楽しいのが一番!
奪った村の名前はわからないけど、とりあえずはチカイ村とした。
魔界から近いからね。別に名前はどうでもいいし。
別の村に行くには別の転移場へ転移してから徒歩で二時間はかかる。
と言ってもそれなりに近い場所の転移場なので、チカイ村から徒歩移動で一ヶ月くらいだろう。
チカイ村から近い大きな街とは違う村だ。
なのでチカイ村の人達が恐らく移動しただろう村とは違うと思う。
今から行く村はベツノ村と名付けた。
ちなみに場所は知っている。
なんでかって?
僕はここら辺に来たことがあるからだ。
だからチカイ村のことも知っていたわけだ。
魔界と人間界との境界は高い山や森であって、そこを通ることは魔物にとっては別段難しくはない。
ただ魔物が生息しているため人間は危険だ。
余程大きな討伐部隊でも遠征していない限りは魔物側には危険は多くない。
ただ魔物の中には話しが通じない相手も少なくないので、そういう相手には気を付ける必要があるのだ。
さて僕達は道なき道を荷車を引いて歩いている。
舗装されていないのでかなり移動しにくいが、仕方がない。
この一帯に村は少ないし、道を切り開く労力を考えるとこんなものだろう。
僕達は荷車を一緒に引き続けた。
というかコボくんが頑張ってくれているので僕はかなり楽だ。
彼はかなり力持ちで体力もある。
やっぱり役立たずではない。
まあオクロン隊長の言っていることだし、話半分で聞いていた方がいいのかも。
「楽しいな」
コボくんが呟くように言った。
それがあまりに自然で僕は驚くと同時に、嬉しくなってしまう。
「オレも楽しいぞ」
「そうか! ワンダも楽しいんだな! よかったぞ!」
そんな笑顔と激しい尻尾振りを見せられたら、僕も笑顔になってしまうじゃないか。
「おいら何もできないから。できることがあると嬉しいんだ!」
「そんなことはない。コボくんは色々とやってくれているじゃないか」
素直な感想だ。
僕だけだったら畑を耕すのは無理だった。
それに彼がいるだけで心強いと思うこともある。
まだ付き合いは数日だけど、僕はコボくんを気に入っている。
純粋で真っ直ぐで、ちょっとおバカで怖いところもあるけど、でもいい子だと思う。
「うへへっ、何だか照れるな! 嬉しいぞ!」
真っ直ぐすぎて、ちょっと困ることもあるけど。
嬉しいなんて言われるとなんて言ったらいいかわからなくなっちゃうな。
僕は彼に自分の素を見せていない。
コボくんになら見せてもいいかもしれない。
僕は本当は魔物も人間も傷ついてほしくない。
だからこんなことをしているんだって。
そうだ。
言えば、きっとコボくんならわかってくれる。
きっとそうだ。
そう思い僕は口を開こうとした。
「おいら、人をぶっ殺すことくらいにしか能がないって言われてたからな!
力だけがあるから、それだけやっとけって言われたんだ!
だからぶっ殺す以外で役立てて嬉しいんだ!」
おっと。
おっとっと?
これはおっと!?
僕は喋る寸前で口をつぐんだ。
危ない。マジ危なかった。
ギリギリだった。人間を殺したり、傷つけるのやめよう、とか言うところだった。
やっぱりコボくんに本音を言うのは危険だ。
なんせコボくんはこん棒を振るうことを厭わないのだ。
思い返すんだ、僕。
落ち着くんだ、僕。
そもそもチカイ村で、コボくんは突っ走って村を襲おうとしたのだ。
しかも何の抵抗もなく。
あのまま僕が止めなければ普通に村人達をブッコロしてただろう。
そう、彼は魔物。
良い奴でも魔物。
その習性や考え方は簡単には変わらないのだ。
まだ早い。いやもしかしたら早いとかじゃなく、変わらないかもしれない。
うん、そういう部分をちゃんとわかっていないといけない。
本音を話したらどうなるか想像するんだ。
気を抜けばやられる。そう魔物はヤバいのだ。
僕は内心で再び気合いを入れた。
「や、やる気があるのはいいことだ。これからも頼むぞ、コボくん」
「おう! おいらに任せておけ!」
コボくんはドンッと胸を叩いた。
そのやる気、頼むから農業だけに向けて欲しい。
僕は笑顔を顔に張り付かせたまま荷車を引いた。
それから数時間。
やっと別の村へとやってきた。
近くの丘から見下ろす。
規模はチカイ村の約五倍。
家屋は五十近くあるやや中規模の村と言えるだろう。
「あれか!? 大きいな! 人間の村!」
「ああ。僻地の割には大きい村だな。この近辺では一番大きい村だと思うぞ」
「おお! そうか、大きいのか! 大きいのは好きだ!」
コボくんは大きいのが好きらしい。
そしてドラゴンが好きらしい。
これは……男の子だな。うん。
「悪いが、コボくんはここで待っていてくれ。
オレが村で種と腐葉土を調達してくる」
「わかった! おいら待ってるぞ!」
腐葉土というか肥料になるかな。
ただ人糞を用いた肥料はちょっと嫌だな……。
できれば腐葉土的な何かが欲しいけど、あるんだろうか。
僕は荷車を引いてコボくんと別れた。
ふと振り返るとコボくんはその場でお座りをしてじっと待っていた。
……なんか、忠犬みたいだ。
よくわかんないけど、妙に胸が苦しくなる情景だった。
とにかくさっさと行って、戻ってこよう。
僕は丘を下りて、森を通り、村に近くへ到着する。
変化の力を使って、自分を人間の姿に変えた。
「よし、こんなもんかな」
制限時間は三十分。
それまで目的の品を手に入れないと。
僕は村へと近づいた。
周辺は森柵で囲われていて、結構しっかり防衛対策をしている印象だった。
門もあり、門番もいる。
村人かな、それとも国から派遣された衛兵なんだろうか。
領主がいるなら私兵かもしれない。
とにかく装備は比較的整っており、鎧と剣を身に纏っていることから正式な門衛だということは間違いない。
通行証はいらないと思うけど、しっかりと応対しないとまずいな。
僕は自然に門へと近づいた。
門番は僕をじっと見つめると端的に質問をしてくる。
『用は?』
『農業のために必要な物を購入しに来まして』
僕は人語で素直に答える。
嘘を吐く必要性がないし、嘘を吐くとどこかで綻びが生まれるものだ。
だから基本的には真実を話して大事な部分だけ嘘を吐くべき、と聞いたことがある。
『ふむ、汚らしい身なりだな……まあいいだろう』
失礼な!
わざとちょっと汚い風に変化したのに!
まあ、おかげで農家だという説得力は増したかも。
ああ、農家の人をバカにしてるわけじゃない。
ただ土仕事が多い人はどうしても汚れたり、服が破れたりしがちだ。
その説得力を増すために、服をややボロボロにしたというだけ。
門衛に促されて門をくぐる。
思ったよりもすんなり入れて助かったな。
村の中は比較的人通りがあった。
僕と同じように外様が多いみたいで、露店や店に入っている姿が見えた。
この村は交易が盛んらしい。
多分周辺の小さな村々の交易場となっているんだろう。
だからか商人らしき人物が多い。
また身なりも整っている人が目に入る。
もしかしたら領主以外にも貴族もいるかもしれないな。
通りを進んで店を探す。
考えて見れば、農業のために使う道具を売っている店なんかあるのだろうか。
農家は農家同士で繋がりがあったり、農家は代々引き継いでいたりするものなんじゃないだろうか。
わざわざ新たに農業を始める人も多くはないだろうし、その人達のための店があるとは考えにくい。
あるとしたら何でも屋みたいな店かな。
あるいは農家に直接行って交渉するとか。
この村の近くに農家がいくつかあったはずだ。
とりあえずありそうな店を探してみて、なさそうなら農家に行くか。
結果。十五分後。
三店目で目的の物を発見。
こじんまりとした商店で売れる物は何でも取り扱う店のようだった。
おかげで武器や防具、旅の用品、服や寝袋、雑貨など、様々な物が置いてあった。
内部は狭く、人が五人いれば満杯になりそうだ。
というか物が多すぎる。
雑多に置かれた者に値札が張り付けられているだけ。
かなり適当な感じで、店主のおじいちゃんなんて精算台の奥で寝ている。
盗まれたりしないんだろうか。
とにかく種はあった。しかも肥料も。
肥料は腐葉土や人糞じゃなく草木灰だ。
ニオイはするが他の肥料に比べると圧倒的にマシだし量も比較的多い。
種もそれぞれ百近くある。
ジャガイモの種芋とトウモロコシの種らしい。
トウモロコシはこの一帯では結構珍しいかも。
小麦よりはそのまま食べられるし、いいね。
これは買いだな。
寝ている店主の下へ行き、声をかける。
『あの、すみません』
『ふぁ!? な、なんじゃぁ!?』
ビクンと跳ねるように起きて、店主はふがふがと喋った。
『お会計を』
『ああ? おお、お客さんかい。ありがたいねぇ。この店は客がほとんど来なくてねぇ。
いやあ、珍しい。あんた外の人かい?』
『え? ええ、まあそうですが』
『そうかいそうかい。できたら懇意にしてくれると嬉しいねぇ。
ああ、後は周りの人にあの店はよかったよと言ってくれると更に嬉しいねぇ。
できればもっと買ってくれると嬉しいねぇ』
『か、考えておきます。あのお会計を』
『ああ、はいはい、お会計ね。えーと、結構買うねぇ。農家の人かねぇ?
この種はねぇ、入ったばかりでかなりいい品種でねぇ、もう豊作間違いなしで』
ダメだ。これ話が長くなる感じだ。
変化が解けるまであまり時間がないし、早くしてほしい。
僕は店主の話を無視して金貨を出した。
『金貨二十枚ですね! これで!』
『ああ、ありがとねぇ。ちょっと待っておくれ、おつりを』
『いや、大丈夫なんで! 自分はこれで!』
逃げるようにその場を後にしようとしたら、誰かが店に入ってきた。
『相変わらず客がいねぇな、親父……あ? お、いるじゃないか一人』
あれ? 門番の人だ。
仕事は終わったのかな。
親父ってことはこの店主の息子さんだったのか。
いや、そんなことはどうでもよくて。
『なんだ、あんたさっきの奴か。
種と肥料が欲しかったのか。だったら紹介すりゃよかったな』
『え、ええ。まあ。と、とにかく自分はこれで!
ありがとうございました。それじゃ』
『お、ちょっと待ってくれ。村を出るんなら言っておきたいことがある』
ああ、もう!
この親子、話が好きなの!?
すでに二十分経過。
村を出てある程度の距離をとることを考えると、十分前には出たい。
時間がないんだってば!
『な、なんでしょう? 急いでいるんですが』
『なに、時間はとらせねぇさ。ただ最近な、魔物が活発化してるらしくてな、この辺りに頻繁に現れているって情報がある。
情報が正しいかは不明だが、一応帰りは気をつけな』
確かに、それは事実だ。
というか僕は魔物はなんだけど。
彼の心遣いはありがたい。
この人は優しい人なんだろう。
ただ、今は放っておいてほしい!
『あ、ありがとうございます! 気をつけますね! じゃあ』
『それとな』
まだあるの!?
『なんでしょう!?』
『いや、魔物関連でな。この村でも殺された人がいる。
その殺されたのは農家の人でな、優しく温和な夫婦だったんだが。
娘さんを一人残して殺されてな……』
『そう、ですか……』
耳が痛い。
僕がやったわけじゃないけど、魔物が人を殺すということを痛いほど知っているから。
一応は同族だから。
無関心ではいられない。
『とにかく村にいても安心はできん。
帰ってからも気をつけな。そこかしこの村が襲われているとも聞くからな。
俺からは以上だ。引き止めて悪かったな』
『い、いえ。ご忠告、ありがとうございます。気を付けますね。それでは』
僕は種と草木灰の入った袋を抱えて店を出た。
それを荷車に乗せて村を出る。
魔物は人を殺す。
それを知ってはいたけど、実際に目にしたことはまだない。
だから実感は薄かったのかも。
でも人から直接聞くとやはり違うものだ。
心が痛い。
人も魔物も傷つかず、仲良く生きられればいいのに。
それは無理なんだろうか。
無理だと思っているから、僕はこんな風に小手先のことをして逃げ回っている。
ただ与えられた任務を、自分の思い通りにこなそうとしているだけ。
これは逃避なんだろうか。
……でも僕にはこれしかないから。
だから今は、迷わずに突き進むしかない。
ふとコボくんの顔が浮かんだ。
楽しい、嬉しいとそう言ってくれた言葉を思い出す。
彼のその思いは嘘ではないと思う。
それだけは真実なんだ。
だったら、少しは僕の行動も間違ってはいないのかもしれない。
コボくんと同じようにいつか。
……少しでも人と魔物がわかり合える時が来ればいいな。