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そろそろ死ぬかもね!

 三台の荷車を引く僕とコボくんとジットンくん。

 荷車にはもちろん六百食の作物が乗っている。

 後ろにはドーラちゃんがついて来ている。

 力仕事は僕達の仕事って感じかな。

 不満はないよ。適材適所だし、ほら、今回は大して役に立ってないしさ……。

 現在地は魔王城近辺詰め所前。

 周囲にいる魔王軍の魔物達が、僕達に注目していた。


「あれ……食料か?」

「少人数の割にすげぇ量だな。

 いやただ運搬している魔物の数が少ないだけなのか?

 大隊で手に入れた食料じゃねぇのか?」

「チガウ、オレ知ってる。あいつら、班。

 ゼンカイ、二体で三百食、用意シタ」

「何だと……? そういえば短期間で食料を大量に用意した魔物いるって噂が……」


 ううっ、なんか僕達のこと噂されている気がする。

 注目されると居心地が悪い。

 早くこの場から去りたい気分だ。

 さっさと納品してしまおう。


「行くぞ、みんな」

「おう!」

「はっ! ワンダ班長!」

「さっさと終わらせましょ」


 全員がそれぞれの返答をしてくれた。

 よし、行くか。

 僕達は荷車を引いて詰め所に入った。

 さて、受付へ……。


「待っていたぞぉ?」


 オクロン隊長がお出迎えである。

 またあぁ!?

 なんで待ってるのさ!?

 本来は調達部隊の受付で納品手続きをして、後に隊長やら上官から報告に関しての評価を貰う感じなのに。

 なんでいつもいつも僕達の時だけオクロン隊長が直接受け取るのさ!

 ちなみに隊長はその名の通り、第十五部隊の隊長であり、僕達にとってはかなりの上官なのだ。

 それが毎回、受付をするというは結構すごいことだと思う。

 いや、暇なのかもしれないけどさ。

 とにかくね、こうなるとさ、逃げられないの!

 すぐに評価されて処刑、なんてこともあるの!

 前回そういう魔物もいたし……。


「こ、これはオクロン隊長殿。ご機嫌麗しく」

「今日はぁ、機嫌が……悪いぞぉ!」


 今日もでしょうが!

 もう慣れてきたよ!

 オクロン隊長は鼻息を荒げながらギロッと僕を睨んだ。


「食料の調達も装備の調達もまったく進まんのだぁ!

 いくら、襲える村が少なくなっているとはいえ、まったく使えぬ部下しかおらんぞぉ!」


 そりゃそうでしょ。

 僕達魔物は人の村や行商人を襲って物資を奪って賄っている。

 当然、人は殺されたり、逃げたりするからその内にいなくなってしまう。

 それに襲えば襲うほど、人の住まう村は少なくなっていく。

 そして転移場を作るのも簡単じゃないため、無事な村までの移動時間が長くなっていく。

 村を襲い続けることで、最終的に残るのは大国や大都市の近くにある村になっていく。

 さすがにそんな場所を安易に襲えるはずもない。

 必然的に調達することが難しくなるわけだ。

 この問題があるからこそ、現在の魔王軍における調達部隊の仕事は、遅々として進まないという側面もある。

 だから僕達のように食料を大量に納品することが、評価されるわけだけど。

 ……はあ、知りたくない事情だよね。

 魔物が人を殺して、人を襲っているから僕達は生活できているってことだし。

 とにかく、今はさっさと納品を終わらせよう。


「オクロン隊長殿。本日は納品をしに参りました」

「ぶふぉふぉ! ワンダ班長よ、貴様なら、当然任務を達成できたのだろうなぁ?

 一ヶ月で六百食分! きっちり用意しなければぁ、処刑だぁぁーーッ!」


 この隊長、絶対自分の機嫌で部下を処刑するかどうか決めてるでしょ!

 簡単に殺しちゃダメでしょ!?

 僕は頬を引くつかせながらも必死に演技をする。


「当然でございます! このワンダ、任を全うすべく尽力いたしました!」

「当然、人の村は?」


 僕は小声でオクロン隊長の近くで呟く。

 にやりと笑いできる部下を演出する。


「にゃふっふっふ! 言わずもがな……でございます」


 もちろん襲ってなんかいないんだからね!

 ちなみに後ろのみんなには聞こえないように言った。

 ふっ、僕の演技も自然になってきたものだ。

 嬉しくない!


「ぶっふぉっふぉ! 貴様もやるものよぉ……。

 だが問題は調達した食料よぉ! 見せてもらおうか、ワンダ班長。

 貴様の功績をなぁっ!」


 僕は、ふっと小さく笑い余裕を見せる。

 そして振り返りコボくん達に頷く。

 すると荷車を覆っていた布をコボくん達がはがしてくれた。

 現れたのは新鮮な作物たち。

 健康に実った野菜であることは明白。

 みっちりと詰まった実。

 かぐわしい香りと僅かに輝くその姿。

 正に、理想の食物である!

 僕は自信満々に笑みを浮かべ、オクロン隊長を見ようとしたが、先ほどまでいた場所にはいなかった。

 どこにいったのかと狼狽する僕。

 オクロン隊長は一瞬の内に荷車の横に移動し、そして作物を迷いなくかじっていた。


「こ、ここここ、これはあああああああっ!

 うまい! うまいぞおおおぉっ!」


 どこかで見たような姿だった。

 前回も同じだったよね、あなた。

 まあ多分そうなると思ったよ。

 だって本当に美味しいもんね。

 それに作り方は以前と同じだしさ、不味いはずがないんだ。

 だから緊張はしたけど、大丈夫だろうという算段はあった。

 僕達はそれぞれの顔見て安堵から相好を崩した。

 うん、今回も大丈夫みたいだ。


「量も十分……いや、十分以上の量だぁ!

 これは……ワンダ、まさかここまでの量を持ち帰るとはぁ!

 我輩も想像していなかった……いや、我輩はわかっておったぞぉ!

 最初にあった時、貴様には何か、そのぉ、雰囲気があったぁ!

 こいつならやるだろうと我輩は思っていたのだぁ!

 とにかく見事だぞぉ!」


 ふんふんと鼻息を鳴らし、オクロン隊長は僕達を褒める。

 まあ間違いなく嘘だけどね。

 僕のこと役立たずだって思ってたでしょ。

 いや、その通りだから否定もできないけどさ。

 でも……えへへ、褒められると嬉しいね!

 まっ、僕はあんまり役に立ってないけどね!


「一ヶ月で六百食分!? 

 バカな! 信じられん! 小隊が調達する量だぞ!」

「いや、昨今では村が少なく調達できる機会も少ない。

 小隊でも優秀な部隊しか不可能な量だ……一体、どうやって?」

「ぐうぅっ、あの小物どもが! 生意気だぁ!」


 ああ、お願いだ。

 僕達のことは気にせずにいてほしい。

 そんな願いは虚しく、僕達は衆目を集めていた。

 そうか、これだ。

 もやもやの原因はこれだ。

 僕は任務を達成して処刑されたくないと思って必死になっただけだ。

 でも結果、なぜか周囲から注目されてしまっている。

 過剰な評価をされて、そして……そう!

 その後が問題なのだ!


「よくやったぞぉ、調達部隊第十五隊三十二班班長ワンダ!

 この度の任務、見事達成したなぁ!」

「やったぞ! 今回も任務達成だ!」

「やりましたね、ワンダ班長!」

「まっ、あたしのおかげね」


 班員のみんなも嬉しそうだった。

 コボくんは素直に、ジットンくんは誇りを持って、ドーラちゃんは素っ気なくもどこか楽しげだった。

 二度目の任務は何とか達成できたのだ。

 しかし何もかもが解決したわけじゃない。

 むしろ多分だけど、僕の予想が正しければ……悪化する!

 僕は窺うようにオクロン隊長を見た。


「そ、それでは我々は休日を頂けるのですか?」

「うむ! とりあえずは休日をやろう!

 次回の出勤日を楽しみにしているといい!

 これだけの功績だ、間違いなく昇進するだろうなぁ!」


 ぐぬぬ!

 やっぱり!

 嫌な予感は的中してしまった!


「い、いえ私は昇進など」

「すごいです! さすがワンダ班長!

 二度の任務を達成しただけで二度も昇進するなんて!

 やはりワンダ班長はずば抜けた才能をお持ちの方!」


 こらこらジットンくん。

 まあ落ち着きなさい。

 そして僕を見るんだ。

 この猫の魔物、この小物のどこにそんな才能があると思うんだい?

 僕はね、ただ平穏に暮らしたかっただけなんだよ?

 死にたくないだけ。

 誰も傷つけたくないだけ。

 だからね、作物を育てたんだ。


 それがね、どうして、こんなことになったんだろうね!?

 僕もわからんないんだけどね!?

 泣きたい! 泣いて逃げて、どこか誰もいない場所へ行きたい!

 ああ、ルルちゃんとの生活はとても幸せだった。 

 あの日々にはもう戻れないのね……。

 僕は泣いた。内心で泣いた。


「そうだぞ! ワンダはすごいんだ! おいらには考え付かないことを考えるんだぞ!」


 おっと、そろそろ不穏な空気が。

 ジットンくんも、コボくんも何か言ってはいけないことを言ってしまいそうな。

 そんな気がする。

 作物を育てた、とか。

 人を殺してない、とか。

 そんな風に言われたら追及されてしまう。


 そして処刑。

 僕は死ぬ。

 そうなってしまうよね?

 ということで早いところ引き上げた方がよさそうだ。


「で、ではオクロン隊長殿。我々はこれで」

「うむ。十分休むのだぞぉ! 次の任務のためになぁ!」


 満面の笑みが返ってきた。

 まあ正直さ、オクロン隊長は無茶苦茶だし、機嫌で処刑するし、命令も馬鹿じゃないの? って思う内容だけど、休息はくれるんだよね。

 完全なヤバさじゃなくて、結構ヤバいくらいに留まっているというか。

 いや、処刑してる時点でもうダメか。ダメだね。

 とにかく少しでもいい。

 心と身体を休めたいんだ。

 次の任務のことは、今は忘れよう。


「なあ! 次の任務のために、なあぁっ! そうだなぁっ!?」


 オクロン隊長はしつこく同じセリフを繰り返す。

 一体なんだというのだ。

 何なの? なんでそんな期待するような目を僕に向けるの?

 コボくんもジットンくんも、なぜ僕を見つめるの!?

 キラキラと瞳を輝かせて!

 何を期待しているの!?

 周りからの視線が痛い。

 めっちゃ見てる!


 中級以上の魔物達もいるし、僕なんて彼等にかかったら一発で殺されちゃう!

 目立たずにひっそりと生きたかったのに、どうしてこうなったのさ!

 しかし仲間達と隊長の視線が僕を動かしてしまう。

 ああ、もう!

 どうにでもなれ!


「このワンダにかかればどのような任務も容易!

 次の任務も、私が……我々が! 期待以上の結果を出して見せましょう!

 どの部隊にも負けないほどの結果をっ!

 にゃふふっ! にゃーーーーふっふふふっふ!」


 あー、やっちゃったぁ。

 またやっちゃったよぉ。

 視線がさらに激しく突き刺さってくる。

 怖い。怖すぎる。もう殺されてもおかしくない。

 というかまだ生きているのが不思議なくらいだ。


 そうだ!

 法律があるのだ!

 魔王軍の戒律万歳!

 魔物同士で殺し合うの禁止という法律万歳!

 ありがとう魔王様!

 その法律がなかったら僕は殺されていました!

 僕は引きつった笑みを見せつつ、仲間達に向けて恰好をつける。


「おお! 格好いいぞ、ワンダ!」

「ワンダ班長、素敵ですね!」


 黄色い声援は雄からのみである。

 まあ? 別に? モテたくないし? 注目されたくもないけど?

 なんでかな。異性からの熱っぽい視線なんて一つもないのにさ、同性からの恐ろしい視線は沢山向けられてるのは。

 あはは、あははははは!!

 ……僕、そろそろ死ぬかもね。

 そんな思いを抱きつつも、僕は「にゃふっふ!」と虚しく高笑いを発し続けたのだった。


   ○●○●○●


 詰め所内部でワンダが口上を述べている中、面白くなさそうに見ている一団がいた。


「……ちっ、小物が。調子に乗りやがって。

 あんな下級の魔物がなぜあれだけの食料を用意できた?」


 二足で人型。身体は毛に覆われた狼然としたその姿。

 口腔から覗く鋭利な牙と手から伸びる爪が、獰猛さを強調している。

 ワーウルフ。

 魔物の中で中級に位置する、戦闘種族。

 多くは集団で獲物を襲う、凶暴な魔物である。


「同意です。あんなクソ雑魚にのさばられちゃ、我らワーウルフの名が廃るってもの。

 ウルフナク小隊長……やりますかい?」


 殺意に塗れた部下達を見て、ウルフナクは満足そうに喉を鳴らす。


「くくくっ、まあ待て。すぐに殺したらつまんねぇだろうが」

「では?」

「様子を見る……どうせ、クソみたいな方法で食料を奪ってんだろ。

 それを確認してからでも、殺すのは遅くはねぇ。

 なあにバレなけりゃ魔物同士でも殺して問題はねぇ」


 そんなことをしている魔物はごまんといる。

 そもそも魔王軍の戒律なんて真面目か馬鹿な魔物以外は気にしてはいない。

 魔物同士で殺しあわないなんて不可能だ。

 我が強く、他者を慮らない魔物達がぶつかるのは必然と言える。


「へへ、確かにそうですねぇ」


 部下の同意を得て、ウルフナクは片方の口角を上げて応える。

 ウルフナクはワンダを睥睨した。

 あんな力を持たない下級の雑魚が、なぜ持てはやされているのか。

 周囲の部下らしき魔物達がワンダを称賛していた。

 オクロン隊長も同じように誉めたてている。


 納得がいかない。

 気に入らない。

 あの不快な顔をズタズタに引き裂いて、命乞いをさせてやりたくなる。

 逃がしはしない。

 狼は獲物を諦めない。

 地の果てまで追って仕留める。

 貴様がどれほど卑劣な手を使っているのか、必ず露呈させる。

 ウルフナクは隠しもせずに殺意をワンダに向けた。

 

 

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