会う時はまた御霊機乗りとして戦わせてもらう」
そう言って2人は別れた。
秋の夜風は心地よさを通りこして少し肌寒い。
この選択肢を選んだということは味方を裏切る行為だし、確実に軍法会議に出ないといけない内容だ。
谷峨は残った缶酎ハイを飲み干し、夜空を見上げ、ベンチに倒れた。
戦わない方法、という選択肢が薄っすらと出てきたから谷峨が余計悩んでしまう。
谷峨は終電で学校に着いて、学校で泊まろうとした。
しかし、日付は土曜になっているのに学校は音を極力抑えながらも校舎の修復工事をしていた。
工事は周辺住民に配慮しつつ、学校の修復工事にしてはやたら警備が厳重だ。
なんせ、わざわざドラム缶や空きのパレットでバリケードを築き、ジグザグに障害物を置いているのでさながら軍隊の警戒ポストみたいな作りをしていたのに違和感を感じた。
暗視スコープ越しに見ていた様子に谷峨はメールを送った。
結局、その日は学校の近くに野宿をして工事の様子を見て終わった。
翌朝、いなくなった作業者を確認してから工事の看板を見つめる。施工終了としては半年後。担当している会社は大手の建設会社。
至って普通の工事の看板だが、気になる所は抑えたい。
谷峨はスマホで気になる所を撮影して、帰宅した。
鳥浜は大物政治家の車に会談を交わしていた。
大物政治家は運転手に適当に流してくれ、と頼み運転手は頷いて黒いセンチュリーを流していた。
「君の国の御霊機と転移装置の有効性は先月の戦いでよくわかった。確かに有効性のある素晴らしい技術だ………」
大物政治家はシャンパンを軽く1口飲み、ため息をついた。
鳥浜は狼狽えながら返した。
「な、何故有効性のある我々の技術を素直にこの日本の為に使わないといけないんですか?彼等………犠牲になった者の命も考えて下さい」
「彼等の命、君には大事で身近で感情を移入してしまうものだが我々には数と文字の中でしかの存在でしか見えない、そう見なければならないのだ。君は軍隊でいう中隊長の身分だが私はこの国の与党で次の内閣総理大臣を狙っている身だ。あくまでも減点法なのだ。物事を見るのは」
大物政治家の言葉に鳥浜は歯を噛みしめる。
バックミラー越しに運転手が微かに微笑んだ。
お前なんか眼中にもない、と言ってやりたいところだが運転手は運転手の役目を果たすのみだった。
「この転移技術を欲しがる国が出てきた。君達の世界の他の国ではない。私達、いやこの国民からしたら目の上のたんこぶという存在だな。彼等も優秀だ、情報のリークが素早い」
「アメリカですか?」
「彼等は世界の警察と自らの正義を振りかざす自由と銃でできた国だ。そんな国にこんな君達の技術を供与したら君でもわかるだろう?」
「ええ………なんとなくですが先生のおっしゃる通りになるのではないか、と推測します」
アメリカのような超大国にこの技術を使わせたらそっちの世界にも戦争の火種がばらまかれることになる。
アメリカだけではない。他にも中国のようなアメリカと対立する超大国やイスラム国のようなテロリスト国家にも危険だし、北朝鮮のような独裁国家にも渡るのも危険だ。
「君の国の転移技術に私達の世界にある核兵器や禁じられた兵器を持ち込んで使ってしまったらここで第三次世界大戦の始まりにもなりかねない」
鳥浜は唾を飲み込み、頷いた。
鳥浜も日本の歴史を勉強をしたが戦争史は真っ先に調べた分野だ。軍人は実は意外と世界史のような歴史から知識を得ようとする部分もある。
「野党に放っているスパイからの情報で君達と戦っている西国軍の転移技術を中国に売ろうとしている輩がいるという」
「そうですか………憂国の士をあざ笑い邪魔する売国奴はどこの世界にもいるのですね」
鳥浜はいっそ戦争をしてしまえばいい、と邪な考えが頭に浮かんだが心配そうにセンチュリーからの夜景を見た。
平和な世界もいつかは閉塞感と緩やかな腐敗が始まっていく。それは人間が社会システムを回していく以上仕方のないことだとは思うが鳥浜はこの状態が嫌だった。
「ああ、頼むよ鳥浜くん君だけが頼りなんだ」
「はい」
この半年間で日本の政府はあからさまに態度が変わっている。
当初はこの技術を未知と可能性と希望に溢れた箱のような扱いだったが今では疑惑と不安がいっぱい積まれたブラックボックスのような扱いになっている。
「御霊機の技術はいつかはこの国の自衛隊や保安や災害を担う仕事の人の人的損耗を救うことになるし、転移技術も輸送と移動の多大なコストカットにも繋がるから故に今まで以上に慎重に取り扱わねばならない」
「私達の世界の技術があなた達の世界を変える力があると同時にあなた達の技術も私達の世界に色々な影響を与えるものが多いのです。真摯に素直にウィンウィンの関係を目指すというのがシンプルな答えかもしれません。東国軍はいや、我が隊はあなた達を裏切るようなことはしません」
「私は鳥浜くんを信じているよ。けどな、どの時代もどの世界でも民を導き国を導くのは権力者のみだ。その理を壊そうとする輩にはどの時代も世界も文明も必ず鉄槌が下される。それは形を変え、手段を変え、見えぬ神の裁きにね。私の父や祖父母が言っていた言葉だ。君からしたらただの老人の戯言と思えばいい」
「先生、私達に挑む相手が神だろうが悪魔だろうが正々堂々、人間の誇りと底力を見せてやりますよ」
「そうか………君が私達に不利益を被る真似をしなければ私は君達の行動を応援する立場だ。今後ともよろしく頼むよ」
「はい」
夜の景色を流した黒のセンチュリーは鳥浜の家の近くに止まった。
鳥浜は大物政治家に頭を下げ、挨拶をした。
大物政治家は鳥浜を一目見やり、センチュリーを発車させた。
「哀れだよ、彼は。まだ東国軍と西国軍の戦争が続いていると思っている。印野君、今後私達は統一国家軍と協力をする」
「統一国家軍とは?どういうことですか?鳥浜のいる国は我々同じ日本人が東西に別れて戦っている内戦状態ということを聞いていたのですが」
運転手の印野が初めて口を開いた。さっきまでは鳥浜と一緒にいた時は一緒の空気なんて吸うのも嫌だ、という態度をありありと示していたから今のテンションはいつも通りといえる。
「統一国家政府、ようは東西陣営は維新により統一された政府から現在、この日本にいる東西軍をこの私達のいる国を混乱させた罪として処理をしたい考えだそうだ。私自身としては転移技術も御霊機も興味がない。これらを扱うのにリスクが高すぎるからだ。時代が違えば喉から手が出るほど欲しいけど、私ももう政治家生命として短い。やはり、1度くらい政治家になったからにはトップを目指したいものだ。使えるうちは鳥浜も統一国家政府も利用してやる、だがよそ者が調子乗るのは気に食わない。印野君、今のはオフレコだから口外厳禁で頼むよ」
「は、はいっ」
運転手の印野は大物政治家の腹の黒さと底意地の悪さに自分が締め付けられるような気分になった。
利用するべきものは利用し、用済みもしくは歯向かう障害となろうものならば容赦なく切り捨てる合理性と残酷性。
印野は運転手として、名もなき彼の身近にいる支援者、下僕としてこの国の歴史の流れを1番身近な位置で追体験をしたいと改めて感じていた。