1話 まだ殺人事件は起きてない
金口虎南はバスの窓から外を眺めていた。
東京を離れて三時間。はじめてくる長野の地は都会にない緑が溢れていた。
ミステリー研究会の合宿で長野にある「道化師山荘」に行くことになった。
金口はむふふと鼻の下を伸ばした。
これは千尋となんやかんやするチャーンス!
ポケットに忍ばせた鉄兜を握りしめる。
「着いたぞ。みんな起きろ」
「着いたか。私は起きます」
会長の高橋太郎が声をかけて田中花子がそれに返事した。
ぞろぞろと七人はバスを降りる。
「わあ。これが道化師山荘。大きい」
「本館が真ん中で、あと左右に別館があるんだな」
めいめい声をあげる。そして学生七人は本館に向かう。
そこで鈴木次郎が言った。
「俺、右手の別館を見てくる。先に行っていてくれ」
「わかった。早く戻ってこい」
会長の高橋が返事して鈴木は別館に行った。
残る六人でチェックインの作業に向かった。
「こんにちは。私がここのオーナーの中村健司です」
「アルバイトの渡辺麗香です。よろしく」
自己紹介をされた。
学生もそれぞれ自分の名前を名乗った。
「あのお。宿泊客は私たち七人だけですか?」
「いいえ。宿泊客は他に二人います」
田中花子の質問にオーナーが答えた。
金口虎南はそのうちの一人が誰なのかわかってしまった。
「謎は・・・半分解けた!」
「きゃあ。すごい虎南くん」
千尋がほめた。金口は離れたソファーに座る男を指さした。
二十代後半の男だった。
「あんたがこの道化師山荘の宿泊客だ!」
「はい。私が客のひとりです。K県警の江戸川です」
江戸川と名乗った男は警察手帳を見せた。
それから自慢げにこう言った。
「金口くん。君は宿泊客をひとり当てました。
しかし私も宿泊客をひとり当てられます」
「な・・・なんだと!?」
江戸川はそう言うと客室のひとつを指さした。
掃除不要のプレートがかかっていた。
「もうひとりはあそこにいます。名前は高田」
「くそっ!たしかめてやる!」
金口は扉に向かい勢いよくドアを開けた。
学生六人と江戸川も続いた。中村と渡辺は呆気に取られていた。
「おい!いないじゃないか!」
「馬鹿な・・・一体どこへ」
その時だった。右手の別館の方から叫び声が聞こえた。
学生六人と江戸川とオーナーとバイトが顔を見合わせた。
「い、行こう!」
「きゃあ。こわい」
怖がる千尋の手を取って金口は別館に向かった。
別館からは鈴木次郎が腰を抜かして匍匐前進で逃げ出してきた。
「た、たいへんだ・・・あれをみろ」
「どうしたんだ一体。あ!あれは!」
別館の一室の壁にたくさんのピエロの仮面が飾られていた。
数えてみると全部で10個だった。
どれも不気味な顔をしている。夜中に見たらちびりそうだ。
そのうちの5つに赤いペンキが塗られていた。
「こ!これはまさか殺人予告!」
「五人を殺すということか!?」
金口の言葉に佐藤三郎が補足した。
そこで金口は不思議に思った。おかしいぞこれは。
「なるほど。昨日急遽予約した私はノーカンでしたか。
これで私が死ぬことはなさそうですね」
江戸川の言葉に納得した。学生7人、他客2人、オーナーとバイトで2人。
全部で11人なのに10個しかないのが不思議だったのだ。
「それはさておき夕飯にしましょう」
「そだね」
オーナーの提案に皆頷いた。ぞろぞろ連なって出ていく。
金口もそれに続いた。
この時金口はまだ気づいていなかった。
このピエロの仮面が惨劇のはじまりを告げるものだったことを。




