怒りコントロール
妹が流産した。
病院のベッドの上、妹は上半身を起こして疲れた顔をしていた。
俺が、よお、と妹に声をかけようとしたとき、扉を開けて俺と妹の母が病室に入ってきた。嫌な予感がする。何しに来た。
母は椅子に座ると妹に言った。
「それ見なさい。あなたがそんなんだからお腹の中の赤ちゃんも、こんな人から産まれたく無いって自分から出ていっちゃったのよ」
口を開けば人を怒らせることしか言わない狂人。それが俺と妹の母。
なぜ、人にちゃんとしろ、と言う自称マトモな人というのは、どうでもいいことでマウントをとった時、自信に溢れた勝ち誇った顔をするのだろう? 端から見ていると醜悪で吐き気がする。
カチンと来た妹の目が鋭くなる。母を睨みつける。
だが、頭のおかしな生き物に怒鳴っても体力と時間の浪費だ。それに妹はまだ体力が戻っていない。どうやって止めるか。
俺は母の背後に音を立てないように移動する。気狂いの母は『私の信じる正しい正論』で妹に説教を続けている。
妹が怒鳴り出す前に気を逸らさなければならない。俺は両手の指を伸ばし下に向ける。
コマネチ
ガチョーン
昔にテレビで見たお笑い芸人の真似をする。俺を見た妹がポカンとした顔をする。よし、こちらに意識が向いた。俺はサイレントで一発芸を続ける。
そんなの関係ねえ
オッパッピ
冗談じゃないよ
母は俺の奇行に気付かないまま、カルトの教祖様の有り難い教えとか話している。妹は狂った説教を聞いてる振りをしながら、俺をチラチラと見ている。
人間、笑ってはいけない、という状況では普段笑わないようなことでも笑ってしまうものだ。
俺はズボンのチャックに手をかけて、変顔しながら開けたり閉めたりする。
顎を突き出してイノキ
かかってこい
そのままアイーン
妹は吹き出さないように我慢しているが、口許がピクピクしている。母はイカれた説教を繰り返している。無自覚の嫌がらせを善意で行うのが生き甲斐の生き物。
この狂人を叩き出してやりたいが、そうすれば病院の中で泣き喚き、医師や看護師の同情を買おうとするだろう。
その際、悪役にされるのは俺と妹だ。
変なおじさん、だから変なおじさん
ふんふんふーん、鹿のふん
妹が笑いを堪えているうちに、母は言いたいことを言うだけ言って、満足して帰っていった。
「ふー、」
妹は呆れた顔をして俺を見る。
「兄貴」
「なんだ?」
「ばぁーか」
妹は疲れた顔に少しの笑みを浮かべていた。
お笑い芸人よ、ありがとう。
実話をもとにしています。