そんな魔物がいるのかい?
「――こんだけだなぁ」
見つかったのは魚の干物としなびた野菜と干した肉が少量。
数食分が限界の量だ。
少ない。圧倒的に少ない。
装備類もほぼない。
農具がほとんどで、鎧のような防具はなく、短剣が少しあるだけ。
やっぱりなぁ、こうなるよなぁ。
「これどれくらいだ? 百食分はあるか!? これで任務達成か!?」
「いや一、二食分ってところだろう。装備もないようだな……」
僕が言うと、コボくんはわかりやすいくらいに、しゅんとしてしまった。
「そうか……ダメか」
これはまいったね。
というか予想通り。
そもそも僕とコボくんだけで三百食分を用意するなんて無理。
それなりに大きな村の食料を奪っても、三百食は多すぎる。
どうするか。
他の村を襲う?
いやいや、さすがに戦力的にも心情的にも無理。
今も心が痛くてしょうがないし、逃げた村の人達に謝罪して、戻ってきてもらいたいくらいだ。
でもそんなことをしたら僕達は多分処刑。
僕は死にたくないし、コボくんを巻き込みたくもない。
だからってどうすればいいんだろう。
逃げたい。でも逃げられない。
ううっ、死にたくないよぉ。
僕は畑を見た。
調べてみると、やはり土が悪いのか、作物の育ちは悪い。
育てているのはジャガイモと小麦のようだ。
土地面積はどれくらいかな。
結構遠くまで畑みたいだけど。
ここは森と平原の境くらいの場所で、比較的開けた場所ではある。
作物は枯れていて放置されている。
多分、人手が足りなかったんだろう。
それに土自体があまり栄養がないようで、触るとサラサラしている。
湿り気がなく、豊饒な土地とは言えない。
これでは作物も育たないだろう。
森の中に作ったせいで周囲に栄養が持っていかれたのか、それとも単純に土が悪いだけなのか、それとも両方か。
どっちにしてもこの地は、田畑を作るには向いていないらしい。
きっと食料にも困っていただろうに、それに加えて僕達が村を追いだしてしまった。
僕はなんてことを……。
「ワンダ。どうする? 他の村に行くか? ここには何もないみたいだぞ?」
「……他の村に行っても、よほど大きな村じゃないと同じだろう。
それに大きな村は戦える人間がいるから、オレ達だけだと戦力が足らん」
「そうか! 戦うならおいらが戦うぞ!?」
コボくんは両腕を曲げて、力こぶを作って見せた。
「ああ、感謝する。だがもしそうなったら……共に戦うとしよう」
戦いたくはないけど、他に方法はないのかも。
できるだけ穏便に、できるだけ戦わずどうにか食料を貰って、村を幾つか回るしかないのかもしれない。
と、考えていた時、コボくんが顔を上げた。
「くんくん! またあのニオイだぞ!」
「ニオイ? あ、おい!?」
僕が聞く前にコボくんが森の方へ走っていった。
咄嗟に追っていく。
「ぎゃああああ!? や、やめてよぉっ!」
声が聞こえた。コボくんの声じゃない。別の誰かの声。
誰だろう?
走り寄るとその正体がわかった。
コボくんがその子に抱き着いてニオイを嗅いでいる。
「くんくん! なんだかいいニオイ! いいニオイがするぞ!」
緑の髪に、人間っぽい見た目。
でも下半身は木の根っこみたいだ。
ドライアド。森や山に生きる、自然系の魔物だったはずだ。
言っておくけど、服は着てるよ?
僕やコボくんと同じだね。
「ぎゃあああ! やめてぇ! におうなぁ!」
ただ成体ではなく幼体みたい。
身体は小さく、少女のようだった。
コボくんが興奮した様子でドライアドの女の子を嗅いでいたので、僕は慌てて引きはがそうとした。
「はふはふっ! いいニオイ!」
「コ、コボくん、落ち着けっ!」
「はーなーせーっ!! いやああああああああ!」
はふはふするコボくん。
はふはふされるドライアドの子。
はふはふをどうにかしようとする僕。
そんな三者三様の状況がしばらく続いた。
やがてコボくんは少し落ち着いた様子で離れた。
しかしまだ「はっはっ!」と呼吸をしている。
変態みたいだよ、コボくん!
しかしなんて力だ。コボくんはもしかしてかなりの力持ちなのか?
僕は疲労からその場に座り込む。
同時にドライアドの子もその場に座り込む。
コボくんはその場にお座りした。
「や、やっと離れた……ううっ、な、何なのよ!」
「コボくん、どうしたんだ? いきなり」
「いいニオイがしたんだ! そいつから!」
「いいニオイだと……?」
僕は訝しげにドライアドの子を見た。
彼女は頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向いた。
「……鼻がいい動物とかは、ドライアドから食べ物のニオイがするらしいわ。
それかもね。まったく失礼な話よね!」
腕を組んで厳めしい顔つきの少女。
コボくんは悪いと思っていないのか、きょとんとしたままだ。
「コボくん。謝罪をすべきだろう」
「お? おお! 悪かったな! いいニオイだからついな!」
あまりに笑顔で言うものだから、ドライアドの少女の顔が引きつった。
「こ、こいつ謝ってるのかしら?」
「……コボくんなりに」
「……はあ、もういいわよ。うう、ヨダレが……」
ドライアドの少女は土や葉で身体についたヨダレを拭った。
「ぼ……オレはケット・シーのワンダ。こっちはコボルトのコボくんだ」
「あたしはドーラ。ドライアドのドーラよ」
「よろしく頼む。もしかして、この付近に住んでいるのか?」
魔物は魔界以外にも住んでいる。
人間界に住んでいる魔物もいるので、別段珍しくはない。
ちなみに魔界に住んでいない魔物でも、魔王軍に徴兵されることもある。
ただはぐれの魔物なら、把握されていない魔物も多いと思う。
人間界に住まうそれなりに大きな集団の魔物は、魔王軍が全部把握しているはずだ。
「まあね。あんた達、魔界から来たでしょ?
それがちょっと気になって見てたんだけど」
そうしたらこうなったとばかりにコボくんを指差すドーラちゃん。
コボくんはもう飽きたのか、足で首の後ろを掻いていた。
「で、何してんのよ? 村を襲って何か欲しかったの?」
どう返そうかと迷ったけど、僕は事情を話すことにした。
ドライアドの性質を考えると、もしかしたら、と思ったからだ。
「――なるほど。それで村を襲ったわけか」
「しかし、結果はご覧のありさまだ」
調達した食料と田畑の様子を見せた。
「ふーん、食料はないし田畑も痩せてるわね。
これはあれね、農耕の知識がない人間が同じ土地をずっと使い続けたせいね。
土地が枯れちゃってるわ。まあどっちにしても森が多いこの地に田畑を作ったから、
移動しようがないし、畑を休ませるわけにもいかないでしょうけど」
「なぜそんな風に?」
「人同士の戦争と魔物の生息地が広がったせいで追いやられたんじゃない?
大きな街に行ける人間はいいけど、そういう人間ばかりじゃないでしょ」
戦争。魔物と敵対しながら人は人同士で争っている。
なんでそんなことをするんだろう。
あ、でも魔物同士でもいがみ合ったり戦ったりしているから同じようなものかな。
今は魔王様がいるから比較的統率がとれているけど、昔は違ったみたいだし。
村人には若い人がいなかったし、ドーラちゃんの言う通りなのかも。
「そこでオレ達に襲われたというわけか」
あー、余計に罪悪感が……。
「……あれ? あんた、もしかして罪悪感を感じてない?」
僕はビクッとした。
なんということか、初対面だというのにドーラちゃんは僕の心情を読み取ったのだろうか。
というか人間界の魔物ということで少し油断していた。
まずい、これはまずいぞ。
魔王軍の魔物じゃないからといって油断はできない。
魔物は全部ヤバいかもしれない。
表面上は普通でも、中身はとんでもなかったりするのだ。コボくんもそうだし。
とにかくこの場を取り繕わなければ!
「オレが? まさか。人間相手に罪悪感など抱くはすもない!
オレはなぁ! 人間を殺したくてしょうがないんだよっ!
ああ、殺したい! 殺したくてたまらないッッ!
しかし、オレ達の任務は物資を手に入れることだからな!
無闇に人間を殺して、時間を費やすことは避けないといけないから仕方がないな!
にゃーーーっふっふっ!」
いつも通り爪を出して目をひん剥いてヤバい魔物を演出した。
しかしドーラちゃんの反応は芳しくない。
というか普通。反応が薄い。
ドーラちゃんは大して興味なさそうに肩をすくめた。
「ふーん、そりゃそうよね。魔物だもんね。
特に魔王軍の魔物なら人間を襲うのは当たり前か。
魔物は奪うのが習性みたいなもんだしねぇ。
魔物が何か作ることなんてまずないし、人間が作った物を奪うのが効率的だもん。
あたしみたいな自然系の魔物は、自然にあるものだけで全部賄えるから、人間の物は必要ないけどね」
「ふっ、そういうことだ! オレが人間に同情するなんてありえない!」
いや、今まさに、同情の真っ最中です。
あの村の人達はきっと日々の生活にも困っていたはずだ。
それなのに僕が更に首を絞めるような真似をした。
それは決して消えることがない事実だ。
うすうす感じてはいた。
魔物は奪う存在。奪うだけの存在なのだと。
魔物は何も作らない。奪うだけ。動物や植物、人間から。
物や命を奪う存在、それが魔物だ。
僕も魔物。それは逃れられようのない事実だ。
でも……そんな魔物だったとしても、僕は奪うだけの存在になりたくない。
だってそんなの悲しいじゃないか。
僕は今、岐路に立たされている。
考えなければ。
僕にできること。
僕がすべきこと。
そいて僕がしたいこと。
現状を鑑みて、僕は必死で考えを巡らせた。
不意にドーラちゃんと目があう。
すると「なによ」とばかりに少しばかり不快そうな感情を向けてきた。
ドライアドのドーラちゃん。
ドライアドって確か……。
そうか!
「……ドライアドは、自然に干渉できるんだったか?」
「え? ええ、まあできるわよ。例えば木を成長させたり、元気にさせたり」
「土を元気にしたりは?」
「できなくはないわね……多分だけど。
言っておくけど、一つの植物を成長させるのも大変だから、量が多いと無理よ」
「肥沃な土地を作って、複数の植物の成長を少し早くすることも不可能なのか?
例えば一ヶ月で作物を収穫することは可能か?」
「……わ、わかんないけど、できるかもね。あんた何するつもり?
ま、まさか作物を育てるとか? 魔物が? 人間みたいに?」
「ダメか? その方が効率がいい。奪うにも人間の食料は有限だ。
それに近場に村があるわけでもない。危険も多いからな。
……よかったら、手伝ってくれないか?
もちろん、オレから報酬は払う」
彼女は魔王軍ではない。
一般の魔物だ。
手伝いに対価は必要だし、むしろこの案は彼女がいなければ成立しない。
長い期間で考えれば僕だけでも可能だろうけど。
期限は一ヶ月だからね……。
思い付きで考えた内容だったけど悪くないんじゃないだろうか。
もしも成功したら食料調達に関してはほぼ解決することになる。
つまり僕とコボくんの首は守られるわけだ。
うん、いいかも。
どうせ他に打開策があるわけでもないし、やってみる価値はある!
まあ、ドーラちゃんが了承してくれる前提だけど。
僕は探るようにドーラちゃんを見た。
目を見開いてドーラちゃんはあんぐりと口を開いている。
これはどっちだ。
どっちの反応なんだ!?
数秒後、ドーラちゃんは呆れたように笑った。
すると。
「面白そうね! いいじゃない、魔物が農業をするなんて聞いたことがない!
それにあたしも興味があるし、手伝ってあげるわ!」
「ほ、本当か!? いいのか!?」
「ええ。いいわよ。暇だしね!」
もしかして暇だから好奇心から僕達を追ってきたのだろうか。
そうだとしたらこれは僕にとって幸運だったと言えるかもしれない。
僅かな光明が見えた気がした――けど不意に思い出した。
コボくんのことを。
ヤバい。ヤバいのだ。この子はドーラちゃんと違ってヤバい方の魔物なのだ。
一瞥すると。
「ん? 作物を育てるってなんだ?」
コボくんのきょとん。
これで何度目の肩すかしだろうか。
彼は本当に魔物なのか。
あまりに純粋であまりにおバカである。
そんなコボくんを僕は気に入ってきていた。
僕は苦笑しながら説明する。
「つまりだな――」
魔物は奪うだけの存在だと魔物も人間も思っている。
でもそれは絶対じゃないかもしれない。
僕は人間を襲いたくない、傷つけたくないし、殺したくない。
魔物に対してもそうだ。誰かを傷つけたいと思ったこともない。
その両方を叶えるためにはこれ以外に手段が浮かばなかった。
食料三百体分を得るという任務のために、一ヶ月の内に作物を育てるなんて無茶にも程がある。
でもドーラちゃんがいればもしかしたら。
これは降ってわいた幸運。
根拠なく閃いた案。
それでも僕は少しだけ期待していた。
もしかしたら何かが変わるかもしれない。
そう思ったんだ。