いつか見た電気羊の恋物語
『あーあーテストテスト!』
壊れかけた雑居ビルから夜空を見る。
満足した私は手に握っている拾った携帯端末に文字を打ち込む。
音声認識でもいいのだけど、変な雑音が入ると困るからだ。
端末には『あーあーテストテスト』と私の打った文字が打ち出された。
返信は……。
既読もナシ……っと。
チャンネルは周波数は適当で、返事は最初から期待はしていない。
隊の人間が見たら笑われるだろう。
戦争に娯楽を求めるなっ! ってね。
いいじゃない、世界はどこも戦争中、明日にでも散るかもしれない世界に安らぎを求めても……。
拾った携帯端末を捨てようと思った時に振動が伝わった。
ピコン。
『誰かいるんですか?』
思わず携帯端末を落としそうになった。
『はい、います! います!』
『よかった……ッシャン、ババババ……ださい……避難区域への……脱出を』
私は既読を押す。
直ぐに相手の文字が浮かび上がる。
『すみません、音声認識を切りました』
『大丈夫ですか? 今の音声は戦闘区域の放送ですよね?』
『はい』
既読ボタンを押す。
『今は避難中です、明日にはこの場所を離れるので……、所で、そちらは大丈夫でしょうか?』
私のインカムに突然の警報がなる。
暗視ゴーグルに三つの点だ。
直ぐに対人レーザーの出力を上げた。
ポシュ。
ポシュ。
ポシュ。
点が消えると、暗視ゴーグルにはクリアと文字が映し出された。
ああ、すぐに文字を打ち返さないと。
『こちらは中立都市にいますので安全です』
『よかった……』
『本当ですか? 私一人だけ安全な場所にいてあなたは怒らないのですか?』
『あー……そういう考えの人もいます。でも、こんな世界だからこそ僕みたいな人がいてもいいんじゃないですか』
なるほど、僕という言葉から男性の割合が六十%を超えた。
『あの、せっかく知り合ったのですし、名前など交換しませんか?』
来た……。
私にとって第二の問題。
私は兵士だ、それも特殊な兵士で決まった名前は無い。
私は自身の専用端末にアクセスするとデーターベースを探す。
カヲリ、サナエ、シェリー、ミランダ、ヒマワリ、ジョア、マッケンミー……。
どれもこれも良いのが出ない。
仕方がなく文字を打つ。
『Hope』
『ホープ……?』
『はい、色んな願いがこめられています』
『本名じゃないですよね?』
『はい』
『ごめん、そうだよね。戦争中だし通信に検問があっても困る、いい名前だよ。
僕は、ええっとじゃぁジョンで』
本当によくある名。
偽名も本名ともわからない、けど何故か納得してしまいそうな名前。
『わかりました、ジョンよろしくお願いします』
『こちらこそ!って、ごめん。これから避難区へ移動なんだ、ええっと明日のこの時間にまた周波数合わせよう』
『はい』
『あと、何か僕ばかり興奮してごめん、何か嬉しくて』
『いいえ、私も嬉しいです』
私の最後に打った文字は既読がつかなかった。
誰か見ていたと思うようなタイミングで、私専用の端末に命令が来る。
内容は、現在位置から北上し移動要塞を破壊する事。
上から来る命令はいつも身勝手だ。
でも、その命令は絶対で成功率は99%を超える。
だからこそ、私は生き残っている、その事だけは感謝しなければ。
壊れた雑居ビル、そのフロアの端に積んである対長距離砲を抱えると私はゆっくりと歩き出した。
◇◇◇
『やぁ……ええっと、ホープちゃん?』
『……なぜちゃんなんでしょうか?』
『何となく女性のような気がして』
感のいい人だ。
確かに私は天使のような女性と良く呼ばれている。
もっとも、敵からしたら悪魔のようなとすり替わるだろう。
移動要塞を破壊した私は近くの洞穴へ身を隠している。
外に光がもれない様に端末を開くと、彼の文字が受信されたのだ。
『合ってますけど』
『いやーよかった、うん。
深い意味はないよ、ただ女性のほうが嬉しいなって』
『すけべ』
『いや! まって、すけbっt』
慌てたのだろう文字が打ててない。
『まって、スケベはないよ』
『からかっただけですよ』
『…………怒るよ?』
『どうぞ』
数分の後、ジョンの文字を受信する。
『降参、これでも女性を扱う時は丁寧にって言われているんだ。
ホープの年齢がいくつかわからないから、ちゃんづけした』
『なるほど、こちらこそごめんなさい。
歳は二十二になったばっかりですね、もっとも信じるかはジョン次第ですけど』
『二十二……戦争子か』
戦争子、世界大戦が始まってもう二十八年が過ぎている。
その間に生まれ二十を過ぎた子は戦争子と呼ばれる事が多い。
『それはそうでしょう、今時戦争子以外を探すほうが大変です』
『っと、そりゃそうだ。まぁ僕もそうなんだけどさ同じ歳』
『…………もしかして兵士ですか?』
『いや、召集は受けたけど、落ちた』
『珍しいですね』
『だろ? 足の裏に出来物があったから除隊されたんだ』
???。
ジョンの言葉を私専用の端末で検索する。
足の裏の出来物、魚の目という奴だろうか?。
直径数ミリの出来物が出来る皮膚病の一種だ。
『ジョン、もしかしてからかってます?』
『うん』
『切ります』
『まったまった、ごめん。
足の裏は嘘だけど、除隊は本当。
ほら、こんな世界だからこそユーモアをとおもって』
私は文字を見ると指を動かす。
それと同時に私専用の端末に新しい命令が受信された。
昼も夜も関係ないとは、私も司令部も忙しい。
『わかりました。すみませんが両親が階段を上がってきたので今日はこの辺で切ります』
『両親……怒った理由じゃないよね?』
『違いますよ』
『よかった……』
『よかった?』
『怒ってないのもそうだけど、ホープが安全な場所にいるってわかったら、なぜか嬉しくて』
『ありがとうございます。私の両親は厳しい人なので、もしかしたら数日の間既読できないかもしれません』
『いいよ、待ってる』
『ありがとうございます』
私は拾ったほうの端末をスリープにすると、洞穴からはいでる。
今度の命令も人殺しの命令だ。
ふと思う、このジョンは本当に存在する人間なのだろうか? 司令部が私の端末から操作し架空の人物を作り上げているのではないかと……。
いや、変な考えはよそう。
◇◇◇
久々の休暇。
私達の基地では、別の携帯端末を使えなかったので使える場所まで移動した。
開くと文字が沢山打ち込まれていた。
『やぁ』
『まだ忙しいかな?』
『僕のほうは暇だよ』
『ええっと……周波数は生きてるよね?』
『返事をくださいジョンより』
『もし戦争が終わったらカフェでもいかないか?』
私は一つ一つ既読をつけていく。
時間は昼を過ぎたあたり、ジョンからの返事はまだないだろう。
『おひさしぶりです。両親に端末を取り上げられてました』
私は嘘をつく。
同僚に言わせるとついていい嘘とダメな嘘がある。
今回のはいいらしい。
そう、この秘密の文通というのだろうか、やっぱりばれていた。
同僚は難しい顔をした後に、ほどほどにねと忠告してくれた。
わかっている……何百人も殺してる私が文通一つで喜ぶなどエラーが起きたと思われるだろう。
でも、私の上司などは興奮顔で絶対にばれないような姿にチェンジさせてあげるわと息巻いている。
傷だらけの体を人工皮膚などで直す計画書まで作り出した。
だからこそ、私は生き残らなければならない。
どれほど人を殺そうとも。
夜になり携帯端末が振動した。
目に入るのはジョンの文字。
『久しぶり!』
『はい、十日ほどでしょうか』
『いやー、嫌われたのかと思って。何かしつこい感じでごめん』
『いいんですよ。でも正直ちょっと引きました』
『ごめんって……』
『許します』
『ありがとう』
◇◇◇
ジョンと知り合って一ヶ月という所。
珍しく彼のテンションが低い。
『今日はジョンの好きな料理の話じゃなかったのですか?』
『ああ、いや……』
『何かありました?』
『その、友人が死んだ』
『…………ご愁傷様です、しかし、中立都市ですよね』
『そう、うん。中立都市でも人は死ぬ。
ホープだって同じような町にいるんだろ?』
『そうですね、ジョンの町とは離れていますが、私も中立都市の一つにいます』
『そのさ、戦争が終わったらデートしないか?』
私は思わず携帯端末をスリープモードに切り替えた。
◇◇◇
デートに誘われた。
正確に言えば戦争が終わってからという条件付きではあるけど。
直属の上司は私のメンテナンスを終えると、理由を聞いてきた。
隠す事でもないので素直に話すと、手を叩いて喜んでくれた。
なんでも、殺戮マシーンとして調整した君もデートかと。
断りましょうか、と提案すると首を振った。
デートでも何でも構う者か、そのためには戦争を終わらせようと。
そして、私専用の端末に新しい命令を受信した。
◇◇◇
『昨日は突然切ってすみません、年甲斐も無く動揺してしまいました』
数分後、端末がジョンの新しい言葉を受信した。
『こっちこそごめん。顔の知らない相手に誘われて気持ち悪かったよね』
『いいえ、そのそれはこちらも同じで、なぜ私なんでしょうか』
『ホープとの付き合いももう二ヶ月ぐらいだろ?』
『もうそんなになりますか』
『でさ、今は移動も大変だけど平和になったらどうかなって、いや、俺がせっかちだった』
『いいですよ』
『はい?』
『ですから、戦争が終わればデートぐらい』
問題は沢山ある。
特に私は普通の人間ではない。
命令一つでどんな人間も殺す兵士だ、どんな罵倒も受け入れるつもりだ。
『よし、戦争が早く終われっ!』
『願うだけで終わるとは思いませんけど』
『確かに』
『会うときに一つだけ、謝る事があります』
既読を待つ。
ついた。
彼の文字が端末に浮かび上がる。
『あー……、それは僕も同じだ』
『ジョンもですか?』
『ああ。許されない嘘をついている』
『馬鹿正直ですね』
『だろ?』
『ですが、私も許されない嘘をついていますので責めれません』
連続して文字を打ち込んだ。
『あの、もう文通するの辞めませんか?』
『どうして!』
『どうしてもなにも、お互いに大きな嘘をついている。
会った時に傷つくだけかと思いまして』
『あー……。その本当の事は今言える?』
『真実は言えません』
通信が傍受されている可能性もあるし無理。
『僕も言えない。でも』
『でも?』
『君が何者であっても僕は会いたい。
あって謝罪をして、許してくれるなら、今度は君の嘘を笑って許したい』
『変わった人ですよね』
『よく言われる』
私専用の端末に切り替えた。
時間は既に日付変更しそうだ。
『では約束ですね』
『ああ、約束しよう』
◇◇◇
『やぁ君からのお守り受け取ったよ』
『良かったです。戦争中なので配達されるか不安だったんですけど』
『うん。無事に配達所に届いていた。このトラの指輪かっこいいね』
『トラではなくネコです。指のサイズがわからないので』
『ネックレスに通すよ、首からかける、会った時に目印にもなるね、僕からのは……』
『すみません、まだ届いて無いみたいです』
『いや、そっか……僕だけ貰って何か悪かったかな』
◇◇◇
AM07:50
『ホープ、何時もの夜時間じゃなくて朝からごめん』
AM07:51
『暫く文通は出来そうに無い』
AM07:52
『今いる町から移動になったんだ……そのもしかしたら約束は守れそうに無いかもしれない』
AM07:54
『こっちの勝手な都合なんだけど、一週間後。
その時に何時もの時間に僕がいなかったらもう、君の言う文通は無かった事にしてくれ』
AM08:03
『生きていたらその時に本当のことを……いや忘れてくれ』
◇◇◇
PM20:19
『ジョン、私も少し忙しくなりそうです』
PM20:20
『わかりました、一週間後ですね』
PM20:22
『あなたの思わせぶりな発言をする癖はやめた方がいいですよ。
でも、そうですね感のいいジョンなら私の本当の事も知っているかもですね』
◇◇◇
成功するはずだった。
AI軍事基地に突入してきた兵を一人も通すな、そう命令されて私は扉を守っていた。
ゴーグルには無数の点があり、私のあちこちからでる対人兵器が火を噴き人間を殺す。
人で無い私には簡単な仕事である。
成功率は99,9%を超えていた。
でも……。
私の動作が一瞬とまったのだ、兵士のつけているネームキーを見て。
そしてそこに一緒につけられている猫の指輪を見て。
兵士は突然止まった私に驚くも引き金を引いた。
正確な狙いだ。
あれなら胸の中核コアを一発で破壊するだろう。
最後に彼に会いたかったかな……。
いや、会ったというべきなのかな……。
型式A-2404型固体名hopeはこうして壊れた。
◇◇◇
『ええっと、今まで嘘をついてごめん』
『本当は会った時に言うつもりだったんだけど、おれ兵士なんだ……嘘ついていたのは人殺しが相手と知ったら嫌われそうで』
『人も機械兵も散々壊した』
『そう、今日女性型の機械兵を倒したんだ、その時になぜか見た事も無いんだけど君を思い出して』
『連絡を待つジョンより』




