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言うまでも、ありますまい!

 翌日。

 ドーラちゃんと土の妖精ちゃん達と僕達は別れを告げることになった。

 ドーラちゃんは用事があるから家に帰るんだって。


「ドーラちゃん、本当に助かった」

「ありがとうな、ドーラ!」

「いいのよ、楽しかったし、うん、良い時間だった」

「ああ、良い時間だったな」

「おう! 楽しかったぞ!」


 全員が同じ気持ちだったはず。

 きっと楽しくて意味のある時間だった。


「じゃあ、あたしは帰るわ。長い間、居すぎたし」

「また会えるか?」


 僕が言うと、ドーラちゃんは少し考えて、


「まっ、お金は返してもらわないいけないし。

 きっとまた会うことになるわよ」


 と、小さく笑った。

 ドーラちゃんは去っていった。

 少し、いやかなり心が締め付けられた。

 別れってこんなに辛いもんなんだな。

 一ヶ月一緒に過ごした誰かともう会えないかもしれにない、そう考えるだけで、何だか目が熱くなってしまう。


「……悲しいな。ドーラいないと寂しいぞ」


 コボくんがしゅんとしてしまう。

 尻尾が元気なく地面に横たわっている。


「また会える。大丈夫だ」


 僕は言った。自分とコボくんを励ますように。

 というか借金あるし、多分、取り立てに来るんじゃないかなって思う。

 それがちょっと楽しみでもある。

 しばらく呆然としていた僕達。

 でもこのままじゃいけない。

 まだやることもあるしね。


「コボくん、実はまだ仕事がある。この村の掃除をするというな!」

「掃除? なんだそれ?」


 掃除という言葉を聞いたことがない、だと?

 なんてこったい!

 僕は掃除の説明をした。


「使った場所は綺麗に! これは基本だ、コボくん!」

「そうなのか! じゃあ、掃除しないとな!」


 コボくんに嘘を言うようでちょっと心苦しい。

 でもさ、使わせて貰った立場じゃない?

 だったら掃除するのが当たり前だと思うんだ。

 魔物としてはどうかと思うけどさ。

 ほら、その方が気持ちいいし。

 すっきりするからさ。

 僕とコボくんは一日かけて村を掃除した。

 地味だし、やることは掃除だけなので割愛する。


 そして翌日。

 僕達は作物を乗せた荷車を引いて村を出た。

 さようならチカイ村。

 一ヶ月過ごした村を離れると少し寂しかった。

 でもずっとはいられないし、人間の村だ。

 僕達がいていい場所じゃない。


「さあ、帰るぞ」

「おう! 帰るぞ、魔界に!」


 僕とコボくんは作物を乗せた荷車を引き、転移場まで行くと魔界に転移した。

 相変わらずどんよりとした空気と曇った空の場所だ。

 枯れた土地と木々、自然は微塵もなく、荒地と丘、岩石と砂と土、それしかない空間。

 人間界に比べると何だか心が鬱々としてしまうような空気感だった。


「うーん? なんか、身体が重い感じがするぞ?」

「空気が悪いからじゃないか?」

「おお! そうかもしれないな! なんかまずいな、空気が!」


 魔物は基本的に魔界に住んでいる。そして魔界の多くはこのような枯れ地なのだ。

 空気は淀んているし、雰囲気も暗い。

 そんな中でずっと暮らしていたらそれが当たり前になるものだ。

 けれど人間界にしばらく居たコボくんは、自分でも気づかない内に、人間界に染まったのだと思う。

 あっちの空気はおいしい、緑は多い。

 あっちの方がはっきり言って気分がいい。

 もちろん魔物の種族にもよるけどね。


 僕達は動物系の魔物だから、自然が多い場所の方が落ち着く特性があるんだ。 

 コボくんは知らないみたいだけどね。

 まあ、僕は迷いの森と言われる、魔界と人間界の境界にある森林に住んでいたので、自然が多い、人間界の方が身体には合っている。

 僕達がいるのは人間界にある転移場とまったく同じ構造の転移場だ。

 魔法陣から出るとすぐに荒野が広がっている。


 見張りも何もいない。

 だってここは魔界だから。

 人間を含む敵がいるわけがない、と魔物は考えているわけだ。

 杜撰だけど、その驕りは間違いでもないと思う。

 魔界に来れる人間なんて、まずいないからね。極一部を除いては。

 ちなみに転移場は魔物しか使えない。

 人間は使おうとすると身体が耐え切れず、消滅しちゃうんだ。

 物は大丈夫だよ。だから荷車も転移させられたってわけだ。


「とにかく詰め所に戻ろうか」

「おう! 報告だな! きっとみんな驚くぞ!」


 そりゃ驚くだろう。

 一ヶ月で三百食分を用意したのだ。

 たった二体でこれだけの物資調達を達成するのは困難を極める。

 実際には三体だけどね。

 別に驚いてほしいわけでも、対価が欲しいわけでもない。

 僕はただ任務をこなして、処刑されたくないだけだ。

 まあ、さすがにこの量を持って帰れば問題ないはず。

 今回の処刑は免れるだろう。

 報酬とか見返りとかいらないから、次は普通の簡単で安全な任務がいいな。

 僕達は荷車を引く。

 枯れた土地を黙々と進む。


 ただの移動時間なので、その間にこの大陸の立地を簡単に説明しよう。

 まず以前も言ったが大陸の北には魔界がある。

 西にはウエストランド、南にはサウスランド、東にはイーストランドという大国があり、その隙間に小国がある感じだ。

 名前が安直?

 それはそうだ。国の成り立ちの歴史において、この大陸は四人の開拓者が見つけたと言われており、四方の地を四人で治めることになった。

 その際に国名を決めることになり、簡単でわかりやすい名前にすることなった。

 結果、方角と国、という意味を含んだ国名をつけることになったんだってさ。


 え? 北はなんで魔界なのかって?

 そりゃ昔に魔王様がノースランドを侵略して魔界にしたからね。

 まあ、その歴史は今は置いておこう。長くなるもんね。

 とにかく人間界はその三国がある感じ。情勢とかは、まあ、僕も詳しくないし気にしないでおこう。

 さてじゃあ魔界の立地を説明しようかな。

 って言っても簡単。


 魔界の中央には魔王城があって、その東西南北に転移場がある。

 南西側には広大な迷いの森が広がっていて、僕はここに住んでいた。

 動物系の魔物がいたりするけど、魔界内では比較的安全な場所だと言える。

 南東部分には大峡谷があって、ドラゴンや巨人族などの強力な魔物達が住んでいたりする、危険な場所だ。人間にとっても、魔物にとってもね。

 一部の魔物はこの迷いの森か大峡谷に住んでいて、残りは魔界周辺の荒地部分に生息している。

 もちろん魔界内には何も存在しないわけではなく、廃村、廃都市、人間が作っていた建造物、後は枯れ木群や丘、小山、毒沼、毒川、洞窟などなど色んな自然物、人工物がある。

 それらは属する魔物達が住んでいる場所だったりする。

 例えば毒沼にはスライムやポイズンフロッグなどの毒系の魔物、洞窟には蝙蝠やスケルトンのような暗い場所を好む魔物みたいな感じだ。


 基本的に彼等は魔王軍に属しており、招集があれば魔王城に集うし、任務を遂行するために住処を離れることもある。

 知能の低い下級の魔物は命令を理解できないから、高位の魔物が従わせたりすることも少なくないけど。

 と、こんなところかな。

 いつの間にか魔王城が眼前にあった。

 なんだろう、緊張してきた。

 報告するだけなのに、もしかしたら難癖つけられて反故にされるかもなんて思ってしまう。

 あのオクロン隊長ならあり得るような気がする。


 うう、なんか胃が痛くなってきた。

 とにかく行くしかない。

 僕は魔王城へ向かうべく歩を進める。

 魔王城の周辺は詰め所が幾つもある。それは魔王軍の兵士達が詰める場所だ。

 ちなみに寮もある。ただ寮に入るのはある程度の階級になってからだ。

 人間とは逆の制度かな。人間は下級の兵士が寮に入るもんね。

 まあ、魔物って体格が違うから、その魔物にあった居住を用意するってだけで結構手間がいるんだ。それが大きな理由なのかも。

 だからか、寮に入る権利があっても、基本的には希望しなければ入らなくてもいい。


 僕やコボくんは下級兵でさえない、最下級兵であり、まだ自分の家に住んでいる。

 僕としてはありがたい。他の魔物達と一緒に同じ場所で住むなんて嫌だ。

 だって食べられちゃいそうだし、何かあれば殺されちゃいそうだし、怖いじゃない?

 魔王城周辺には兵である魔物が行ったり来たりとしている。

 色んな種類の魔物がいて、どうも落ち着かない。

 僕も魔物だけどさ、ゴーストとかゾンビとかサイクロプスとかに睨まれたら、怖くて失禁しちゃいそうになる。


 堅固な防壁と見張り塔に囲まれ、その中と外に詰め所が幾つもあって、その内側に魔王城がそびえ立っているのだ。

 巨大でまるで山。見上げてもてっぺんは見えないし、見回しても端っこが見えない。

 それくらいに広いのだ。

 ちなみに魔王城内は高位の魔物が住んでおり、魔王様のお世話や、魔界内の管理、運営などを担っているとか。

 まっ、僕には縁遠い場所だからどうでもいいよね。 


 魔王城の巨大な城門前に到着した。

 魔王城壁内にある詰め所は、警備隊が使う詰め所だ。

 僕達が使う詰め所は魔王城外にある。

 報告や交代の度に城内外を移動すると色々と不便だからね。

 ちなみに詰め所、というのは通称だ。

 魔王軍兵士が関わる業務総合施設であり、僕達が基本的に使う施設のことを詰め所と言っている感じだ。

 まあ、ほら魔物って適当だから名称が曖昧だったりするんだよね。


 調達部隊が属している詰め所前にやってきた。

 かなり広い。三階建てで小さな城くらいはあるんじゃないかな。

 ただし人間が使っていた施設を一部改良しているだけで、それ以外はそのまま使っているので結構ボロボロだ。

 破損している部分は何かの骨とか適当な岩で補強しているため見栄えも悪い。

 だって魔物って何かを作るってことをしないからね。

 ある物を使う、奪う、それが魔物の性分だ。

 さて現実逃避はこれくらいで。

 ふぅ、緊張する。


「どうしたワンダ? 顔が怖いぞ?」

「い、いや何でもないぞ……行くか」

「おう!」


 コボくんはいつも元気でいいね。

 緊張ゼロだね。失敗したら僕達処刑だよ。

 いや、あれがオクロン隊長の虚言かもしれないという可能性はあるけど。

 かもしれないということは可能性があるし、ないということでもあるのだ。

 だから油断はできない。終わるまでは。

 ここで二の足を踏んでも意味はない。

 よし、行くか。


 僕は詰め所の小さな扉を開いた。

 ちなみに詰め所には小さい扉、中くらいの扉、大きな扉がある。

 魔物は多種存在していて体格も違うからね。

 ギィィッと不気味な音ともに開くと、中は妙に広かった。

 なぜなら(以下略

 ということで荷車もそのまま中に引き入れる。


「けけけ、今回の任務、中々に歯ごたえがあったぜぇ!

 一ヶ月で百食分は骨が折れたぁ。部隊、十人でギリギリだったぜぇ!」

「ああ、我も同じだったなぁ。しかし優秀な部隊だったからな、こなせた。

 ふっ、これが無能な集団だったら十食も用意できなんだ」

「オレサマの部隊、人間の村、二つ潰した! ぶっ殺しまくった!

 げへへっ、隊長殿もお喜びになるだろぉっ!」

「何を言っておる。我が部隊も同様。人を殺した数は二桁を優に超える!」


 うう、怖い会話が聞こえる。

 みんな物騒すぎる!

 さっさと終わらせて帰りたい。

 広い玄関の先に幾つも受付があった。

 受付はそれぞれの部隊で分けられている。

 僕達は調達部隊の受付に向かおうとした。

 と、


「おおおっ? おまえ達、帰ってきたのかぁ?」


 聞きたくない声が聞こえた。

 僕はギギッと首を動かして声の主を確認。

 予想通りオクロン隊長だった。

 豚の顔、でっぷりとした身体。

 まさにオーク然とした魔物であった。


「こ、これは隊長殿、今日もご機嫌麗しく」

「がふぁふぁ! 機嫌は良くないぞぉ? 飯がまずいし、少なくてなぁぁ!

 部下達は使えないしぃ? 食料も物資もほとんど持って帰らん!

 さっきも使えぬ部下を処刑にしてやったところよぉぉっ!」


 ビッと親指で後ろを差すオクロン隊長。

 後ろには兵達に引きずられていたゴブリンが何体かいた。


「ぎゃああああ! お、お助けを、オクロン隊長っ!

 処刑だけは、お許しをぉぉおぉっ!」


 泣いている。号泣である。

 嘘やん。あの魔物、まさか処刑されてしまうん?

 聞きたくなかったああああああっ!

 オクロン隊長の目がギラッと光った。


「おまえ達はぁ? もちろん、美味い食料をぉ、それはたくさぁん持って帰ってきたんだろうなあぁぁぁぁ?」


 ひぃっ!? 

 こ、これはちょっとでも機嫌を損ねたら殺されちゃう!

 僕はガクガクと震えた。

 しかしもう逃げられない。

 ならばやりしかあるまい!

 ええい、こうなったらヤケクソだ!


「もちろんでございます、隊長殿! 我ら二体、大量に食材を手に入れて参りました!

 これをご覧ください!」


 僕はコボくんに向かって頷き、協力して荷車を覆っていた布を取り払った。

 中から現れる輝く大量のトウモロコシとジャガイモ。

 三百食分以上の食材だ。


「どうです!? 人間から奪った(小声)食材の数々!

 新鮮で且つ栄養豊富なこの食材!

 食べれば頬が落ちるほどの旨味の詰まった作物でございます!

 この輝きはまさに食材の活力の現れ! ご賞味くださいませ!」


 僕は必死に叫び、説明をした。

 説得力を増すために何となく良さそうな言葉を並べ立てる。

 内心冷や汗だくだくだ。

 無音。

 何も返答はない。

 これはどうしたことか。

 まさかヤバい雰囲気なのか。

 僕は恐る恐るオクロン隊長の顔を見た。


「ぶふぉ」


 ぶふぉ?

 何?

 何の音だ?


「ぶふぉふぉふぉふぉっーーーーーーっ!」


 訝しがっていると突然、オクロン隊長が鼻息を荒げて叫んだ。

 その場で跳ねて、興奮した様子だった。

 ひぇっ!?

 これはまさかご乱心!?

 オクロン隊長の叫びに、詰め所内の魔物達の視線が集まってしまう。

 やめて! どうしちゃったのこの隊長さん!


「こ、こここ、こここれはあああああっ!?」


 そして何を思ったかオクロン隊長はトウモロコシを一つ掴むと噛り付いた。

 ザクッと小気味い音が詰め所内に響き渡る。

 そしてまたしても無音。

 僕とコボくんは生唾を飲み込む。

 次の瞬間、オクロン隊長の表情がだらしなく変わった。


「うんまいぃぞぉぉぉぉ!?」


 ふぉぉぉと息を吐きながらオクロン隊長は、一瞬にしてトウモロコシを芯や皮ごと食べ切ってしまう。

 次の二本目に行こうと右手をトウモロコシに伸ばすオクロン隊長だったが、自身の左手が右手を掴み、何とか制止した。


「くふぅっ!!? お、恐ろしいほどの美味さ!

 あ、危うくすべての食材を食べるところだったぞぉっ!?」

「で、では!?」

「うむぅ! この食材、素晴らしい品質よぉ! 命令以上の内容であった!

 装備類はないが、食料としては上質であるぅっ!

 ゆえに任務達成としても問題ないだろぉっ!」


 僕とコボくんは顔を見合わせた。

 同時に笑みを浮かべる。

 そして。


「よっしっ!」

「やったぞ!」


 僕達はやり遂げた!

 やったんだ!

 一気に脱力しそうになるところを寸前で堪えた。


「ワンダとコボ……まさかこれほどの功績を見せるとは驚いたぞぉっ?

 特にコボは、頭が悪く役に立たないと……ごほんっ、純粋だと聞いていたからなぁ!」


 だから役に立たないって言っていたのか。

 いやでもコボくんは別に頭が悪いわけじゃないと思うけど。

 ただ純粋で、物事を多く考えられないだけ。

 的確に説明したら理解するし、言葉の理解力はあまりないけど、やって見せれば問題ないし。

 適材適所って大事だよね。


「とにかくだっ! 一ヶ月という短い期間で三百食分の納品っ!

 素晴らしい結果だったぞっ! ワンダ、そしてコボ!

 この任務を達成できるとはぁ、思わなかったぞぉっ?

 我輩、とても機嫌がいいぞぉっ!?」


 涎を飛ばしながら大笑いする隊長。

 汚い! でも喜んでくれてよかった!

 これならきっと処刑はない!

 やったあああああああああああああああ!

 命、繋いだあああああああああああああ!


「おい、聞いたか? あの魔物達、一ヶ月で三百食用意したらしいぜ……?」

「し、信じられん! たった一ヶ月で!?」

「ど、どこまで人間の村を滅ぼしたんだ!?」


 ふふふ、一つも滅ぼしてませんがね!

 一人も殺してませんがね!

 乱暴な真似なんかしなくても大丈夫なんですよ。

 ここ、こーこ。頭、使えばこんなもの朝飯前なんですよ?

 へへへ、どうだい! これが僕とコボくんの力だ!

 なんて内心で調子に乗ってしまった僕。


「おお、任務は達成したが、とりあえず報告として聞いておこう。

 貴様ぁ、どれくらいの人間を殺したのだぁ?」


 表情が引きつった。

 ヤバい。その質問は想定していなかった。

 まずいなんてもんじゃない。

 隊長どころか周りの魔物達、恐らく調達部隊の連中がこっちに注目している。

 完全に聞く気だ。

 ここで「一人も殺してないし、村も奪ってないし、実は食料も自分で作ったんですよぉ、えへへ」とか言ったらぶっ殺される。


 間違いない。やられる!

 どうする? どうすればいいの!?

 僕はちらっとコボくんを見た。

 彼は何か言おうとしている。

 ああああああああ!

 やめれえええええええ!

 コボくんが現状を打開するようなことを言うとは思えない。

 いやむしろ悪化させることしか言わないと思う。

 僕は脳を高速回転させて、反射的に口を開いた。

 そしていつもの奴を見せて、


「くくっ、あーーーはっはっは!」


 僕に視線が集まる。

 僕はゆっくりと笑い声を小さくして、最大限に注目を我がものにした。

 しばしの沈黙の後、僕はしたり顔を見せる。

 そして得意気に、


「言うまでも、ありますまい?」


 と言い放った。

 感じ取れと。わかるだろうと。

 すごい上から目線で言った。

 できる奴風を装い、ちょっと気取ったりなんかして。

 そして無音。三回目の無音。

 恥ずかしさと恐ろしさと逃げたさの中で僕はせめぎ合う。

 そんな中、沈黙は消え失せる。


「ぶふぉふぉふぉっ! 素晴らしい! ワンダ、貴様を気に入ったぞぉ!

 殺した人間の数など覚えていないと、それほどに殺したと、そういうわけだなぁ?

 これほどの食材の数を手に入れるほど奮闘したのだぁ、それはそうなるだろうなぁ?

 これはすまんかった。無粋なことぉ、言ってしまったなぁ?」


 あ、なんかいい感じに勘違いしてくれた。 

 ふぅ、上手くいったみたいだ。

 もう心臓がヤバい。

 何度、この緊張感に襲われなければならないのか。

 死にそう。処刑される前に死んじゃいそう。


「お、おい、あのワンダって魔物。マジか」

「殺した数を覚えてない、だって? 信じられるか?」

「オレサマが負けた? あんな小さな魔物にぃぃっ!?」

「や、やべぇ奴だ。あいつ、やべぇ奴だ!」


 辺りが騒がしい。

 おかしい。なんだこの展開。

 こんなの予想してなかったんだけど!?

 勘違いしてない? ねえ? みんな、僕はただの小物だよ!?

 人間を殺したことなんてないし、傷つけたことさえないんだよ!?

 魔物の中でも最弱だよ! 何もできないから!

 僕は助けを求めるようにコボくんを見た。

 コボくんはうんうんと頷いて周りに言うように叫んだ。

 と。


「そうだ! ワンダはすごい奴なんだぞ!

 頭が良くて、何でもできて、すごいんだ!」


 おおおおおおおおいいいぃぃっ!?

 コボくぅぅぅぅんっ!?

 何言っちゃってんのぉっ!?

 しかも言ってやったぜ、みたいな感じでなんでしたり顔なのさ!

 コボくんは僕を見た。

 何かを期待するような顔で。

 え? 何その顔。


 そしてオクロン隊長も僕を見た。

 何かを促すような顔で。

 え? 何なのその顔は!?

 全員から視線を浴びる僕。

 え? 何なの、その期待と不安と好奇心と嫉妬と色んな感情が混ざった顔は!?

 僕は見えない何かに支配されたようだった。

 ああ、勝手に体が動くぅ!?

 僕は周囲の魔物達に見せつけるように右手を上げてしまう。

 もう止まらない!


「そうだ! オレはオレ達はすごい!

 もしもオレ達以上の結果を出せる奴がいるなら出してみろっ!

 オレ達はさらにそれ以上の結果を出して見せようじゃないかっ!

 オレはワンダ! ケット・シーのワンダだ!

 そして彼はコボ! コボルトのコボくんだ! 覚えておけぇっ!

 にゃふふっふっ!」


 格好つけて右手なんか上げて、みんなを煽っちゃったりなんかして。

 何をしてんだ僕はぁ!

 魔物達は様々な反応を見せた。

 なぜか興奮している魔物、なぜか嬉しそうな魔物、苛立っている魔物、嫉妬している魔物、納得いかない様子の魔物、そして憎悪を向けてくる魔物。

 大半が敵意である。

 ううっ、なんでこんな目立つことをしちゃったのか。


 しかしもう後には引けない。

 僕はどうやら求められると答えてしまう、お調子者の部分があるらしい。

 この性分は危ない。危険だ。

 気をつけないと、と自戒すると同時に思った。

 もう後戻りできないんじゃないかな、と。


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