文学少女は動けない
「うわ、今日も来たんですか」
図書館を訪れた朔を出迎えたのは、真っ黒なセーラー服を着た少女の辛辣な一言だった。
「そんなこと言わんでよ、花子ちゃん」
へらへらとした朔は挨拶を軽く躱すと、嫌そうな顔を隠そうともしない花子の向かいに座った。陽射しが朔の染めたばかりの金髪を輝かせていた。
花子は深くため息をつくと、向かいの青年を存在しないものとして本に目を落とす。
「本ばっかり読んでないでさ。たまにはどこかにデートしにいかない?」
朔は肘をついて、文学少女を覗き込む。
「花子ちゃんは行きたいところとかないん?」
「ないですね。ここが好きなので」
「たまには外にでよーや。遊園地とか映画とか興味ないん?」
「だから、私はここで満足してますから」
「つれへんなぁ」朔は苦笑するがめげる様子はない。
一向に顔を上げない花子に、次の話題を振ろうとしたその時だった。
「お兄ちゃん、誰と話してるの?」
二人の間に割って入った少年は不思議そうに首を傾げる。花子は大きな目を見開いて少年に見るが、少年は朔だけを見つめる。
朔は、少年から見えない左ポケットからスマホを取り出して右耳に当てる。
「うん、うん。でなぁ」
「あー! ここは電話しちゃダメなんだよー!」
少年は泥棒でも見つけたように大声を出した。朔は少年を横目で見ると、左手を伸ばして少年の頭をやや乱暴に撫でた。少年は「やー!」と悲鳴を上げながら立ち去っていった。
「これで分かったでしょう?」
少年の背中を見つめながら花子が忠告する。一方的に突き放された朔は何も言わなかった。花子も口を開かない。しばらくの間、沈黙が流れた。
机に出しっぱなしになっていたスマホをポケットにしまうと、朔が立ち上がった。
「帰るんですか?」花子は顔を上げない。
「もしかして寂しいん?」
「……馬鹿っ」
朔は花子の耳に顔を近づけた。
「大丈夫、何度だって君に会いに来るよ」
囁かれた言葉に花子は耳だけじゃなく顔まで真っ赤に染める。満足した朔は図書館を後にした。
朔が向かったのは近くの病院。受付で手続きを済ませると、一直線に病室に足を向ける。
ノックもせずに中に入る。そこには、少しやつれた少女が横たわっていた。
「やぁ、来たで。花子ちゃん」
朔はパイプ椅子を広げてベッドの横に座る。眠り続けたままの花子が瞼を開くことはない。
「また君に会いに行くよ。いつか、君が目覚めるまで何度だってな」
花子の頬を撫でながら、朔は独り呟いた。