第一話『プロローグ』
それは、小さな、小さな村の中の家から始まった。
ざわざわ、がやがやと一つの家の周りを複数人のマーマンが取り囲んでいた。家は特別綺麗と言わけでは無く、大きくも無ければ門石も古かった。何故、これほどの人が集まるのだろうか。近くに寄って、耳を耳を済ましてみる。
「遂に、遂にこの日がやってきたんだ!」 「ようやくだ、一時はどうなる事かと思ったが。」
慌てているのだろうか、それとも焦っているのか、とにかく雑多に響く声の中で聞こえたのはこの程度だった。どうやら、何かを待っているのらしい。はて、この辺りで何か特別な事はあっただろうか。外側に一人でジッとしている少女に尋ねてみる。
「やぁ、これは一体どう言うことなんだい?お祭りにしては少し華美さに欠ける気がするんだが。」
「おにいさん、ここら辺に住んでるひとじゃないの?」
「いやはや、これは失礼。僕は旅の猟師をやっていてね。この村に売り込みに来た所で村長宅を聞いたらこの様子で、驚いてしまったんだよ。」
声を掛けられて警戒心を持ったのか、少女が怪訝な様子で尋ねて来たので、自身の肩と、尾の付け根に巻き付けた三又槍を指さしながら答える。
少女はそれを聞いて疑問が解けたからか、僕の疑問に答えてくれた。
「村長の孫が産まれるの。大事な大事なお世継ぎが産まれるって言ってた。」
「お孫さんか、なるほどね。そうだ、教えてくれた御礼だよ、家族で仲良く分けて食べなさい。」
教えてくれた礼に近場で獲れた四角形の平たい魚種……バハムを手渡すと、彼女は何処かへと泳ぎ去っていった。
しかし、村長の孫……か。これは失敗したかもしれない。何せ、村長の孫が産まれるという事は決して小さな事では無い。それこそ村中でお祭りを開くことになるだろう。つまり、食糧の確保にわざわざ猟師を雇う必要が無いくらいには備蓄を用意されているのである。
「なぁ、そこのあんた。」
見切りをつけて村を去ろうとすると、低く力強い声で呼び止められた。見ると、上半身は筋骨隆々、尾には幾つもの傷を付け、明らかに強者と分かる風貌であった。
「あんた猟師だろ?仕事が欲しいならくれてやる。腕も立ちそうだしな。せっかく預言のお子様が産まれるってんだ、あんたも御姿を拝む位はして置いた方が良いと思うぜ。」
「いい、のですか?仕事をくれるってことはその……。」
「あぁ、俺の仕事の話かい?なら問題無いぞ、俺は戦士であって猟師でないからな。実を言えば祭りの為の食糧が足りないんだ、今は猟師が多ければ多いほど良い。」
仕事をくれると言う男に対して懸念を言いかけるも彼が言うにはそれは問題ないらしかった。
「そうなのですか、有難い限りです。感謝します。」
「あんた、いや、いつまでもあんた呼びじゃあ格好が付かねえな。名は?」
「あぁ、僕の名前はノバトマ。旅の猟師のノバトマだよ。」
「ノバトマか、希望ね、良い名前じゃあないか。俺の名はオラトマ、この村の戦士長をやっている。じゃあノバトマ、これから宜しく頼む。」
「こちらこそ、これからお世話になります。」
断る理由がない上に、「予言のお子様」等という気になる言葉もあったので了承し、お互い簡単に自己紹介をしてから取り囲む人垣の輪の中へと入り込んだ。
数刻、いや或いは数分程度だったろうか。張り詰める緊張の中、家の扉がギィ、と音を立てて開いた。
中から出てきたのは一人の老人。歓喜に溢れて涙を流しながら出てきた彼が抱えていたのは一人の赤子。
「お生まれになったぞぉぉおおおお!」
誰かがそう叫び、呼応するように喜びの輪が広がった。
僕もその中に紛れて叫んだ。力いっぱい、歓喜を込めて。
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村には、村が出来た時に残されたという予言があった。
『村長の孫、第二の娘より出る。尾に棘を持ち、難産を極める。されど産まれし予言の子、その手に大きな証を持ち、その目は全てを見通すだろう。その子が長へと至る時、長の配下は恩恵を得る。』
当時、初代の時にこの予言をした占い師は、初代に二人目の娘が居なかった為にあまり信頼されていなかったものの、初代が急逝し二代目が継いでその娘が二人生まれるとその評価は一変。村の専属占い師へとなっていた。
御歳二百七歳であり、寿命が長いマーマンの中でも高齢である彼女は一人、占い師の館にて独りごちていた。
「結局、預言は実現しちまったみてぇだなあ。まっったく、あぁ、でも、それはそれで良かったのかもしれねぇなあ。はは、ざまあみろってんだ。」
何処かへ向けて哀しそうに、或いは未練たらしくそう呟くと、彼女は静かに目を瞑り、穏やかに眠りについた。
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祭りが村で開催された。待ち望んでいた予言の子の誕生に、全ての村民が歓喜した。
一人の占い師の死に対して悲しんだものもいたが、それでも歓喜が上回った。
異様な熱を帯びたその光景に、村長に抱かれたその赤子は何を思ったのだろうか?
赤子の顔には笑顔が溢れて、楽しそうな様子である。それは未知のものに対する喜びか、いずれにせよ大した考えはないだろう。
ともあれここで少年は産まれた。ここから先に彼が及ぼす影響は、今はまだ誰にも分からない。