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フラれる

 

 長時間に渡る戦いの末に、俺は勇者に胸を剣で一突きされた。

 勇者の方は魔力が底をついていたのに対し、俺はまだ僅かばかりに魔力が残っていたが、それでも重傷を負った俺の敗けだ。


 ただし今は、だ。


 俺は残る僅かの魔力を使い、自身を転移させる。言わば逃げ……だな、これは。

 場所は正直どこでも良い。一先ずこの身体を休め、回復し、その後に人間共を沢山殺せる場所が好ましいか。



 転移後、人間が多く住む街の路地裏に俺は居た。

 現在は夜。時刻はわからない。

 ただ空に浮かぶ満月が異様に大きく見え、とても綺麗だ。


 魔王といえ、俺の見た目は人間と変わらない。

 魔法を使えばいくらでも見た目など変化は出来るが、人間を痛め付けておきながらも、俺は何気に人間の容姿が好きで気に入っている。


 黒髪と赤目など、正しく魔王を表しているようで良いだろう。



 ただ俺の身体は今、胸に大きな穴が空き重傷の身。ドクドクと血が溢れ出ている。

 まぁ胸だけではなく、戦いより身体中に怪我は付いたが。


 幸いこれでも死には至らないのが、人間と魔王としての違いだろうか。

 俺はそう簡単には死なん。とは言え、勇者との戦いで残り僅かの魔力も、逃げる転移魔法で底をついてしまった。


 傷は痛むし、目眩がしてくる。それに異常なまでの眠気。

 最早、息をするのでさえ億劫だ。

 重くなる身体を無理やり動かし、地べたに座って裏路地の壁に寄り掛かる。


 なんと惨めだろうか。


 回復したならば、必ずや人間共に仕返しをしてやる。

 そう思いつつ俺はこの時、一時的に意識を失った。



 そして次に目覚めたとき、俺は見知らぬ部屋の中に居た。

 六畳程の広さに置かれたベッドに寝かされ、上半身裸の身体には包帯が巻かれた状態。

 一番の深傷を負った胸元には包帯、それ以外の傷口には薬が塗り込まれた跡があり、ガーゼが貼られている箇所もある。


 しかし人間とは違い、不死身にも近い俺の身体は傷の癒える速度は早い。

 ガーゼを剥がすと、そこにあったであろう傷は既に消えている。

 深傷の胸元も穴が塞がっており、まだこれには痛みはするが動くには問題はなさそうだ。



「まさか人間に助けられるとは」



 馬鹿な人間だ。

 今の俺は容姿こそ人間の男。

 死にかけていた男を助けたかと思えば、しかしその身、人間界を脅かす魔王だと知ったらどう思うだろうか。


 さぞ驚き、戸惑い、慌てふためく人間の様子を想像できる。

 それはもう滑稽であろう。



「どんな人間なのか、顔くらいは見ておくとしよう」



 ベッドから起き上がり、部屋の扉に耳を済ませる。


 人間の気配、一人……居るな。



 相手に気付かれないためにこちらの気配を殺し、音が立たぬようそっと部屋の扉を開ける。

 するとすぐに目に入ったのは、キッチンに立つ女の後ろ姿。


 ダークグリーンの髪は腰までの長さがあり、スカートから覗く脚はすらりとしていて細く、更には引き締まる腰。

 後ろ姿の身体のラインは、なかなかに上級もの。



 女か……どうせ殺すなら、一度くらいは犯してからにするか。

 それとも助けられた恩として、もしも上等ものなら奴隷にでもして飼うのも良いな。



 そう思案しながらも俺は即座に女の背後に近寄り、置かれていたナイフを手に取って女の首筋に宛がった。



「動くな。声も出すな」


「……!」



 女の肩はびくりと震えた。

 急に最後に迫られ、おまけにナイフを当てられては驚くのも当然であろう。

 しかし俺の言うことを聞いてなのかわからないが、悲鳴を上げはしなかったのは褒めてやる。


 俺は女の腹に手を回し身体を引き寄せ、密着しつつ耳元に唇を寄せ囁く。



「人間の女よ、俺を助けてくれた事には感謝しよう。だが相手が悪かったな」



 俺は女の耳をひと舐めし、ナイフの先端で顎を持ち上げる。



「俺の名は魔王〝マレク〟だ。どんな存在かは、知っているだろう?」


「……」



 俺は何度も魔物軍を率いて人間界を襲い、恐怖で世界を染めてきた。

 当然魔王は人間にとって恐ろしい存在。


 だが女はなんの反応も示さない。

 それどころか、微動だにしなくなった。

 声を出すなと言ったのは俺であはあるが、もう少し何かしらの反応は欲しい。


 この状況でも、全く恐怖を感じている様子がないのは何故だ?

 まさか凄腕の女騎士とか……

 いや、それはないな。そんな力は感じられない。

 それに魔力もあまり感じない。


 最近の女は、ナイフを突き付けられたくらいでは動じない……訳ではないだろう。

 それに俺は魔王と言った。

 普通なら、怖がる様子を見せても良いのだが……



 まぁ、なんでも良い。

 この女の運命は犯して殺されるか、奴隷にするか。そのどちからに決まりだ。



「人間の女よ、身体ごとこっちを向け。下手な真似はしてくれるなよ? お前の頭くらい、簡単に吹き飛ばせるからな」



 振り返る事が出来るように腹から腕を退け、密着していた身体を僅かに離す。

 顎からもナイフは退けるが、攻撃や逃げられない為にもナイフは女の首に向けたまま。



 女はゆっくりとこちらへ振り向く。

 俯いているので顔までは良く見えないが、やはり上等ものだ。



「悪くないな。良い身体をしている」



 身体のラインに沿って、視線を這わす。

 殺すのは勿体ない。これは奴隷決定だな。



「顔を見せろ」


「……」



 女は動こうとしない。

 どうしたんだ? 振り向くことは躊躇わずしたと言うのに。

 急に恐くなったか?

 だが震えている様子はない。


 俺は再び女の顎にナイフを当て、首を上に持ち上げる。抵抗はされなかった。



「む……これは邪魔だな」



 長い前髪が女の顔を覆う。

 これではよく顔が見えない。俺は邪魔になる前髪を退けれると、漸くその顔を見ることが出来た。



「──! これは、珍しい……オッドアイか」



 前髪の下に隠れていたのは、オッドアイの中でも珍しい色の組み合わせ──黒と金の瞳がそこにはあった。


 右は漆黒の黒い瞳に、左は輝く金の瞳。

 俺はこの瞳を美しいと思ってしまった。


 視線は合わせたくはないのだろう。女の瞼は伏せられ、長い睫毛が震えている。

 更にぐいっと、ナイフの先端で顎を上に向かせ、腰にも腕を回して再び引き寄せまじまじとその顔を覗き見る。



 やはり美しい。俺はこの瞳が欲しい。

 いや瞳だけでは駄目だ、この女ごと欲しい。


 それに可愛い……と、人間の女に対して思うのは何年ぶりだろうか。

 100年? いや、300年振りか?


 久しぶりに俺の心臓は、ドキドキと脈打っている。

 これはもしや、俺はこの人間の女に一目惚れをしたのか!?

 ……そうかも知れぬ。俺はこの女に惚れたのだ。

 このまま魔王城に持ち帰り、俺の女にしよう。



「ふふ……運が良かったな、殺されずに済んだぞ。お前は俺の女になれ。求婚を申し出る!」



 するとここで漸く、女の視線が俺と合わさる。

 向けられたのは冷めた眼差し──だが、俺にはフィルターが掛かっているようで冷めたどころか、潤み大きな瞳で見つめられているように感じてしまう。


 女が一言、ぼそりと告げた。



「悪さをする魔王は嫌い」


「なっ……な、んだと!?」



 俺は記念すべき、第一回目のフラれるを体験した。



お読みくださりありがとうございます。

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執筆頑張ります。

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