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2.きつい修行だけど勇者を殺すために頑張ろうと思う

俺は翌日、黒衣の人物の指定通り朝六時に森に来ていた。


昨日は家へ帰るなり、すぐベッドに横になった。


母親からはグチグチと文句を言われたが、全身が筋肉痛のようになっていて、

まともに動ける状態ではなかった。


村の若者にもやるべきことはある。薪割りであったり、村の見回りだったり、子供の遊び相手や勉強を教えたりなどだ。


確かに何もしなければ文句の一つを言われても仕方ないと思う。


しかし、母親の小言は度が過ぎる。そして、最終的にはカイルを見習いなさいと来る。


俺にはそれがたまらなく嫌だった。


あいつは村の子供たちにも好かれている。しかし俺は子供が苦手だった。人と会話すること自体が苦手なのに、子供のあのまっすぐな瞳で見られるとどのように接すればいいのか分からなくなる。


だから、俺はいつも薪割りや、村のパトロールをすることが多かった。


その方が人とあまり関わることがないし、何と言ってもサボれるからだ。


「しかし、六時に来いといったのに、向こうが来てないじゃないか」


「来ているぞ」


「うわっ!」


突然の背後からの声に驚き、振り返る。


すると目の前には黒衣の人物が立っていた。相変わらずフードを目深にかぶっているため、

その顔を伺い知ることは出来ない。仮に中身が別人と入れ替わっていても判らないだろう。


しかし、気配が全く無かったことや、雰囲気から昨日と同一人物なのは間違いなさそうだ。


「ったく、昨日もそうだけど、背後に立って驚かすなよ」


「それはお前の探知スキルが低いだけだ」


黒衣の人物は冷たく言い放った。


確かに、俺の様々なスキルのレベルは低い。


だがそれでも、知っている人物であれば歩き方の癖や息遣いで誰かは分かる。


が、この人物は足音がない。そして、息遣いも全く聞こえない。


そんな人物をどうやって察知すればいいのか。


「足音もしなけりゃ、息遣いも聞こえないのに、どうやって気づけっていうんだよ」


率直な不満をぶつける。


すると黒衣の人物は

「それは、空気や魔力の流れを感じ取るんだ」

と、無理難題を口にした。


戦士と武闘家の息子で、魔力がほとんどない俺にはとても無理な芸当だ。


「そんなの、無理に決まってるだろ。魔力のない俺にはそんな事できるわけがない」


「本当にそう思っているのか? 修行が足りないだけ、とは思わないのか?」


「思わないね。一応それなりに訓練はしてみたけど、魔法はからっきしだめだ。そりゃそうだろう。

父親は戦士で母親は武闘家なんだ。その息子が魔法を使える方が不思議だよ」


すると黒衣の人物は俺の首をつかみ、持ち上げた。


その細い腕のどこにそんな力があるのか。


「くっ、は、離せ……」


足をばたつかせ抵抗してみるものの、拘束から逃れることは出来なかった。


「お前のその性格から叩き直さなければならない様だ」


俺の性格を直すだと? さっさとカイルを殺せる力をくれれば良いだけなのに。


「ふ……ざけるな。今更、この性格はどうしようも、ない。さっさと……力だけ寄越せ」


「ふん、まあいいだろう」


黒衣の人物はそういうと、やっと俺を解放してくれた。


「昨日も言ったが、楽ではないぞ」


「それは分かっている。しかし、昨日のあれは何だったんだ?」


全身に走った電撃のような衝撃。今日もまたあれをやられるのだろうか。


「あれは、お前の中に強制的に魔力を流し込み、細胞に刺激を与えたのだ。

本来、一年や二年かけてやることを短期間で身にしみこませるために、細胞を活性化させた。

体にかかる負荷は通常の数倍だ。最初は剣を振るだけでもすぐに根を上げるだろう」


そういうと、黒衣の人物は近くの木に立てかけてあった木剣を投げて寄越した。


少年でも扱える片手剣サイズの木剣。重さは一キロも無いだろう。


体にかかる負荷は通常の数倍と言っていた。本当にこの軽い木剣を振っただけですぐ疲れてしまうのだろうか。にわかに信じがたかった。


「その顔は、信じていないな。まずは素振りからだ。五十回やってみろ」


「なめられたものだ。五十回なんて楽勝だ」


しかし、黒衣の人物の言葉をすぐに身をもって知ることになった。


木剣を右手にしっかりと握り、構えた瞬間、前腕がピキッと音を立てた気がした。


握る力も若干弱い。


そして、木剣を一回、二回と振る。右腕だけではない。全身の筋肉や神経、そして骨にまで痛みが走る。


「さん、回。よん……回、ご……か、い」


俺は五回振り切ったところで木剣を落としてしまった。剣を握っているだけの握力が無くなってしまったのだ。


その事実に愕然とした。通常であればこれぐらいの重さの木剣で素振り五十回なんて余裕だし、

一日中振り続けることも可能だ。


「それが、たったの五回……」


そして、全身の痛みに耐えかね地面に膝をついてしまう。


「これで分かっただろう。この修行の辛さが。しかし、もう少し出来ると思ったが、とんだ見込み違いか」


そう言うと、黒衣の人物は俺の肩に手を置いた。


すると、体が温かくなるのを感じ、徐々に全身の痛みが和らいでいく。


「さぁ、立て。もう一度だ」


地面に落ちていた木剣を拾うと、俺に向かって差し出してきた。


「もしかして、これを何度も続けるのか?」


「そうだ。五十回出来るまでやってもらう。途中で倒れたら、また回復してやり直しだ」


気が遠くなりそうになった。疲労困憊になったところを強制的に回復させて、またやり直す。


終わることのない苦痛。地獄だ。


しかし、一刻も早くカイルに追いつかなければならない。


そして、最終的にあいつを――殺す。


俺は木剣の柄を握り、再び立ち上がった。


◆◆◆


「――や、やった」


俺は五十回の素振りを終えると、仰向けに倒れた。


上がっている息を整えるため、呼吸に専念する。


五十回の素振りを終えるのに、一体何セットやっただろうか。


森に差し込む光は、茜色に染まっている。


「ふむ。今日はこんな所か」


黒衣の人物が倒れている俺の傍らにやってきた。そして、肩にそっと触れると魔力を流し込んでくる。


なんだかむず痒い。


「お前の体を通常の状態に戻しておいた。日常生活に不便は感じないだろう」


全身の疲労感が取れると、俺は上半身を起こし、その言葉を確かめるように手のひらを握った。


確かに、体の感覚は元に戻っている様だ。いや、元の戻っている所か力がついた気がする。


立ち上がり木剣を構える。そして、春風に舞った葉に向かって木剣を振る。


すると、木の葉は見事に真っ二つに割れた。


「す、すごい!」


普通であれば木剣で木の葉を切ることは難しいだろう。しかし修行の成果か、剣速が早まりその鋭さで木の葉が真っ二つになったのだ。


「まだこれはほんの序の口だ。お前はまだまだやらなければならないことが沢山有る」


今までサボってきたつけが回ってきたようだ。


しかし、このまま修行を続ければすぐにカイルに追いつけるかも知れない。


全身に痛みは伴うし、ものすごく辛い修行だが、そう思うと少し気が楽になった。


「そういえば、俺はあんたの事なんて呼べば良いんだ?」


この黒衣の人物はいまだ謎だらけだ。素性はもちろんだが、名前も聞いていなかった。


「名などどうでも良い。好きに呼ぶがいい」


とはいうものの、一応稽古をつけてもらっている立場だ。このまま「あんた」とか呼ぶわけにはいかないだろう。


「分かった。これからは師匠と呼ぶことにする」


なんの目的があって俺に力を与えているのかはわからないが、カイルを殺すために利用できるものは利用しない手はない。


「まぁ良いだろう。それでは、次は明後日の六時だ」


師匠と呼ばれる事に特に不満はないらしく、頷いた。


しかし、次の稽古は明後日だという。


「なぜ明後日なんだ? 俺は一日でも早く強くなりたいんだ」


今すぐにでも強くなって、あいつを、カイルを殺したい。


「そう急くな。強くなるためには休息も必要だ。それに、村の仕事もしなければならないだろう」


確かに師匠の言う通りだった。この二日間、俺は村の仕事をさぼっている。


そろそろ親だけでなく、村人たちからも何か言われかねない。


そして、カイルと比較される。


「では、な」


師匠はそういうと、また音もなく森の奥へ消えていった。


一体どこに住んでいるのだろうか。あっという間に消えてしまうし気配も無いため、追跡するのは難しいだろう。


◆◆◆


森を出た頃にはすでに日は落ち、辺りは暗くなっていた。


家に帰ると、母親が仁王立ちで待ち構えていた。


「あんた! 村の仕事もサボってこんな時間まで何してたの! カイルは今日も子供たちの世話をしていたのに、それに比べてあんたは」


「――ちっ」


母親の言葉に思わず舌打ちをする。やっぱり二言目にはカイルだ。実の子より勇者の息子の事を溺愛している。そんなんなら、俺なんか生まなければ良かったのに。


俺は無言で母親の横を通り抜けようとした。


「何よ! その態度は」


母親の平手打ちが飛んできた。スナップの利いたその一撃は俺に左頬にヒットした。


引退したとはいえ、元武闘家の平手打ちだ。かなり痛い。


「ってーな。ほっといてくれよ」


「あんたね~」


胸倉をつかみ、もう一度平手打ちをしようと母親が腕を振り上げた。


「まぁまぁ、カーラ。少し落ち着きなさい」


そういって父親が仲裁に入ってきた。


「ゲイル、だってこの子が……」


「そういう年ごろなんだ、干渉のし過ぎも良くないさ」


父親は振り上げた母の手を優しく握り、俺の胸倉を掴んでいる手を解いた。


「でもキース。お前の態度も良くないのは確かだぞ。さ、もう行きなさい」


俺は父親に促され、自室に向かった。


ベッドに仰向けに倒れこむと、イラついた心を静めるために瞳を閉じ大きく息を吐いた。


絶対に見返してやる。もうカイルと比較なんかさせない。


そう固く心に誓った。

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