終わらない夏
「もういいかい」
僕は訊ねる。
「まぁだだよ」
くぐもった返事は、いつも健ちゃんだ。
くすくす、まだだよ。誰かの声が重なる。これも、いつものことだった。町外れの廃屋に、僕達だけの気配。すっかり板に付いた遣り取りは、今日も儀式みたいに繰り返されて、あとは蝉の鳴き声だけが、わんわんと響いてる。
「もういいかい」
「もぉおういいィよォ」
百秒数えて、もう一度。妙に間延びした二度目の返事は、さっちゃんの。
僕は立ち上がって、みんなを探しに行く。
といっても、何処にいるかなんて、わかりきってるんだ。いつもいつも、みんな同じ場所に隠れる。もう、その場所から動けないのかもしれないね。
「さっちゃん、みぃつけた」
僕が言うと、土間の下から、照れ臭そうな顔が這い出してきた。
その顔は、おでこのところまでしかない。ぐちゃぐちゃに潰れた頭から血塗れの脳味噌が溢れて、ほっぺと肩にくっついてる。クラスでいちばん可愛かったのに、これじゃ壊れた人形だ。僕は、いつ見ても西瓜を思い出して恋しくなる。あぁ、喉が渇いてしょうがない。
次は、お風呂場。
「健ちゃん、みぃつけた」
水を張った浴槽で、ざばんと健ちゃんが身体を起こした。
すっかり緑色に変色して、まるで河童のお相撲さん。水を吸った人間て、こんなに膨れるものなんだね。クラス一のイケメンが、クラス一のデブになっちゃった。いつだっけ。からかったら、怒って伸し掛ってきて、臭い汁でベトベトにされた。あれは気持ち悪かったな。もうやらない。
さぁ、最後だ。
「政男君、みぃつけた」
押し入れの中から、黒焦げキョンシーが飛び出してきた。
見付かって嬉しいのか悔しいのか、そのまま部屋中をピョンピョンと跳ね回る。焼けた皮膚を撒き散らしながら「みつかったみつかった」。馬鹿みたいに言い続けてる。あれから、政男君はちょっとおかしくなった。よっぽど熱かったんだろうと思う。学級委員長の優等生だったのにね。ざまぁみろ。
知ってるよね?
地方の田舎町で、小学生四人が行方不明になった事件。
町外れの廃屋から死体が見付かって、変質者の仕業ってことになったやつ。一時は騒ぎになったでしょ。そのあと芸能人が離婚したか何かで、すぐ忘れられちゃったけど。捜査自体は、今でも細々と続いてるんだって。犯人、まだ捕まってないからね。
でも、僕は知ってるよ。
犯人は子供で、同級生なんだ。同じクラスの、目立たない子。誘拐なんかじゃないよ。誘ったのはあいつらの方だった。いつもそう。あいつらは、大人の目の届かない場所を選ぶ。
かくれんぼしようぜ。
それが、いつもの合言葉。
僕は殴られて、水に沈められて、煙草の火を押し付けられた。
とっても暑い日だった。
ぼやける意識で、蝉の鳴き声を聞いた。
どうしてかな。せっかく我慢してきたのに。そのとき、僕は猫を跨ぐみたいに、あっさりと限界を超えた。
気付いたら、僕はバットを握ってた。政男君が持ってきたやつだ。足元には、頭が潰れた女子が転がってた。さっちゃんだった。誰か叫んでる。あんまりうるさいから、バットで殴った。誰かは黙った。蝉は鳴いていた。
健ちゃんと政男君は、それでもまだ息があった。
だから、政男君はお風呂に沈めて、健ちゃんに火を点けた。
このとき火事にでもなってれば、もっと早く発見されたんだろうね。
結局、警察が死体遺棄現場に踏み込んできたのは、夏休みも終わりに近付いた、ある日のことだった。
凄かったなぁ。カメラは来るしヘリは飛ぶし、あんなの初めてだったよ。お祭りより誕生日より、ずっとワクワクした。僕もテレビに映るかな、なんて。
だけど、がっかりだった。
見付かったのは三人で、僕の死体は、何処からも出てこなかったっていうんだ。
変だよね。僕は家に帰った憶えはないし、他に行く当てもない。ずっと、此処にいるのに。あれから。あの夏の日から。此処に。
どうしてだろう。
僕だけが見付からない。
依然として行方不明、なんだってさ。
「がぐれんぼじようぜえ」
水の中みたいに、ぐつぐつと、健ちゃんが言う。
「あぁんたがおおぉおおおにいいぃいい」
折れた首を回せば、さっちゃんの頭から、脳味噌が零れ落ちる。
「みつかったみつかったみつかった」
政男君が、ピョンピョン跳ねる。
今更ルールなんて説明しても、こいつらは聞きやしない。どうせずっと、僕が鬼なんだろ。こんなになっても意地悪するんだ。だいたいみんな、お墓の中にいるんじゃないの? どうして此処にいるのさ。
まぁでも、いいよ。暇だしね。付き合ってあげる。
あぁ……今日も暑いな。
誰か、早く僕を見付けて。でないと、鬼が終わらない。
あの夏が、かくれんぼが、蝉の声が――いつまでも終わらない。
了