8.セーラ以外の女性に触れられるのは初めてかもしれない
蔦に覆われたアビゲイルを背に、焚火の前で膝を抱え込むように座っているジュディの肩に手を置く。何か言葉をかけようかと思ったが、こんな時なんて言えば良いのか分からない。カイルだったら『お前は正しい事をしたんだ』とか『気に病むことは無い』なんて言うだろうが、俺にはそんな無責任な言葉を吐く神経を持ち合わせていない。
確かに向こうがこちらの命を狙って来ていたのだから、それを迎え撃ったまでと言えばそれだけだろう。しかし、そうじゃないというのは何となくわかる。
「あの魔法から逃れる術は、有ったんだよね……」
ジュディの隣に腰掛け、次の言葉を待つ。
「あの蔦は、敵意のある相手に絡みつくの。だから、本当に心の底から懇願していたら、蔦はほどけていたのよ……」
そう言って、俺の肩に頭をもたれかけて来た。
傷口に毒消し草を塗り込んで治療しようとしていたが、それは諦めざるを得なかった。まだ毒のダメージが残っているが、少しぐらいこのままでも大丈夫だろう。
「そうか……」
つまり、アビゲイルのあの命乞いは単なるパフォーマンスに過ぎなかったのだ。
「森の中で野宿する時は、いつもこの結界を張っていたの。魔物ならすぐに戦意を無くしてくれるんだけどね……」
安全のために張ったトラップで、まさか人を殺める事になるなんて微塵も思っていなかったんだろう。だから、散々近づくなと警告をしていた訳だ。
いつも明るいジュディが深くため息を吐く。それほどまでに落胆した様子だった。
「この結界の事は、前のパーティーメンバーには?」
「言ってないわ。あくまで念のためだし、慣れが油断に繋がると思ってたから」
元気が取り柄で物事を深く考えない甘い性格だと思っていたが、どうやら間違っていたようだ。まだ出会ってからそこまで長い時間を共にした訳では無いが、確かに細かい所への気配りを感じる時もあった。
休んでいるのにすぐに魔力切れを起こしてしまうのは、これらも原因だったのだろう。
「ちゃんと理由を伝えれば、パーティーを追放される事は無かったかも知れないのに、なぜだ?」
ジュディはフッと笑みをこぼすと、背筋を伸ばした。
「まぁ、そうね~~。でもいずれは追放されてたと思うなぁ。何だかんだで合わなかったし」
「そうなのか? あの時は追放される事に不満を覚えている感じだったけど」
「そりゃそうよ、大したパーティーじゃないのにこのあたしを追放するなんてどう考えても選択ミスよ」
エッヘンと胸を張る。この自信は一体どこから来るのだろうか。
「そのパーティーは、そんなに酷かったのか?」
「ひどいなんてもんじゃないわ。リーダー格の剣士は傲慢で猪突猛進の脳筋だし、大柄の聖職者は金髪の女を最優先で回復するし、鷲鼻の狩人は戦闘になると弓の命中率が壊滅的で、金髪の女はほとんど戦闘には参加しないで物を盗むだけ。チームワークなんてあったもんじゃないもの」
それだけを聞くと、確かにダメそうなパーティーだ。
「しかし、それでもこの街までたどり着いたんだろう? ならそれなりに戦闘ができるのでは?」
もしかしたら全員高レベルの可能性はある。まぁ、確かに酒場で見た時の佇まいなどではそこまでのレベルでは無さそうだったが、リラックスする場なのでその実力は分からない。
「う~~ん。でも相当苦戦するだろうねぇ。野営中はあたしがトラップ張ってたからゆっくり休めてたし、大体の戦闘ではあたしの魔法で倒してたしねぇ」
ジュディの言葉に少し想像してみる。
野営中にいきなり襲われるパーティ一行。仲間との連携を考えずに突進する剣士。慌てふためき矢を放つも、そのほとんどが外れる狩人。その戦闘に参加しない金髪の女に、それを守る大柄の聖職者。
「あぁ、ダメそうだな」
「ちょっと、なに想像してんのよ」
笑いながら肘で小突かれた。
「戦闘面でもそうだけど、なんか根本的な考えが合わなかったのよね。それでもあたしから抜けなかったのは都合が良かったからなのよね」
「確かに一人で旅をするより楽な所はあるだろうしな」
「あっ、やっと人と旅をする良さってやつが分かって来たかしら?」
「いや、それでも俺は一人旅の方が気が楽だ」
「んもぅ。その考え、絶対変えてやるんだから」
ジュディには悪いが、恐らくその考えは変わらないだろう。カイルを殺すのは俺の役目だし、これ以上犠牲者を増やしたくは無かった。
実際、この依頼が完了したらジュディとは別れるつもりだ。すこし向こう見ずな所があるが、彼女なら一人で大丈夫だろう。
「さっ、そろそろ体を休めましょ」
籠の中のアルマが無事なのを確かめると、ジュディは寝る準備を始めた。
「あぁ、そうだな。けど、俺はもう少し起きてるよ。これ以上の襲撃は無いと思うが、念のためな」
「そう。あまり無理しないでね。まだ完全に毒だって抜けて無いんでしょう?」
ジュディの言う通りまだ毒は体内に少しだけ残ってる。だが致命傷ではない。毒消し草を使えばすぐに解毒出来る。
すると、ジュディが道具袋から毒消し草を取り出し、手でもみ始めた。そして、それを俺の傷口へ塗り込み始めた。
「えっ?」
思わず少しだけ身を引いてしまう。
「ちょっと、動かないでじっとしててよ」
「あ、あぁすまん」
されるがままに身を任せる。
正直、平静を装っているが心臓の鼓動が速くなる。握っている手にも汗がじんわりとにじみ出て来た。いや、これはきっと焚火の火でかいている汗に違いない。
別にジュディに気があるとかそんな事では無いが、女性に触れられたのはセーラ以外初めてだ。
成人の儀のあの日、俺は誰とも踊らなかった。普段女性と触れる機会が無い奴でも、あの日に限ってはチャンスはいくらでもある。女性側にその気が無くても、一応は踊ってくれるからだ。
だが俺は、誰とも踊るつもりは無かった。カイルを殺したら村を出る予定だったから未練などを残したくなかったからだ。そのため、セーラ以外の女性に触れることはおろか触れられる事も経験していない。
ジュディの細い指が肌に擦れるたび意識しまいとし、逆に筋肉が強張ってしまう。
そんな事を知ってか知らずか、ジュディは傷口に毒消し草を塗り終えると、患部を布で覆ってくれた。
「よし、これでもう大丈夫ね」
「あぁ、助かったよ」
「へへぇ。あたしもそこそこ役に立つでしょ?」
そう言って満面の笑みを浮かべる。しかし、その笑顔は少し強がっている様にも感じる。恐らく、アビゲイルの事を考えないようにしているのだろう。
「まぁ、そこそこはな」
「なによそれぇ。まぁ良いわ、いつか見返してやるんだからね。それじゃ、おやすみ」
そう口にするとジュディは立ち上がり、テントの下で横になった。
俺はふぅと息を吐き、パチパチと音を立て燃える焚火を見つめる。
アルマを目的地まで連れて行ったあとはどうするか。一応まとまった路銀を手にすることが出来るが、一度街へ戻るべきだろうか。それともそのまま北上すべきか。
カイルが北へ向かったとなると場合によっては帝国領に入っている可能性もある。
もしそのまま北上した場合途中で海にぶつかる。そこから帝国領を目指すならば、港町から船で渡るか、陸地を進む場合東を目指すことになる。
船には人生でまだ一度も乗った事が無い。そう考えると船旅というのも悪くないが、果たしてすんなり帝国領に入ることが出来るだろうか。数年前は比較的自由に往来が出来た様だが、ここ最近ではそれも難しくなっているらしい。海路の場合、港が封鎖されてしまっていては入ることが不可能だろう。その分、陸路であればどこかに侵入経路が見つかるかもしれない。
そんな事を考え、辺りに神経を張り巡らせながらうとうととしていると、気が付いた時には空が明るくなっていた。




