美味しいっ!
村に戻った僕達はドーラちゃんに種と草木灰を見せた。
「うん、いいわね。これなら目的も達成できそう。お疲れ様。
次はあたしの仕事ね。ちょっと待ってて」
畑にはまだ妖精ちゃん達が舞っていた。
光が漂い、土に降り注ぐ。
まるで星の雨が畑を賛美しているように。
出かける前と違って土にも生気が満ちている気がするし、輝いている。
青々と輝き、圧倒的な活力が見えた。
「おお、綺麗だな!」
「……だな」
僕とコボくんは幻想的な風景に見とれた。
いつも通りに生活していたらこんな景色は見られなかっただろう。
しばらくその光景を眺めていたが、やがて光は徐々に消えていく。
妖精ちゃん達が役目を終えたのかドーラちゃんの下へ戻ってきた。
「ありがと、お疲れ様」
初めて見せたドーラちゃんの顔。
それは慈愛に満ちた表情だった。
いつものツンケンした印象はない。
もしかしたらあれが彼女の本当の姿なのかもしれない。
お礼を言われた妖精ちゃん達は、笑いながら飛び去ってしまった。
「これで下準備は終わったわ。もう土は今までとは違って生気に満ちている。
微精霊も活発化しているから、作物を植えればある程度は育つのが早いし、栄養価が高いはずよ。
ただまだ足りない。今のままだと、また土が痩せてしまうわ」
ドーラちゃんが畑の傍に立つと、自らの足、つまり根を地面に潜らせた。
畑全体に根がうねうねと動き回る。
何をしているかはよくわからない。
「あんた達は種と肥料をまいて頂戴」
「あ、ああ、了解!」
「よぉし、任せろ!」
僕とコボくんは草木灰を畑全体に巻いた。
次に少し土を掘ってトウモロコシの種を数粒まく。
トウモロコシの種を植え終えると、今度はジャガイモの種芋を埋めた。
それを繰り返して、作業を終えるとドーラちゃんの元に戻った。
「ありがと。後はあたしに任せて。数日は休んでいいわ」
「わかった。任せる」
今は僕達にできることはないらしい。
かなり連続して働いたし、正直疲労が溜まっている。
休んでも罰は当たらないだろう。
「コボくん、僕達はしばらく休もう」
「おお? いいのか? おいらはまだ元気だぞ?」
「働く時まで休んでおくのも大事な仕事だ。今はドーラちゃんに任せて休むべきだろう」
「ワンダの言う通り。休みなさいよ」
僕とドーラちゃんに言われて、コボくんは唸っていた。
そんなに働きたいのか。
なんというやる気。
さっき言っていた通り、役に立てるのが嬉しいのかな。
その気持ちは嬉しいけど、休むべき時には休んだ方がいい。
「わかった。おまえ達が言うなら休むぞ!」
わかってくれたらしい。
コボくんは素直でいい子だな。
僕達はドーラちゃんの言葉に甘えて、適当な家で休むことにした。
食事は干しイモとかで簡単に済ませて就寝した。
○●○●○●
作業開始から六日目。
ドーラちゃんはずっと畑の隣に立って、自分の根を動かしている。
何をしているのかと聞いたら、全体に精霊を行き渡らせて、会話をしているとのこと。
よくわからないけど、土に特別な効果が出るようになり、寿命が延びるらしい。
その日は時間ができたため、僕とコボくんは一旦魔界に戻って食料を持ってきた。
○●○●○●
七日目。
ドーラちゃんの作業はまだ続いている。
休憩をほとんどしていないので心配だったけど、立ったまま寝れるので大丈夫らしい。
根を地面に生やしているためらしい。
疲れはあるけどまだ大丈夫と言う彼女に、何かできることがないかと聞いた。
綺麗な水が欲しいと言ってきたので、コボくんと共に川へ行って水を汲んできた。
ドーラちゃんは嬉しそうにしながら水を根にかけてと言ってきたのでかけてあげた。
飲むんじゃないんだな、と思った。
飲めるけど根にかけた方が気持ちいいし、吸収力があるんだとか。
魔物の生態も中々に興味深いね。
○●○●○●
十二日目。
ドーラちゃんの作業の第一段階が終わったらしい。
土は黄金に輝いて見えた。どうやら土の改良は完全に終わったらしい。
見るだけで今までの土とは全く違うことがわかる。
これは黄金の土。作物を植えれば間違いなく育つのが早いだろう。
ただこれは土を良くしただけで、作物自体に変化はないとドーラちゃんは言う。
まだこれからよ、と意気込んだ彼女には疲労とやる気が見えた。
さすがに休むように言うと、ドーラちゃんはその場で眠りについた。
○●○●○●
十九日目。
空いた時間でコボくんと共に周囲の木々の伐採や剪定をする。
ドーラちゃんは作物への好影響を与えるために力を使っている。
かなり重労働らしい。彼女を見ていると何かしないといけないという気持ちになる。
それはコボくんも同じようで、僕達は必死で作業を続けた。
作物が少し育った。
二週間も経っていないのに、これだけ育つのはすごいことじゃないだろうか。
それに作物が輝いて見える。
土はすでに光を失っているけど、活力と生気は満ち満ちたままだ。
落ち着いたってことなのかな?
○●○●○●
二十五日目。
ドーラちゃんは作業を継続。
僕とコボくんはドーラちゃんの食事の世話や体調に気を配りつつ、作物の虫とりを始めた。
毎日畑を見回って、虫を手で取るという地味な作業を続ける。
これが中々に辛い。でもコボくんはなぜか嬉しそうに続けた。
案外細かい作業も向いているのか?
いや、あれはただ仕事があるのが嬉しい感じだな。
本当、働き者で頭が下がる思いだ。
もちろんドーラちゃんにも。
○●○●○●
そして二十九日目。
僕とコボくん、ドーラちゃんは畑の前で佇む。
感慨に耽り、ただ茫然と眺めた。
成長した作物がそこにはあった。
枯れた土は圧倒的な生気に満ちたまま。
視界一杯に広がるトウモロコシとジャガイモ。
黄金色に輝く美しいその姿は、過去に見たことがないほどに圧倒的な力を醸し出している。
自然の力がそこには詰まっていた。
なぜか身体が震えていた。
込み上げる感情を理解できない。
でも確実なことが一つ。
僕は感動していた。
「すごい……」
思わず声に出す。
それは無意識の内に出した本音だった。
本当にやり遂げた。
僕達は一ヶ月で作物を育てたのだ。
「これが作物なのか!? すごいな! なんか……すごいな!」
コボくんも僕と同じ気持らしい。
そうすごいのだ。
語彙力が低下してしまうくらい、言葉を失うくらいにすごい光景だ。
圧巻。
圧倒されるほどの力が目の前にあった。
「ふぅ、さすがに疲れたわね。でもできた。よかったわ」
「ありがとう、ドーラちゃん。君がいたからここまでできた」
僕は素直に頭を下げて、感謝を述べた。
あまりに素直だったからだろうか、ドーラちゃんは焦ったように手を振った後、ぷいっと顔を背けた。
「し、仕事だから、別に感謝はいらないわ。報酬は貰うんだから」
「ああ、もちろん。払う。絶対に」
給料が出たら、いの一番に払うとしよう。
彼女の成果に報いなければ、僕の気持ちが済まない。
……安月給なので時間はかかるけど。
「じゃあ、収穫しようか。持って帰らないといけないからな」
「そうね、そうしましょう」
「おう! とるぞ!」
僕達は思い思いに作物を収穫する。
丁寧に作物を採ってはカゴに入れる。
自然に作業が慎重になっていた。
それはコボくんやドーラちゃんも一緒だった。
普段は大雑把なコボくんも丁寧な所作でトウモロコシを収穫する。
みんな同じ気持ちなんだろう。
自分達が必死で育てた作物を大事にする気持ち。
苦労して、愛情を与えて育てたから、大切だって思える。
もしかしたら人間のみんなも同じような気持ちになるのだろうか。
だったらわかりあえる部分もあるのかもしれないな。
そう思いたかった。
僕が担当している区画の作物はある程度残しておいた。
元々そのつもりだったんだ。
村人達を追い出した罪悪感があった僕は、彼等が帰ってきた時のことを考えて、作物を育てて、残しておこうと思ったのだ。
それに畑を蘇らせておけば、食糧難も凌げるはず。
コボくんとドーラちゃんには悪いけど、ここは黙っておこう。
さすがに誤魔化すのは難しそうだし。
ごめんね。
僕達は時間をかけて収穫を終えた。
トウモロコシの数は約百五十、ジャガイモは約千。
いやすごい。ジャガイモの量が圧倒的だ。
ジャガイモは効率的に食料を得る手段としては適していると思える。
トウモロコシは種一つに基本は一つ。
身は幾つかなるが、栄養が分散するので下の部分は切り取るからだ。
まあでもきちんと作物を収穫できたということには変わりない。
何だかすごい達成感だ。
こんな風に何かを作ったことはない。
農業っていいな!
「かなり多いわね。これなら三百食分は余裕じゃない?」
「そうだな。持って帰れば喜ばれるだろう。任務は問題なく達成するはずだ」
「おお! やったな! これで怒られないな!」
僕達は全員が満足した表情をしていた。
爽快感がすごい。
うん、楽しかった。
本当に。
「あれ? あんたのところ、作物残ってない?」
ギクッ!
遠くの方を残しておいたんだけど、ばれたのか!?
いや、ちゃんと見ればそりゃわかるけどさ。
「き、気のせいじゃないかー? ちゃんと全部採ったからな!」
「そう? でもまだあるように見えるんだけど」
尚も気にしている様子のドーラちゃん。
このままだと自分の目で確かめる、とか言い出しそうだ。
これはまずい。
まずすぎる!
僕は今にも移動しそうなドーラちゃんの肩を掴んだ。
ちなみに身長的には僕の方が小さく、背伸びしてようやくドーラちゃんと同じくらいだ。
彼女も背は小さい方だし、コボくんも同じように背は低めだ。
ということでドーラちゃんと見つめ合う形になってしまう。
「きゃっ!? な、なな、なによっ!!? な、何する気!?」
「ドーラちゃん! オレを信じろ! 全部ちゃんと採ったから!」
僕は必死になってドーラちゃんに意思を込めた視線を送る。
じっと見つめて、逃がそうとしなかった。
「わ、わかった! わかったから! 信じるから!」
「ほんとだな!?」
「ほ、ほんとだから! は、離してよぉっ!」
顔を真っ赤にするドーラちゃん。
どうやら信じてくれたようで僕はほっと胸をなでおろし、ドーラちゃんから手を離した。 お互いに息を荒げて、呼吸を整える。
ふぅ、よかった。信じてくれたようだ。
これで僕の目論見はどうにか露呈せずに済んだみたい。
村人達も助かるはずだ。
「ま、まったく……もう、ち、近すぎるわよ……」
「え? 何か言った?」
ドーラちゃんが消え入るような声で何か言ったような気がした。
しかし僕にはよく聞こえず、思わず聞き返す。
彼女はむすっとしたままの顔で、
「な、何でもないわよ!」
と言うだけだった。
一体何を言ったんだろう。
何か怒っていたんだろうか。
嘆息するドーラちゃんを見て、僕は思考を働かせたけど、結局よくわからなかった。
ドーラちゃんは気を取り直したのか、いつも通りの冷静な表情に戻っていた。
「ねえ、どうせだし食べてみない?」
言われてみればそうだ。
自分達で作ったものだし、食べてみたいという気もする。
コボくんはヨダレを垂らしている。食べる気、満々って感じだ。
「よし、じゃあ食べようか。ドーラちゃんは食べられるのか?」
「食べられるわよ。野菜ならね」
「コボくんは?」
「おいらも大丈夫だ! なんでも食べるぞ!」
「妖精ちゃんたちは?」
呼んでみるとどこからか土の妖精ちゃん達がやってきた。
何かを話しているみたいだけど僕にはわからない。
妖精ちゃん語なのかな。
「欲しいって。元々、お礼に作物を上げる予定だったら丁度いいわ」
「よし! じゃあ、全員でお食事会だ!」
僕は拳を突き上げる。
すると戸惑いながらドーラちゃんも同じようにした。
コボくんは首を傾げていたが、僕達を見て手を上げる。
よくよく見ると妖精ちゃん達も手を上げていた。
「ただそのままだと味気ないし美味しくないから、料理しようか」
「料理? まさか魔物なのに、料理ができるの?」
「まあ魔王軍に入る前は、魚釣ったり山菜を採ったりして自分で料理してたからな。
こう見えて、家事は得意だ」
「魔物が料理、ね。あんた、なんか……家庭的ね」
はっ! まずい!
これはまずい傾向だ!
「ふっ、これも人間を殺すために英気を養うという考えがあってのもの!
きちんとした食事をすれば元気が出る!
元気が出れば人間を殺すのもやりやすくなる!
つまり料理は人間を殺すためにするものだということだッッ!!」
いつものである。
もう説明は不要だろう。
しかしなぜかドーラちゃんの反応は芳しくない。
反面、コボくんは目を輝かせている。
何この真逆の反応。
「とにかく料理をした方が美味い。ならばしない理由はない!
そういうことだ! わかったな!?」
「そうね、じゃあ料理は頼むわ」
「楽しみだ! ワンダの料理!」
「ふふふ、そうだろうそうだろう。楽しみに待っているんだな!」
僕はビシッとコボくん達を指差した。
収穫した作物を全員で村の一軒家に運ぶ。
台所がある家だ。
かまどがあるだけなんだけどね。
コボくんとドーラちゃんは居間のテーブルについている。
椅子に座って足をぶらぶらさせるコボくん、
自分の足の根をうまく避けて着席するドーラちゃん。
テーブルに大人しく座っている妖精ちゃん達。
僕は料理に勤しむ。
薪を入れて手際よく火を着ける。
大きめの鍋をそれぞれ乗せた。
調味料は塩くらいしかないな。
干し肉が幾つかあるんでそれを沸騰したお湯に入れて煮込む。
ジャガイモの皮を向いて適当に切っておく。
干されていた人参と大根が残っていたのを思い出した。
下ごしらえをして鍋の中へ。
最後にジャガイモと切ったトウモロコシを投入。
煮込む間、フライパンを熱する。
温めた後、薄目に切ったジャガイモを塩を振って入れる。
しばらく焼いて皿に添える。
ポテトフライだ。油はないけど。
ポトフ風の鍋の味見。
味が薄いが美味い。
野菜の旨味が出ている感じだ。
調味料がほぼないから、素材そのものの味しかないのに、それでも美味い。
ポトフ風の何かを深めの皿に入れるとテーブルに持っていった。
スプーンとフォークを隣に置く。
「おお! これが料理か!」
コボくんが感動したように叫んだ。
これが料理かって、もしかして料理自体初めて見るのかな。
いや魔物の大半はそうか。
そもそも料理ができる魔物がいること自体珍しいもんね。
「へぇ、良いニオイ。美味しそうね」
ドーラちゃんも期待している様子だ。
「じゃあ、いただこうか」
全員が席に着いた状態で食事を始めた。
妖精ちゃん達のために料理を小さく刻んで渡している。
ポトフは小皿に入れて渡した。
僕はスプーンを手にして、ポトフを口にした。
同じようにドーラちゃんとコボくんも僕の所作を見て、同じようにポトフのスープを飲む。
全身に衝撃が走った。
この旨味。
やはりすごい。
なんだこの美味さは。
身体が疲れているから?
労働の後の食事だから?
それともこの素材が美味いから?
いやどれかじゃない。すべてだ。
全部の要素があって、この美味しさに繋がっているんだ。
美味しい。本当に美味しいんだ。
「……美味しい」
ドーラちゃんは噛みしめるように言った。
全面的に同意する。
「美味い! これ美味いぞ! なんだこれ! すごいぞ料理! ワンダすごい!」
コボくんは素直に感想を口にする。
美味しい、美味しいと言いながら食事を続けていた。
妖精ちゃん達の反応もいい感じだ。
彼女達は喜びを表すように放つ光を増して、辺りを飛び回るとすぐに戻って食事を続けた。
これは僕の調理の腕がいいわけじゃない。
素材が良すぎるのだ。
ああ、なんだろう、すごい嬉しい。
こんなに嬉しいと思ったことは生まれて初めてかもしれない。
何かを作る。何かを得る。何かやりきる。その楽しさを初めて知った。
知識を得ただけではわからない。
やったからこそわかるこの感動と実感。
僕は一口一口を噛みしめるように味わった。
これが僕達が頑張った結果なんだと自分に言い聞かせるように。
そうしてしばらくしたらもう皿は全部空になっていた。
「美味かったぞぉ! 美味かった……ぐぅぐぅ」
食べてすぐに満足したのか寝てしまったコボくん。
僕とドーラちゃんは顔を見合わせて苦笑する。
「満足したのね。幸せそうに寝ちゃって。時間大丈夫なの?」
「明後日中が期限だ。今日明日はゆっくりしていい」
「そう。それならいいけど」
「……ドーラちゃん、改めて、今回は助かった。尽力に感謝するぞ」
僕は頭を下げた。
魔物としてはこういう態度はよろしくないだろう。
でもやはり感謝は必要だ。
ドーラちゃんの功績は大きい。
報酬を支払うのだから感謝は必要ないなんて思いはしない。
対価を支払っても感謝すべきだ。
それが対等ってものだからだ。
僕の行動にドーラちゃんは笑いながら言った。
「別にいいわよ。ほんと、変な魔物。普通はそんなに感謝したりしないわよ」
「ああ、そうだろうな。だが行動や結果に感謝すべきだと思っただけのことだ」
なぜか少し嬉しそうに小さく笑うとドーラちゃんは呟いた。
「あんたはそういう魔物なのね……そう、そうなのね」
僕にというよりは、自分に言い聞かせるように、そう何度も呟いた。
僕は満足感に浸る。
その多幸感と共に、目を閉じた。
そのまま何の憂いもなく、僕は睡魔に身を委ねた。