夜明けはまだ遥か、
ーーーー墨を溢したような濃い闇が支配する真夜中の街。月は厚い雲に覆われ、星の小さな光すらも遮っていた。
人々は皆寝静まり、建物の灯りはとっくに消えている上に、街灯さえも満足にない静かな闇。
そんな中、路地裏を駆ける小さな影があった。
暗闇の中見えるのは大きなフードを深く被り、外套にすっぽりと身を包んだシルエットのみ。
石畳みの細い道を、小さな身体を懸命に動かして駆けてゆく姿は今にもこの闇に溶けてしまいそうな危うさがあった。
それでも影は走り続ける。
何かに急き立てられるように小さな足を前へ、前へと進めて行く。
ーーどれ程の時間が経っただろうか。
足音を極力抑えたその歩みが次第にゆっくりとなり、
やがて完全に止まる頃。
影の目の前には一つの扉があった。
小柄な影にとって見上げる程大きく、重厚な扉。
影は長くか細い息をそっと吐くと、外套の中から小さな手をそっと出し、冷たい扉のノブに触れた。
そのまま力を込めると、ゆっくりと扉は動き出す。
外観からは見えなかったが、扉が開く毎に隙間からは温かな光が漏れ溢れてきていた。
影は扉が完全に開き切る前にその身を扉の隙間に滑らせると、素早く扉を閉めた。
今度こそ安堵の息を吐き、建物の中へ意識を向けると、こじんまりとしながらも家庭的で温かみのあるロビーの奥、二階へ続く階段から降りて来る存在にすぐに気付いた。
途端、溶けるように纏う空気を変えた"影"は
その大きなフードを取ると可愛らしい声を上げた。
「ただいま、ロジェ!」
「お帰り、リテュ」
ーーー墨を溢したような濃い闇が支配する真夜中。その中に居ながら光に包まれ、笑みを称える二人は影を纏ってはいなかった。
ただ、穏やかな時間を紡ぐ二人の姿がそこにはあった。
背後の扉を一歩通ればそこは深く、濃い、闇の中……
未だ、人々は眠りから醒めず、灯りは灯らない。
陽の光を切望しながら、ただ冷たく時が流れるのみ……長い、長い夜はまだ明けず……
夜明けはまだ遥か、